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第78話 ファントム 後編

◆ アバンガルド城下町 路地 ◆


 二人の刃がボクに突き刺さる事はなかった。それよりも遥かに速くソニックスピアが片方の肩を打ち抜いた。ナイフで襲い掛かってきたほうはそれで対処して、もう一人の剣を持っているほうは刃ごと素手で掴んで寝ているボクのほうへと引っ張る。

 思いもよらない力で引き寄せられた黒い奴はバランスを崩して、ボクの上に倒れこんだ。その隙を見逃すはずがない。すぐに体を反転させて上下を逆転させた。そいつが下に、ボクが上になって胸の辺りを押さえ込んでいる状態だ。ソニックスピアで肩をやられたほうは手で押さえて痛みに耐えてはいるけど、これ以上抵抗する事はなかった。

 完全に負けを認めた様子だ。ボクに押さえられて下になっているこいつも、もうナイフを捨てている。もちろん、ボクもこれ以上何かするつもりはない。セイゲルとガンテツは肩を撃ち抜かれたほうを取り押えて、黒いマスクを引き剥がした。どんな顔なのかと思えば、別に何てことはなかった。知らない男の人、ただそれだけの感想しか出てこない。グラーブみたいな強烈なインパクトでもあれば、まだ驚いたかもしれない。


「……お前、冒険者か?」


 セイゲルが問いただしても、両腕ごと掴まれて二人に拘束された男の人は答えない。ただ無念そうにうつむき加減で歯軋りをしているだけだ。肩から流れる血が大変な事になっていたのを見て、ロエルに回復してもらおうと思ったけどまだヘロヘロで座り込んでいる。

 どうしよう、と思っていたらガンテツが道具袋から回復薬を取り出した。なんとか止血は出来たけど、傷口は開いたままだ。かなり手加減したはずなのに、それでも致命傷になりかねないのか。ローレルみたいな高レベルの冒険者ならともかく、並みの冒険者だと今のソニックスピアでも危ない。でもそうは言っていられない状況だってあるし、命を狙われたんだから大怪我くらいは我慢してほしいとは思う。いや、大怪我は我慢出来ないか。

 そしてボクも下にいる奴のマスクを取った。こっちも男の人、あっちよりは若い感じだけど短髪でどこにでもいそうな顔だ。


「なんでボクを狙ったの?」

「……すまない」


 かすれた声で冒険者は謝った。謝られても、ボクじゃなかったら死んでいた。いや、実際殺すつもりだったんだろうけど、謝るくらいなら最初からこんな事しないでほしい。

 お酒でフラフラになっていたボクなら倒せると判断したんだろうけど、この人達の実力だとキゼル渓谷すら越えられない気がする。



「オレはともかく、リュアは今や冒険者の間じゃ割と有名だしこっちのドラゴンハンターに至っては、知らない奴はいないほどだ。それなのに向かってきたところを見ると、お前ら新参だろ? とりあえず、身元を確認させろ」


 冒険者の二人は無言でガンテツにカードを差し出した。


【マイク Lv:4 クラス:ソードファイター ランク:D】

【ウモン Lv:3 クラス:シーフ ランク:D】


「ド新人じゃないの。まぁさっきの動きからして、そんな匂いはしたけどさ。な、二人とも。どうしてこんな事をしたんだい? セイゲルさんは優しいから事と次第によっては許してやるよん」

「許すも何も、狙われたのはボクなんだけど……」

「まぁまぁ、細かい事は気にしないの」


「それは……」


 頑なに話そうとしない冒険者にボクは少し苛立ちを覚えた。理由もなく命を狙われたのに、相手を許すなんて出来るわけがない。ラーシュだって幻術でボク達を惑わしたけど、最後にはきちんと説明して謝ってくれた。

 あんなに幼い子供でさえ、出来た事を大人のこの人達が出来ないわけない。


「それなら、普通に王国へと突き出す事になるが」

「そ、それは……」

「話せ。それで許すかどうかを判断するのはオレじゃないがな」

「知らない奴に頼まれたんだ。アルコールでやられたあの子を殺せば20万ゴールドやるって……。前金も受け取った」

「どこのどいつだ」

「わからない、フードで顔が隠れていたし……」

「そんな正体不明の奴の誘いに乗っかってしまったというわけか? まぁ、Dランクからすれば、20万ゴールドなんて大金どころじゃねえよな」

「いろんな職についたけど、どれも身にならなくて長くは続かなかった。そんな事を繰り返してるうちに冒険者に流れ着いたけど最近じゃ、どの依頼もレベルが高すぎてオレ達の手には負えない。明日の飯さえも怪しい状況だ。こうするしかなかったんだよ……」

