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第68話 Aランク昇級試験 その2

◆ アバンガルド草原 ◆


 三人組みは高圧的な態度でロエルに詰め寄る。振り向かないロエルに苛立って手を伸ばそうとしたところをボクが掴んだ。オールバックの男はワンテンポ遅れてから、ボクを見た。


「なに、お前もしかしてロエルとパーティ組んじゃってるわけ?」

「だったら何だっていうんだよ。おまえ達こそ何なのさ」

「ねぇ、こいつ闘技大会で優勝したリュアって奴だよ」


 女のほうが男に耳打ちするようにボクを見ながらヒソヒソと伝える。へぇ、と大した驚く様子もなく、男は口を半開きにしたまま眠そうな顔でまたボクを見る。


「そんな大物がロエルと? はは~ん、そういう事か。

ロエル、役立たずのお前がよく取り入ったな? パーティ組んでしまえば後は黙ってるだけでいいもんな。ホント、まさかこんなところで再会するとは思わなかったぜ。

なぁ、ロエル。お前、どうやったのか知らないけど恥ずかしくないの?」

「えと……私は……」

「あぁ? 聴こえないんですけどぉ? いっでぇぇぇッ?!」


 その手首に力を入れた。いきなり現れて役立たずだの言ってくれるじゃないか。ロエルの様子からして大体の察しはついた。こいつらは以前、ロエルとパーティを組んでいたんだ。その時のロエルの扱いはこいつらを見ていればわかる。

 事情なんて知らない。ロエルが何か迷惑をかけたのかもしれない。ただボクは罵倒されて振り向けないでいるロエルが可哀想に思っただけだ。ロエルを馬鹿にするという事はボクを馬鹿にするのと同じだ。このまま折ってやろうかと思ったけど、今は試験中だ。これ以上、騒ぎを起こすのはまずい。


「あぁいってぇ……なんつー力だ……。

しっかし、なんで君みたいな大物がロエルなんかとパーティ組んじゃってるのかねぇ。

何か弱味でも握られちゃってるわけ? ん?」

「よしな、ロエルなんかに構ってないでとっととこの下らない問題どうにかするんだよ」

「そうだな。じゃあな、せいぜいそのクズに足を引っ張られないよう気をつけるんだな」


 離してやったのに悪態はやめないのか。折ってしまえばよかったと半ば後悔した。三人はゲラゲラと笑いながら、いなくなった。


「ごめんね、リュアちゃん……私のせいで不快な思いさせちゃって……。

あの人達と私ね、クイーミルにいた時にパーティを組んだ事があるの。

その時に私、ヘタクソであの人達に迷惑かけちゃって……」


 今にも泣きそうになりながら喋るロエル。その様子だけでどれだけの仕打ちを受けたか大体わかる。それでも自分に非があると徹底するロエルにこっちまで泣きそうになった。それならやる事は一つ、この試験を通過してあいつらを見返すしかない。


「あいつらに今のロエルを見せつけてやろうよ。大丈夫、ボクがついてるから」

「うん、そうだね……。私だって昔のままじゃないもん」

「まずはこの問題だ、これを……」


 意気込んだはいいけど、早速詰まった。何せ答えがさっぱりわからない。しかも考えてもわかるものじゃなくて、完全に知識として持ってないと答えられないものばかりだ。この問題はユユが考えたんだろうか。だとしたらとんだ慈愛天使だ。


「ロエル、このまま考えていても答えなんかわかりっこないよ。こうなったら……」


「てめぇ今、俺の答え見やがったなグルァァァ!」

「は? 見られたくないんだったらもう少し後ろにも気をつけな」

「吹かしやがったなこいつ……!」


 あっちではついに揉め事まで起こっている。答えを見たとか見ないとか、そんなのユユが見ていれば、すぐに失格にするはずだ。それまでのボクはそう確信した。でもユユは笑顔のまま、事の成り行きを見守っている。おかしい、試験問題を盗み見たなんて確実に失格になるはずだ。それなのにユユは黙っている。

 あっちでもめていた二人はついに武器を抜いて戦い始めた。刃と刃がぶつかり合う音が草原に響き始めた。いつの間にか一部のギャラリーが取り囲んで、妙な方向に盛り上がっている。あの人達は答えが書けたんだろうか。もう諦めている人もいるのかもしれない。二人の実力は拮抗していてなかなか勝負がつかない。戦いだけ見れば白熱したものだけど、今はそんな事をやっている場合じゃないはずだ。

