第73話 Aランク昇級試験 その7
◆ アバンガルド城下町 ホテル メイゾン廊下 ◆
「俺の女になれば、何一つ不自由しない。こんな冒険者で小銭稼ぎする必要もないし、俺みたいに道楽気分でやれるようになるさ」
相変わらず何を言ってるのかわからないけど、命をかけてやる人までいるのに道楽気分と言い切るこいつが気に入らない。今日の試験だってたくさん人が死んだ。皆、それぞれの目的や希望があってAランクを目指していたはず。何の誘いか知らないけど、そんなの答えはとっくに出ている。
「やだ」
それだけ言い残してボクはドアノブに手をかけた。時間差でフォーマスは拳を壁に打ち、廊下中に鈍い音が広がる。不審に思った人達が部屋のドアを開けて辺りを見渡す。そしてフォーマスの蛇のような目から野獣が獲物を狙うような目つきに変わっていた。ボク達が第三次試験に合格した時と同じ顔をしている。歯を食いしばり、このまま食いついてきてもおかしくない。
「俺のものにならないだって? 貧乏ガキが少しクソゲロみてぇな闘技大会で優勝したからって調子こきやがって畜生め。あんな大会がどうしたって? Aランクになりゃ、より女を釣りやすくなる。あんな糞試験にこのマテール商社御曹司であるフォーマス様が付き合ってやってんだよ。親父の圧力でAランクにさせろっつっても聞きやしねぇ。いっそ冒険者ギルドごと潰しちまおうかと思ったがそれも止めた。俺が直接潰す。俺に逆らった奴がどうなったか聞きたいか? この前、知らずに因縁つけてきた馬鹿は職を失って借金まみれに陥って夜逃げしたさ。そいつが働いていた所はマテール商社の子会社だったからな。まぁ消えたといっても、いずれ見つけ出して遺書書かせるけどな」
「フォーマスゥ、まだぁ?」
「おっと、夜が始まるんだった。じゃあな」
ブリクナに呼ばれた途端に急に機嫌がよくなったフォーマス。そして廊下の奥からブリクナが上半身半裸でシーツか何かをまとって手招きしていて、思わず目を背けた。あんな格好で出歩くなんて、どうかしてる。お風呂から上がったばかりなんだろうか、それにしても普通は服くらい着るんじゃないか。
どうも最近、ボクには理解できない事ばかり起こりすぎていて混乱する。混乱なんかとっくに克服したはずなのに。それにしてもあのフォーマス、いくらなんでも変わりすぎだ。
「はぁ……もう最近ああいうのばっかり出くわすね、ロエル」
「でもあの人達、凄腕なんだよ……。私がヘタクソだったというのもあるけど、レベル5なのに、ストレンジ平原のフロアモンスターをあの銃っていう武器であっという間に倒しちゃったの。私何も出来なかったけど……。その後、役立たずって言われてたくさん叩かれたなぁ……」
たくさん叩かれた。あいつがロエルをたくさん叩いた。ボクがたくさん叩いてやろうか。出会った時のロエルの自信のなさと慌てっぷりはもしかすると、あいつのせいでもあるかもしれない。そうやって、失敗を認めないで、執拗に暴力を振るう。
失敗しない人なんているんだろうか。ボクだって奈落の洞窟で何度も傷ついて倒れて死にかけた。悔しくて苦しくてしょうがなかったけど、あそこで負けたからこそ今のボクがある。失敗が怖くて前に進めるわけがない。フォーマス、あいつも許せないタイプの人間だ。今、ロエルに何かしてみろ。今度はその腕をねじ切ってやる。いや、それだけじゃダメか。腕だけじゃなく脚も
「リュアちゃん……リュアちゃん?」
「はっ?!」
「どうしたの、怖い顔して黙り込んで……部屋に入ろ?」
「う、うん。もう休もうか」
一瞬とはいっても、何て恐ろしい事を考えてしまったんだろう。いくら相手がフォーマスでもそこまでやっちゃダメだ。あんな奴より明日の最終試験だ。今はそれだけを考えよう。
◆ アバンガルド城下町 冒険者ギルド ◆
早朝の薄暗い中、ボク達20人はギルドに集められた。人はまばらで、こんな時間でも依頼書とにらめっこをしている人もいる。大きくあくびをしたのはどうやらボクだけだ。他の人達は緊張した表情で、目の前にいるムゲンと向き合っている。
「これからお主らは最終試験に望むわけだが」
