第67話 Aランク昇級試験 その1
◆ アバンガルド城下町 冒険者ギルド ◆
試験当日、冒険者ギルド内は受験者で溢れかえっていた。広い室内が物騒な人達で埋め尽くされるのはいつもの事だけど、今日ばかりは空気が違う。何せ1年に一度しかないAランク昇級試験だ。今は試験の為に貸切状態で、普通の依頼を請け負ったり等は出来ない。
初めて受ける人や何年も合格していない人もいる。確かに中年から高齢の人まで年齢層も幅広い。一ヵ月半前、竜殺しの毒だと解析したおじさんも受験者だった。
【バーム Lv:38 クラス:アルケミスト Bランク】
「今年で合格できなきゃ、そろそろ引退だよ。
年齢を言い訳にしたくはないが、決して甘い世界ではないしな」
そう寂しそうに語るこのおじさんは今年で10回目の受験だと言っていた。試験内容は毎年変わるみたいで、その年によっては命を落としかねないほど危険な時もあるみたいだ。パーティを組んで参加するのがセオリーだけどバームは一度ひどい裏切りにあって以来、ずっと一人だとか。
「まーだぁ? とっとと始めてほしいんだけどぉ」
「だりーな」
【マリリン Lv:39 クラス:マジックファイター Bランク】
【カンク Lv:40 クラス:アーチャー Bランク】
短い金髪の男の方は偉そうにイスに座りながら、テーブルに足を乗っけている。爆発したかのような赤髪の女は何かをくちゃくちゃ噛みながら、足を組んで座っていた。態度が悪い、不潔、ボクがあの二人に抱いたイメージだ。柄悪そうだねと耳打ちしてきたロエルも同じような感想を抱いている。
「んだゴラァ! 今、俺の財布ぱくろうとしただろぁ!」
「冗談だって、ジョーダン。あんまり隙だらけなもんだから、ちょっとからかってやっただけさ。そんなんで試験、生き残れるのかなーなんて」
【ボーブス Lv:27 クラス:ナックルファイター Bランク】
【ジョッシュ Lv:24 クラス:シーフ Bランク】
何か騒ぎを起こしている人達もいる。怒っている人は、頭の真ん中だけ髪の毛を残して後はツルッパゲみたいな変な頭だ。責められているほうは子供かと思うほどの小柄で頭にバンダナを巻いている。
財布をとろうとした、しないで延々と喧嘩していてうるさい。変な頭の人が拳を振り上げた時、その手を銀色の鎧で身を包んだ人に止められる。
「双方、場を弁えろ。ここで騒ぎを起こせば、どうなるかはわかるはずだ」
【ジルベルト Lv:31 クラス:ナイト Bランク】
「ほぉ、どこかで見た顔だな。もしかしておまえ、ロイヤルナイツか?」
「そうだが……」
「あぁ、やっぱりな。確かなんちゃら軍の襲撃で一人死んだんだっけか?」
兜の下の冷静な顔に怒りが浮かび上がりそうになった時、カウンターのほうで誰かが大きく手を叩いた。こちらを見ろと言わんばかりに叩いたその人は見覚えのある人だった。金髪の長い髪、虫も殺さないとさえ思わせる優しそうな表情。
一触即発だった兜の人と変な頭の人もその人を見るなり、急に静かになった。それだけじゃないようで、あの人が来たという事はいよいよ始まるという事だ。
「はいはい、皆さんお静かに。まぁまぁ、こんなにお集まりになられて……。
時間になったので、これからAランク昇級試験を始めます。
私が第一次試験官を務めさせていただきます、ユユと申しますです事のよ」
この妙な言葉遣い、確かAランク五高の一人ユユさんだ。Aランク5位圏内の凄腕プリーストでロエルが密かに憧れている人でもある。そんな人が試験官だなんて、ちょっと意外だった。
喧騒でうるさかった室内も、ユユの登場ですっかり静かになっている。数百人以上全員がユユに注目していた。何しろこれから試験が始まるんだ。ボクだって緊張する。
「そう堅くならないで事よ。皆さんご存知の通り、第一次試験は筆記試験。
会場は外です、付いてらして」
外。何故だろう、そんな疑問を持ったところでボク達は付いていくしかなかった。
◆ アバンガルド草原 ◆
アバンガルド城下町から少し離れれば、綺麗な草原が広がっている。もちろん、魔物と遭遇する危険もある。でも、すでにこの試験を受けようとしている人にしてみれば何てことのない相手ばかりだ。
