表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/352

第71話 Aランク昇級試験 その5

◆ ミストビレッジ もうすぐ出口 ◆


「アタシはまだ33だよ! 男に抱かれた事もない小便臭い小娘が粋がるなッ!」


 おばさんと言われたのがよっぽど頭に来たのか目はつりあがり、顎が外れるんじゃないかとさえ思えるほど口を大きく開けて叫んでいる。それが赤い唇のせいで余計におぞましく見えた。

 男に抱かれた事がないだの小便臭いだの見た目だけで判断してほしくない。子供の頃にお父さんに優しく抱きしめられた事だってあるんだ。そんなの両親がいたら誰でもあるだろうに、あのおばさんは本当に何を言ってるんだろう。


【マリリンの魔法剣サンダーソード! マリリンの剣に雷属性が付与された!】


「アタシくらいのマジックファイターとなると、このくらいの芸当はできるんだよ。そして本番はここからさ」


 マリリンはボクじゃなく、地面に剣を振るった。大きな水溜りになっているこの足場を雷が伝って、広範囲に放出された。そう来るとは、なるほど。これならボクだけじゃなく、後ろにいるロエル達にもダメージを与えられる。それだけで飽き足らず、マリリンは帯電した剣でボクに斬りかかってくる。

 片手に雷の剣、更に片手から放たれるファイアボールにサンダーショット。最下位魔法だけど、多分これは威力を目的としてない。マジックファイターは魔法と剣技を両立できる分、魔力の総量はウィザードよりも遥かに低い。それだけに中途半端なイメージを持ってしまいがちだけど、このマリリンみたいにあくまで牽制する為と割り切れば有効だ。

 片手で小威力の魔法を連発してボクの動きを制限して、もう片手の剣で斬りつける。細身の剣なのは腕力があまりないマリリンでも片手で扱えるからか。うんうん、よく考えている。ボクも奈落の洞窟で戦っていた時はいろいろ考えた。あれこれと試行錯誤をしたけど、結局剣一本でどうとでもなるようになった。元々考えるのが苦手だったせいもあると思う。


「アハハハッ! なんだい、大口叩いておいて防戦一方じゃないか! それと周りにもよーく気をつけるんだね!」


 手を出さないで適当にかわし続けるボク相手にすっかり気をよくしたのか、余計なアドバイスまで口走ってる。あの冒険者を殺したように、ボクの脳天目がけてまた矢が飛んできた。ただでさえ霧の中だし、これだけ動き回っているボクをとらえて正確に頭に撃ち込む精密さはすごい。

 近接戦で攻め立てるマリリンに気を取られていたら、あれに撃ちぬかれるみたい。みたい、なんて人事だけど本当に人事だからしょうがない。


【ロエルはレインボーバリアを唱えた! 全員の属性ダメージが大幅に軽減される!】

【ボーブスは2のダメージを受けた! HP 168/170】

【ジョッシュは6のダメージを受けた! HP 116/122】

【ロエルはダメージを受けない! HP 694/694】


 マリリンの雷が後ろに放たれた事について、ボクはまったく心配していない。事前にどんな魔法が使えるか確認したところ、ロエルは一通りの防御魔法を扱えるようになっていた。レインボーバリアはすべての属性から身を守ってくれるという一部のプリーストしか扱えない高位魔法だ。完全には防ぎきれないけど、ボーブスとジョッシュくらいのレベルなら、かすり傷程度で済ませられる。

 ましてやあんなへなちょこな威力じゃ、霧の追跡者に襲われたら一溜まりもない。襲われなかったのは運がよかったからか。


「チッ、あの金髪のメスガキィ!」

「ロエルの事? ガキガキって、おばさんのほうがよっぽど子供だよ。

それより、よく霧の追跡者に襲われなかったね」

「あんなもん、まともに相手にする奴なんてAに上がる素質なんかないさ!

殺した冒険者の死体を放り投げたら、あいつら我先にと群がってたねぇ! アハハッ!」


 その言葉を聞いた瞬間、ボクの中で何かが切れた。気がつけばボクはマリリンの顔面を鷲づかみにしている。メキメキとでも聴こえてきそうなほど、指に力を入れた。


「アガッ! あぁぁぁぁ痛い痛い痛いぃぃ離せぇぇあぁああぁああ!」

「おばさんを殺して霧の追跡者の餌にしようか?」

「ふざけた事いってんじゃぁああ痛いやめてやめてやめてぇぇ!」


 もちろんそんな事はしない。いくらこんな奴でも、一応人間だ。あそこからコソコソと矢を放ってくるカンクも同じだ。そろそろあんな事をしても無駄だと教えてあげないと。


「油断するなよ、リュア! 相方のあの男……どこかで見たと思ったら思い出したよ。相手の急所を100%射抜く暗殺特化のアーチャー、カンク!