「それが冒険者ってもんだ。自由気ままで羨ましいと嫌味をいう奴らもいるが、実際はリスクのほうがでかい。やるからには相応の実力と覚悟が必要なんだよ」

「うるさいッ! あんた達みたいな成功者にはわからないだろうな! もうこれ以上、どうしろってんだ!」

「逆ギレかよ……」


 レベルキャップに苦しんで道を踏み外したグルンドム、そのグルンドムに潰された人、キゼル渓谷で仲間を失って無力さを痛感して引退した人、CランクからBランク、BランクからAランクに上がれずに引退する人。ボクが見聞きしただけでも、これだけ多くの挫折があった。人それぞれ、何かしらの壁があって思い悩んでとうとう越えられずに引き下がってしまう。

 ボクが冒険者もいいかなと思えたのも、そういう壁にぶつかった事がないからかもしれない。ここでヘロヘロになってるロエルだって最初は慌てて戦いどころじゃない有様だった。

 もしボクが奈落の洞窟にいかずにそのまま村の外へ出ていたら、どうなっていたんだろう。やっぱりこの人達みたいに道を踏み外すんだろうか。あの時こうしていなかったらとか、ここ最近は少し考えるようになった。


「リュア、お前はこいつらどうしたい?」

「別に。もうしないって約束してくれるなら許すよ」

「だとよ、お二人さん」


 真っ青な顔をしていた二人の表情が和らいだ。


「あ、ありがとう! ありがとう!」

「よかったな。本来なら返り討ちにあって殺されてもおかしくない。これに懲りたら今夜はメイゾンに泊りな。どうせ宿賃も支払えるか怪しい状況だろ? それで起きたら明日から面倒みてやる」

「えっ? えっ?」


 ボクも思わず『えっ?』と聞き返した。ここでいきなりガンテツがよくわからない事を言い出した。


「明日からオレがいろいろとレクチャーしてやる。ありがたく思えよ、このAランクのガンテツ様直々だぞ」

「でも、オレ達にそんな才能は……」

「やってみないで諦めるな。安心しろ、Cランクでも十分に食って生活してる奴はいる。鍛えれば無難な依頼ならそれほど難しい事じゃない。保証してやる」

「なんでそこまで……?」

「オレなんて昔は洞窟ウサギにすら勝てなかった」

「マジで?!」

「先輩冒険者に何度、才能ないから辞めろと言われた事か。おかげでろくにどこのパーティにも入れなくてな。ひたすら、毎日ウサギと格闘していた。ほぼ最弱の魔物とはいえ、下手をすれば大人でも致命傷を負いかねない魔物だ。命がけだった」

「……なんでそこまでして?」

「何せ頭が悪くて真っ当な働き口がなくてな。かといって土木なんかで顎で使われるのはご免だったからよ。それならこれしかねえだろって感じよ。自分で言うのも何だが、オレはAランクといってもかなり実力は下なんだわ。何せ洞窟うさぎに勝てるようになるまで半年はかかったからな。実は戦いはあまり得意じゃない。だから討伐依頼なんかもあまり受けられなくてな。おかげでこの歳になってもまだレベルは30代だ! ガッハッハッハッ!」


 意外だった。見るからにたくましそうなガンテツも初めはそんなに苦労していたんだ。ボクだって初めは洞窟うさぎに苦労した。何度も泣きそうになって傷だらけになった。ボクはガンテツに親近感を覚えた。


「さて、今日はメイゾンに泊って明日、冒険者ギルドに来い。なーに、優しく手取り足取り教えてやるからよ」

「あ、ありがとうございます……ありがとうっ……」


 ガンテツが涙ぐんでいる二人の腕を掴んで強引にメイゾンのほうへと歩き出した。いろいろと思う所はあるけど、一応ボクからもあの二人に聞きたい事があるんだけどな。フードの人の事とか。


