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第77話 ファントム 前編

◆ アバンガルド城下町 酒場アルッチュ ◆


 夕方を過ぎた酒場は相変わらず、いろんな人で賑わっている。酒場といっても、お酒を飲む人だけじゃなく、ボク達みたいに食事目的の人も大勢いるから入りやすい。パブロの店よりも数倍広くて店の人も多い。常に店の人があっちこっちで呼ばれていてかなり大変そうだ。

 Aランク昇級試験が終わってから数日経った。近日中に動いてもらうと言っていたから、構えて待っていたけど今のところ何もない。ギルドに登録したボク達が滞在している場所はホテル・メイゾンだ。最近ではずっと城下町にいるから、クイーミルが恋しくなる。


「これから忙しくなるのかなぁ」

「一度、クイーミルに帰る? ロエルをおんぶしていても、全力で走れば半日かからないと思う」

「遠慮する……」


 なんだかやっぱりボクが思っていた冒険者と違う。国からの依頼というよりこれじゃ、もはや命令だ。冒険者はあくまで冒険者だと思うのに、納得いかなかった。


「ガッハッハッハッ! いやぁ、まさかこんな短期間でAランクになっちまうとはなぁ! これからはライバル同士だぞ? ハッハッハッハッ!」

「さすがはオレの見込んだ娘達だぜ」

 

 今日はAランク合格祝いという事でガンテツがボク達にご馳走してくれるみたい。それはいいけど、なんでセイゲルまでいるんだろう。いや、別にいいんだけど。


「遠慮なくどんどん頼めよ。帝王イカの塩焼きとモモルソーダ二つ、後は……」

「セイゲルよ、念の為に言っておくがお前さんに奢る気はないぞ」

「えっ……」


 何故か奢ってもらう気満々だったセイゲルが、心の底から驚いたような顔をした。勝手に登場したのに、なんで奢ってもらえると思ったんだろうか。

 帝王イカの塩焼きと聞いて、一筋の涎を垂らしているロエルを尻目にボクは質問したい事を考えていた。自己魔法(カスタム)、彗狼旅団、ファントム、そして魔王を倒すべき人は誰なのか。知らない事が多すぎる。


「聞いた感じだと今回の試験はえらいきつかったみたいだな。ミストビレッジなんざ、Aランクでも近寄らない奴もいるってのに。オレが合格したのなんてもう何十年も前だからなぁ……」

「幻覚も見たし、何人も殺されたみたいでやりすぎだよあの試験は……」

「あそこの霧の追跡者はやばいな。戦いが長引くとどんどん集まってきやがるし、デンジャーレベルの設定を見直すべきだ。このドラゴンハンターといえど、見た目もアレだしあまり相手にしたくない魔物だな」

「ユユさんの試験もどうしようかと思ったねぇ……。ギギンガ火山なんて行った事ないよ」

「ギギンガ火山! あそこのフロアモンスターをたった一人で倒した美形ドラゴンハンターがいてな……」


 聞いてもないのに語り出したセイゲルを放っておいて、運ばれてきた料理を食べ始めた。早くしないと、ロエルの胃袋にどんどん入っていくのでモタモタしていられない。現に帝王イカの塩焼きとツイバミ鳥の丸揚げ、アルッチュ特製のハムサラダはもう半分以上なくなっている。


「ねぇ、ガンテツさん。自己魔法(カスタム)って知ってる?」

「魔法は使えねぇから、詳しくは知らねえな。確かそれぞれの属性を自己流に極めた魔法だと聞いたが。セイゲル、何かわかるか?」

「属性もそうだが、まったく新しい境地の魔法もそれに含まれるぜ。ルピーの星魔法なんかもそうだな。あれの使い手は世界であいつ一人だ。だが」


 セイゲルは泡だらけのビールを啜ってから、もったいつけて話を続けた。


「Aランクでさえ自己魔法(カスタム)使いなんてほとんどいないのに、彗狼旅団には当たり前のように何人もいるらしい」

「えー……それじゃ、彗狼旅団ってAランクの人達より強いの?」

「世の中には冒険者登録をしてない奴のほうが多いんだぜ。それどころかまだまだ未知の存在が潜んでいても別段、おかしくはない。リュア、お前のようにな」


 ボクは10年もの間、奈落の洞窟に篭っていた。山の中のイカナ村にいたせいでもあるけど、未だに見聞きした情報で驚くばかりだ。彗狼旅団みたいに集団で人間が人間の命を奪うような奴らがいるのにも驚いた。ましてや国を滅ぼしただなんて信じられない。

 あのお兄さんはそんな事、一切教えてくれなかった。今思えば、ボクの外の世界への憧れを壊したくなかったんだと思う。そういえばあの人、名前なんていったっけ。


「ケッ、まさか奴らがこの大陸にも進出してくるとはなぁ。ただでさえ魔王軍で手一杯だってのによ」


 ガンテツが5杯目のビールに手をつけ、やってられないとでも言うように一気に飲み干した。


「あいつら、国を滅ぼしてカクメイするとか言ってたけど……そんな事して何になるのかな」

「あん? まぁ、そりゃ世の中にはいろんな奴がいるからな。何らかの理由で挫折した奴、奴隷だった奴、そういった恵まれない環境の連中を拾い上げて勢力を拡大してるって話も聞いたぜ。そういう奴らにしてみりゃ、トップがその手の口説き文句を言えば神の言葉にでも聴こえるんだろうよ」