暗殺者から冒険者に転進したとかいう噂もあるような奴だ。早いところ、あいつを探し出さないと!」

「平気だよ、ジョッシュさん。最初からわかってる」


 的確にボクを射抜こうと飛んでくる矢、それは確実にボクの頭に命中した。でもドリドンの手下の槍がボクに刺さらなかったように、この矢もまた何一つ射抜く事無く地面に落ちる。

 前にロエルが転んだ拍子に手に持っていたペンが放たれてボクの頭に当たった事があるけど、ちょうどあんな感じの痛みだ。チクッとした些細な痛み。いや、痛みというより痒かったかも。それを見たマリリンは涙目になっていた。いや、これはボクが頭を掴んでいるから痛みでそうなっているだけか。


「い、い、今絶対当たったはずさ……カンクッ! きちんと狙いなよぉッ!

アタシが体張ってんだよこのスットコドッコイ!」

「カンクはちゃんと狙ったよ」


 実際、あの距離からここまで正確に狙い撃てるのはすごい。ボクがかわさなければ、さっきから一度も外してない。ジョッシュが暗殺特化と言っていたけど、まさにそうなんだと思う。でも、それだけだ。単純に弓矢の威力だけじゃ人を撃ち抜くのが限界だし、魔物相手となると心もとない。さっきからスキルらしいスキルも放ってこないし、きっとカンクはそれだけに注力して訓練したんだ。

 あのキゼルの宿の火力砲台ブルームに比べたら、いくらでも見劣りする。それがカンクに対する感想だ。あの人みたいに矢で地面に風穴に近いものを空けるくらいの威力を見せてほしい。


「カンクさーん! 早く出てこないと、このおばさんの頭が割れちゃうよー?」

「いだい痛いいだいもう許じでぇぇぇ!」


 これだけマリリンが泣き叫んでいるのに、出てくる気配がまったくない。相方がどうなってもいいのか、それともボクにこのおばさんを殺す気なんてないと見抜いているのか。とりあえず、このおばさんを離してあげよう。

 なんて隙を見せたら早速、剣をとって襲い掛かってきた。怒りで頭がいっぱいなのか、最初の時と比べて剣筋が粗すぎる。振りかぶってきた細い刃を素手で掴み取り、力を入れるとあっさりと砕けて折れた。武器の値段はボクもよく知ってるし壊すのは気が引けたんだけど、そうでもしないとこのおばさんはずっと暴れ続けるから仕方がなかった。

 マリリンは折れた剣を持ったまま顔面蒼白でそれを見つめて、もう叫ぶ事すらしなくなった。ようやく力の差が理解できたのか、かすかに体が震え始めた。相手との実力差を見極めるのはとても重要なのに、この人は気づくのが遅すぎる。


「ば、化け物……に、に、人間じゃない……」

「カンクも出てきてもらうよ。おばさんはそこで大人しくしていてね」


 放心するマリリンを放置して、ボクは森の奥に剣を向けた。剣を水平にして弓矢のように構える。殺さないように相手を黙らせるにはどうしたらいいか、ボクなりに考えて編み出したのがこの技だ。


「ソニックスピア」


【リュアはソニックスピアを放った!】


 ソニックリッパーの水平の斬撃に対してこっちは槍のように細い。範囲は圧倒的にソニックリッパーのほうが広いけど、こっちは貫通力がある。もちろん本気で撃つわけない。今はあのカンクの右肩辺りを撃ち抜くだけだ。弓を扱えないようにして戦闘そのものを出来なくする。

 大怪我はダメだけど怪我をさせる程度ならしょうがない。いざとなったらロエルに回復してもらえばいい。

 斬撃じゃない槍のような一撃が森の奥に潜んでいるカンクに命中した。霧であまり見えないけど、確実に当たっている。奥からギャッという悲鳴と共に木から落ちる音まで聴こえた。人影が地面にうずくまって呻いている。


「これで二人とも、何もできなくなったね」


 ボクはそこに向かってカンクを拾いにいった。右肩を押さえる手からは血があふれ出していて、このまま放っておいたら死んでしまう。そんな状況だった。ちょっと可哀想になったけど、元はといえば自業自得だ。このくらいは我慢してほしい。


◆ ミストビレッジ 出口 ◆


「オラ、とっとと歩け」

「チッ……今日は最悪だぜ」


 後ろ手が縛られているカンクの背中をボーブスが蹴って無理矢理歩かせている。ボクがいる限り、この二人が逃げ出そうとしても絶対に捕まえられるんだけど、念には念をという事でジョッシュが持っていた紐で縛っている。武器も壊したし、もうこの二人に抵抗する手段はないはずだ。


「で、俺達をどうするつもりなのかな。お嬢ちゃん。

まさかとは思うが俺達を王国に突き出すなんて考えちゃいないよな?

