第83話 日いづる神の国 その3
◆ アズマ 山中 ◆
入り始めは林程度で、こんなもんかと拍子抜けしたけど進むにつれて深さが増した。崖を降りたと思ったらまた急斜面、道なんてものはなくて、ひたすら木が地面を覆っている。空の明るさも葉っぱで隠されていて、昼のはずなのに薄暗い。
もちろん野生の動物なんかもいて、ここにくるまでに二回ほど熊に襲われた。ベアーズフォレストの熊を見た後じゃすごくかわいくみえる。腕を振り下ろそうが何をしようが、ボク達にはまったく傷をつけられない。あんまりしつこいんで少しだけ脅かしたら、縮こまって森の奥に逃げてしまった。
そして次に邪魔なのが虫。気がついたら足に見た事も細い虫がひっついていたり、蚊の集団が飛び交っていたりもしてまさにお邪魔虫だ。もちろん、十二将魔のヴィトが放った化け物の虫みたいなものはいないけど、こっちは数が多すぎて潰しても潰しても切りがない。腹が立ってソニックリッパーを周囲に放とうとしたら、森を無闇に壊しちゃダメってロエルに怒られた。
そんな場合じゃないと思うんだけどな。だってボク達、確実に迷ってるし。
「もう、どっちがどっちだかわからないね……」
「うん、進んでいるのかどうかもわからないよ」
甘くみていた。今まで常識を超えたダンジョンを攻略してきたボク達がこんな魔物も出ない山の中で迷うなんて。
いや、正直言って下手なダンジョンよりよっぽど危ない。雰囲気としてはベアーズフォレストに似ているけど、こっちは広さと深さが段違いだ。山々が連なり、という情報は正しかった。ここが山のどの辺りなのか、一つの山を越えたのかすらもわからない。
一度、大きくジャンプして空中から森を見下ろしつつ、ダイガミ山を目指してみたけどその結果がこれだ。山々なんてものじゃない。山々、山々、山々、山々だ。もうどれだけ山を越えればいいのか、どっちへ進めばいいのかもわからなくなっている。
ダイガミ山に向けてジャンプして近づいたと思っても、それが何の進歩にもなってない。こんなおかしい事があるだろうか。
「やっぱり、普通じゃないなぁ……ここ」
「ラーシュの幻術みたいなので迷わされているとか?」
「あるかも。だとしたらそれをやっているのは……」
「ダイガミ様」
ボクがぴしゃりと言い当てるとロエルも反対しなかった。そうだとしたら、目で見えるものは邪魔なだけだ。ラーシュの時に学んだ事を今、ここで活かしてみよう。ダイガミ様、ボクを甘く見るなよ。
「ロエル、少し急ぐよ」
ボクはそっと目を閉じた。そうなると聴こえてくるのは木々のせせらぎ、これだけがここを森だという事を示している。
「よっと……」
高く伸びる木を飛び越え、ボクは大きくジャンプして前進した。頼るのは完全に勘だ。ダイガミ山を見立てて、ひたすらそこに向けて進む。目の前の風景には頼らない。ただ進むだけだ。
ただひたすら進む。
進む。飛ぶ。進む。飛ぶ。
木の枝なんかが折れたりしながらも着地。
と思ったら、その下は急斜面だった。
「うわぁぁぁ! ごめんロエル、しっかり捕まってて!」
「うん!」
コケだらけの足場が予想外に滑りすぎて、ボクとした事がバランスを崩しかける。あわやと片足だけで保ちつつ、持ち直したかと思えば今度は斜面の下に向かって走らされる。止まろうにも止まれないので、やけになって思いっきりジャンプした。
「ふぉわぁぁぁぁ!」
「ロエル、大丈夫だから!」
枝と葉に容赦なく叩きつけられながらも、なんとか着地する。ふぅ、と一息つきたかったけどそうはさせてくれなかった。足場が崖の先端だったみたいで、それがボクの着地に合わせて丸ごとボロッと崩れ始めたんだからもう大変だ。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!」
もうロエルだけじゃなく、ボクも落下に合わせて悲鳴を上げるしかなかった。いくらがんばったところでボクには羽が生えていないので空は飛べない。こればかりはどうしようもない。
どこまで落ちていくのか、深い谷のような感じになっている。地面に到達するまでボク達の悲鳴が途切れる事はなかった。
◆ アズマ 山中 奥深く ◆