 呆れて見ているとロエルがくいくいとボクの腕を引っ張る。


「リュアちゃん、あんなのが許されるならもう他の人の答えを見ちゃっていいんじゃない?」

「何を言い出すのさ。あのユユがそれを……」

「だってユユさん、あんな事になっているのにさっきから何も言わないよ。

あの人がしていた最初の説明を思い出して。一人で解くのもよし、パーティで解くのもよし。

どのようにして解くのかは各自に任せるって説明、これ多分そのままの意味だと思うの。

試験中に立ち歩いても咎められないし、あんな事になってもユユさんは何も言わない。

そして試験場所をこんなところに指定したのも、ああいう事になるのを見越していたのかなって」


 なんか納得してしまった。未だに目が覚めない殴られた人を見ていると不憫に思えるけど、逆に考えれば言われないうちは何をやってもいいという事だ。他人の答えを見る、どうも抵抗があるけどボク達が合格するにはそれしかない。

 でも答えを見られたほうは当然、不快に思うはずだ。現にあんな戦いにまで発展しちゃってるし、仮にボクが戦っても負ける気はしないけどなるべく穏便に済ませたい。誰の答えを見ればいいんだろうか。これだけの人達がわからないで悩んでいるんだから、きちんと正解できている人は少ないはずだ。間違った答えを見てしまったら元も子もない。


「ロエル、ボクが誰かの答えを見てくるよ」

「それなんだけどね……。私はあの人がいいと思う」


 ロエルが指定したのはバームだった。一瞬、大丈夫かと思ったけどあの人は確か今年で10回目の受験だと言っていた。それなりに知識が豊富だろうし竜殺しの毒を解析したところといい、只者じゃないはずだ。何よりすでに解いてしまっているのか、青空を見上げて休んでいる。あそこで起こっている争い事なんてまったく興味はないみたいだ。疲れているようでもあり、退屈しているようにも見える。

 ボクは字が読めない。簡単な字なら読めるけど、複雑なものは無理だ。でもこの場合、読めるかどうかは問題じゃない。要するに書いてある答えを覚えてくればいいので、記号を書き写す感じでいけるはず。

 でもボクはふと思う。あの人なら、頼めば答えを見せてくれそうではある。よく知らない人だけど、なんとなくそんな気がした。


「10年も合格していないなら、私達みたいなライバルは快く思わないんじゃないかなぁ。

見せてくれるかもしれないけど、断られた後で警戒されちゃう可能性があるからね」


 最もな意見かもしれない。偏見かもしれないけど、それも一つの可能性として考えられる。それなら、あの人の答えを写させてもらうだけだ。ボクならあの人にまったく気づかれない自信がある。いや、あの人どころかこの場にいる全員に気づかれない。

 ちょっとあのおじさんのいる所までダッシュするだけだ。ボクは用紙を隠そうともしないバームの後ろまで走った。往復時間にしてわずか1、2秒ほどかな。通りすぎる一瞬の間に用紙を盗み見る。するといかにも正しそうな答えが書いてある。

 でもここで安心したらダメだ、これが確実に正しいとは限らない。ロエルと相談した結果、念の為他の人の答えも見て、同じ答えが多いようならそれが正解の可能性が高い。一問ずつ、じっくりと時間を掛けてボク達は解答欄を埋めた。


◆ まもなく第一次試験終了 ◆


「はい、ほぼ正解です。合格」


 ガッツポーズをとるほど、うれしくはなかった。なぜかって、他の人の答えを写したものだから今一達成感がない。なんでユユはこんな試験内容にしたんだろう。Aランクとして必要な事とも思えないし、問題の知識なんて後から学べばいいだけだ。

 周りを見るとまだ苦戦している人達が目立つ。反面、合格して休憩している人や暇を持て余している人も多かった。どうもあれからそこら中で戦いが勃発したらしく、勝敗に関わらず戦いの爪痕が草原に残された。


「てめぇやるじゃねえか……」

「おまえこそ、なかなかの腕だな」


 最初に戦っていたあの人達はなんか、友情みたいなのが芽生えていた。ずっと戦っていたし確実に二人とも失格だろうけど、この後飲みに行く事になったみたいだからもう試験なんてどうでもいいのかもしれない。


「リュアちゃん、あそこの人すごいよ」


「こんくらいでどうっすかねぇ?」

「ん、まぁしょうがないな……」


【ベベ Lv:30 クラス:商人 Bランク】


 そこにはお金を渡して答えを写させてもらっている人がいた。なるほど、あの方法ならずっと穏便に済ませられる。ボク達は素直に感心した。でも、小太りで背丈がボク達より低くて、あまり戦いは得意そうには見えない。


「手間取らせやがって糞どもが」

「あ~あ、お気に入りのブーツがもうこんなに汚れちゃって……」


 あの態度の悪いマリリンとカンクの周りには10人くらいの冒険者が倒れていた。そして二人の手にはそれぞれ問題用紙が何枚も握られている。気だるそうに一枚ずつチェックして、自分の問題用紙に答えを書き込んでいく。

 よく見ると二人とも、まったく武器を手にしていない。という事は素手であれだけの数の人達をやっつけたのか。あの二人に挑んでいたと思われる残りの人達は全員、戦意喪失している。歯軋りをして、恨めしそうに二人を見つめている人や座り込んでうな垂れている人、その様子だけであの二人がどれだけ圧倒したのかが大体わかる。