問題はなぜ筆記試験をやるのにここを選んだのか。ユユは相変わらずニコニコしていて何を考えているのかわからない。
皆が同じ事を考えているだろうに、ユユはお構いなしに問題用紙を全員に配り始める。一応、書きやすいように板のようなものも同時についてきた。机もないのにどうやって書くんだろうと密かに思っていたけど、さすがにそこは親切だ。
「それでは第一次試験の説明をしますね。合格条件は今、配った試験問題に6割以上正解する事です。
あ、紙はまだ裏にしておいて下さいね」
6割というと半分ちょっとだ。セイゲルは9割だなんて言っていたけど今年は優しいのかな。あのユユは慈愛天使なんて呼ばれてるみたいだし、きっと最初の試験だから甘くしてくれたんだ。優しそうな笑顔の裏で何を考えているのかわからないところがあったけど、安心した。他の受験者達も安堵している。
「制限時間は2時間。
協力して解くのもよし、一人で解くのもよし、どのようにして解答するかは各自にお任せします。
パーティの方は問題用紙一枚、それで合格点に達していれば全員一次通過とします。
答えが書けたら、私のところに持ってきて下さいね。その時点で合否を私が下しますので」
一瞬、聞き間違えかと思った。協力して解くのもいいだって。これはもしかすると、もしかしたんじゃないか。極端な話、ボクが全然わからなくてもロエルが解いてくれたら二人とも自動的に合格になるわけだ。思わずガッツポーズをとりたくなった。
この三ヶ月間、地獄のような毎日を過ごしてきたけど今日で一気に救われた気分だ。さすが慈愛天使、その名前に負けてない優しさだ。
「待った」
ボクが救われた気分でいると、一人の冒険者が手を上げた。
「今の説明だと、パーティで受験している人間が有利に思える。
ソロで受けにきている者も大半な中、これは明らかに不当な試験内容ではないか?」
【サベール Lv:26 クラス:ソードファイター Bランク】
「それは一人で受験しにきた方の責任としか言えません事ですわ」
「確かにパーティでの受験は禁止されていない。しかしそれならばソロとパーティ、どちらにでも公平な試験内容にするのが筋だろう」
「えぇ? そんなの知りませんわ。
試験内容を変更するつもりはありませんので、お気に召さなければ辞退なさって」
あの人の言う事もわかる。ボクはロエルとパーティを組んで受験したから、ラッキーだったけど逆に一人だったらどうだろうか。あの人と同じ考えになっていたかもしれない。
抗議した人が明らかに不機嫌な表情になっていくのがわかる。それとは対照的にユユは、その人を存在しないものとしてすでに試験を進めようとしていた。
「それでは、始めて下さい。今から2時間ですわよ」
「話は終わっていないんだが?」
「邪魔です、試験への妨害行為とみなします」
剣士の人の頭が杖で引っ叩かれる。にぶい音がそこまでの威力を感じさせないけど、当の本人の側頭部にはしっかり杖の先端が激突し、叫ぶ事すらなく草原に倒れた。あまりに静かに崩れ落ちるその過程を見ていた受験者達はしばらくの間、彼が倒れたという事実すら認識できないでいた。
「あの、そのですね。
私は支援職なんてやっておりますし、腕力にも自信はありませんですけどね。
それでもゴブリン程度なら即死させられます事のよ。
もちろん、この場にいる皆さん程度でも同じ事が言えますのですわ」
口答えは許さない、一連の流れがそれを示していた。試験官はユユで、ここではあの人がルールだ。あの人に逆らえば、今の人みたいに事実上の失格になる。ユユは相変わらずニコニコしているけど、天使の皮を被った何かなんじゃないかとさえ思える。
「はい、始まってますよ。問題用紙をめくって下さい」
「じゃ、じゃあリュアちゃん。協力してやろうね!」
「うん!」
問1.アフィカル海峡に生息している魔物の中でパラランド地方で、最も盛んに取引されている交易品が取れる魔物を答えよ。
「……ロエル、答えは?」
「わ、わかる問題から埋めていこうか」
問2.ギギンガ火山のフロアモンスターの名を答えよ。また、そのモンスターに有効と思われる手段を書け。
「ロエル、答えてよ」
「次、次!」
問3.ブリザーマウンテンの最高氷点下を答えよ。
「ローエール」
「知らないよ、こんなの! リュアちゃんも人任せにしないの!
