第88話 女豹団
◆ 女豹団の船 "白豹" 船上 ◆
ボクとロエル、そして64人の村人は無事に女豹団の船に乗り込めた。何より驚いたのは、近くで見るとさっきの客船とは比べ物にならないほどこの船は大きいというところだ。客船からこのアマネさんの船に上がるのに、ハシゴを使うほど高低差があった。この船に比べたら、さっきのサムライ達の船なんて衝突されただけで沈む。
巨大船といってもいいこの女豹団の船、白豹の目玉はなんといっても普通の客船以上に居住性が高いところだとアマネさんは高らかに自慢する。ギャンブルを楽しむ娯楽施設に大浴場、レストラン。この船が一つの町みたいなものだ。
女豹団は戦闘員よりも、身寄りのない女の人達のほうが多い。そんな人達が巨大船の町を構成しているとか。
残りの2隻、『豹牙』『豹爪』はこの船ほどの大きさはない。各船には優秀な船長がいて、どちらかというとそちらに戦闘員が集中していると説明してくれた。牙と爪、まさに攻撃面が最も前面に押し出されている名前だなと感じる。
「アズマでは何回か活動させてもらったからね。そうこうしているうちにあの鬼達にも目をつけられたのさ」
港には物資補給の為に頻繁に訪れるみたいで、その際にいろいろとトラブルもあったらしい。それにしても、あの鬼神衆と戦って何度も生き延びているなんて、女豹団はボクの想像以上の集団だ。何せ、さっき襲ってきた4人の鬼神衆なんか本当に加減を知らない。ボクが散々警告したのに、炎で焼き尽くそうとするわ豪雪陣だか、よくわからないけど猛吹雪を巻き起こされるわで腹が立って手加減なしでやるところだった。
挙句の果てにはあの闇鬼の暗影陣という一定の範囲を真っ暗にするスキル。もうそうなったものだからせっかく安心していた村人達がまた怯え始めた。状態異常の暗闇なんか効かないはずのボクでさえ、何も見えなくなったんだから凄まじいスキルだ。暗闇なら目が慣れれば見えるはずなんだけど、もう本当に暗闇。もちろんあの闇鬼にはすべて手に取るようにわかるわけで、あの手この手で向かってきたけど背後から接近してきた時に右腕を掴んでへし折ってやった。
驚いたのはそこからだ。腕を折られたのにも関わらず、間髪いれずに追撃してきたんだ。そしてその後。
「リュアちゃん、もういいよ。やめて……それ以上やったら死んじゃうよ」
ロエルが泣きながら抱きすがってくるまではまったく覚えてなかった。気がついたら手足が折れ曲がり、血まみれになった闇鬼。この人達がこれだけの猛者じゃなかったら確実に死んでいた、アマネさんがそう言うんだから間違いない。
暗影陣が切れた時にはすでにボクが闇鬼に馬乗りになっていたらしい。仮面ごと顔面が陥没して、元がどんな顔だったかわからなくなっていた。死体直前、そう呟いたのはアマネさんの部下の一人だ。歴戦の戦士である女豹団の人達でさえ、その場ではしばらくボクに近づいてこなかったみたい。つまり、止めてくれたのはロエルただ一人だ。
「ボ、ボクどうしてたんだっけ」
血まみれの拳、死にかけている闇鬼。記憶がなくなった。なんだろう、確か前にも一度だけこんな事があった。遠い昔、初めて魔物に襲われた時。気がつけば魔物が倒れていた。
幸い村人達はすでに船内に避難させていたから、その様子は見ていない。暗影陣が切れたのは多分、闇鬼の意識がなくなったからだと思う。
そして赤鬼、青鬼と黄鬼はなんと女豹団の人達が倒していた。結構苦戦したみたいだけど、そこには縄で何重にも縛り上げられている鬼達2人がいた。
「小船と食料をやるよ。今からなら、陸までそう時間はかからないはずさ。仲間を連れてとっとと尻尾巻いて逃げ帰るんだね。次はないよ。来たら、そこの闇鬼が霞んで見えるほど悲惨な状態にしてやるからそれなりに覚悟しておくんだね」
ボスの闇鬼は完全に戦闘不能、残り2人も完敗して拘束。残された赤鬼だけが屈強な女の人達に取り囲まれていた。アマネさんの脅し通り、鬼が逃げ帰った事で今度こそようやく落ち着いた。
「敵も殺せないお嬢ちゃんかと思ったけど、やれば出来るじゃん」
