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第74話 Aランク昇級試験 その8

◆ 廃墟の砦前 裏口 ◆


「ほい、パパンッと」


 乾いた発砲する音が二回。フォーマスは何のためらいもなく、裏口を見張っていた二人の眉間に鉄の玉を撃ち込んだ。今は見張りの二人が遊び捨てられた人形のように倒れている。それでも撃たれる前は炎の剣のようなものを作り出そうとしていたので、フォーマスの奇襲にわずかに反応した。

 こいつ、フォーマスは簡単に命を奪った。相手が罪のある盗賊団とはいっても、ここまであっさりと人が人の命を奪うところなんて始めて見た。

 あの光景以来だ、燃え上がるイカナを背景にして貫かれるあの人――――


「なんだよ、そのツラはよ。まさか殺すのはやりすぎーなんて言わないよな?

言っておくが後1秒でもこっちが出遅れていたらやばかったぜ。俺のほうが速かっただけの話だ」


 先行しているフォーマスに好き勝手やらせるわけにはいかない。フォーマスを片手で押しのけて、今度はボクが裏口の年季の入ったドアを開けた。


◆ 廃墟の砦内 1階 ◆


 開けた瞬間だった。石造りの長い通路で待っていたのは7人程度の彗狼旅団。そいつらがボク目がけて豪雨のように魔法を浴びせかけようとした瞬間、ボクは全速力でそいつら全員の頭を叩き倒す。どの程度かはわからないけど、今のボクが全力で走れば並大抵の相手に認識されない自信はある。ロエルが言うには音と光が届く速度はかなり速いらしいけど、さすがにそこまでかどうかはわからない。

 それよりかなり軽く叩いたつもりなのに、豪快に石の床に顔面を打ちつけてしまって一瞬かなり心配した。でも、今回ばかりは人質が危ないのでそんな事を気にしている場合じゃない。死んでませんようにと心の中で祈るくらいしか、ボクには出来ない。幸い、そこまで出血はしてないみたいだし平気だとは思う。


「マジかよこれ……」


 後から入ってきたフォーマスは気絶している旅団達を見て絶句していた。あいつが入ってくるまで、数秒と経ってないからその驚きも当然といえば当然かもしれない。もたもたして意識が戻っても厄介だ。

 外から見るよりも砦内は意外に広い。この廊下だけでもいくつかの扉と分かれ道が三つもある。このどこかに人質、もしくはリーダー格の男がいるんだろうか。

 どこかの部屋にまとめて捕えられているはずとジルベルトは言った。でも、リーダー格が自分の元にまとめて人質を集めているパターンもあると指摘したのはバームだ。


「んなもん、こいつらの中の一人から吐かせりゃいいんだよ」


 そういってフォーマスは気絶している男の頭に脚蹴りを入れて叩き起こすと、喉元に剣を突きつけた。なんで銃じゃなくて剣なんだろう。そんなボクの疑問を見透かすかのように、銃みたいな見慣れない武器だと相手が知らない可能性もあるとバームが親切に教えてくれた。男は自分が置かれている状況を瞬時に理解したのか、悲鳴を上げたりはしなかった。


「いいか? 俺の質問に対する答え以外の発言は一切禁止だ。それ以外を喋ったら、こいつで喉をぶち抜く。沈黙は2秒までだ、過ぎても喉をぶち抜く。俺がウソと判断した場合でも喉をぶち抜く。言葉は慎重に選べよ。わかったか?」

「わ、わかった」

「よし、人質とてめーらのボスはどこにいる?」

「3階にいるグラーブさんの所だ」

「おまえらは全部で何人だ?」

「ここにいる奴とグラーブさん含めて32人だ……」

「2階には何人お前らの仲間がいる?」

「いなかったと思う……」

「と思うじゃねえよ」

「い、いない」

「グラーブは何か妙な力を使うらしいが、それは何だ?」

「そ、それは……」


 答えを躊躇した男の喉に剣が突き刺さる事はなかった。予めボクがフォーマスの剣を握る手を掴んだからだ。第一次試験の時にボクの腕力を思い知っているからなのか、フォーマスは舌打ちをして諦めた様子を見せた。


