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第84話 日いづる神の国 その4

◆ アズマ 山奥の村 ◆


「明日の禊には、何人かの大人達と私達だけで行くんだよ」

「みそぎって何をするの?」

「うーん、それはわからない」


 禊。それは15歳の誕生日にダイガミ山でやるものらしい。何でも、ダイガミ様から邪気を払ってもらう為の大事な儀式で、これを終えればこの村では一人前の女性として認められる。何だかボクにはよくわからないけど、ロエルが言うにはこういう閉鎖された環境では古い慣習が残っていたりするもので、不思議ではないとか。確かにカイ都でいちいちそんな事をやっているとは思えない。

 ボクには面倒だなとしか思えないけど、ナノカとコノカは明日の禊を心待ちにしている。村の外で自立する事、お母さんに楽をさせてやる事、素敵な恋に出会う事。あの子達を見ているとこっちも元気が出てくる。

 やっぱりやりたい事があったほうが楽しい。ボクなんか依頼が全然ない日は、一日中する事がなくて死ぬかと思った。仕方ないので自分だけで訓練でもしようかと思ったけど、うっかり町外れの壁を壊してしまってこっぴどく怒られた事がある。幸いにもカークトンが庇ってくれたおかげで弁償にはならなかった。


「ねぇ、その禊ってボク達もついていっちゃダメなの?」

「え、うーん。多分、断られると思う。去年、友達の時も私達は連れていってもらえなかったし」

「そうなんだ……」


 千年草を採りに来た事を言うべきか。ロエルとこっそり相談したけど、話さない事にした。今までの事を考えると、黙っていたほうがいい。いい人達ばかりだし盗みをするようで気が引けるけど、さすがにこれ以上時間をかけるわけにはいかない。

 でもせめて、明日の禊を見届けてからにしよう。それから村の人達に別れを告げて、その後でこっそりとダイガミ山に入る。それがボクとロエルの相談した結果だ。ボクとしても、気が引けるけどもうこれ以外にやり方が思いつかない。後は教えてもらった千年草の特徴と大まかな絵を頼りにひたすら探す。


「ね、今度セイゲルって人を紹介してほしいな!」

「い、いいけどあんまり期待しないほうが……」


 ロエルのせいでこの二人のセイゲルに対するイメージが大変な事になってる。本当に前から思っていたけどロエルはセイゲルのファンなのかな。あまり男の人に興味を示さないのにロエルは何故かセイゲルの事となると妙に熱が入る時がある。

 ボクはどうだろう。いい人だとは思うけど、それ以上の感想がない。ナノカとコノカみたいに恋愛にも興味はないし、そもそもよくわからない。男の人を好きになる事、それが恋愛というならボクだっていろんな人に恋愛してる事になる。


「二人はさー、好きな人とかいないの?」

「たくさんいるよ」

「た、たくさん?!」

「リュアさんって……意外と……」


 ほら、驚かれた。ボクのは恋愛じゃない。この二人の反応でそれが十分にわかる。コノカは顔を背けて恥ずかしがってるし、この子は本当に何なの。


「みんなー、お昼よー」

「はーい!」


 ぱたぱたと母親の元へ走る二人。危ないな、と思っていたらやっぱり転んだ。しかも二人同時に。双子だからってそこも同じになるものなんだろうか。


「いたたた……」

「大丈夫?」

「うん、平気。ありがと」


「……ッ?! あ、ナノカ……」

「え?」


 二人の手をとった時に着物の裾から見えた足。脛の裏に点々とする灰色の斑点。灰色、どこかで聞いた気がする。


「リュアさん?」

「あ、いや……」


 ロエルもその灰色の斑点を見たのか、なんだか真っ青だ。


「ね、体の調子は大丈夫?」

「うん? すこぶる元気だよ」

「そう……」


 ロエルのさりげない質問に笑顔で答えるコノカ。

 そうだ、ボク達がこれから採りにいく千年草。それはかつてこの国の一部で蔓延した不治の病を治療したものだった。


「でもなんだか最近、こう鈍い感じがなぁ」

 コノカが灰色の斑点が浮き出た部分をさすっている。

 灰死病。体の一部が灰色に変色し、そこから全身に広がって身動きすらとれなくなってやがて死ぬ。いや、これはウソだ。だって灰死病は千年草で治ったと王様も言っていた。そうだ、もしこの二人が灰死病だったとしてもボク達が千年草を採りにいけば問題ない。そうだ、何の問題もない。何の問題も、ない。