そんな風に褒められても、ボク自身は本当に何も覚えていない。それどころか、自分が自分でないようで怖くなった。
「あの闇鬼は『伝説の人斬りザンギリ』の再来だなんて囁かれるほどの達人なんだよ。あ、ザンギリってのはね……」
知ってるよ、ザンギリならボクが倒した。何て言う元気はなかった。ただひたすら自分が何なのか、ここにきてわからなくなりそう。そんな不安で胸がいっぱいだった。
「ねーねー、聞いてリュアさん! さっき、早速仲良くなった子が……あれ? 何かあったの?」
「何もないよ」
船内から上がってきたコノカにすら冷たくしてしまう自分の精神が情けなくなった。
◆ 女豹団の船 白豹 船長室 ◆
船長室内には大きな獣の抜け殻みたいな絨毯が敷かれていて、壁にはいろんな武器が立てかけられている。そして正面には世界地図だ。こうして見ると、アバンガルド王国からずいぶん遠くまで来たんだなとしみじみ思う。
「事情はロエルから聞いたよ。本当に大変だったねぇ」
「まさかアズマでアマネさんに会えるなんてびっくりだよ……」
「実はアバンガルドの王様にあんた達をサポートしてやってくれって依頼されちゃってね。
来てみれば案の定、修羅場だったってわけさ。あのダイガミ信仰にまみれた国にいって無事でいられるかどうかってのはあたいも思ってたよ」
王様の依頼で助けに来てくれたのか。という事はやっぱり王様は、この依頼が危険なものだってわかっていたんじゃないか。薬草摘み程度のものだなんてよくもヌケヌケと。
「で、あの連中はこれからどうするつもりだい?」
「コノカ達はアバンガルド王国で暮らしたいっていってるから、そうさせてあげたい」
村人達64人は今、船内の空き部屋に寝泊りしてもらっている。元々女豹団は男子禁制だから、あまりフラフラと出歩かないようにと釘を刺されていた。中には男の人にひどい目に遭わされてトラウマになってる子や、特例を認めない人もいるので何かいざこざがあるとまずい。一応、アマネさんの息がかかってはいるけど、危うい立場には変わりない。それなのにさっきはコノカがひょっこり現れるし、アバンガルド王国に着くまでに何もないといいんだけど。
実際、村人がこの船に上がり込んだ時には多くの女の人が非難した。そんな窮屈な環境にいさせてしまう事になってしまって、ボクもなんとなく居心地が悪い。
「やれやれ……。ただでさえ、遠い地方から難民が流れてきているのに、また増えるのかい……」
「また?」
「新生魔王軍だよ。あいつら、破竹の勢いで世界各地を侵攻しているんだ。特にバラード大陸のほとんどはもう魔王軍の支配下だよ。今、あの大陸がどうなっているのか、聞きたいかい?」
バラード大陸、ボク達がアズマに来る前に立ち寄った港町がある大陸だ。ボクがあれだけの数の魔物を倒したのに、それでも勢いが収まらないのか。
「バラード大陸を拠点にして各地へ侵攻を続けているのはビーストマスター・パンサードの勢力! 今、確認されている魔王軍の勢力の中でも最も規模がでかい。あの大陸にある世界3大商業都市の一つ、クーダが一夜にして滅んだそうだよ。おかげで流通関連なんかも乱れまくってねぇ……」
アマネさんの横で説明を続けるのはランダという筋肉質な女性だ。女豹団のNo2で茶色がかった肌に男みたいな筋肉、加えてボクの2倍近くはあるんじゃないかと思える体格。パイナップルみたいな髪型が頭全体に広がっていて、男の人にしかみえない。本当に女の人なのと聞いてみたかったけど、やめておいた。なめるんじゃないよ!とか言われてゴチンと頭を叩かれそうだ。少なくともアマネさんならそうする。きっとそうする。
「いよいよ、世界が傾き始めている。このままじゃ世界は魔王軍の手に落ちてしまうよ」
「アマネ姉貴! 私らだけで乗り込んでボッコボコにしましょうや! パンサードの首根っこ捕まえりゃ、残りのザコも散らしますわ!」
「血気盛んなところはあんたの長所でもあるんだけどね、ランダ。あいつが十二将魔の中でも最強といわれている理由は一つや二つじゃないんだよ。断片的な情報を拾って、わずかながらわかった事実を並べただけでも頭が痛くなる事ばかりだよ……」
