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第69話 Aランク昇級試験 その3

◆ ギガースホース巨大馬車内 ◆


 馬車の中には個室が揃っていて、ベッドも備え付けてあった。厨房や食料の貯蓄など、生活に最低限必要なのものはあるし、遠征用といっていたのも納得できる。後は共同ではあるけど、お風呂もあるみたい。

 そして、あれだけ大きな馬が引いているのにほとんど揺れない。バームによるとこの馬車の車輪に仕掛けがあるみたいで、説明されたけどボクにはよくわからなかった。

 これには何でもあのメタリカ国の技術が使われているみたいだ。ボク達が普段、生活する上で使っている便利なものはほとんどメタリカ国製というのも最近知った。海の魔物を一瞬で一掃できる鉄の船やら、あの国はいろいろおかしい。そしてメタリカ国と聞くと、あのジーニアとプラティウの憎たらしげな顔が浮かんでモヤモヤする。いつでも来いとは言っていたけど、なるべくお世話にはなりたくない。


「この昇級試験は毎年、無茶ばかりやらせる。命を落とした者達を何人も見てきたし、せっかく合格してAランクになっても次の年には全員、天に召されていたなんて事も珍しくない世界だ。

今年こそ合格、ダメならもうやめる。何度そう決意した事か……ハハハッ」


 バームはボク達によく話しかけてくる。妻と子供を亡くしたらしく、ボク達くらいの年齢の子供にはつい世話を焼いてしまうそうだ。実際、さっきも聞いてもいないのに過去のAランク昇級試験の内容やらいろいろと教えてくれた。それだけに答えを盗み見た事に対して罪悪感を覚えた。


「それにしても君はあの竜殺しを飲み干すほどの毒耐性があるのか。ポイズンサラマンダーでさえ毒殺できるほどの猛毒だぞ。鍛えてどうにかなるものではないはずだ……」


 状態異常の耐性はほとんど生まれつきによるもので、その人の性格にも左右される。例えばロエルみたいにすぐ慌てふためく子は混乱に弱い傾向にある。怒りっぽい人は暴走になりやすいとも聞いた。

 混乱や暴走みたいに精神系の状態異常はある程度の訓練でどうにかなる部分もあるけど、毒だけはほとんど耐性を持つ人がいない。確かに人間なのに毒が平気というのも変だし、これはわかる。

 でもボクは違うんだ。最初は毒に苦しめられたけど、今じゃ平気だ。混乱や暴走だって、何度も苦しめられるうちに慣れた。あの時はそれが普通だと思っていたけど、このバームの話を聞いたり他の人を見ているとそれが実は普通じゃないと薄々気づき始めた。


「状態異常に適応する、か。アルケミストとして興味深い逸材ではあるが野暮な詮索はしないよ。

ただ君のような人間がいつまでも放っておかれるとは考えにくい。いつかよからぬ事を考えた人間が現れるかもしれない。用心はしておいたほうがいい」


 一瞬だけメタリカ国のあの二人が脳裏をよぎった。まさかと思う反面、そうかもとも思える。やっぱりあの二人は信用しないほうがいいのかな。でもプラティウはちょっと変だけど、悪い子じゃないと思う。


「もうすぐ次の試験会場に到着するっしょ。その前に軽く内容の説明だけさせてもらうっしょ」


 残った300人以上の前でシンブが甲高い声で説明を始めた。ファンシーキル、その通り名がよくわからなかったけど、噂するBランクの皆の話を聞いてようやくあいつがどれだけ畏怖されているのかを理解出来た。

 犯罪組織の要人暗殺、数千の部隊を相手に誰にも見つからずに隊長格だけを的確に暗殺した、大陸中のフロアモンスターを絶滅寸前にまで追いやった、それらはすべて無傷で行われたとかどこまで本当かわからない話が飛び交っている。その派手な格好も、自分の居場所をわざと教える為の挑発行為らしい。

 ユユは優しそうだから不満をぶつける人もいたけど今の所、シンブにそれをする人はいない。これからどれだけ理不尽な試験内容が説明されようと、変わらない気がする。

 だからあの腰をくねらせる妙な仕草についても誰も突っ込まない。本当、あれは何なんだ。頭が変なんだろうか。


「今は窓も覆っているし、どこへ向かっているかはわからないっしょ。

次の試験はある場所から無事に脱出する事、それが一つの合格条件っしょ。

もう一つは脱出時にAランク足りえる強さを備えているかどうか、それを俺が判断するっしょ。

それをどう証明すればいいかはおのずと考えればわかるはずっしょ」

「つまりギリギリ無事に脱出するだけでは確実に不合格という事か?」

「それも俺が判断する事っしょ」


 誰かが質問をしたけど、明確な答えは返ってこなかった。どこへ行くのか、どんな場所なのかの説明すらもないなんて、ちょっといい加減すぎる。あのシンブだし元々期待はしていなかったけど。