「ぎゃんっ!」
なんて事だろう、ボクとロエルで同じ悲鳴を上げてしまった。レベルのおかげか、ロエルは痛がってはいるけどひどい怪我は負ってない。それどころか、激突する寸前に何か防御魔法のようなものを唱えた気がする。あの回復魔法すらままならなかったロエルが、とっさにそんな事出来るまで成長するなんて。
「いたたた……。ずいぶん深いところまできちゃったね」
「うん、でもなんだか森にしては開けているような……。ほら、ここなんか草ばかりで木があまりないよ」
「あ、あ……」
声がした。動物の鳴き声じゃなくて人の声。ボク達を指して開いた口を塞がずにただひたすら、驚きを全身で表現する女の子。人だ、人間だ。幻か何かじゃないかと疑ったけど、これは人間だ。なぜかって、幻がボク達を見て驚くとは思えないから。
「ひ、人……?」
まさにボク達のセリフだ。こんな深い山の中、熊も出るようなところで女の子に出会えるなんて。
ロエルが言うにはこの国の人達が来ている服は和服というらしい。そこにいる女の子も和服を着ているけど、町の人達と比べるとかなり汚れている。
赤い和服に前髪も後ろ髪も同じ長さで切り揃えた幼い女の子。いや、実際にはボク達とそんなに歳は変わらないのかもしれない。手にはカゴのようなものを持っていて、苺がたくさん摘まれている。
何度も瞬きをしてボク達の存在をなんとか認めようとしているように見えた。
「私達、旅人なんだけど迷っちゃったみたいで。あなたはこの辺りに住んでいる子なの?」
「たび……びと?」
「え? だってボク達ぼうけ…もぎゅっ!」
冒険者、そう言いかけたところでロエルに口を塞がれた。理由はわからないけど、ロエルが止めたって事はまたボクは余計な事を言おうとしたみたい。もういいや、ここはロエルに任せよう。ボクは貝のように黙ってよう。
「そう、旅人さん! こんなところまでようこそ! お疲れでしょ? こっちへ!」
突然、花が咲いたように女の子が笑顔になった。妙にテンションが上がり、踊るように歩き出してボク達を誘う。ボクとロエルは顔を見合わせて、ホッと胸を撫で下ろした。
飛び跳ねるように、女の子は慣れた足取りでこの枝と石だらけのでこぼこした足場を進む。この様子を見る限り、あの子はやっぱりこの辺りに住んでいるのか。まさか一人で暮らしているのかな。
「この先に私達が住む村があるの。お客さんなんて初めてだから、皆きっとびっくりするだろうなぁ」
「村? こんな山奥で他にも人が暮らしているの?」
「小さな村だけどね。ねぇ、今日はうちに泊まっていきなよ!」
見上げると、葉の間から日の光が差し込まなくなっていた。もう夕方を越えて夜になってしまったのか。ボクとしては今日中にサッと千年草を採って帰るつもりだったのにかなり予定が狂った。
王様は薬草摘み程度の依頼だと言っていたけど、大嘘もいいところだ。バームとジルベルトのほうはうまくいってるんだろうか。別に対抗するわけじゃないけど、こっちも負けてられない。
◆ アズマ 山奥の村 ◆
森の一部を切り取ったかのようにそこに畑が広がり、藁の屋根の家が立ち並んでいる。のどか、という意外の感想はあまり出ない。ボクの村の家は丸太を組み合わせた作りだったけど、ここは板を張り合わせたような家ばかりだ。
そして一目で見渡せないほど結構広い。周りが山と森に囲まれているのに対して、ここだけがぽっかりと人の空間が広がっている。どことなく、イカナ村を思い出す。思えばいろいろ教えてくれたあの人も、今のボク達みたいに迷い込んだのかな。
「ゲンスケさん、こんにちわ!」
「おう、ナノカちゃん。ん、んん?」
「あ、この人達は旅人さん。迷ったらしくて、今日は泊めてあげるの」
「ほう! まさかこんなところまでやってくるモンがいたとはなぁ! たまげた!」
畑仕事をしていたおじさんとナノカのやり取り。ボク達が軽く頭を下げると、おじさんはゆっくりしていけ、今日はうちに泊まっていくかと結構しつこくせがんできた。
「なんか、思ったよりも歓迎してくれたな……」
「外から人が来るなんて初めてだからね。物珍しいんじゃない?」