「もう、陸よりも海に逃げたほうが安全だなんて言われているくらいですからねぇ。
さすがの魔王軍の奴らも海にまでは手を出せない、か」
十二将魔。ボクが5人倒したけど、まだ7人いる。もちろん、そんな奴らを野放しにはしたくない。したくないけど、今はそれよりもボクの中で何かが引っかかっていた。そう、ボクが本当にやりたい事。闇鬼の時の件もあるしボクは何なんだろう。そればかりを考えている。
とくに未だにイカナ村に行く糸口が掴めていない。千年草を持ち帰れば、立ち入りを許可してくれるだろうか。
「それにしても、女豹団ってなんだかアットホームな雰囲気ですね。なんだか暖かい感じがします」
「お、うれしいねぇ。確かロエルといったね。あんた、見所あるよ。うん」
魔王軍のせいで暗い雰囲気になりつつあったけど、ロエルが変えてくれた。実を言うとボクもこの女豹団は気になっていた。この巨大船、女の人だけの集団。過去に傷ついた女性を集めているって、クイードが言ってたっけ。
「女豹団はどういう組織なんですか?」
「ハハッ、組織なんて大それたものじゃないよ。あたいはただ、過去なんか置き去りにして悔いのないよう、自由気ままに生きているだけ。女豹団もそんな集団、ただそれだけさ」
「そんな姉貴に心打たれて今やこの人数、アタシもアマネ姉貴に出会ってからは毎日が楽しいさ」
「ランダさんは過去に何があったの?」
「リュアちゃん!」
めっ、と小さく叱られた。確かに言った後で後悔したので、たまらなく気まずい。やっぱり人とのコミュニケーションはボクには難しい。せっかく口を開いても、相手を傷つけるような事を言ってしまいかねない。
「まぁね。こんな身なりでこの顔だろ、昔から男女問わず化け物だの散々いじめられてねぇ。
やけになって夜盗として明け暮れていたところをアマネの姉貴に拾われたのさ。最初は食ってかかったけど、力自慢のアタシがまったく敵わなくてね。悔しくていつか倒してやるなんて思ってるうちにこんな状態さ」
「苦労したんですね……」
「アマネ姉貴の次に強いの私、次いでランダさんかなー?」
「馬鹿言うんじゃないよ、メリッサ。あんたのナイフじゃアタシの体にゃ傷一つつけらんないよ」
話に入ってきたのがメリッサという少女だ。動物の皮で出来たものを胸と腰に巻いているだけで、後は半裸。ピンク色のウェーブがかった髪にいたずらっぽい吊り目の赤色の瞳。小さなナイフが腰まわりに何本も装着されている。
「アマネ姉貴とアタシを軸に豹牙の艦長トゥーシー、豹爪の艦長ファンが女豹団の主力ってところかねぇ」
「あはっ、軸って。のーきん一辺倒じゃ倒せる相手も限られるよー」
「だからそういうセリフはアタシを倒してからにしろっての。ところでなんだい、のーきんって」
メリッサはナイフを何本も空中に放り投げては掴み、を繰り返している。前にもこんな事やってる人がいたな。ボクに勝負を挑んできたあの人。名前忘れちゃった。
「これだけの人数がいながらも、維持できてるってすごいです。さっき見回ってみただけでも、いろんなお店や食べ物屋さんがありましたし、管理も大変そうで……」
「細かいところは各自任せているよ。何か揉め事があったら、この船ではあたいが取り決める。あたいがお水認定すりゃ流して、引きずらない。それ以上、ガタガタやってんならすぐにこの船から降りてもらう取り決めがあるからね」
「ハハハッ、キレると姉貴はたとえ海の上だろうと降りろっていうよ。大概はそこで収まる」
「お金はどうしてるんですか?」
「Aランクのあたいがいるからね。ちょっとアバンガルドの王から依頼の為にとせしめたり、悪党から奪ったり……。あ、あと絡んできた海賊船団も貴重な収入源だね。あいつら、たんまり溜め込んでいるから、あたい達にとっては宝船だよ」
「こ、こんなすごい女豹団に絡んでくるって……」
「いるさ。お互い負け知らず、怖い者知らずだからね」