 今回もユユの試験みたいに思わないところで抜け道がある可能性もある。逆に落とし穴もありそうだ。


「どこかのダンジョンに連れて行かれるって事かな?」

「そういえばボク達、あんまりダンジョンに入った事ないよね。兵士達の訓練の時にミスリル鉱山に行ったけど、あれは入り口だけだったし」

「変なところじゃないといいんだけどなぁ……」


 絶対に変なところだと思う。到着するまで秘密なんてどう考えても普通じゃない。そして今の説明だとこの巨大馬車はダンジョンの奥地に向かっている事になる。となると洞窟というのはありえない。

 この馬車に乗ってから2時間経った頃、それが明らかになった。ただし窓の外には何も見えない。いや、正確には白かった。見えているけど白い、これはつまり。


◆ 霧のダンジョン ミストビレッジ ◆


 巨大馬車が突き進んでいたのはこの霧の中だった。遠くにうっすらと木々が見えるから森かな。そして気になるのはこの泥だらけのぬかるみだ。雨でも振った後みたい。右も左も上も霧、白に包まれたこの場所は何なんだろう。


「到着っしょ」

「こ、ここは……。シンブさん、正気か?」

「おまえら、Aランクになるっしょ? それならこのミストビレッジくらい抜けられないと話にならないっしょ」


 Bランクの皆がざわめいて動揺している。その様子からしてここが簡単に踏破できる場所じゃないのがよくわかった。ミストビレッジ、それがこの場所の名前か。


「さてさて、ここはご存知の通りミストビレッジ。

50年以上前まではそこそこ大きな村として栄えていたけど、突如水害によって壊滅。

住人が誰一人として助からなかったという、この大陸でも未曾有の災害として記録に残されているっしょ。

その被害の大きさはこの足場が証明してるっしょ。50年以上経っているのにまだその爪痕が消えないと、まぁこの時点でもおかしい、が」


 シンブは辺りを見渡してからまた説明を再開した。こんな時でも、あの腰をくねらせる動きをやめない。


「問題は魔物の強さも含めてこの霧。このダンジョンからの生還率が著しく低いのはこの霧が起因しているっしょ。加えて足場はこの通り、場所によっては底なし沼になってるところもあるから気をつけるっしょ」


「ミストビレッジ……デンジャーレベルは44と、Aランクの冒険者ですらたまに帰ってこない危険地帯じゃないか……」

「人を食う霧……噂には聞いていたが本当だったのか」


 ここですでに半分近くの人達が怖気づいている。こんなところに平然と踏み入っていたあのギガースホースと巨大馬車がすごい。という事は少なくとも、ここのダンジョンの魔物はギガースホースよりも弱いという事になる。

 雰囲気は出ているけど、この程度の環境なんて奈落の洞窟に比べたら何て事ない。霧、底なし沼、魔物。多分だけどゴースト系の魔物もいるだろうし、それならロエルの得意分野でもある。このファイアロッドを握り締めてやる気に満ちたロエルを見れば彼女からしても、恐れるほどじゃないとよくわかる。


「もちろんここで辞退するのも構わないし、その場合は馬車できちんと出口まで送っていくから心配はないっしょ。身の危険を感じて命を守るのも一つの強さであり選択、恥ずべき事ではないっしょ」


 なんで現地に着いてからそんな事を言うんだろう。でも実際に見て震え上がっている人達もいるし、そっちのほうが辞退の決意を固められて効果的かもしれない。

 ちらりと見たらバームはもちろん、カンクとマリリンに当然辞退する気配はない。ここにきてまた大きくあくびをしているところを見ると、この程度のダンジョンなら楽に超えられる実力があるんだろうか。


「そこそこの難所だがこのボーブス、退く気はないぜ」

「そのでかい図体で沼地にはまったら二度と這い上がれないかもね。

何なら、このジョッシュ様が先導してやろうかい?」

「うるせぇ! てめぇ、まーた喧嘩売りやがるのか!」


 後は目立ったところでボーブス、ジョッシュも怖気づいた様子もない。特にボーブスは指を鳴らして試験開始を待ち望んでいる。あのお金を渡して第一次試験を乗り越えた商人の人はお金のチェックをしているし、ナイトの人も静かに佇んでいる。


「逃げる奴はとっとと逃げておけ。なぁシンブさんよ、もういい加減始めようぜ。こっちは待ちくたびれてんだよ」

「ここでの辞退者は31人……と。

あ、俺はこの馬車と一緒に一足先に出口に向かうけど着いてきても無駄っしょ」


 そういい終えると同時にシンブがその場から消えた。そしてまもなく巨大馬車自体の姿も消えていく。まるで背景に溶け込むように、その場からいなくなったかのように見える。驚きの声を上げる人達が馬車があった場所に駆け寄った時には本当にその場からいなくなっていた。

 どういうスキルかは知らないけど、多分あのシンブの仕業だと思う。本当にその場からいなくなっているわけじゃなく、姿を見えなくするスキル。その証拠にギガースホースの荒い鼻息がかすかに聴こえる。ギガースホースが歩く際の地響きも聴こえない理由はさすがにわからないけど、これもシンブのスキルに違いない。姿と音を消すスキルかな。意外と多彩な技を持っていてうらやましい。