ムゲンが丸い頭を撫でながら、ボク達を端から端まで見渡した。
「毎年、最終試験は実際にAランクに任される依頼をこなしてもらう事になっておる。
それも今朝、入ったばかりの新鮮な依頼だ。その年によってばらつきはあるが、どれもAランクの任務としては下の下。だが今回はちーっとばかり厄介かもな」
ろくな説明もしないうちにムゲンはボク達をかき分けて出口に向かって歩き出した。まだ人通りも少ない街中を通り抜けて、外に待っていたのはギガースホースの巨大馬車だ。今度はどこへ連れて行かれるんだろうか。
◆ ギガースホース馬車内 ◆
「最終試験の内容を説明する。まず目的地は東の廃墟砦だ。
そこにあの彗狼旅団が立て篭もってな……」
「なっ、なんだって!」
誰かが大袈裟と思えるくらい驚いて声を上げる。聞き慣れない、なんとか旅団の名前にボク達以外の全員が反応した。すいろうりょだん、そう呟くバーム。ウソだろ、馬鹿な。口々にそう漏らすほどの相手なんだろうか。その彗狼旅団が砦に立て篭もった。なるほど、次の試験はそいつらを倒せばいいのか。
「あの彗狼旅団ねぇ。ま、俺にはこいつがあるしな。最終試験にしちゃ、随分ぬるいな」
フォーマスが銃に口づけをして、得意げにそれを親指に引っ掛けて回した。
「話を最後まで聞け。問題はここからだ。奴ら、砦内に人質をとったまま立て篭もってのう。
行商や冒険者など、大よそではあるが100人近く拘束されておる」
「なんと……。それで奴らの要求は? これは試験どころではないだろう、次第によってはロイヤルナイツも動員しなければいかん」
「待て、ジルベルト殿。下手に刺激してはいかん状況だ。この馬車も目立つので砦までは行かん、途中から山林を歩く」
「あ、あの。ボク、そのすいろうりょだんって知らないんだけど……」
プッとフォーマスが噴出した。そんな事も知らないのかよ、口には出してないけどそう言いたいのはわかる。他の二人もクスクスと口に手を当てて笑っている。そんなに馬鹿にされるような事をいったのかな、ボクは。それにしてもあいつらは本当に腹立つな。
と思ったら、バームもジルベルトも他の皆も目を丸くしている。なんだか急に居心地が悪くなってきた。ロエルは知ってるのかな。
「数年前にアムル王国を滅ぼしたのは城下町の子供でも知ってると思ったんだが……その名前を聞いただけで、震え上がって泣き出す奴もいるくらいだ」
「あれ、本当に旅団だけなのか? 噂じゃ、バックに他の国家が関わっていたとか聞いたぜ」
「アスガル大陸じゃ、一つの町丸ごと乗っ取って住民全員人質にとった事もあったらしいな。"炎闘騎士団"で有名なバーニア領が編成した討伐隊の尽力も空しく、女子供は陵辱された挙句に全員無惨に殺されていたらしいが……」
「国が総力を上げても下手すれば返り討ちにあうような、知られている中でも世界最大規模の盗賊団だ。君は本当に知らなかったのか?」
とんでもない話が飛び交っている中、バームが親切にまとめてくれた。盗賊団というと、キゼル渓谷の途中で出会ったみたいなのしか想像できないから実感が沸かない。そんな集団が国を滅ぼしたなんて信じられなかった。
「リュアちゃんなら心配ないよね……。なんたって魔王軍を何回も撃退してるんだもん」
「でも、人質っていってたよね。それってつまり」
「ここからが本題だ。お主らには人質の救出と旅団の殲滅を行ってもらう。侵入ルート等の確保は任せる」
「それだけか? 一刻を争う事態なのにそれを試験とした事にも疑問を感じるが何より、五高のあなたがいながら指をくわえて見ているだけなのか?」
「リーダー格の男は厄介だがこの程度で躓くような者はこれからのAランクにはいらんのだ、ジルベルト殿」
「人質はどうなる? もし失敗すれば貴方達がいながら見殺しにした事になるぞ!」
「自信がないのなら辞退されよ」
ジルベルトが熱く抗議するけど、ムゲンは冷静に突っ返すだけだった。ボクもジルベルトと同じ意見だ。そんなのを試験にするなんてどうかしてる。本当にムゲンは黙ってみているだけなんだろうか。
「おっと、言い忘れていた。リーダー格の男、グラーブは過去にAランクの冒険者パーティを壊滅させておる。心してかかるのだ」
