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第82話 日いづる神の国 その2

◆ アズマ カイ都 大明光神社 ◆


 ツキバ町から約30分。ボクがロエルをおんぶして全力疾走しても30分。普通に歩けば一週間はかかる道のりだと教えられたけど、迷う事さえなければこんなものか。何より、キゼル渓谷みたいな変な場所が一切ないのがありがたかった。ツキバ町からカイ都まではきちんと道が続いていたし、看板での案内も万全だった。ロエルがいなかったら、もちろん読めなかったけど。

 普通ならのんびり歩いて旅を楽しみたいところだけど、さすがに船での移動に時間がかかりすぎたので大幅に短縮する事にした。あくまでも王様の依頼で来ているから、あまりゆっくりと観光している場合じゃない。

 宿屋のおばさんが言っていた通り、本当に魔物がいない。それどころか、のんびりと一人で歩く人達が目についた。ダイガミ様のおかげで魔物がいなくなったというよりも、元々魔物がこの場所にいなかったというほうがしっくりくる。やっぱりここは神様の力で守られている国なんだろうか。


「なんだかここも眠くなる場所だね」

「リュアちゃんは興味のないものが現れると全部それだね……」


 観光している場合じゃないんだけど、ロエルがどうしてもというので参拝というものをする事にした。

 赤い柱と白い壁、そして大きな瓦屋根が合体した変な建物。そこに続くこれまた変な門のようなもの。ロエルが言うには鳥居というものらしい。

 何でもここで参拝をすればご利益、つまりいい事があるらしい。参拝というのは要するに神様に感謝しつつ、何かお願いすればいいのかなとボクなりに解釈した。あそこで手を合わせている人達は何をお願いしているのかな。やっぱり大金持ちになりたいとかお願いしてるのかな。


「なんだか、男女の組み合わせが多いような……」

「そりゃそうじゃ。なんたってここは縁結びのご利益が一番大きいからのう」


 ロエルがぼやくと、黒くて長い帽子を被ったおじいさんが声をかけてきた。どういう人なんだろうとは思ったけど、多分ここの神社という場所に住んでる人なんだろうなと勝手に自分の中で片付ける。

 それよりもボクには縁結びという言葉のほうが気になったからだ。


「エンムスビってなに?」

「未婚の者がああやってダイガミ様にお願いするんじゃ。するとどうだ、仲睦まじい二人はやがて結婚し、元気な子供を出産して幸せな家庭を築く。これまでまるで恋が実らなかった者に春が訪れる。異国から来た者には信じられんかもしれんが、これもダイガミ様のご利益じゃて」


 そういう事か。それじゃ尚更ボク達には関係のない場所だ。なんたってボク達は女の子同士だし。と思ったけどロエルが何故か熱心に話を聞いている。だって結婚だの家庭だのボク達、女の子だよ。まったく関係ないよ。どうしたの。


「じゃあ、お参りしようか」

「え、ボク達女の子だけど……」

「いいの、早くっ」


 こういう時のロエルはおいしいお店の行列を見つけた時みたいに、ぐいぐい引っ張ってくる。レベル60も越えると力もそれなりにつくんだなと改めて思う。ボクが転びそうになっても、手首を離す気はないらしい。

 神社の前までいくと、ちょうど前の人がお参りを終わったところだった。両手を合わせて、目を閉じてしばらくジッとしていたけどあれでいいんだろうか。あんな事で本当に神様がわかってくれるんだろうか。


「……リュアちゃん、ありがとね」

「い、いきなりどうしたの?」

「なんでもないっ! さ、いこっ!」

「わわっ! ちょ、なんでくっつくのさ!」


 この上ないくらいうれしそうにロエルはボクの腕に自分の腕をまわして、強引に歩き出した。これじゃ、本当にさっきの恋人同士みたいだ。


「お腹空いたね。そうだ、パブロさんのお店で食べたギュウドンってあるでしょ? あれ、この国で発祥した食べ物なんだよ」

「そういえば、前にそんな事を言ってたね。食べにいくの? また冷たくされないといいけど……」

「大丈夫だって。だって私達はダイガミ様に興味津々なんだもの!」

「あぁ、そういえばそういう話だったね……」


 ロエルがぎゅっと小さく腕に力を入れる。少し肌寒いし暖かくていいけど、なんだか妙に恥ずかしい。そういえば小さい頃はそんな事、気にしなかったのにな。なんで今になってそんな事、思うようになったんだろう。