「チッ、薄気味悪いところだぜ」


 ボーブスが霧の中に歩いて消えていった。ここに残された受験者達も様々だ。辞退した人がいなくなって今度は戸惑っている人達。少なくとも200人以上がここにいるわけだけど、果たして何人が無事に抜けられるんだろう。


「リュアちゃん、ここを抜ければいいんだよね。どっちに向かえばいいのかな」

「それはボクにもわからないよ。あのボーブスって人についていく?」

「ヒッヒッヒッ、甘い。甘いですな。あの人は確実に死ぬでしょう。

実は比較的、安全なルートがありましてね……もちろん、無料で教えるというわけにはいきませんが」


 いつの間にか商人の人が近寄ってきて、ボク達に何か言ってきた。その金額が4000ゴールドだったので丁重にお断りしたら、薄気味悪く笑いながら商人の人もまた霧の中に消えていった。

 ついていこうと思った時にはもうどこにも姿が見えない。気がつけば他の受験者達も少しずついなくなっている。決心がついて歩き出したのだろうか。あのバームもいない。


「と、とにかく歩こうか」

「そうだね。もし迷ってもボクがロエルをおんぶして走ればいいし」

「あ、あのアバンガルド城下町でやってたみたいなの? ちょっと恥ずかしいな……」

「どうせ誰も見てないよ。足場は悪いから、そこら中に木を利用しよう」


 そんな冗談半分な事を話しながらボク達も歩き始めた。シンブの言った通り足場がひどく、時々足首まで沈む。予めここに来る事をシンブが言わなかったのはひどい。そこまでの危険地帯で命を落とす人もいるなら、準備くらいさせろと思う。


【ポイズンゾンビが現れた! HP 644】

【沼スネークが現れた! HP 503】


 足元の泥下から現れて突然食らいつこうとしてきたヘビ。奇襲の仕方としては悪くないけど、出る瞬間に泥自体が一瞬盛り上がるので50点。なんて偉そうに点数をつけつつ、側掴みとって引きちぎった。泥下から引きずり出すと意外と長くて驚いたくらい。

 もう一方のゾンビは元村人だろうか。いや、錆びついたあの鎧からして元冒険者だ。ここで迷って朽ち果てたのか。髪の毛はすべて抜け落ちて、男女の判別すらつかない。目玉がかろうじて残っているのが不思議なくらいだった。可哀想だけどこうなったらただの魔物、倒すしかない。


【沼スネークを倒した! HP 0/503】

【ロエルはファイアロッドを振るった! ポイズンゾンビに1866のダメージを与えた!

ポイズンゾンビを倒した! HP 0/644】


 弱点の火という事を差し引いても、今のはボクでも驚く。ファイアロッドはそこまで強力な杖じゃないはずだ。むしろ初心者用のもののはずなのにあの威力はなんだ。燃え尽きたというより蒸発したといったほうが近い。


「うわぁ、私強くなってる! ねぇリュアちゃん、どう?」


 はしゃぐロエルがうれしそうなのでボク自身も満足だ。くるくると回って足場をとられそうになる辺りがちょっとドジっぽいけど、そこがまたかわいい。


◆ 霧のダンジョン ミストビレッジ 廃村前 ◆


 朽ち果てた木造の家々がそこらに建っている。屋根もとっくに腐り落ちて、大半が壁だけの状態だ。中央には井戸がある。水汲みようの木バケツが置いてあって、ここに住んでいた人々の生活の跡が見られた。所々が完全に水没していて、足場を探すのに苦労する。何故か、ここでは少しだけ霧が薄いので全貌が比較的、簡単に見渡せた。


「ここに人が住んでいたんだね」


 自分で言っておいてボクは急に悲しくなった。ボクが住んでいたイカナ村もこんな風になっているんだろうか。ここにだって思い出は詰まっていたはずだ。不気味な廃村だけど、こうなる前まではそこの井戸の前では女の人達が談笑し、そこの家の前では子供達が遊んでいたかもしれない。ボクの村と似た雰囲気があって少しだけ涙が出そうになった。


「ねぇロエル……ロエル?」


 隣にいたはずのロエルがいない。勝手にどこかへ行くはずもないし、慌てて周りを見渡しても姿はなかった。


「ロエル! どこ行ったの?!」


「……ア……」


 どこからか、か細い声が聴こえる。静まった霧の町で耳を澄ましていたら、奥の家に明りが灯った。そんな馬鹿な、人なんか住んでいるはずがない。


「誰かいるの?」

「……リュア」

「だ、誰?! なんでボクの名前を……」


 その家はかつてボクが暮らしていた家だった。ボロボロだったはずの家が綺麗に整って、屋根の煙突からは煙が出ている。霧はすっかり晴れてすべてが見えた。


「リュア、おかえり」


 10年ぶりにボクはその声を聴いた。畑仕事に出たお父さんの帰りを待ち、暖かい食事を作ってくれたお母さん。ドアの前に立っているその姿が涙でかすんだ。

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