更に難題を付け足されたボク達一同はただ黙って頷くしかなかった。
◆ 廃墟の砦前 林 ◆
馬車は砦から離れたところに止められた。あれだけ大きいと遠目でも目立つという事で、おかげで徒歩で1時間以上歩いた。ギガースホースなんて持ち出すと応援の部隊を呼ばれたと思って、人質が皆殺しにされかねないという事で現地には少数が残っているらしい。
林に囲まれた砦は石壁にコケが生えていて随分長い間、誰も使っていないんだなと思わせた。三階建てくらいの平たい建物で、それを所々が崩れ落ちた壁が取り囲む。壁を超えた先の砦に続く道も草木が生い茂っていて、刈り取とらなきゃ歩きにくそうだ。
ボク達20人とムゲンが現地に着くとそこには数十人程度の兵隊が並んでいた。
「あ、ムゲンさん! そちらが今回の……?」
「ご苦労だったな、オーリン小隊長。これからはこの者達が任務につく」
「しかし……」
「陛下が決定された事だ」
「え……? ロエル、今王様が決めたって言ったよね」
「た、多分そう許可を出したって事じゃ……どっちにしてもムチャクチャだけど」
声を出さずにはいられない、王様が認めただなんて。
「で、相手さんは何をお望みなのだ?」
「陛下とその下に続く国のトップを差し出せと……。とりあえずは要求を呑んだ事にして時間を稼いでいますが、あと1時間の猶予しかありません。もたもたしていたら人質は殺されるでしょう……」
青い顔でそう答えるオーリンが気の毒だった。こんな事態なのにこれだけの人数しかいないんだろうか。本当にボク達だけに任せるつもりなのか。
「そ、それとリーダー格の人物は生け捕りにしろと……」
「なんだと、それも陛下の命令か?」
「いえ、ベルムンド様です」
「ベルムンド殿が? 一体、どういうつもりか……まぁいい。お主ら、話は聞いていたな? あまり猶予はない、即行動を開始するのだ」
誰も動けるわけがなかった。下手に動くと人質が殺される、プレッシャーは凄まじいはず。それに相手はどれだけいるのかもわかっていない。そんな中、ボクはどこから攻めようか考えを頭の中で巡らせている。相手に見つからないで人質を救出するにはどこから入ればいいのか。
「へっ、臆病者はそこで沈黙してな。ブリクナ、タターカ。いくぞ!」
ボクが考えている間にフォーマスが迷わず歩き出した。砦の正門は避けて壁に沿って迂回するように進んでいく。あいつ、どういうつもりだろう。何かいい作戦でもあるんだろうか。
「ロエル、ボク達もいこう」
「う、うん……心配だし」
「え? まさかあいつが?」
「違う違う、一緒にパーティ組んでいた時にね、戦いの邪魔だからって魔物に襲われていた人も殺したの。魔物に殺された事にすれば誰もが納得するとかいってね……。あの人なら人質も殺しかねないよ」
フォーマス、野放しにしちゃいけない奴だ。ボクならあいつが銃とかいう武器を使っても止められる。さっきの説明からして人質を殺せば当然、失格になるはず。それでもあいつならやりかねない、少しの間でもあいつと一緒に行動していたロエルが言うんだから間違いない。
「リーダーのグラーブには妙な噂があってな。奴が暴れた後は何かに押しつぶされた死体の山だったらしい。もし奴が自己魔法の使い手ならば、実力はAランク上位と同等かそれ以上と見て間違いない」
その言葉が決定打になって辞退者が続出した。元々、その場から動けない人達だったから内心、そのつもりだったと思う。一人が辞退を言い出したら、我先にとムゲンに群がった。待たれよ、待たれよと頭を撫でながら押し返すムゲンがちょっと気の毒だった。
それにしても、自己魔法ってなんだろう。気になったけどフォーマスを追いかけなくちゃいけない。
「待て、確か名前はリュアといったか。今のムゲンさんの話が本当ならば、先走りは危ない。
ここは協力するべきだ」
追いかけてきたジルベルト、そしてその後ろにはバームと商人のベベがいた。20人もいたのに残った人がこれだけなんて意外だった。彗狼旅団という集団がどれだけ恐れられているか、改めてわかった気がする。