「そういえば? そういう話、だった……?」


 後ろでそうはっきりと呟いたのはさっきのおじいさんだった。何気なく声がしたから振り返ってみれば歯を食いしばり、被っていた黒い帽子をその手で力いっぱい握り締めている。皺だらけの顔に更に皺がより、目を見開いてボク達をはっきりと捉えている。


「そういえば、だと……」


 今すぐにでもボク達に襲い掛かってもおかしくない程、その表情には怒りで溢れていた。ロエルは機嫌がよすぎて鼻歌を歌っていて、おじいさんの様子にはまったく気づいていない。

 神社の鳥居をくぐって町に戻ろうとして振り返ったら、まだおじいさんは同じ姿勢のままボク達を睨みつけていた。

 ここにきて始めてボクはやらかした、と後悔した。王様やカークトンが言っていた事は本当だった。ボクにとっては些細な事でもあの人達にとって許せないものなんだ。

 あのおじいさんが追いかけてくる事はなかったけど、多分ボク達が見えなくなった後もずっと同じように立っている。そんな気がした。


◆ アズマ カイ都 食事処たらふく亭 ◆


 宿屋の時と同じように入った時はいい顔をされなかったけど、ダイガミ様を褒めたら態度が変わった。これはもしかして代金も無料になるかも、と期待していたけどさすがにそうはならなかった。とはいっても、お金は大量にあるし今のところそれで困る事はない。

 パブロの店や城下町の店と違って、この店は全体的にこじんまりとしている。テーブルが5つくらいしかなくて、人もあんまりいない。

 その人達が食べているものが何だか変わっていた。黒い汁に入ったパスタみたいな細いものをすすっている人が二人。あんまりおいしそうには見えないけど、汁まで全部飲んでいたところを見ると実はおいしかったりするのかな。


「やっぱり本場! 肉からして違う! 煮込んだ時のタレが違うのかな?」


 人気のないお店なんだろうかと思ったけど、味はとんでもなくおいしかった。ロエルみたいな説明は出来ないけどおいしい。


「気に入ってくれたかい? 牛丼は他大陸から伝わった料理を参考にしているんだよ。

まぁうちほど良質な肉を使っている店はなかなかないけどね。それもこれもすべてダイガミ様のご加護さ。あー、来年も商売繁盛しますように……」


 店の人が突然、手を合わせて目を閉じる。ボク達が神社でやったのと同じだ。ダイガミ様のおかげでおいしいギュウドンが食べられるって、なんか納得いかない。神様がそこまでやってくれるなら、なんで昨日ボク達を騙した人達みたいなのは平気でいられるんだろう。

 魔物がいないなら、ああいう人達もいなくならなきゃダメなんじゃないか。


「ごちそうさま! 最初はどうなるかと思ったけど、いい国だねぇ」

「ロエルはおいしいものが食べられればどこでもいい国になるんじゃ……ウィザードキングダムのお祭り騒ぎの時も同じ事いってたし」

「リュアちゃん。世の中にはおいしい食事どころか、食べる物さえなくて草をかじっているところもあるんだよ。だから食べる事に感謝するのは当たり前なの」

「そ、そう……」


 なんか話がずれてる気がしないでもないけど、そこまで間違った事はいってない。

 思えばボクが奈落の洞窟にいた時は倒した魔物を焼いたりして食べていたけど、まずくて食べられないものもたくさんあった。それだけならまだしも、体の調子が悪くなったりするものまであって苦労した。

 それから考えるとまともなものが食べられるのは当たり前のように思えて、実は恵まれた環境なんだと思う。


「熱心なのは感心するけど、ダイガミ山への参拝は無理だよ。険しい山々に囲まれていて、普通の人間が近づける場所じゃない。年に何回かは命をかけて参拝しにいく人達もいるけど、本当に命をなくしてしまったのが大半さ。私達みたいな平凡な人間にはここから見えるあの頂だけで十分だよ」