もうなにこれ! 全然復習してきた問題と違うし、そもそもギギンガ火山もブリザーマウンテンもBランク立ち入り禁止のはずでしょ!」
3問目にしてロエルが怒った。あ、でもギギンガ火山のフロアモンスターって、前に誰かが倒したとか言ってなかったっけ。結構身近な人だったと思うんだけど、思い出せない。ブリザーマウンテンも誰かが何か言ってたな。
先の問題も見たけど、見事にわからないものだらけだ。聞いた事のない地名が遠慮なしに出てくるし、ロエルによればBランクには縁のないところばかり狙って出題されている。確かにAランクになるのだから、知っておかなければいけない知識なんだろうけど。でも、そんなのはAランクになってから学べばいい。それを知るためにAランクになるんじゃないか。
周りの受験者も苛立ちを隠せないでいる。抗議したところでさっきの人みたいにそこに転がされる可能性があるから、誰も何もユユに言えない。そのユユはというと、相変わらず笑顔でボクらを見守っていた。
「制限時間は2時間ですよー。それまでに答えを書いて持ってきて下さいね」
「はい、でけたよっ」
「あら、早いです事。ジョッシュさんというのね。
あら? あらあらあら……全問、正解ですわ」
全問正解、その言葉に全員が反応した。試験開始してからそんなに経っていないのに、あのジョッシュとかいう人は難なく突破した。すごすぎる、そんなに知識豊富に見えないけど人は見かけによらないのか。
ジョッシュは得意げに鼻歌を歌いながら、草むらに寝転がった。
「皆、アホみたいに悩んじゃってまぁ。ま、馬鹿は馬鹿正直に一生悩んでいればいいさ。
ジョッシュ様はまったりと昼寝させてもらうぜ」
そしてジョッシュは寝息を立て始めた。試験終了まで起きないつもりだろうか。一応、この辺には魔物だっているのに、無防備すぎる。あの人の身なり、かなり軽装だけどクラスは何だろうか。どう見てもそこまでの知識があるとは思えない。失礼かもしれないけど、ボクはあの人が何かずるい事をしたとしか思えない。
でも、例えそうだとしてもあのユユがそんなの見逃すだろうか。あの人は案外、隙がない。ああやってニコニコしているように見えて、受験者全員を見渡している。ジョッシュとユユ、どちらが上かなんて比べるまでもないし、もし何か変な事をしたらさっきの人みたいに殴り倒されるだけだ。
「ロエル、どうしよう」
「うーん、さっきの人は納得いかないなぁ。絶対何かしてると思うんだよね」
「ロエルもそう思う? ボクも気になったんだよね」
「あれぇ? もしかしてロエルじゃん?」
後ろからのその声にびくりと体を震わせたロエル。そこにいたのは三人の冒険者だった。確認するまでもなく、この人達も受験者なんだろうけどロエルの知り合いなのか。剣を持ったオールバックのソードファイター風の男、短く刈り上げた茶髪のウィザードの女。もう一人は裸同然の格好をしていて浅黒い肌を露出させている。下着とも呼べないような前掛けが垂れ下がったものを身につけていて、とても冒険者には見えない。
裸風の女の人が気になったくらいで、後は普通の冒険者といった感じだ。そんな連中がロエルに声をかけている。
「ロエルだろ? なぁ?」
語気を強めたその男のほうをロエルは振り向けないでいた。試験中に堂々と立ち歩いて何なんだこの人達は、という感情よりもロエルのこの反応が気になる。その瞳には怯えの色が浮かんでいたから。