「リュアさん、どうしたの? 行こうよ」

「千年草ってさ、あるよね。あれってダイガミ山に生えてるって本当?」

「リュアちゃん?!」


 耐えられずに質問してしまった。だってもし、千年草がなかったらこの二人は。


「センネンソウってなに?」


 その答えはあまりにもボクが思っていたのとかけ離れていた。この子達は自分が灰死病だって事も知らなければ、千年草も知らない。そもそも本当に千年草がなかったら、知るはずもないわけで。もう何がどうなっているのか、まったくわからない。

 

「ね、リュアちゃん……あれ」


 ロエルがボクの腕をつっついて、目線で畑の向こうを差した。

 そこには数人の村人が集まっていて畑仕事を中断してまで、こちらをちらちらと見ている。昨日の夜みたいに、何か話し合っていた。

 ボクがあからさまにそちらを見ると、また昨日と同じようにそそくさと散っていく。


「さ、ご飯食べよ」


 ボク達の心配とは裏腹に、二人は何でもないかのように母親の元へ歩いていく。

 あんまりだ、いくらなんでも理不尽だ。あれだけ将来の夢を語って、希望を持っていたんだ。それなのに訳の分からない病気なんかで死ぬ運命だなんて。


「ありえないよ……」


 握り拳を作ったところで、何も解決はしない。わかっていても、やらずにはいられなかった。


◆ アズマ 山奥の村 ナノカ・コノカの家 夜 ◆


「明日はいよいよ禊だね、お母さん」

「あ、あぁ、そうだね」

「どうかしたの、お母さん?」

「なんでもないよ……あっ」


 お椀を片手から落としてしまったお母さん。ごとりと床に落ちるお椀よりも、ボクはその腕を見てまた落胆するはめになった。あのお母さんの右腕にも灰色の斑点がある。お椀を落としたのも、腕の自由がきかなくなっているからだ。

 腕をさすりながらもお椀を拾うお母さんを見て、ボクは確信した。もしかしたら、この村の人達は灰死病にかかっているかもしれない。千年草があれば治るのかもしれないけど、コノカとナノカはその存在すら知らなかった。それじゃ、このお母さんはどうだろうか。


「……そう、やっぱりただの旅人さんじゃなかったんだね」


 二人が寝静まったのを見計らって、ボクはすべて話した。ボクが口を滑らしたのかと思ったロエルは驚きのあまり、止める暇すらなかったみたいだ。いいんだ、これで。ロエルは気づいているのかはわからないけど、昨日の夜や昼間の事も含めてこの村はどこかおかしい。加えて灰色の斑点。

 もしこのお母さんやあの二人が灰死病なら、絶対に見捨てておけない。ボクには病気を治す力はないけど、千年草にはあるはずだ。もっというなら――――


「私や娘達だけじゃないよ。ここは灰死病患者の村さ」

「ど、どういう事ですか?」

「そのままの意味さ。私達はね、国に見捨てられたんだよ。確かに千年草である程度の灰死病患者は救われた。でも全員じゃない。

それどころか千年草の効能を知った上のお偉いさん達はどうしたと思う?

不老不死の為だの、下らない理由で独占し始めた。おかげで私達に巡ってくるものなんて一本もなかったよ」

「なにさ、それ! ふざけてるッ!」


 大声を出した後で、寝ている二人の様子を確認してしまった。今ので起こしてしまったか心配だったけど、ちゃんと寝息を立てている。


「表向きは私達は農地開拓の民として、ここに送られた。けど実際は閉じこめられたようなものさ。蔓延を防ぐ為に私達を殺してしまえば、どうあっても表沙汰になる。だったら、山奥にでも放り込んでしまえばいいって寸法だよ。笑ってしまうだろ。