 あのグラーブもそうだったんだろうか。世の中にはボクと同じように、両親がいなくなってひどい環境の中で生きてきた人もいる。自分だけが特別だって少し思っていたけど、まったくそんな事はないんだ。今更だけど。


「……私、子供の頃の事何も思い出せないなぁ。恵まれていたのかもどうかもわからない」

「そういえば、ロエルは子供の頃の記憶がないんだっけ」

「うん、でもね。ぼんやりとだけど、覚えてるの。のどかな自然の中で、同じくらいの歳の女の子と遊んでいた光景。たまーに夢に見るけど、起きた時にはあんまり覚えてないんだ」


 思い出があればいつまでも心に残しておけるけど、思い出す思い出もないのもあまりに辛すぎる。ロエルの寂しそうな表情を見ていると、こっちまで悲しくなってくる。


「うぉぉぉい! もう一杯!」


 そんなしんみりした中、ガンテツはすでに顔を真っ赤にして8杯目のビールを注文している。そんなにあんなものがおいしいんだろうか。臭いだけで頭がクラクラしてとても飲む気になれない。同じシュワシュワならこっちのモモルソーダのほうが絶対においしい。


「かーーーっ! この喉越しがたまらねぇんだよ! なぁ?」

「この一杯の為だけに生きてきたんだよなぁ!」


 なんか二人ですでに盛り上がっている。喉越しだけならこっちのモモルソーダのほうが絶対にいい。こんな風になりたくてお酒を飲んでいるんだろうか。これだってその気になればああやって、気持ちよくなれるはずだ。うん、なんだかそう思い込めば体が温まってきた気がする。


「そういえばガンテツさん、ファントムって知ってる?」

「あー? ファントムゥ?」

「知ってる冒険者がさ、ボクにファントムに怯えろだなんて言ってきたんだよ。全然、意味がわからなくてさ」

「ファントムゥ、ねぇ……そういや、オレがガキの頃に流行ったなぁ、セイゲル」

「オレとあんたじゃ年代が違うだろ……まず生まれてねぇよ」

「そうか、そうかぁ! ガッハッハッハッ!」


 ダメだ、酔っ払いじゃ話にならない。聞いたボクが馬鹿だったのか。なんだか見てるこっちまで本当に火照ってきちゃったよ。隣にいるロエルも食べ過ぎたせいか、赤くなってる。あれ、食べすぎで赤くなるっけ。まぁいいか。


「オレがガキの頃によぉ、流行ったんだよ。なんでも世界中に構成員が潜んでいて、人を拉致したり暗殺を企てる謎の組織がいるってよぉ。夜、一人で歩いているとどこからともなく黒一色の集団が現れて連れ去られて奴隷として売られるとかな。今にして思えばガキ騙しのくっだらねぇ噂だけど、当時は本気で怯えたもんさ。悪い事するたびに、お袋にファントムが来るよ!って脅されてな! ハッハッハッ」

「なんじゃそりゃ、おっさんでもそんなもんにびびってる時代があったのかよ」

「オレだって人の子だぞ、失礼な奴め」


 それがあいつが言ったファントムなんだろうか。でもガンテツが子供の頃っていうと、かなり昔だ。セイゲルすら生まれてない時の話だし、やっぱり酔っ払ってるんだろうか。お酒臭いし、見てるこっちまで頭が回らなくなってくる。


「でも、もしかしたらそんな人達がいるかもしれないね」

「ロエル、子供だから騙されちゃうのかぁ? そもそも、黒一色の集団だって誰が見たんだ? 拉致られているのに? そいつらがファントムって名乗ったのか? それとも見た奴がファントムって名づけたのか? 奴隷の中には確かに人さらいが拉致してきた奴もいるから、そこら辺は現実味があるけどな」

「ガンテツのおっさんの言うファントムが実在するとしたら、嫌でも目立つだろうな。彗狼旅団のように」


 言っているガンテツも否定しているし、あいつの言っていたファントムとは違う気がする。そもそも、ガンテツが子供の頃に流行った名前をカンクが知るはずがない。結局、誰も知らないのか。

 なんだか考えていたら、顔全体が熱くなってきた。そして心臓が高鳴って息苦しい。あれ、気のせいじゃない、ボクどうしちゃったんだろう。


「おい、リュア。お前、顔真っ赤だぞ?」

「なんかクラクラしてきた……」

「ロエルも大丈夫か? なんだかフラフラしているが……」

「うんにゃ?」


 セイゲルの言った通り、ロエルも顔が赤い。眠そうに目を瞑りかけていて、頭が左右に揺れている。そういえばこのモモルソーダ、なんだかいつもと味が違う。奢りだから調子に乗って何杯も飲んでいたのに今の今まで気づかなかった。かすかに苦いというか鼻をつく匂いがした。