「こいつを殺さなかったら、間違いなく背後から襲われるぜ? それに他の奴らだってそのうち目が覚めるだろうよ」

「こんな事もあろうかと思いましてね、用意しておいたんですよ」


 のっそりと出てきたベベは両手に何本もの銀色のロープを持っている。


「作業運搬にも使われる頑丈なロープでしてね、剣でも切れないほどの優れものなんですよ。でも、あたしら商人の間ではもっぱら護身用として重宝してるんですけどね。こんな風に……」


 風を切る音と共にべべはロープを石床に鞭のように叩きつけた。大した力でもないのに石の破片が飛ぶほど、床が削れている。


「これなら武器に見えませんし、警戒もされないから不意も突きやすくなるんですよ。ヒッヒッヒッ……。あ、これには代金はいりませんので。助け合い、助け合いですよ。ヒッヒッヒッヒッヒッ……」


 そういってべべは手際よく、7人を縛り上げる。ぐるぐる巻きといった感じで、芋虫みたいに7人が床に転がる事になった。これじゃ痒いところもかけないじゃないか、とほんのり思ったけど余計な心配かな。


「2階には誰もいないと言ったな。だが、ウソの可能性もある。もしいたとしても俺の銃なら殺すのは造作もねえが弾にも限りがあるんでね。リュア、お前に任せるわ」


 ぶっきらぼうに命令される筋合いなんかない。元々そうするつもりではあったけど弾に限りがあるとか、そんなの知った事じゃない。だったら剣で戦えと怒鳴りたかった。でも音を立てて他のメンバーに気づかれると人質が危ない。今、こうしている時間すら惜しい。


「お、やる気ムンムンだねぇ」


 無言で歩き始めたボクをからかうように軽口を叩いてくるフォーマス。ロエルがぱたぱたと小走りでついてくる。ロエルにしてきた仕打ちも含めて考えると、今すぐにでも殴ってやりたい。


「砦の3階に奴らがいるならよ、そこから眺めりゃオレ達がコソコソと裏口から侵入した事なんてとっくに気づいてんじゃねえの? 1階なんかに7人も割いていたのが何よりの証拠だと思うがねぇ。クックックッ……」


 フォーマスのお気楽な口調にハッとなった。最な話だ、だとしたら人質が本当に危ない。でもフォーマスはそれをわかっていながら、裏口から堂々と入ったのか。何も考えずに追いかけたボク達も悪いけど、こいつは思った以上に悪質というかどうしようもない奴だ。

 こうしている場合じゃない、急いで駆け上がらないと。とは思ったものの、砦内部は結構複雑だ。ここから見渡す限りでも3本も分かれ道がある。こんなところを歩いて散策している暇なんかない。


「ふぅむ、時間がありませんな。そうだ、今のこの方に案内してもらうというのは? この入り組んだ砦内を歩き回っている間にも、敵に発見される危険性が高い」


 黒い顎髭をいじりながらそう提案するべべにフォーマスは舌打ちをした。ボクが思いつかなかった事をあっさり言ってくれるべべ。この人も普通にいい人そうでよかった。


「はぁ? なに、こいつを解いて暴れ出したらおまえどうしてくれんの?」

「手だけ縛って歩かせればいいのですよ。それに抵抗する前にそこのリュアさんが止めてくれるでしょう。今の手腕を見たでしょう?」

「だとよ。おいリュア、やれよ」


 おまえの責任は重大だぞと言わんばかりにフォーマスは強い口調でまたボクに命令した。ボクが舌打ちしたいくらいだ。言われた通り縄を解いて、後ろ手に縛ろうとした。でもどうやって縛ればいいのかわからない。こうしている間にこの人が暴れ出すかもしれないと思ったけど、案外大人しくしてくれている。

 そして手が止まって悩んでいるうちにバームが横から入ってきて丁寧にやってくれた。ついでにやり方も教えてくれてすごくわかりやすい。ボクはこういう細かい作業はどうも苦手みたい。クイーミルにいた時も家事や雑用は全部ロエルに任せっきりだったし、あまりにやらなすぎて頬を膨らませて文句を言われたくらいだ。

 こうして後ろ手に縛られたまま男はボク達の案内をする事になった。ウソをついた瞬間に斬るというフォーマスの脅しが効いているのか、男は黙って2階への階段まで案内してくれた。