ここを出ようにも周りは険しい山に囲まれていて、とても脱出できやしない。それでなくても、出たところで行き場なんてないけどさ」


 何もかも諦めきったかのようにお母さんは乾いたように笑う。

 ボクの震える拳をロエルがそっと抑えてくれた。今すぐにでもアズマの王様、いや殿様か。その殿様のところにでも殴りこみに行きかねないボクをなだめてくれている。実際、ロエルがいなかったらそうしていたかもしれない。


「私達はまだ初期段階だからいいけど、お隣さんの旦那はもう半身にまで広がって身動きすら取れない状態だよ。今年に入ってから5人も死んでいる。遅かれ早かれ、この村は全滅するだろうね……。あんた達も感染する前に出ていきな」


「おい! キヨネさん!」


 戸を激しく叩く音と村人の罵声のような呼び声。こんな夜中に一体、なんて考えるまでもない。


「リュ、リュアちゃん、勝手に開けちゃ……」


 ロエルの制止も気にせずにボクは勢いよく戸を開けた。そこには何十人といる村人があらゆる農作業用の道具を持って立っていた。

 まさかボクが出てくるとは思ってなかったのか、先頭にいたおじさんはたじろいで上体を少しだけ仰け反らした。ざっと見て、50人以上はいる。これで村人全員だろうか。


「旅人の娘さんよ、薄々感づいてはいたがあまりにも知りすぎだ」

「君は何なんだ? その身なりからして少しは戦いに覚えがあるんだろう」

「お上から俺達を皆殺しにしてこいとでも命令されたか?」

「ひとまず、様子を見てやったがどうにも怪しい」


 口々に不審な事を言い出す村人。つまりボク達を信用できないという事らしい。だからといってあんなに物騒なものを構えなくてもいいのに。


「明日の禊は何としてでも決行する。余所者に見られるわけにはいかねぇ」

「ちょっと待ってよ! 千年草は本当にないの? まだ探せばあるかもしれない!」

「あるわけねえだろ! あったら、俺の娘だって死ななかったし何も禊に」


 そこまで言いかけておじさんは慌てて口を塞いだ。ついうっかり、そんなおじさんの気持ちを刺すように、周りの視線が向けられている。


「余計な事言うんじゃねぇ」


 途端に全員が静かになった。何かを諦めきっているような、それでいて絶望の表情。誰かの鼻をすする音も聴こえる。ボクだってわかっていた。本当にボクを殺すつもりなら、とっくに行動している。

 出来ればこの人達だって穏便に済ませたいんだ。こんな山奥に閉じ込められて、それでも生きる事をあきらめなかった村人達。すごい結束だし、本当に強い。何せあの灰死病とも戦っている。そして何も教えられずにナノカとコノカは未来を、夢を追っている。

 こんな人達はもう誰にも負けちゃダメだ。灰死病だろうと千年草を独占したお偉いさんとかいう人達にも。

 だからボクは決めたんだ。どんな手を使ってでも、この人達は見殺しにしないと。


「リュアちゃん、この人達もきっと辛いんだよ……」

「わかってるよ。ねぇ、皆。灰死病の事も何もかも協力させてよ。お願いだから……」


「な、泣く事ねえだろ。わかった、わかったから……」


 頬を涙がつたっているのを言われるまで気づかなかった。指で撫でて、それを確認する。

 やっぱりこの人達は優しい。最初に会った時に元気よく歓迎してくれたのも、きっと本音だ。その証拠に鍬や鎌を持つ村人達の手が緩んで、それらが次々に地面に落ちる。


「けど今更何が出来るってんだ……俺も左腕が動かなくなってきたし、隣のオヤジなんかもう頭を残して灰色だ……」

「と、とにかく今は千年草を」


「させんな、そこをどけ」


 ボク達を円のように取り囲んでいた村人達の背後からかかる声。それに応じて真っ二つになるかのように、村人達が引いた。

 そこにいたのは魔物のような人間のような顔をした人達が3人。いや、あれは顔じゃなくて仮面を被っている。村人達が小さく悲鳴を上げる様子から、この3人がボク達にとっても喜べる相手じゃないのはすぐにわかった。


