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第76話 Aランク昇級試験 終了

◆ アバンガルド城下町 冒険者ギルド2階 ◆


 冒険者ギルドの2階、そこで合格発表含めていろいろお話があるらしい。あれから拘束したグラーブを運んだのはボクだ。ストレンジ平原で救出依頼を請け負った時に人を担いだ事があるけど、その時とは比べ物にならないほどグラーブは重かった。巨大馬車の一室に閉じ込めた後は突然現れたシンブに任せる形になったからそれから、グラーブがどうなったかはわからない。

 砦内でその場に現れたシンブは消えていた間、ずっとボク達を見ていたらしい。ミストビレッジで巨大馬車ごと消えたスキルなんだろうけど、そこにいながら黙ってみていたなんてちょっと信じられない。本当に危なくなったら手を貸していたとは言っていたけど、正直怪しい。


「ま、及第点っしょ」


 よくがんばったと思うのに、なんかすっきりしない評価だ。シンブに褒められてもあまりうれしくはないんだろうけど、絶対にボク達はがんばったはずだ。

 それよりフォーマスだ。目が覚めた後はロエルに仕返しをしにくるかと思っていたけど、目を合わせようとしない。プリーストに殴られて気絶したという事実がフォーマスにとって屈辱なのか、ロエルをいないものとしてボクだけを睨んでくる。


「マテール商社は冒険者がよく利用する施設にもパイプがある、その気になればお前らが飯と寝床を確保するのも困難な状況を作る事だって出来る。親父にも伝えておくからな糞共が」


 怨まれっぷりが大変な事になっていて、さすがに手に負えない。でもいくら敵とはいえ、あそこまで痛めつける必要はなかったし、何より殺してしまったら不合格になるところだった。ブリクナに対する仕打ちも見ていられなかったし逆にどうすればあの場が収まったか、考えてもわからない。

 そんな感じで今は一室でボク達8人と五高が集まっている。合格発表はどうなるんだろうか、グラーブどころか手下達も生け捕りしたし、ボクとしてはよくやったと思う。バームも合格させてあげてほしい。


「最終試験お疲れ様だったのう。それでは合格者を言い渡す。リュア、ロエル、フォーマス、ブリクナ、タターカ、ジルベルト、バーム、べべ。合格だ。おめでとう」


 一瞬誰か落ちたのかなと思ったけど全員の名前が挙げられた。結局、全員合格ならわざわざ名前を呼ばなくても。なんて、うれしいに決まってる。飛び上がりたい気分だけど、いくらボクでもさすがにそれはやらない。


「ムゲンさんは甘すぎっしょ。オレなら半分以上は落としていたっしょ」

「お主の見てきた事実も踏まえて上がそう判断した事だ」


 上ってなんだろうと思いつつ、バームが合格した事がなぜかうれしかった。でもバームの表情はどこか浮かない。うれしくないのかなとさえ思ってしまう。ジルベルトも兜に隠れてわかりにくいけど、あまりうれしそうに見えない。


「それではお主らは晴れてAランクの仲間入りを果たしたわけだが」

「少しよろしいかな」

「む、バーム殿?」

「私は辞退したい。私は何もしていないし、今回の件で自分がAランクに足る力がないのがよくわかった」

「同じく私もだ。特にリュアさんの働きは目を見張るものがあった。無力さを痛感したよ、これでは年長者としても面目が立たない」

「バーム殿にジルベルト殿。確かに拙僧も思う所はあるが、それは出来ん。試験の辞退は認めるが、お主らはすでにAランクとして正式に登録されておる。主張はわかるが、拙僧はこう思う。

力不足だろうと納得がいかなかろうと、大切なのはこれからだ。どんな形であれ、お主らはAランクの座を勝ち取ったのだ。現状に不満があるのならば、遠い先にでも今の自分を笑い飛ばせるようになればよかろう。むしろ酒の席なんかで、あの時の自分はぁなんて話に花が咲くだけ儲けもんだと思うぞ? フッフッフッ」


 バームとジルベルトはそのまま押し黙った。まさか二人が辞退しようとするなんて思いもよらなかった。ムゲンが言うように、大切なのはこれからだ。ボクが奈落の洞窟でそうしたように、失敗して落ち込んでも次にいい結果を出せばいい。