 たらふく亭の窓から見えるダイガミ山の頂上。ここから見る限りでも、頂上のほんの先しか見えない。魔物は出ないにしても、野生の動物はたくさんいるはず。熊なんかでも、戦えない人からしたら十分に脅威だ。

 それに加えて深い森で覆われている山への道。ボクとしては迷わずにあそこまで行けるか、それが心配だった。用意した食料はたっぷりあるけど、いざとなったらダッシュで駆け上がるしかない。


「さ、腹ごしらえも終わったしそろそろ」


「そこの二人、そこになおれぃ! 神妙に縄につくのだ!」


 複数のこれまた、物騒な人達が入ってきた。昨日絡んできた人達とは違って、綺麗な服装をしている。何よりムゲンみたいな頭にぴょこんと生えている馬のしっぽみたいな髪の毛が印象に残った。板を張り合わせたような、赤い平たい鎧に腰に差した刀。ボクが知る鎧よりは防御力が低そう、だけどその分動きやすいかも。なんてのんびりしている場合じゃない。なんだろう、この人達。


「こ、これはおサムライ様……如何様で?」

「店主、そこを退け。ここにいる娘達はダイガミ様への侮辱、及び不敬の容疑がかかっている」

「なっ、なんですと?!」


 あれだけ優しそうな顔をしていた店の人の表情が一変した。まるで汚いものでも見るかのように、顔をしかめてサムライという人達の近くに逃げるように小走りする。


「あ、あの、私達ダイガミ様を侮辱するような事は……」

「黙れ! その名を軽々しく口にするな! 大明光神社での狼藉、すでに聞き及んでいるのだぞ!」

「あ……」


 やっぱり。あのおじいさんがこの人達に報告したんだ。ボクが下手な事を言ったばかりに、こんな状況に追い込まれてしまった。どうしよう、せっかくロエルがうまくやってくれたのにボクのせいで台無しだ。ダメだ、本当にボクはダメだ。戦いが出来ても、その他の事が全然うまく出来ない。

 料理だって文字の読み書きだって戦い以外は全部ロエルのほうがうまい。ロエルに頼りっぱなしでたまに申し訳ないなと思いつつも感謝していた。それなのにこんな事になってしまった。


「ロエル……ボク」

「捕まるわけにはいかないよね、リュアちゃん」

「え……う、うん」

「私達にはやらなきゃいけない事がたくさんあるんだから。大明光神社でも、そう願った。私達、これからもずっと一緒にいて楽しい事たくさんしたいって。リュアちゃんはこんなところで終わりたいの?」

「……ロエル」


 もしかしてロエルはボクが余計な事を言ったせいだとわかっていたのかもしれない。でも責めるような事はしなかった。ボクを励ましてくれている、それ以外はない。


「ロエル、ちょっと」

「あ、わかった」


 ボクが身をかがめるとロエルは背中に抱きついて、おぶさってくれた。サムライの人達は刀を構えたまま、ボク達の行動の意味を理解できないまま見守っている。


「妙な真似は謹んでもらおうか!」

「いくよ、ロエルッ!」


 ボクはサムライの人達の間を駆け抜けた。ボクが通り抜けた後も、サムライ達は同じように刀を構えたままだ。ボクがロエルをおんぶしたと思ったら、突然消えた。ほんの一瞬だけサムライ達は固まっていたはず。そしてその直後、ボクがいない事に気づく。騒ぐのはその後だ。

 周りを見渡そうが何をしようが、もうボクはそこにはいない。あの人達がようやく何が起こったのかを理解した時にはボクはもうカイ都を走り抜けて出口に向かっている。

 少なくとも、あの人達に捉えられる様な鍛え方はしていない。見たところ、アバンガルドの兵士達と同じくらいの強さかな。あの構えからして変わった戦い方をしそうだから、見てみたかったけどそんな暇はない。


