第81話 日いづる神の国 その1
◆ アズマ ツキバ港 ◆
アバンガルドを出て何日経ったのかな。多分、一ヶ月近くは経っていると思う。アバンガルド王国の港から船で出てバラード大陸、そこからまた船に乗ってこのツキバ港にようやく到着。相変わらず船旅が退屈なのはどうしようもない。ロエルは他の乗客とうまく話し込んでいて、それなりに楽しんでいるけどボクにとっては船旅は地獄でしかない事がわかった。他の人には悪いけど、まだ魔物が襲ってきてくれたほうが退屈しない。
でも実際にそうなったのは数える程度、しかもドリドンの時と比べて弱い魔物しかいなかった。おまけに今回は護衛についていた人達が結構強くて、ボクが昼寝から目が覚めた時にはすべて終わっていた事もあった。ボートム達が弱いとは言わないけど、あの人達は更に手馴れている感じだった。
冒険者登録はしてないみたいで、レベルなんかも計った事がないらしい。世の中には冒険者じゃない人も大勢いるというのは、本当だったみたい。
ちなみに片翼の悪魔についても聞いてもらったけど、予想通り知らなかった。
「あぁ~、やーっと着いたね!」
ロエルと同じく、ボクも大きく背伸びをした。久しぶりに陸に足をつけた気がする。
そしてそこには一風変わった光景が広がっていた。最初にボクがイメージしていた通りの木作りの船が並んでいて、建物の屋根には黒い板みたいなものが何枚も重ねてある。そしてあの人達の服装、どの人も似た感じで寒そうだ。そうだ、確かボクが倒したザンギリも同じような服を着ていた。
あ、でもあの女の人はなんだか動きにくそうな服だ。お腹の辺りに布団みたいなのを巻きつけてるし、足先まですっぽりと隠れていて、あれじゃ走る事もできなさそう。
「あの屋根はね、瓦屋根っていうんだよ。珍しいよねぇ」
「あの人達、なんか寒そうだね。あ、あそこの人は樽みたいなのを棒にぶら下げて歩いてる。何してるのかな」
見渡せば見渡すほど興味は尽きなかった。アバンガルドの港も賑わっていたけど、こっちはなんていうか熱気がある。あちらこちらから元気のいい声が聴こえてきて、逆にうるさいくらいだ。あっちでは大量の魚を広げて何かやってるし、国が違うだけでこんなにも変わるものなんだ。すごい。
「ロエル、早速ダイガミ山へ行こう」
「う、うん。まずは場所を聞かないとね。あの、すみません。ちょっといいですか?」
ロエルが声をかけたのにその人は何も答えずに歩いていった。聴こえなかったのかな。今度は別の人に声をかけるロエル。
「あれぇ、もっと大きな声を出さないとダメかな? すみませーん!」
「……チッ」
今度、話しかけた男の人は舌打ちをしただけで早歩きでどこかに行ってしまった。めげずに次々と声をかけるけど、誰も取り合ってくれない。
「こっちゃ忙しいんだよ! 観光か何か知らないが邪魔だ! シッ! シッ! ったく、祭りでもねぇのに馬鹿みてぇな格好しやがって……」
カチンとくるってこの事をいうんだろうか。カチンときた。
「何さ、あの人! ロエル、さっきから変な人しかいないよ!」
「うーん、あの人達からすれば私達のほうが変な人なんじゃないかな。それにさっきから、ジロジロ見られているような……」
本当だ、誰もがジロリとこちらを見ながら歩き去っている。何か悪口を言われているのか、ヒソヒソと囁かれてもいる。
思えばボクが初めてクイーミルに来た時も同じだった。相手がちょっと変わっているからって、そんなにも関わりたくないものなんだろうか。あの時と同じように、なんだか悔し涙が出てきた。
「もうちょっと、歩こうか」
ロエルの提案通り、港から離れる事にした。ここは多分、働く人達が多くて皆忙しいんだ。だから誰もがイライラしている。そう思い込む事にした。
◆ アズマ ツキバ町 ◆
港から離れると、民家かお店なのかわからない建物が立ち並ぶところに出た。どこの建物も、入り口が開きっぱなしでなんだか変わった雰囲気だ。あそこだと、赤い台に座って何かに刺さった丸い物が連なっているものを食べている人達がいる。