「むにゃむにゃ……リュアちゃんダメぇ……やぁだぁ……」


 そしてこの眠り込んでいるロエルはボクが運べという事か。こんな地面で寝返りなんて打って汚いな。


◆ アバンガルド城下町 路地裏 ◆


 路地の建物の屋上に待機して下を見る。こういう時、暗闇でもある程度目が見えるのは大きいと思う。そこでマイクとウモンにボクを殺すように依頼した奴が路地の袋小路で静かに佇んでいた。二人が言っていた通り、フードとローブに身を包んでいてあの後姿だけじゃ男か女かもわからない。

 成功した場合の受け渡し場所としてここを指定したらしいけど、セイゲルに言わせれば雑どころじゃない。まず酒に酔っているとはいえ、Dランクの二人にボクを殺す依頼を持ちかけた事自体がありえない。そして殺した証拠が必要になる。依頼した人が直接殺したところを確認するか、依頼した相手に何らかの証拠を持ってくるように指示するところだけど、マイクとウモンによればそういう事も一切言わなかったみたい。

 この事から首謀者は冒険者事情にまったく詳しくない素人の可能性が高いとセイゲルは言っていた。でもそうなると、ますますボクを殺そうとする理由がわからない。


「正体を暴いてやる」


 考えていてもしょうがないのでボクはあいつの背後目がけて飛び降りた。そしてすかさず地面に組み伏せる。相手は突然の事で自分に何が起きたのかすらもわかってない様子だ。パニックになって大声を出されても困るのでその口を手で塞ぐ。

 相手をうつ伏せの状態から仰向けにさせて、馬乗りになって逃がさないようにする。そうすると自然にフードがめくれて顔が明らかになった。


「ひぃぃ……い、命だけは……」


 何て事のない中年の男の人だった。髪の毛には少し白髪が混じり、中年の男の人特有の臭いも漂ってくる。もちろん会った事もない。拍子抜けというレベルじゃない。それどころか、ますます疑問は深まった。


「おじさんがマイクとウモンという人にボクを殺すように頼んだんだよね?」

「すまない、すまない、子供だと思って甘く見ていた……何でもする。あの二人に渡す予定だった金もあげる。命だけは……」

「なんでボクを殺そうとしたの?」

「そ、それは……」

「言わないと殺しちゃうかも」

「オレじゃない! 上からの命令なんだ! オレはただ従っていただけなんだ! 君に怨みなんかこれっぽっちもない!」

「上? 誰からの命令?」

「それはわからない……。いつも伝令の鳥に括り付けられた紙に書かれている事に従っているだけだから……」


 どうもよくわからない。まとめるとこの人は誰かもわからない人の命令に従っていて、ボクを殺そうとしたみたいだけど、だから結局何がどうなっているのか。


「おじさんはなんでそんなのに言いなりになってるの?」


「さぁね」


 ここにきておじさんが冷ややかに笑った。小動物みたいに震えていたのが嘘みたいだ。殺せるものなら殺してみろとでも言わんばかりだ。


「お、よく見ると花屋の親父じゃないか? 中央通から少し外れたところにある店だよな?」

「……知ってるのか」


 隠れていたセイゲルが現れて、さっそくおじさんの顔を覗く。捕まえるのはボク一人で十分という事で、セイゲルは影から見守る形をとっていた。


「オレが付き合っている女の一人がよく通っていてね。あんたの店、大層気に入ってるぜ」

「そうか……」

「20万ゴールドなんて思い切ったな。そんなにもうかってるのかい?」

「成功すれば上からそれ以上の金が降りる。花なんか売るのが馬鹿らしくなるさ」

「残念だな。あの子は本当にあんたの所の花を気に入っていたのに。あんなに美しい花はなかなかないって目を輝かせていたぜ。どうやって世話をしたらあんなに咲かせられるんだろうってな。あんたも好きだから、そこまでの結果がついてきたんじゃないのか?」


 それから、おじさんは何も言わなかった。それからすぐに兵隊が駆けつけて、おじさんを連行した。まだまだ知りたい事がたくさんあった。だけど、問い詰めてもあの人は口を割らないだろうし、そこから先は俺達の仕事じゃないと、少しだけセイゲルの声は沈んでいた。