「ま、ま、まさか……鬼神衆!?」

「き、黄鬼! 赤鬼と青鬼も! な、なんでこんなところに! 俺達を殺しにきたか!」


 赤鬼と青鬼、多分青と赤の仮面をつけている奴の事だ。そして黄色い仮面をつけた奴が黄鬼。三人とも全身が真っ黒な和服のようなものを着ている。仮面のせいで顔はわからないけど、その視線ははっきりとボク達を捉えているのがわかる。

 きっと、サムライ達の代わりに来た人達だ。それしか考えられなかった。こんな山奥まで追ってくる執念が凄まじい。


「ね、この人達って何……?」

「鬼神衆……お偉いさんの目の上のたんこぶから国中の異端者、犯罪者まで幅広く始末してきたアズマ最強の特殺部隊……。他国の侵略を寄せつけねぇもう一つの理由、ダイガミ様の他にあるとしたらこいつらだ。過去、3度に渡って敵部隊を壊滅させている……たった4人でな」

「俺達が目当てじゃないとしたら、鬼神衆の狙いはおめぇらだ! 一体何をしでかしたんだッ!」


 なるほど、確かにそう言われて納得できる部分はある。3人とも、多分だけどAランク上位かそれ以上の強さはありそう。足取りだけでそこまでわかってしまうほどこの人達は強い。これまで出会ってきた冒険者とは格が違う。でもあの五高とだったら、どっちが強いかな。

 褒めるのはここまで、魔王軍みたいな魔物以外でボクが戦った中で一番強い人間はティフェリアさんを除いてあのザンギリだ。あいつだけは未だに他の人達と比べても群を抜いている。でもそのザンギリでさえ、ボクにとってもまったく脅威にならなかった。

 ボク達を捕まえるか殺しにきたか、どっちにしても関係ない。もうボクはやるって決めたんだ。


「皆、大丈夫だよ。私達、すっっっごく強いんだから。絶対負けないから」


 ロエルが村人に向かって大袈裟に両手を振る。それでも村人達の顔から不安の色が消えない。それはそうだ、今の説明で鬼神衆がどれだけ恐れられている存在か、よくわかった。それに対してボクはというと、ただの旅人。戦いは出来そうだけど絶対に鬼神衆には敵わない。そう考えるのが当たり前だと思う。

 だからちょうどよかった。この鬼神衆とかいう人達には悪いけど、村人達を安心させる為の相手になってもらう。ロエルにも悪いけど、ボク一人で十分だ。


「慢心は身を滅ぼすぞ」


 いつの間にか鬼神衆の一人、青鬼が右手の人差し指を左手で掴み、直立した。左手の人差し指がピンと立ち、魔法の詠唱とも思えないような言葉を発したと思ったらボクの足元から氷の壁が現れた。


「氷牢陣」


 氷の壁に閉じこめられる前に聞いた最後の言葉だった。円形の窓もない氷の牢屋。それがわずか1秒も経たないうちにボクを閉じこめる。すごいな、油断してたつもりじゃないけどこれは予想してなかった。青い仮面をつけているから、氷を使うのか。あ、もしかしてこれも自己魔法(カスタム)かな。


「捉えた」


 丸い氷の牢屋の壁を片手で砕いて出てきたボクに意表を突かれた鬼達。村人達の圧倒された様子、ボクの視界にはそれらがあった。突然ボクが氷に閉じこめられたと思ったら、難なく出てきた。これだけの流れを把握できない村人達は、とりあえずといった感じでボクと鬼達から逃げるように距離をとっている。


「終わり?」

「馬鹿が。――――熱風陣」


 むわっとした暑さがボクの周囲を取り巻いた。一瞬で汗だくになりそうな暑さ、でもこれじゃボクどころか、その辺の魔物さえ殺せそうにない。と思っていたのも束の間、この3人の本当の狙いが明らかになった。