「あんなのが許されるんだね」

「でも私達も褒められたやり方はしてないけどね……」


 カンクが他の人の問題用紙を破き始めた。弱々しく声を上げた人達は、すでに立ち上がる気力もないようだ。さすがにやり過ぎだ。こんなのが許される試験に何の意味があるんだ。

 ボクが立ち上がってあの二人の所へ向かおうとした時、ユユが大きく手を叩いた。


「はい、終了です。それでは改めて合格者を発表します。まずは……」


 ユユが淡々と合格者の名前を読み上げていく。最初は真面目に読んでいたけど、さすがに数百人単位は時間がかかると途中で気づいて以下省略で打ち切られた。ボク達の名前はきちんと読まれたけど、省略されたカンクとマリリンは露骨に舌打ちしていた。それどころか糞ババアなんて小さく悪態をついていて、聴こえていたら間違いなくあそこに転がるだろうなぁなんて思った。そういえばあの人、まだ目を覚まさないけど大丈夫なのかな。


「皆さん、いかがでしたか? 目的を達成する為には様々な手段があります。

人の答えを見たりお金で情報を得たり力でねじ伏せたり、皆さん独自の方法を見られて楽しかったです。もちろん、正解は一つではありません。どんな手段だろうと、それは一つの手段に過ぎないからです。皆さんはすでに冒険者として活動しているので今更こんな事を言うのは無粋かもしれません。

これが冒険者です。時と場合によっては、いかなる手段を用いても目的を果たさなければいけない時があるのです。

特にAランクにおいてはそれが顕著だと今から言っておきますでしょうわ」


 最後の最後で変な言葉遣いになった。ユユはそれが言いたかったのか。それはわかるけど、泣かされた人達はたまったものじゃない。あそこでカンクとマリリンに潰された人達は耐え難い屈辱を受けたはずだ。ボク達もせこいやり方をしたけど、無意味に人を傷つける方法だけは取りたくなかった。


「さて、合格者は312名ですか。落ちた183名の方々は残念でしたね。

また来年、お越し下さいませ」


 不合格と思われる人達が静かにその場から立ち去った。あの人達は来年も受けるんだろうか。バームみたいに何年も受かっていない人もいるし、Aランクに上がりたい人達が大勢いる。反面、ボクはどうだろう。イカナ村へ行きたいというただそれだけの理由。落ちた人達はどれだけ強い思いを秘めているのか、少しだけ気になった。


「気がつけばもうお昼ですね、次の試験を始めるにはちょうどいい感じです。

ええと、第二次試験官がもうすぐ来るはずなのですが……あ、来たみたいですね」


「うぉぉ! あ、あれを見ろ!」

「ギ、ギガースホース!」


 草原の向こうから地響きを立ててやってきたのはギガースホースが引く巨大馬車だ。かなりの筋肉質でその足だけでも、丸太を何本も合わせたくらいの太さがある。あの蹄だけで大概の魔物は踏み殺される、そう確信できるほどの力強さがあの化け物馬にはあった。

 ボクが外の世界に来てから、そこそこ強そうだなと思える魔物の一匹だ。もちろん、あの十二将魔やらゴーレム軍団を除けばだけど。

 周りを見ると、あの馬に圧倒された受験者達とそうでない人達にくっきり分かれている。カンクやマリリンなんかがあくびをしているところを見ると、やっぱりそこそこの実力はあるんだろうか。


「ちょうどよかったですね、シンブさん」

「はぁ、なんでこの俺がこんな連中のお守りをさせられるっしょ」


「"ファンシーキル"のシンブ……ま、また試験官は五高なのか」


 全身ピンクの眩しい男が馬車から姿を現すと、颯爽と飛び降りた。次の試験官はあいつなのか。初めて会った時といい、どうにも嫌な感じのする奴だ。そして、なぜかボクがAランクに上がってくるのを望んでいる。早速ボクの姿を見止めたのか、意味ありげに口元を歪ませた。


「俺は第二次試験官のシンブ。まー、よくこれだけ集まったっしょ。

見るからにテストするまでもない連中が大半という事実には目を瞑るとして……」


 怪しく腰をくねらせながら、シンブは逆手でボク達受験者を指す。いきなり失礼な事を言い出す奴だ。こんなのが試験官だなんて、一体どうしちゃったんだ。いや、どうもしてないんだろうけどこいつだけは勘弁してほしかった。


「とっととアレに乗れ、第二次試験会場に移動するっしょ」


 あの巨大馬車ごと来た時点で場所を変えるのは何となくわかっていた。問題は集団で移動するにしても、あんなものを使ってまでどこに行くのかというところだ。


現在の合格者数 312/495


◆ しんれぽ ◆


はてしなく ひろい海

シンは ひたすら すすんでいます

アバンガルド王国へ いっしゅんで いどうしたであろう

あのふたりをめざして シンは たびをしています


まよった しにたい

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