「あ、あれね! お団子っていうんだよ! いうんだよ!」
なるほど、ロエルが舌なめずりするわけだ。白い一口サイズの丸い物に甘そうな黒紫のようなものがかかっている。ロエルによれば、あれはあんこというらしい。
「ん~! おいちぃ!」
「わ、これはおいちい……」
早速、買って食べてみた。絶妙な甘さが口の中で広がり、癖になりそう。しかもこれで3本セットで100ゴールドは安すぎる。カークトンは余所者には厳しいみたいな事いっていたけど、まったくそんな事ない。確かにさっきの人達には冷たくされたけど、こうしてお金さえ出せばおいしいものを食べさせてくれる。まだまだこんなに不思議でおいしいものがあるんだろうか。
アズマっていいところだなぁ、なんてロエルでもないのに食い意地を張ってしまいそう。
「団子くださいな」
「はい、3本で3ゴールドね」
ボク達二人が店の人を見ると、『しまった』と小声で呟いたのがはっきり聴こえた。なんであの人には3ゴールドで売ったのに、ボク達だけ100ゴールドなんだ。
店の人に理由を聞いても、無視されてそそくさと奥へ引っ込んでしまった。なにこれ。
「……そういえば、何も知らない観光客に普通よりも高い値段で売りつける店があるんだって。私達、見事にやられちゃった」
「なにそれ! もう、あの人許せないよ!」
「ただでさえ目立ってるしトラブルだけはやめて、リュアちゃん」
結局、二人して溜息をつくしかなかった。それからとぼとぼと歩くけど、誰に話しかけても無視されるし、相変わらず視線は感じるしどうしたらいいのかわからなくなってくる。
「ロエル、どうしたらいいのかな」
「うーん、あとちょっとでいい考えが浮かびそう……」
「浮かんだ?」
「あとちょっと」
「まだ?」
「まだ」
「早く」
「もー! 黙ってて!」
「そこの可憐なお二人、もしかして異国から観光に来た者かな?」
不意に声をかけてきたその男の人は、にこやかだった。今までずっと無視されていたのに、いきなり話しかけられてボクもロエルも突然の事で言葉が出ない。
それを察したのか、男の人はまた笑顔を作った。
「あ、はい。そうなんです。あの」
「やはりそうか。何やらお困りのようだね。大方、今晩の宿すらとれていないだろう? この町には多くの宿があるが、観光客相手に暴利を吹っかける悪質な所も多くてね。私でよければ、いい宿を教えてあげよう」
「ほ、本当ですか?! 助かります!」
「あぁ、じゃあついておいで」
なんだ、いい人もいるじゃないか。ボクとロエルはホッとして顔を見合わせた。
◆ アズマ ツキバ港 袋小路 ◆
ついていったはいいけど、どんどん人気のない場所に入っていく。本当にこんな場所に宿屋なんてあるのかと思ったけど、とうとう行き止まりにぶち当たった。
ここまでくればさすがのボクでも騙されたとわかる。男の人は背中を見せたまま、何も言わない。
「あの、宿は……?」
「……てめぇら、出番だぞ」
男の人がさっきとは別人のような低い声で指示を出す。そしてボク達の後ろに現れたのは5人の男達だった。四角い角ばった顔にずんぐりした体型。細身で目の吊りあがった男。どれも凶悪な顔つきをしていて、とてもいい人には見えない。そんな人達、全員が腰に武器を身につけている。
そして男達がそれを引き抜くと細くてすぐに折れそうな剣が出てきた。そう、あれと同じ武器をザンギリも使っていた。刀という武器だ。
「あの、宿は?」
「馬鹿な小娘だな。まだ騙された事に気づかないのか。痛い目に遭いたくなかったら、大人しくしろ」
「リュアちゃん、やっぱり悪い人達だったね……」
「はぁ、本当この国は何なのさ……ウィザードキングダムとは大違いだよ」
「へっへっへっ、異国の女か、なかなかの上玉じゃねえか」
男の一人がにやけながらにじり寄ってくる。涎をすする音がなんとも気持ち悪い。