初対面で優しくされたのは、この国に来て初めての事だ。ぼんやり考えていたらどこにそんなにいたのか、ぞろぞろと人が集まってきた。どこから来た、何の目的で旅をしているのか。次々に質問されても答えられるわけがない。
「あーはいはい! 質問は後で! さ、私の家にいきましょ」
「おう、旅人さん! 後でなー!」
「旅の話聞かせてくんろー!」
冷たくされるのも嫌だけど、これはこれで疲れるかもしれない。ダイガミ様について話した途端に態度が変わるし、この国の人達はなんでこんなにも極端なんだろう。
◆ アズマ 山奥の村 ナノカの家 ◆
「さ、遠慮なく!」
藁を一枚敷いただけのシンプルな室内。真ん中には小さな焚き火の上に鍋のようなものがぶら下がっている。囲炉裏というものらしいけど、こんなので料理できるのかな。料理できないボクが言うのも変だけど。
「あばんがるど? よくわからないけど、遠いところから来たのねぇ」
「お母さんも知らないの? コノカお姉ちゃんは?」
「わからない」
ナノカとコノカ、そして二人のお母さんの3人暮らし。ナノカとコノカは双子だけど先に生まれたのがコノカだから彼女がお姉さん。双子なんて初めて見た。せめて髪型と服くらい変えてくれないと、どっちがどっちだかまったくわからない。
ナノカはよく喋る、コノカはもの静か。これくらいしか見分ける方法がない。このお母さんはわかるのかな。と思ったけど、鍋の中のものを二人のお椀によそう時にそれぞれ名前を読んでいたから、理解している。すごい。
「泊めていただいて助かります」
「いーえ、困った時は助け合うのが当然だからねぇ。そうでもないと、こんな場所なんてとても開拓できなかったさ」
「やっぱり、苦労されたんですか?」
「語るのでさえ、苦労するほどね」
「ね! 旅の話聞かせてよ! 私らね、いつか村の外で働くのが夢なの! そうでしょ、お姉ちゃん?」
「……うん」
突然、割って入ってきたナノカ。この二人はずっと村で暮らしているんだろうか。
ロエルが二人に話して聞かせてやると、些細な部分にもいちいち大げさに驚いた。特にロエルが何故か強調して話したセイゲルに対する食いつきがすごい。かっこいいのとか素敵とか、見た事もないのに憧れを膨らませている。いや、いい人なんだけどあんまり期待するのはどうかなと思う。
それからはアバンガルド祭、アバンガルド闘技大会、ウィザードキングダムでの事。思い出すほど、楽しい事ばかりだ。そうか、さっきから聞いていて何か変だなと思ったけどロエルは楽しい話しかしていない。
魔王軍が攻めて来た時の事、ウィザードキングダムやリベアード港での犠牲、嫌な事はあえて言わないようにしているんだ。ロエルは二人の夢を崩さないようにしている。目を輝かせて食い入るように聞いているこの二人を見れば、ボクだってそうするかもしれない。
――――村の外には楽しい事がたくさんあるんだね!
――――フ、どうだろうな
あ。そうか。あの人もロエルと同じ気持ちだったんだ。イカナ村以外の場所を見た事がないボクに嫌な思いをさせないよう、面白可笑しく話す。今、ようやくわかった。
「きんぶそうグリイマン!? それからそれから?」
「き、きん……」
いや、なんでグリイマンの事は話したの。そしてコノカはなんで顔を赤くしてるんだろう。金がどうかしたのかな。
「あぁ~! もう早く村の外に出たいなぁ! そしたら都で野菜なんかパーッと売ってさ! お母さんにも楽させてやれるし!」
「男性からえすこーとされたりして……」
「えすこーと? お姉ちゃん、なにそれ?」
「男性から声をかけてきて……それで……ボッ」
自分で言っておいて、また耳まで赤くしている。勝手に顔を覆ってるしこのお姉ちゃん、ちょっと変だよ。あと、えすこーとってなに。
「ロエル、えすこーとってなに?」
「うーん、いわゆるなんぱかなぁ?」
「なんぱ?」
「要するに恋ね! いいなぁ恋! 都にいったら素敵な男性とめぐり合って恋もしちゃおう!」
「やりたい事多すぎ……」
「お金が溜まったら綺麗な服も買って恋に商売! 都での夢は膨らむ一方! リュアさんにロエルさん、私達、夢多き乙女なの! だから負けないよ!」
