第65話 求めるもの
◆ アバンガルド城 大広間 ◆
アバンガルド城門前からここまで、1時間はかかっている。長蛇の列の一部にいるボク達は、いわゆる順番待ちの状態だ。前も後ろも人、人、人。大人から子供、冒険者まで様々だ。
昔、英雄が使っていたとされている剣。それが城で今、公開されている。なんでもそれは使い手を選ぶ剣で、普通の人では振るう事すらできないとか。信じられない話だけど、そういうものは結構あるみたいで、男の人しか持てない武器や女の人しか着られない防具もあるらしい。未だにどういう原理でそうなっているのかは解明されていなくて、一部の研究者達の間で課題として残り続けているとセイゲルが細かく説明してくれた。これは冒険者七不思議の一つとしても語り継がれている。
ちなみにセイゲルは昔、女の人しか着られない防具を着ようとしたら、それがとんでもなく重くなって潰れそうになったらしい。それだと正確には着られないというわけじゃないと思うんだけど、そんな事よりもどんな防具だったのかと聞いたら、頑なに教えてくれなかったところのほうが気になる。なんで着ようと思ったのかとロエルが聞いたら、興味本位の一点張りだった。
「あの人、がっかりしてこっちに歩いてくるよ」
「その後ろの人もだよ。そんなにショックかなぁ。私だったら、そうでもないと思うんだけど」
前から歩いてきた人達は全員、武器を装備できるか試した人達だ。列の横を次々と通りすぎては溜息をついたり、納得がいかないと悪態をつく人達ばかり。
ボクが思うに英雄が使っていた剣なら、その英雄にしか扱えないんじゃないか。その人がどこにいるのかはわからないし、そもそもなんでそんなものが城にあるのかも謎だ。もし武器を扱えたら、1000万ゴールド。15万ゴールドを手にしただけでも使い道に慎重になりすぎるボク達なのに、1000万ゴールドなんて途方もない金額だ。
「あの、順番は守ってください! そこ、列に割り込まない!」
ビシッと指摘したのはリッタだ。別れてからそんなに日が経ってないはずなのに、やけにたくましく見える。最初に見た時は頼りなかったけど、今は立派に兵士として務めていた。現に割り込みした人を一喝して、その行為を正している。
「あっ! リュアさんにロエルさん! もうお帰りになられたんですね!」
「私語は慎め!」
「すみません! トムさん!」
ボク達に気づいたリッタが元気よく手を振ったものの、すぐに先輩と思われる人に怒られて萎縮してしまった。改めて大変そうだなと思う。ここにリッタがいるという事はカークトンもどこかにいるんだろうか。見渡した限りでは、どこにもいない。
それにしても、ただ剣を振れるかどうかを試すだけなのになんでこんなにも列が進まないんだろう。元々こうして待っているのが苦手なボクはすでにイライラが止まらなくなってきた。
「ロエル、退屈だよ……」
「私も、おいしい食べ物のお店の行列なら我慢できるんだけどこれはちょっと……」
「やっほぉ、元気ぃ?」
突然、聞き慣れた声が響き渡る。しかし、その声の主がここにいるはずがない。前を見ても後ろを見ても人、しかもそのオーバーなリアクションのせいでかなり変な目で見られている。
「驚いたかの? あぁ、この声はおまえさん達にしか届いておらんから、決して声に出して反応するでないぞ。常人扱いされなくなるからの」
ハスト様だ。契約した魔法ってこれの事だったのか。話には聞いていたけど、こんな唐突に喋りかけられたら、いくらボクだって驚く。ロエルなんか、なぜかファイアロッドを握り締めて戦闘体勢に入らんばかりだ。とりあえずこの子を落ち着かせてから話を聞きたい。
「そちらからワシに語りかける事もできるぞ。心の中で呟いてみい、それがワシに届く」
「びっくりしたよ……」
「うむ、それでいい。まぁ、今回は言霊魔法のテストみたいなものじゃよ」
「そ、それだけ?」
「それだけ。もしかしてお邪魔?」
「い、いや。むしろ、暇すぎて眠くなってきたからちょうどよかったかも。
なんか今、アバンガルド城で英雄が使っていた剣を扱える人を探しているみたいでさ。それを振えるかどうか、ボク達も挑戦しようと思ったんだけど人が多すぎて……」
「使い手を選ぶ英雄の剣? はて……ワシの知識の中には30年前に勇者が使っていた剣くらいしか、該当するものがないのじゃが。それがアバンガルド城に?」