「さて、まずは最終試験における各自の評価を頼む。シンブ」

「はいはいはい、まずはジルベルトとバーム。こいつらは自覚している通り、何もしてないっしょ。

俺なら迷わず不合格にするところだが、どういうわけか上がOKを出した。ま、ジルベルトだけは人質の安全を考えて真っ先に行動を起こした事に関してだけ評価してやるっしょ」


 二人が自覚してるとはいっても、実際に言われると他人事でも聞いているこっちが落ち込みそう。それでも二人はその評価を真剣に受け止めたのか、少しだけ頷いた。


「次、ベベ。グラーブの手下まで拘束して生け捕りにした功績は認めるっしょ。

あの銀のロープはこの辺じゃ見かけないものだが、それを大量に揃えておくなんて随分と用意がいい。30点、精進するっしょ」

「ホホホ、ありがとうございますぅ」


 べべは心底うれしそうに笑った。でも30点は決して高くないと思う。結果的にAランクになれたから、そこは気にしてないのかもしれないけど。


「ほいほい次、フォーマス。銃の命中精度と躊躇ない殺意、レベルにしては大した働きぶりっしょ。その決断力はきっと大きな武器になる、が。それ以上に功を焦って生け捕りという目的から逸脱して勝手な行動に出たのは評価点すらも覆すほどのマイナスっしょ。もしあそこで万が一、グラーブを殺してしまったらその時点でAランク剥奪ものだと自覚するっしょ」

「あぁ? そんな事かよ。くっだらねぇなホント……」

「生け捕りと指示された以上、それは絶対っしょ。その裏にある目的を果たせなくなった時点でお前は最悪の場合」

「……なんだよ?」


「消される」


 消される、あまりに冷たくシンブが言い放ったその一言であのフォーマスが体をびくりと震わせた。机に乗っけていた足を慌てて正して、きちんと座りだす様はその言葉の重みとシンブが放ったプレッシャーのせいだ。フォーマスは軽く考えているけど、目の前にいる相手はあまりにも実力の離れた相手だ。その気になればフォーマスに自覚させないまま、殺す事だって出来る。

 フォーマス以外のここにいる皆も凍りついたように身動き一つしてない。あのシンブに抱いた恐怖心がそれだけ大きかった。


「それはそれとして改めて合格おめでとう。試験は大変なものだったと思うが、あくまでスタート地点だ。Aランクともなれば指定の危険区域や重要施設への立ち入り、及び各地の一部一般施設を格安で使用できる。店によっては無料で物資の支給を受けられたり、利用できる場所もあるくらいだ。このように、Bランクの時とは比べ物にならないほど行動に制限がない。つまりはどういう事か? それだけの責任と危険がつきまとうという事だ。まずはそれを心してほしい」


 誰もが音も立てずに聞き入っている。そんな中、ギルドの人がボク達のカードを持ってきた。Aランクになるにあたって、カードのほうも更新しなければいけない情報があるみたいで、一度預かってもらっていた。

 そして手元に戻ってきたカード。特に変わったところはないけど、一つだけ見慣れないものがあった。


【リュア Lv:999 クラス:ソードファイター ランク:A 90位】


「この90位って何だろうね、リュアちゃん。私のカードにも書かれている」


「ランクがAに更新されていて、順位が記述されておるだろう? その順位は実績を残すほど、上がっていく。現在は113名、ではなく。お主らを入れて121名か。それだけのAランクの冒険者がいる。今書かれている順位は、これまでBランクでの実績を加味しての順位だ。さてさて。それぞれ121人中何位かなぁ? ムッフッフッ」