 狙われたのはボクだし、何かわかったら教えるとは言っていたけど信用していいんだろうか。納得はいかなかったけど、これでひとまず解決はした。

 ボクは部屋に帰ったら早速ベッドに飛び込んだ。隣ではロエルが静かに寝息を立てている。アルコールは抜けたんだろうか。アルコールといえば、あれもおじさんが入れたのかな。いや、花屋のおじさんがそんな事出来るはずがない。じゃあ、やっぱりただ間違えただけなのかな。

 ごちゃごちゃと考えているうちにボクはいつの間にか眠ってしまった。


◆ アバンガルド城下町 中央通り ◆


「早速、王様から呼び出しだなんて!」

「ドアを開けたらいきなり兵士の人が立っているからボク、ビックリしたよ」

「でも陛下からの依頼! なんてビシッと言われたし、ちょっとワクワクするよね」


 朝日を浴びながら、ボク達はアバンガルド城へと向かっている。メイゾンはアバンガルド祭の時に泊まっていた宿屋よりも、かなり城に近い。それでもロエルをおんぶして走れば、ものの1分もしないうちに着くんだけど、さすがにこの兵士の人がいる前でそれは出来ない。

 朝だからか、人通りが多くてしょっちゅうぶつかりそうになる。祭りの時ほどじゃないけど、相変わらずこの町は人で溢れかえっている。


「ねぇ、どんな依頼なの?」

「それは私にもわかりません。でもリュアさんなら、どんな依頼でも問題ないでしょう。あの魔王軍すら撃退する瞬撃少女が太刀打ちできない依頼があれば、それこそどんな猛者がいようとお手上げですよ」

「しゅ、しゅんげきしょうじょ?」

「あ、失礼しました……」


 よくわからないけど、ボクはこの人達の間でそんな名前で呼ばれているのか。今一、かっこいいのかどうかもわからない。もしかしたら、馬鹿にされてるんじゃないかとも思える。


「瞬撃少女! いいなぁ」

「いや、羨ましがる事じゃないと思うよ……」


 そんなに目を輝かせる事じゃない。そういえば慈愛天使だの戦場詩人だの、Aランクの上の人達は妙な呼ばれ方をしているのを思い出した。あのシンブが聞いた話だと"ファンシーキル"だって。ファンシーキルって。なに。

 ガンテツは自分で豪闘士って言ってたっけ。まだそっちのほうが格好いい。ボクもそっちにしてくれないかな。


「異名、いいですよね。私も憧れるんです。でも中には変なあだ名みたいなものをつけられている冒険者の方もいて、そっちは不憫ですねぇ。確かグリイマンさんなんて"金武装"ですよ。きんぶそう、かねぶそう。どう読んでもあんまり名誉な響きはしませんよね」

「でもなんかそれはしっくりくるかも……」

「ハハハッ、一部の兵士の間では似合ってると評判ですよ」

「うーん、瞬撃少女かぁ。格好いいのかなぁ。他にあるとしたら何かあるかな?」



「それならファントムは?」



 耳元ではっきりと誰かがそう囁いた。すぐに振り返るけど、そこには人の流れがあるだけだ。今、ボクとすれ違った人だけでも数人はいる。あの中の誰かが囁いたんだろうか。誰が何のために。何故かここで昨日の花屋のおじさんを思い出す。あの人はあれからどうなったんだろうか。


「リュアちゃん、どうしたの?」

「どうかされましたか?」

「今、誰かがファントムって……」

「はぁ、私は何も聞いていませんが……」


 兵士の人もロエルもきょとんとしている。


「あ、リュアちゃん。何か落ちてるよ?」


 ボクの足元に一切れの紙が落ちていた。本か何かをちぎったかのような、雑な紙片だった。もしかしたら、誰かが捨てたものなのかもしれない。ゴミにも見えるけど、なんだか妙に気になる。

 ロエルが拾い上げた紙を見て、口をへの字にした。


「なぁにこれ?」

「はぁ、ええと……」


"ファントムは蘇った。ファントムはいつでもお前を見ている。ファントムは必ずお前を殺す"


 兵士の人が棒読みしてくれる。そしてなんだこれと小声で呟いた後、また道端に捨てた。今までまったくの無風だったのに突然、風が吹いて紙切れを遠くへと運んでいった。まるで役目を終えて処分でもされるかのように。

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