「オラ、きびきび歩けよ」

「ヘッ、お前ら大した腕みたいだがグラーブさんには絶対勝てないぜ……」

「だからそいつの妙な力は何なのか教えろよ。殺されたくなければな」

「これだけは殺されたって言うわけにはいかねぇ。仲間の秘密、特に幹部の自己魔法(カスタム)だけは喋れば例外なく処刑されちまうからな……手の内を教えるって事は弱点を教えるのと同義だからな」

「ふーん、で。お前らはなんだってこんな事してるわけ? 普通に考えて王国が本腰を上げて動けばお前らに勝ち目なんかないってガキでもわかるだろ?」

「これはグラーブさんの命令だ。あの人は極度の面倒臭がりだからな、こうやって脅しかけて相手が餌を自分から持ってくるのを黙って待ってるんだ」

「もし王国が人質を見捨てたら?」

「そうなってもグラーブさんには誰も勝てねぇよ。例え王国相手でもな。たった30人程度の手下しか引き連れてないのは面倒だからってのと、あの人の自信の表れでもある。クックックッ……楽しみだなぁ、お前らの絶望する顔がよ」


 フォーマスと彗狼旅団員のやり取りを聞きながら、ボクには根本的に理解できない部分があった。どうしてもわからないので思い切って質問してみる事にした。


「ねぇ、彗狼旅団はどうしてこんな事するの?」

「絶対君主制の倒壊、革命だ! 一部の無能な屑共が統治する国じゃねぇ! 俺達が俺達の手で俺達の為の国を作るんだ! どうだ、燃えるだろ? これは世界に対する宣戦布告といってもいい! フハハハハハハッ!」


 高笑いする声があんまりにもうるさかったので、口をボクの手で塞いだ。強く締め付けすぎたのか、途中から本気で苦しそうになっていたところをジルベルトやバームが割って入って止めてくれた。危ない、加減をちょっとでも間違えるとすぐにこうなる。


「はぁ……はぁ……このガキが……」

「ね、まだ着かないの?」

「ここだ、この扉の奥にグラーブさんと人質がいる。かわいそうになぁ、人質を盾にとられちゃ、何もできねぇってのになぁ」


 確かにそれが怖い。いかにそれをやられずに人質を解放できるか、一瞬の勝負だ。ボクがその扉に手をかけても文句を言う人はいなかった。フォーマスもどうぞどうぞと小声でボクを囃したてている。


「よし、やるぞっ」


 深呼吸をして扉を見据える。一人でも死なせるわけにはいかない、全員無事だ。そう言い聞かせてボクは扉を勢いよく開けた。


◆ 廃墟の砦 3階 元司令室 ◆


 元々扉自体は壊れかけていて、ボクが開けたと同時に壊れ飛んだ。そしてボクの視界には彗狼旅団と思われる20人以上の男女と右側の端っこで一箇所に固まっている人質100人が映った。

 迷わずボクは真っ先に人質を見張っている集団の頭を掴んで、一人ずつ放り投げた。武器を抜く暇もなかったのか、全員がされるがままに空中に放り出され、反対側の壁際に落ちる。

 ぐぇ、と鈍い悲鳴を他所にボクは人質の人達に背を向けて、グラーブらしき奴のほうを向いた。このまま同じ要領であいつも投げ飛ばせばよかったのかもしれない。でもそうはさせない原因がグラーブにはあった。


「な、なんだ……団員が勝手に吹っ飛んで……あれ、なんだこの子」


 人質の人達が数秒してようやく何かが起こったと認識し始めた。これでひとまず、人質に何かされるという事はなくなった。問題はあいつだ、ボクが乱入してきても頭だけをこちらに向けただけ。大して驚いていないというよりは、動く事自体が面倒といった感じだ。

 それもそのはず、ボクが見てきた中で一番太っていたのはクイーミルのゼンベイ店主パブロだけど、あいつはそんなレベルじゃない。体の横幅だけでボクの三倍はあり、白い布の服がはちきれんばかりに広がりきっている。その丸々としていてたるんだ贅肉がついた胴体に頭が沈んでいて、首がどこだかわからなくなっていた。布で何度も顔中の汗をぬぐいながら、目を細めてボクを見ている。