本当にもう溜息しか出ない、ボク達が何をしたというんだ。こんなのを相手にする為に遥々やってきたわけじゃない。大人しくしたら、見逃してくれるのか。いや、どうせろくでもない事を考えてるに決まってる。もういい、全員寝てもらう事にする。
・
・
・
「か、はっ……」
体をくの字に曲げて悶える男達を尻目にボク達は歩き始める。本当にイライラしていたからあんまり後悔はしていない。顔面蒼白で悶絶している男に至っては、ロエルのファイアロッドの先端が思いっきりお腹の下辺りに当たった。
この世のものとは思えないほどの表情をしていて、死ぬほど痛かったんだなと思える。お腹、股の辺りを必死に抑えている姿を見ると、少しだけ同情した。
倒す前に、ダイガミ山について聞いたけど教えてくれなかった。あっちから見れば、絶体絶命のボク達がのんびりそんな事を質問してきたものだから、やっぱり怒って当然かな。それがきっかけで襲いかかってきたから、こうなってしまった。
「……宿、探そうか」
「私、思いついちゃった。あのね……」
ロエルの思いつき、それはこの町の人達から確実にダイガミ山の場所を聞ける方法だった。そんな事でうまくいくのかなとボクは不安に思うのだけど、ロエルが自信満々に胸を張っているからまぁいいか。
◆ アズマ ツキバ町 ホトトギのお宿 ◆
「ほう! 異国から遥々とダイガミ様をねぇ! こりゃ感心! いいねぇ、今日は泊まっていきなよ!」
ボク達が入ってきても無視を決め込んでいた無愛想な宿屋の太り気味のおばさんが、今やこの上機嫌。つまりはロエルの思いつきが成功したんだけど、なんだか申し訳ない気分になるのはボクだけだろうか。
「はい。私達、アズマのダイガミ様とその信仰や影響力について以前からとても興味を持っていたんです。それでようやくお金が溜まったので遥々やってきたんですよ。実際に見ると、想像以上に素晴らしい国で驚きました。やっぱりダイガミ様のご加護のおかげでしょうか」
「まぁねぇ! 今年の大豊作もすべてダイガミ様のおかげさ! この国の豊かさはダイガミ様あってのものなんだよ」
よくもここまで思いつきで話せるなと改めてロエルを尊敬した。ダイガミ様の名前なんて王様に聞くまで、まったく知らなかったしボクは別に興味もない。ポイントとしては、まだ何も知らないけどダイガミ様については興味があるという態度をとる事らしい。
下手に今、調べているなんていってしまったら知識不足がバレて面倒な事になりかねない。だからあくまでお気楽な観光客で通すんだよって強い口調で言われた時は、ボクはロエルには絶対勝てないと思った。うん、やっぱりボクにはロエルが必要だ。ずっと一緒にいたい。むしろ、ついていく。
「まずはここから東にある都にいくんだね。そこにある大明光神社での参拝は健康、商運、縁結びなんかのご利益があるんだよ。ダイガミ様を祀っているダイガミ山もすぐそこさ」
上機嫌なんてもんじゃなく宿代もほとんど無料にしてくれた他、夕食は見た事もないご馳走が出てきた。中でもしょっぱい茶色いスープが意外とおいしかった。でも、味噌汁という名前だけ聞くとあまりおいしそうに見えない。
そんな中、ボクがこの国に来て最初に驚いた事がある。それはこの国には魔物が存在しないという事。
「マモノ? なんだいそれは?」
この国はダイガミ様によって守られているから、そういう不浄な存在はいないと説明してくれた。という事は他の国と違って、戦う力のない人でも護衛を雇わずに誰でも安心して歩ける。これってかなりすごい事なんじゃないか。
もちろん、すごいのはダイガミ様という存在だ。この神様が本当にいて、魔物達の存在をなくしているんだとしたら、どれだけ大きな力を持った神様なんだろう。どんな力で、どうやって。あのヴァンダルシアにも同じ事が出来るだろうか。
「寝る前に今日も一日、健康で過ごせた事をダイガミ様に感謝しないとねぇ。あんた達も忘れるんじゃないよ」
もしかしたら魔王軍でさえ、この国には手を出せないかもしれない。