あまりの二人の盛り上がりにボクとロエルは何も言えなくなる。気持ちはわかるけど、楽しい事ばかりじゃないんだけどな。悪い奴だってたくさんいるし、知らない事が多すぎる。この二人は字が読めるんだろうか。ボクもロエルがいなかったら本当にどうなっていたか。
「二人は将来、村の外で働きたいんだね」
「そう! この村の女の子はね、15歳になるまで村から出ちゃいけない事になってるの。15歳になってダイガミ山で禊をやれば晴れて外へ! それで一つ上のお友達も無事に旅立ったの」
「で、でもこんな森から出られるのかな……ボク達でさえ、迷ったのに」
「実は大人しか知らない抜け道があるらしいの。あと数日、禊が終わったら私達もそこを教えてもらうって話」
「明後日の禊で私達、晴れて15歳……楽しみ」
なんだって。そんなのがあるなら、もっと早く知りたかった。いや、山から出てもしょうがないか。
それより今ダイガミ山って言ったけど、もしかしたらここから近いのかな。ロエルをちらりと見ると、ロエルもボクを見ていた。
「ナノカちゃん、ダイガミ山はここから近いの?」
「うん? 村の北にある山道を進めばすぐだよ?」
「そうなんだ……」
きた。やっぱり正解だった。思わず『よしっ』と言いそうになるところを抑える。また余計な事をしたら今度はこの人達も怒らせてしまう。
でも今日のところはこの家に泊めてもらおう。ダイガミ山は明日だ。
◆ アズマ 山奥の村 ナノカの家 夜 ◆
「寝苦しいかもしれないけど……」
そういってナノカとコノカのお母さんは藁を敷いてくれた。
もちろんベッドなんてないのはわかっていたけど案外、寝心地は悪くない。そもそも奈落の洞窟では被る代わりのものすら見つけるのが難しかったから、そのまま地べたに寝ていたし。
「静かな夜だなぁ……ん?」
月明かりが差し込む柵のついた窓、そこから誰かが覗いていたような気がした。何かが慌ててサッと隠れたような、妙な気配。村の人かな。
それから少し経って、何かボソボソと話し声のようなものが聴こえてくる。
「誰かいるのかな?」
柵から覗き込むと数人の村人達が慌てて逃げるように、暗闇の中を走っているのが見えた。それにあの人達が持っていたもの、あれって畑仕事で使っている鍬だ。なんであんなものを持ってこんな夜中に。
もしかしてボク達を殺そうとしたとか。いや、昼間にナノカが挨拶した人も優しそうだったし、そもそも殺すくらいなら追い出すはず。今度はダイガミ様の悪口を言ったわけでもないし、殺される理由がわからない。
「ま、何が襲ってきても問題ないか」
隣ですやすやと寝息を立てているロエルだって、ボクがいれば十分に守れる。奈落の洞窟では寝込みを魔物に襲われるなんて珍しくなかった。ましてや、あの人達は畑仕事なんかで多少鍛えられてはいるけど、魔物に比べたら何の脅威にもならない。
「寝るか、おやすみロエル」
すでに熟睡しているロエルに向かっておやすみの挨拶。意味はないけど、それからボクも寝た。
◆ シンレポート ◆
れぽれぽ しんは まじめなので どんなささいなことでも みのがさず かく!
とつぜん めをとじて ろえるをおんぶして はしりだす こむすめ
かっこいいことをしているつもりか
まよってるのが ばればれであった
しんは しってる
やまは ほうがくも わかりにくくて まえにすすんでるつもりでも おなじみちを
いったりきたりして そうなんする
ふっふっふっふ しんは あのばかむすめとちがって はくしきなのです
どんなところにでも ひそみ どんなにとおくからでも みとおせる このしんの目
にがさないです
りゅあの じゃくてん!
ほうこうおんち! かんがえなしで やまにむかう ばか!
そして もうひとつ しんは おもしろいことを はっけんしたのです
あのむら りゅあたちは やさしくされて ほっとしているですが
しんは とんでもない ひみつをしってしまったのです
それは このくにに かこにおこったことと てらしあわせてかんがえれば
とうぜんなのですが ばかむすめたちは ぜったいにきづかないです
なぜ あんな ふべんなところに ひとがすんでいるのか
すこしは あやしめ ばか