「おぃ、なんだなんだ。まさか1階にいた手下は全部やられちまったのか? すんごい子だよ、惹かれるねぇ~」


 ボクが投げ飛ばすのをためらった理由は一つ。触りたくないからだ。昔、お母さんに人を見た目で判断してはいけないと教えられた記憶がある。大好きなお母さんだし、その言いつけを守りたいけどあいつに限っては無理そうだ。今も体中をぼりぼりと掻いている。

 後からまもなく、フォーマス達が入ってきたけどその勢いもグラーブを見てすぐに止まる。ロエルを始めとして女の子達は露骨に鼻をつまんだ。うん、確かに酸っぱいような例えようのない臭いがする。


「き、貴様がグラーブか? 私はロイヤルナイツのジルベルト。

見たところ、人質は無事なようだな……」

「降参しろなんて言わないでくれよ~。そんなもん聞き飽きたし、それで降参する奴なんかいねぇんだからよ。んで、ジルベルトだっけ? こっちに来て俺と一対一で勝負してくれや。お前が勝ったら、降参してやるよ」

「本当か? ならば」

「ジルベルトさん、近づくんじゃあないッ!」


 一歩、二歩とグラーブに近づいたジルベルトにバームが叫ぶ。少し遅かったのか、四歩目辺りでジルベルトが突然膝から崩れ落ちた。手を石床につきながらも必死に立ち上がろうとするけど、何かに押さえつけられるようにジルベルトはまったく立ち上がれない。


「グッ、な、なに……体が……重く……」

「フフフ~、惜しかったなぁ。あと少し近づけば鎧野郎ならぺしゃんこだったのになぁ」


 迷う事なく、フォーマスが銃弾をグラーブに放つ。あの巨体じゃかわしようがない、弾は真っ直ぐグラーブの胴体目がけて進んだ。でも触れる直前にグラーブの胸辺りに瞬時に小さな岩が表れる。それがいくつも連なり、グラーブの巨体を包み込んだ。その速さは銃弾の速度を遥かに超えている。

 岩の鎧に命中した銃弾は当然、成す術もなく床に転がる事になった、岩は削れてすらいない。多分だけどあいつは地属性の魔法を使ったんじゃないだろうか。でもジルベルトが動けないでいるのは何でだろう。とにかく辛そうなので助けなきゃ。


「残念、俺には自動鎧(セルフアース)があるんだよぉ。お前、それでやれると思った? 惹かれないねぇ」

「デブ野郎が……」


 悪態をついたところでグラーブのほうが一枚上手だったのは事実だ。


「ジルベルトさん、大丈夫……」


 ジルベルトに近づいた時、体が少しだけ重くなった、まるで床に引き寄せられるかのようだ。


「おおぉ? お前、なんで平然と歩けてんの? さっきといい、お前ホント惹かれるねぇ」


 本当なら迂闊に近づかずにじっくりと相手の力を分析するところだ。でもボクは奈落の洞窟で嫌というほど自分より強い相手と戦ってきた。そのおかげで目の前にいる相手がどの程度の強さなのかよくわかる。言葉ではうまく言い表せないけど、強い奴は全身から妙な威圧感みたいなものが放たれている。直感で危ないとさえ感じとれるほどだ。

 この太りすぎた奴からは何も感じられない。岩の鎧もこの引っ張られる力もボクにとっては些細な事だ。


「どいてろ、クソガキ! ブリクナにタターカ! ついてこい!」


 馬鹿にされてよほど頭にきたのか、フォーマスはブリクナとタターカを引き連れてグラーブに戦いを挑んだ。三人はグラーブから離れて左側に回りこみ、フォーマスを先頭にして三角形のように陣形のようなものを組んだ。そんな三人をグラーブはまた頭だけ動かして面倒臭そうに見ている。

 あいつの座っている木箱はよく壊れないななんて考えている場合じゃない。ボクの直感だけど、これはさすがに危ない。


「リュアにロエル、他の奴らもそうだ。邪魔だから引っ込んでろ……! あの豚は俺達がやるッ!」


 無理だ、やめたほうがいいと言っても聞かないだろうし、その時点ですでに行動を開始していた。

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