「私は119位か……むぅ、精進しよう。バームさん、あなたは?」

「ジルベルトさんで119位か。私は110位だ、なかなか厳しいものだな」

「117位……まぁ上出来じゃありませんかぁ? ホッホッホッ」

「ベベさん含めて我々は似たような順位ですな。ま、これからがんばりましょう。110位で満足する気はまったくない」


 あの三人がその辺りの順位なのにボク達は90位だ。何がどう評価されたのかわからないけど、喜んでいいのかな。


「109位か。こんなもん適当に依頼こなしてりゃ、ザコでも勝手に繰り上がる順位だろ」

「ところがフォーマス殿。Bランクで請け負えるような依頼をこなす程度じゃ、まったく評価にはならんのだ。このムゲンも若い時は苦労してのう……」


 あのフォーマスよりも上の順位だったのはうれしい。ロエルも小さく微笑んでいた。最初はあれだけ怯えていたのに強くなったなとつくづく感心する。


「順位が上がればそれなりに優遇される面もある。各自、精進してもらいたい。だがさっきも言ったようにそれだけ危険もつきまとう。現に去年の合格者は4名だったのだが、今は誰一人としてまともに活動していない。そして、そのうち3人はすでにこの世におらん……」

「残り一人は怪我の後遺症で二度と起き上がれない体になってるらしいし、死んだようなものっしょ」


 ムゲンが寂しそうに声を少しだけひそめ、シンブは残酷な現実を話してはいるけどあの気持ち悪い動きだけはやめなかった。


「今回の試験はほぼ実力重視で計らせてもらった。それというのもお主らも知っての通り、新生魔王軍に対抗するには一人でも多くの強者が必要なのだ。すでに奴らは各地で活動を激化させておってな……またいつこの国に攻めこんでくるかわからん状況だ」

「アスガル大陸のバーニア領も襲撃を受けたらしいです事わね……」

「うむ、それで陛下も早急に事を進められてな。早速だが近日中にはお主らにも働いてもらう。陛下直々の依頼だ」


 新生魔王軍。ウィザードキングダムを襲撃していただけじゃなく、他の大陸でも暴れているのか。他の人達には新生魔王軍というものが恐怖そのものなのか、誰もが苦い顔をしている。唯一、フォーマスだけがすでに寝そうになっていた。


「鍵となるのがリュア殿、お主だ」

「はぇっ?!」

「はいっ!」


 突然、ムゲンに振られてなぜか思わず立ち上がってしまった。でもロエルまで立ち上がらなくてもいいと思う。本当にロエルは呼ばれてないよ。どうしたの。


「う、うむ。先日の襲撃の際には魔王軍の幹部を三人も倒したそうだな。信じられない事だが……」

「……はぁっ?!」


 素っ頓狂な声をあげたのはとび起きたフォーマスだけど、他の人達も一斉にボクに注目した。人差し指で頬をかいてごまかしたところでこの妙な恥ずかしさは消えない。大人しく座るとロエルも同時に静かに座った。


「ムゲンさんよ、冗談はそのツルッパゲだけにしてくれよ」

「事実だ。あのカークトン隊長を始めとして、多くの兵士達や冒険者も目撃しておる。当面の我々Aランクの動きとしては、新生魔王軍への対策だ。リュア殿、知らんだろうがお主はかなり期待されておるのだ」

「じゃ、じゃあ魔王もリュアちゃんが倒しちゃったりして!」

「いや、それは無理だろう」

「え……?」


 ロエルだけじゃなく、ボクもその言葉を思わず聞き返したくなった。魔王がどれだけの強さかも知らないけど、そこまで言うのに倒せないってどういう事だろう。というか、勝手に決めつけないでほしい。勝てる自信があるとは言えないけど、負けるつもりもない。相手があのヴァンダルシアと同じかそれ以上だったとしてもそれは変わらない。


「そう面白くない顔をされても、事実なのだ。お主の実力がどうであろうと、誰であろうと。魔王は倒せない」

「リュアちゃんなら倒せます!」

「魔王を倒すのはリュア殿ではない。その話は来るべき時が来れば話す。解散!」


 一方的に話を打ち切ってムゲンは部屋から出て行った。残りの五高の人達も特に何か言うわけでもなく、黙って続いた。残されたボク達は話にもその場にも置いていかれた。がらんとする室内で最初に席を立ったのはべべだ。よっこらっしょっと、と腰を上げて静かにいなくなる。ボクとロエル、ジルベルトにバームだけが座ったままだった。そしてフォーマスがひたすらこっちを睨んでる。