すごいよ、ロエル。奪っているってところに何も突っ込まない。いや、悪人から奪うというのなら、いいのかな。いや、どうだろう。
「本当、何か自由ですね……」
「どう生きるかなんてそいつが決める事だからね。あたいはあたいのやりたい事をやる。暴れたけりゃ暴れるし酒を飲みたけりゃいつでも飲む。ここの船の連中もそう、過去なんかに縛られて今後を謳歌できないなんてもったいないじゃないか。あんた達も楽しんでるかい?」
「ボ、ボクは……どうだろうね?」
「私は楽しいよ、リュアちゃん。クイーミルにいた時からは考えられない、これからもずっと一緒にいようね」
「ロ、ロエル……」
「あははっ、お熱いねぇ!」
何が熱いんだろう、アマネさんもメリッサもランダもよくわからない事でヒューヒューいってる。なにそのヒューヒューって。ロエルも顔を赤くしているし、わけがわからない。でも、からかわれているのはわかる。
「恥ずかしがる事なんかないよ。うちの船には女同士でくっついてる奴なんか珍しくないしね。
世間じゃタブーだの気持ち悪がる連中もいるけど、あたいに言わせりゃ当人同士の自由さね。やたら愛を語る連中に限って器量が狭いんだよ」
「あー、私もリュアさん狙っちゃおうかな? ロエルさんでもいいや」
「え、えぇー……」
さすがのロエルもメリッサの冗談か本気かわからない発言に戸惑った。
それにしてもメリッサが後ろから腕を回してロエルに抱きついているところを見ると、なんだか面白くない。よくわからないけど離れろと思う。ロエルだって固まって嫌がってるじゃないか。
「あんたの話は聞いているよ、瞬撃少女リュア。この細腕がアマネ姉貴を倒したなんてねぇ」
「た、倒したっていうか勝ったっていうか……」
「いや、同じでしょ。リュアさんっておもろいねっ」
今度はランダがボクの腕をごつごつした手で握ってきて、ボクの体中を舐め回すように見る。この状況だけ見ると、ランダが少し力を入れたらボクの腕なんてぽきんと折れそうだ。そのくらい、ボクとランダでは体格差がある。
力強い、触れられただけでわかった。アマネさんの隣で常に女豹団を支えてきたNo2の破壊力が肌を通して伝わってくる。大体にして他の船員が戦っていた時点であの鬼神衆とほぼ互角に渡り合っていたし、No2ともなるとそれ以上なのは当たり前か。
自由気まま、アマネさんの言葉が深く突き刺さる。もしイカナ村にいけたとして、その後どうしたらいいんだろう。
両親もいない、天涯孤独。だけど、このままロエルと2人でいられたらいい。そして女豹団を見ているとやっぱり充実した何かがほしい。
「あんた、ロエルちゃんはリュアちゃんのものなんだよ!」
「ひゃはは! じょーだんだってのにランダさんたらぁ」
楽しそうにじゃれている2人を見ながら、ボクはそんな今後の有り方を考えていた。
「敵襲! 敵襲! 非戦闘員はただちに船内に避難せよ!」
「繰り返す! 敵襲! 敵襲! 非戦闘員はただちに船内に避難せよ!」
けたたましい物騒な発言が壁に取り付けられているラッパみたいな筒から聴こえてきた。それまで和気藹々としていた女の人達の表情が一変する。女から女豹団の戦闘員へと切り替わるその瞬間は一瞬というのも短かった。
敵襲、の時点でアマネさん、ランダ、メリッサは行動開始していたからだ。
「リュアにロエル、あんた達は客だ! 船内でくつろいでな! いいかい、絶対に手を出すんじゃないよ!」
それだけ手早く言って、3人はボク達を船長室に残して出ていった。敵襲、何がきたのかはわからないけど、ここはアマネさんの言う通りにするべきかもしれない。
もしここでボク達が手を出したら、多分アマネさんは本気で怒る。ボク達は客、相手は女豹団の敵。なんとなくわかる、けじめというやつだ。
「でも……気になる」
そう、ここであの人達の戦いを見ておきたい。強さだけじゃない、戦いを通してあの人達の生き様みたいなのを更に感じられそうだから。ただ冒険者をやるだけじゃない、何かボクにとってやりたい事が見つかるヒントになるかもしれない。
行こう、それだけ言ってボクはロエルの反応も待たずに部屋を出た。