だったら無駄だ、決定的な証拠なんざないしそもそもこれは試験だぜ?

第一次試験同様、特に禁止事項はない。そして殺しはダメだなんてあのシンブは言っていない。

つまり、有りって事さ。さすがアサシン様だよな、ククッ!」


 何か勝ち誇っているけど、そこまでは考えていない。とりあえずこいつらは収集品を持っていないから、確実に不合格だ。それでなくても、こんな状態で連れ出された人間をあのシンブが合格だと認めるとはちょっと思えない。


「やっと出られたね。これで私達は合格かな!」


 開けた森の出口付近では霧はすっかりなくなっていた。振り返ると、霧に包まれた辛気臭い森が広がっている。冒険者でなければ、絶対誰もこんなところに入ろうなんて思わない。

 出口にはギガースホースの巨大馬車がいた。驚いた事にボク達より先に何人かいる。この人達は合格と認められたんだろうか。鎧を着たロイヤルナイツの人は岩に腰を掛けてまた静かに瞑っている。他の人と違ってパーティを組んでいる様子はないから、あの人は一人で通過したのか。


「ん、意外に遅かったっしょ。てっきり一番かと思っていたものだが」


 シンブがいつもの調子で逆手でボク達を指した。そして腰をくねらせながら、ボク達の周りを回る。品定めでもするかのように一周した後、シンブはボク達に収集品を出すよう命じた。


「霧の追跡者の殻。そして沼スネークの牙……こんなもんはどうでもいいっしょ、リュア、ロエル、ボーブス、ジョッシュ合格。脳みそ筋肉娘には容易い試験だったっしょ」

「なにさ、脳みそが筋肉って」

「で、こいつらは?」


 シンブはマリリンとカンクに目をつけた。後ろ手を縛られているこの二人については、ボクじゃなくてロエルが説明した。ボクじゃ多分、うまく説明できずにグダグダになる。こういうのはロエルに任せたほうがいい。


「なるほど、そういう事ならこいつらは連行するっしょ」

「おいおい、シンブさんよ。あのガキの言う事を信じるのかい?」

「どのみち、おまえ達は拘束されたままダンジョンから出てくるという醜態を晒してるっしょ。

それに調べる手段なんていくらでもあるっしょ」

「へ、へぇ……例えば?」

「さ、残りの受験者は……」


 表情を引きつらせた二人。どう調べるのかはボクも気になったけど、それが判明したらあの二人は処罰されるんだろうか。そういえば前に捕まえたグルンドムはどうなったんだろう。まさか殺されちゃったりはしてないだろうけど、牢屋に閉じこめられてるのかな。

 

「馬車の中で大人しくしてるっしょ。一応、見張りに立っているのはムゲンだから、逃げようなんて考えるだけ無駄っしょ」

「あ、あの救世僧ムゲンが……」

「さ、とっとと歩くっしょ」


 観念したのか、二人はうな垂れるようにして数人の兵士達に囲まれて連れて行かれた。その最中、カンクがぴたりと立ち止まった。兵士達に歩けと急かされるけど、動く様子がない。そして突然ボクのほうを向いたと思ったら、気持ち悪いくらいにやけた表情を見せた。


「ファントムに怯えるんだな」


 穏やかな天気で葉も揺らがないほど静かだったのに風が強く吹きつけた。ミストビレッジに続く森の木々がざわめくように左右に揺れる。ファントム、そう発言した瞬間の事だった。歩いていくカンクの背中が笑っている。よっぽど何か可笑しい事でもあったかのように、ずっと笑っている。その不気味な後姿をボクは黙って見送った。

 ファントム、魔物の名前だろうか。でも何か違う気がしないでもない。ボクがファントムに怯えるって、どういう事だろう。ただの負け惜しみかな。


「さ、日没がタイムリミットっしょ。それまでに戻ってこなかった奴は不合格。

一応、行方不明者として捜索くらいはしてやるっしょ」


 あのミストビレッジから戻ってこないという事はそういう可能性もある。何とかしてやりたいと思うはずなのに、ファントムという言葉が頭から離れない。ボーブスもジョッシュも、今のカンクの発言に対して何一つ疑問に感じてない。最初はケンカしていたのに今は親友同士のように合格を喜び合っている。

 ロエルだけはボクと一緒に笑い転げそうなほど笑っているカンクを見ていた。見えなくなるまで、カンクはいつまでも笑っていた。


「どういう事だろうね、リュアちゃん?」




――――ファントムに怯えるんだな




 誰が怯えるか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