「終了だ。雷豪陣」


 控えていた黄鬼。

 そういう事か、氷の牢屋を溶かしてボクを水浸しにする。その上での雷の雨、雨、雨、嵐。

 光で目がつぶれ、音が村人達の鼓膜を破壊する。耳を押さえて悶絶している50人。

 水は電気をよく通す、それを利用した戦術があるとあの人が教えてくれたっけ。


「終いだ。雷豪陣の雷により体中の組織は壊滅。もはや生物が耐えられるような次元ではない……。?!」


 もしかしてこれだけで勝つつもりだったんだろうか。ボクを甘くみないでほしい。今度はこっちの番だ。

 足首に軽く力を入れてボクは黄鬼の懐に潜り込んだ。やっぱりというか、黄鬼はボクがいた位置を見ている。つまりボクがここまで移動した事にさえ反応できていない。それもほんの1秒にも満たない出来事の間なんだけど、戦いではその隙が命取りだ。

 黄鬼が間合いを詰めたボクに気づき始めた時にはボクはお腹に一撃、貫いてしまわないように拳を入れる。それだけで十分だった。激痛に耐え切れず、黄鬼は悶絶する間もなく倒れた。

 それからはさすがだ。一人やられたにも関わらず、赤鬼と青鬼は迷う事なくボクを襲う。炎の鞭のようなものを操り、氷の鎧を纏い。多分、持っている中で最高の技だと思う。

 でも片方には黄鬼と同じように寝てもらう。そうでないと誰が倒れた二人を運ぶんだ。そんな感じでとっとと帰ってほしい。

 相手を殺さず、手っ取り早く戦いを終わらせるには圧倒する事だ。とにかく圧倒して恐怖させる。命の危険を感じさせれば相手は原始的な本能に従い、戦意を失う。相手が強ければ強いほど、その効果は大きい。イカナ村であの人が教えてくれた。その言葉一つ一つは今でも忘れずに覚えている。


「ぐ……がっ……!」


 うずくまる蒼鬼、気絶している黄鬼。残っている赤鬼は二人を見下ろして、呆然としている。これで諦めてくれないかな。


「まだやるの?」

「面妖な……!」


「……次は殺すよ?」


 完全に脅しだけのつもりだったけど、今の赤鬼にはばつぐんの効果だった。

 最初の時よりも明らかにボクとの距離をとっている。これだけで実力差は十分に伝わったと思えた。

 炎を鞭にしようが、巻きつけようが、焼こうが冷やそうがボクには一切ダメージにはなっていない。今の自分じゃどう足掻いても敵わない相手がいる。ボクが奈落の洞窟でもそうしたように、赤鬼はまさに消えるようにして倒れている二人を担いでこの場から逃げた。


「チッ……」


夜の闇をかき分けるように、森の中へと姿を消す赤鬼。あれ、そういえば村の人が鬼神衆は4人と言っていたけどあと一人はどこにいるんだろうか。まぁいいか。


「終わったよ」


「あの鬼神衆が尻尾を巻いて逃げていったぞ……」

「鬼神衆より強い奴がいるなんて、オラ信じられねぇよ……」

「末恐ろしいなんてものじゃない……」


 顔面蒼白が目立つ村人達を見ていると、やりすぎたかもしれない。ボクが一歩近づくと後ずさりして逃げられるようじゃ、もう少し大人しく済ませたほうがよかったかな。


「ね、リュアちゃんは絶対に負けないよ」


 小躍りしてガッツポーズを取るロエルが妙にかわいらしかったけど、そんなのに見とれている場合じゃない。


「明日の禊とかいうのもそうだけど、詳しく教えてよ。何でも協力するから」


 このまま恐れられたままならどうしようかと思ったけど、しばらくして小さく頷いたのは一番若い男の人だった。その人が語りだす真実、それはボクが想像していたよりも遥かに悲惨だった。


「そういう事なんだ……やっぱりおかしいと思ったんだ……」


 ボクの中で一つの決心が生まれた。それは確実にやってはいけない事だと思う。こんな事情がなかったらボクだって絶対にやらない。


――――その力、どう振るう?


 ハスト様が言った事だ。ボクの持てる力すべて振り絞ってやる。


 国のお偉いさん達をこらしめる?


 いやいや。


 もっと上だ。


 この国の頂点にいる奴。


 守り神といいながら、何一つ手を差し伸べないどころか。


 それどころか。


「リュアちゃん……ほ、本気なの?」


 さすがのロエルも、今度ばかりは不安を隠せない。でもやると決めたんだ。誰にも邪魔はしてほしくない。

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