「リュアちゃん、このままダイガミ山に?」


 そう、今目指すべきはあそこのダイガミ山だ。

 ダイガミ様という存在がどれだけこの国の人達にとってかけがえのないものか、よくわかった。だけど立ち止まるわけにはいかない。ボクには、いやボク達は前に進まなきゃいけない。

 ダイガミ様、千年草。どんな事情があろうともう引き返せないんだ。この国の人達やダイガミ様には悪いけど、邪魔されてたまるもんか。


「あそこから山に続いているね」

「ダイガミ様、千年草下さいっ」


 無理なお願いを呟いて、ボクは木々が生い茂る森の中へ飛び込んだ。


◆ アズマ カイ都 たらふく亭 ◆


「消えちゃいましたよ! 消えましたよ?!」

「黙れ、店の主人!」

「はい……」


 子供だと思ってあまく見ていた。妖術の類か、娘どもは一瞬にしてこの場から消えうせた。いや、恐らくは我々が捉えきれなかっただけの話だろう。我らとて度重なる戦を勝ち抜いてきた猛者。いかなる者にも遅れはとらぬと自負してきた。

 それがどうだ、異国の子供にすら手玉に取られる始末。誰が見ようとこれは失態だ。いかなる処罰も受ける覚悟はある。だがその前に納得はしたい。

 あの娘どもは何者なのか。もしや数年前にも訪れてきたアバンガルドという国からやってきた者達なのか。だとすれば、狙いは千年草。いかん、あのまま野放しにしておくわけには。これまで幾多の目をかいくぐって、ようやく隠し通したあの千年草だけは何としてでも守らねば。

 それだけではない、ダイガミ山には更なる秘密がある。もしあの者達が今でも生きているとしたら、娘達と接触されると非常に厄介だ。いかん、いかんぞ。


「……逃がしたか」


 まるで空気が喋り出したかのような透明すぎる存在感。声がして始めて気づけるそこの鬼。鬼は一匹か、はたまた二匹か。同じだ、あの時と。数年前にも異国の者を闇に葬ったように、今度も鬼どもはそれを遂行しに来た。


「鬼神衆か……」

「サムライどもには荷が重い相手だ。戦えば間違いなくその首が飛んだであろう」

「相手は物の怪だ。鬼といえど手を焼く」


 鬼の面に紫と黒の装束。赤、青、黄色の面をつけた三匹の鬼の素顔を見たものはいない。戦いにおいてはわずかな表情の変化さえ、命取りになる。奴らは少しでも戦いの不利になるような事はしない。故に鬼の面、とは聞いたが俺に言わせれば正真正銘の鬼という他はない。

 古来から伝わる鬼の伝説。人を食らう悪鬼。もしかしたら、その凶暴さと醜悪さを兼ね揃えた人間が伝承となって今に残っているのかもしれない。そう、奴らのように。


紅鬼(こうき)、視えたか?」

「あれは速いな。だが、問題はない」

「フ……期待しているぞ」

「追うぞ、蒼鬼(そうき)


 彼らもまた、その場から消失した。残されたのは間抜け面を下げた俺達なまくらサムライに腰を抜かした店の主人。あの娘が鬼の子だとすれば、相手取るのは鬼しかあるまい。



◆ シンレポート ◆


しんれぽ! ふっかつ!


あずま! あずまだよ!

ちょんまげどもが ふんぞりかえって きりすてごめん!

すし! てんぷら! どんぶり! みかくまんさい! あ なっとうは いや

ぎゅうどん おいしそうだった

つまみぐいしようとおもったけど みつかって ひきちぎられたら いやだから やめた


じんじゃで えんむすび おまいり

まえまえから あやしいとはおもっていたが あのふたり やっぱり れ れ

きゃーこれいじょうは!


そして りゅあのしつげんで いっきに ぴんち!

ばかです ほんとうにあのむすめは ばかです のーきんです

おにのおめんをつけた ゆかいなやつらに おわれ いきつくさきは やまのなか

しかし あのおにのおめんどもには あまりきたいしていない

うちのじゅうにしょうまが かてなくて おめんにかてるどうりが どこにある


ともかく りゅあの じゃくてん!

ばか あほ まぬけ

ふっふっふ これでまおうさまにほめられること まちがいなし!

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