「リュアさん、今回は本当に申し訳ない」


 ジルベルトがボクのところにまで来て頭を下げた。その後ろにはバームもいる。謝られるような事をしたかな。


「今回の最終試験ではリュアさんに頼りっぱなしで私は何もしていない。お詫びになるかどうかはわからないが、何か困った事があったらロイヤルナイツに声をかけてほしい。我々は北のシューデルハイトを拠点に活動している。では、失礼」


 ジルベルトはまた深く頭を下げた。そして頭をしっかりと上げてから、ゆっくりと部屋の外まで歩いていく。と思ったらまた出口で頭を下げる。悪い人じゃないけど、なんだか一緒にいたら疲れそうな人だ。 北のシューデルハイトって前にロイヤルナイツの別の人が場所を教えてくれたっけ。行く機会があるのかな。クイーミルとアバンガルド、ウィザードキングダムにはそれぞれ違った風景が広がっていたし、他の町も見てみたい気持ちはある。


「私もジルベルト君と同じだ。今回の事は本当に感謝している。ありがとう」

「お前ら、このままで済むとでも思ってんのか?」


 フォーマスが乱暴に立ち上がったと思ったら、こちらににじり寄ってきた。その顔はローレルの試験の時に見せたものと同じだった。怒りと憎しみに満ちた表情。殴りかかってきてもおかしくないほどだ。


「フォーマス君、銃の件は謝る。弁償もさせていただこう」

「聞いてねえよ、おっさん。いいか、必ずマテール商社はお前らを潰す」

「それは無理だな」

「なに?」

「君は冒険者としては優秀かもしれないが、少し勉強不足だ。さっきの説明を聞いてなかったのか?

Aランクともなれば、依頼一つで最低数万ゴールドは動く。つまり、それだけの需要と重みがあるのだ。それに国からの支援も受けている。マテール商社は確かに大きな会社だが、国はそれ以上だ。Aランクを潰すという事はアバンガルド王国を相手にするようなもの。先程のムゲンさんの説明からして、最近ではAランク冒険者の需要がより高まってるとみていいだろう。そんな中、もしAランク冒険者を邪険に扱ってしまえばどうなるか。国と天秤にかけられるほどではないだろう」

「ハッ、そんな馬鹿な話が……」

「ならば、父親にでも掛け合ってみればいい。マテール商社ほどの大きな組織のトップが愚かな選択をするとは思えんがな。私のような無名ならまだしも、ムゲンさんが言った通りの功績をリュア君が上げているならば、国の後ろ盾もより強いだろう」

「……ブリクナ、タターカ! とっとと行くぞッ!」


 バームに押し切られたフォーマスは腹いせに椅子を蹴り飛ばして、暴れるように部屋の外へ歩いていった。小さな嵐でも過ぎ去った後でまた室内は静まる。


「さて、私も失礼するよ。君達も今日はもう休んだほうがいい」


 誰もいなくなったこの空間でぼんやりと座っているボクとロエル。ボクの中でひたすら、魔王を倒せないという言葉だけが繰り返されていた。自分が積み上げてきたものをあっさりと否定された。じゃあ、誰なら魔王を倒せるんだ。あの五高が?

 いや、絶対とは言い切れないけど無理だ。魔王がヴァンダルシアと同じくらいの強さだったとしたら、多分何も出来ずに全員殺される。それにあいつの最後の言葉、目覚めたばかりで力が発揮できていない感じだった。もしあの時、全力だったらどうなっていたかわからない。それでも関係ない、だって相手が強いならそれ以上強くなればいい。今までだってずっとずっとずっとそうしてきた。これからもそうするつもりだ。

 少なくとも、あの時の強さのままヴァンダルシアが現れたとしても負けるつもりはない。洞窟から出て、それほど強い相手と戦ってきたわけじゃないけど、今のボクはあの時よりも確実に強くなっている。レベルだけの話じゃない、わからないけど何かがボクを強くさせている。そんな気がしてならない。


「リュアちゃん、私達も帰ろう」


 一つだけわかっている事。それはあの時、ロエルに出会っていなかったら今の自分はなかったという事。あの暗い洞窟で一人で戦っていた時よりは今のほうがずっと楽しい。それだけは確かだ。

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