 モモルソーダの入ったグラスを片手に持って見つめていると、セイゲルが取り上げた。そして傾けて匂いを嗅いだ後、一口ソーダを口に含む。


「お、おい。これアルコール入ってるぞ?! おーい、店員コラァ! なんでジュースにアルコールが入ってんだ!」


 店中の客の注目が集まる中、店の人がパタパタと駆け寄ってくる。そして同じように匂いを嗅いで一口だけ飲むと、大袈裟に顔をしかめた。


「た、大変失礼しました! すぐにお取替えします!」

「そんなもんいい! それより水をくれ!」

「はい、ただ今!」


 店員が慌しく厨房のほうへと消えると、セイゲルはまたグラスに鼻を近づけた。ガンテツも同じ動作をして、渋い顔を見せる。客はすっかりボク達に釘付けだ。あれだけ騒がしかった店内が今はどよめきに変わっている。

 そして店員が運んできた水を飲んでも、何も変わらない。相変わらず顔は火照って熱いし心臓は高鳴るし息苦しい。


「申し訳ございません。本日のお代は結構ですので……」

「いい、払う。ほれ、釣りはいらねぇ」


 ガンテツは乱暴に店員にお金を握らせてからボク達を立たせて店を出た。


◆ アバンガルド城下町 路地 ◆


「もうすぐメイゾンに着くが、少しは落ち着いたか?」

「ほんのちょっと……」

「るあちゃんかおまっきゃっきゃー」

「ロエル、本当にしっかりして……」


 セイゲルとガンテツに付き添ってもらってなんとかホテルの近くまで歩けた。本当にほんのちょっとマシにはなったけど、この気持ちの悪さだけはなかなか消えない。こんな状態で魔物が襲ってきたらどうしようとさえ思えるほどだ。もう、なんでこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう。ボクが何をしたんだ。


「しっかしなぁ、あの店に限ってあんなイージーミスするかぁ? 確かにモモルソーダのカクテルバージョンはあるけどよ。オレの行きつけの店だってのに二人には悪い事しちまったな」

「ガンテツさんは悪くない……アルコールが悪い……」


 竜殺しとかいう毒でさえある程度は平気だったのに、アルコールでここまでやられるなんて思わなかった。ダメだダメだ、こんなんじゃ。アルコールなんかに負けてたまるか。


「部屋まで送ってやるよ。ちょうどオレも疲れたしな……おわぁっ?!」


 セイゲルが驚いた理由はボクが突然、後ろを振り返ったからだ。吐きそうになるのをこらえながらも、そうしないといけなかったのは背中まで迫ってるこのナイフ二本を止める為だ。そうしなくても平気ではあるけど、こんな状態だし少しダメージもあるかもしれない。

 寸前でナイフを素手で側面を弾いた後に、ボクは夜の闇を見る。この暗闇の中でも的確にボクの居場所を捉えられたという事は相当、腕の立つ奴なんだろうか。ボクも奈落の洞窟の闇を見渡せるようになるのに相当時間をかけた。おかげで今ではこんな夜でも、ある程度は把握できる。

 あの縦長レンガの家の影にいる黒一色の二人。黒一色、まさか――――


「チッ、そこにいるのはわかってんだぞ! 出てこい、このセイゲルが相手をしてやる!」

「おうおう! この豪闘士ガンテツもいるぜ! どこのマヌケか知らねえが、ちっとばかし分が悪いんじゃねえのか?」


 立っていられなくて、ボクはついに地面に尻餅をついてしまった。セイゲルがロエルをボクの隣に座らせてから、大剣を抜いた。ガンテツも斧で応戦する気みたいだけど、ボクを狙ってる相手だし巻き込みたくない。何より、この程度で屈する気なんかない。


「二人とも、いいから下がってて。あんなの寝てても勝てるから」

「無理するんじゃないの。ここは大人に任せておきなさい」

「いいから、どいてて」

「そんな寝そべった状態で言われても説得力ないっての!」

「いいからいいから……」

「……ま、お前さんがあの程度の連中に負けるとは思えんな。セイゲル、下がろうぜ」


 セイゲルとガンテツの戦意がなくなったと判断したのか、頭から足先まで黒一色の服に包まれた二人は獲物を見つけた猫みたいに跳躍してきた。ボクはというと、仰向けに寝転がって片手に剣を持ってるだけ。

 もう相手は完全に勝てると思い込んでいる。その証拠にナイフを持った腕が上がりすぎていて、脇が開いている。あれじゃ、横からスパーンってやられたらブシャーって血が出て、もういいや。

 なんでボクが狙われなくちゃいけないのか、あの黒いマスクみたいなものを剥ぎ取れば答えが出てくる気がした。


「ボクをナメるなよ」


 黒い二人は寝ているボクが弱ってると思い込んでいる。Aランクの二人がなんで下がったのかも理解しないで、この二人は獲物を捕えたと錯覚してナイフと剣を突き刺そうとしてきた。

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