勇者の剣、考えもしなかった。それが今、アバンガルド城で公開されている。つまり、これは勇者を探しているという事なんだろうか。そういえば30年前に魔王を倒した少年の勇者は今どこにいるんだろう。まったく考えもしなかった。
魔王軍に襲われたのなら、その脅威に立ち向かう為に勇者を探すのは確かに当然の事だ。でも、本当にこれでうまくいくんだろうか。その勇者がどこにいるのかも知らないし、どんな人なのかもわからないけど、また魔王軍が現れたならきっと立ち向かってくれるんじゃないか。わざわざこんな大袈裟な事をしなければいけないものなんだろうか。
「ふむ、なるほどな。気になる事があるのでこちらで調べを進めておく。それじゃあの」
「え、あの、ハスト様?!」
ロエルが大声を上げた時にはハスト様からの返答はなく、周りからの変な視線が突き刺さるだけだった。なんて一方的な魔法なんだ。これじゃ確かに嫌がらせも出来る。相手がハスト様でも少し後悔するほどだった。
◆ アバンガルド城 大広間 中央 ◆
「だぁぁっ! ふんぬぅぅ!」
着ぐるみみたいな筋肉質の人が顔を真っ赤にして、その剣を振り上げようとしている。けど、いくらがんばろうと剣はまったく持ち上がらない。ボク達も、使い手を選ぶ武器なんてこの目で見るまでは半信半疑だった。まるで剣自身が意志を持っていて、剣を一振りしようとする大男を拒絶しているようにしか見えない光景。柄の部分は上がっても刃のほうが重たいかのように、床から離れない。
「そこまでだ、はい次!」
「おい、待てよ! もう少しでいけるから!」
「ダメだダメだ! おまえのような奴がそうやってごねるから、いつまで経ってもこの列が消化されんのだ!」
なるほど、なかなか列が進まないのにはそういう理由があったんだ。背中を押されて追い出された大男の次には一般の男の人、おじいさん、家族連れと続いた。誰もが結果は大男と同じだった。
中には観光の一環として来ている人達もいるみたいで、持てなくてもおおはしゃぎだ。それよりも次はどこを見て回ろうかなんて、さっきの大男の真剣な気迫から比べたら緩すぎてちょっと笑いそうになった。
次に挑むのは緑髪の箒頭、背中に槍を背負っている冒険者だ。ボクの予想だけど、絶対に知っている。うん、あいつだ。
「まったく、どいつもこいつも選ばれない理由ってのがわかってないのさ。
Bランクは確実と言われたオレ様がお手本って奴を見せてやるよ。
いいか? こいつは単なるパワー馬鹿を望んでるわけじゃない。心さ、正義を愛する心を持ったものこそにその資格があるってわけだ」
オード、まだアバンガルドにいたのか。それじゃ、その正義を愛する心で扱ってみせてほしい。本当にそんな心があるなら、だけど。
「いくぜ……ふぅぅ……」
「いいから、早くしなさい」
柄を握ってなぜか深呼吸したオードにイラっときたのか、兵士の人は注意した。ボクとしても、別にそこまで咎められるような事でもないと思うけど、わからないでもない。
はぁぁぁ、とか言い出したオードにまたもや注意する兵士。いいから早くやれ、そう野次が飛ぶのに時間はかからなかった。
「……ッ! つぁぁッ! せぁっ!」
「はい、わかった。次!」
「ま、待て! 今、少し浮いただろ?!」
「浮いてない! 次!」
あまりにしつこく食い下がるオードはついに兵士二人に抑えられて、引きずられるようにつまみ出された。その時にも何か喚いていたけど、もうそれも今は聴こえない。
「次はいよいよボク達だね」
「うん、リュアちゃん先にやっていいよ」
「リュアさん! がんばって下さい!」
「私語は慎め!」
「はい!」
さて、ボクの番だ。それまで和気藹々としていた人達が一斉になぜか静まる。誰もがボクに注目している、闘技大会優勝者であるボクだからだろうか。リッタだけが期待の眼差しを送っているものの、他は様々だ。もしボクが勇者だったらなんて思っている人が一人でもいるのかな。
ボクだってそんなのありえないと思うし、そうでありたいとも思わない。この剣には本来の持ち主がいるわけで、きちんと返すべきなんだ。こんなので緊張したりはしないけど、この人達は一体何を注目しているんだろう。
「よし……」
柄を握り、いよいよ
「……ッ!」
握るか握らないか、その刹那だった。
指先から手の平、腕から全身へと伝わる電流のような痛み。
目の前が白くなったと思ったのも束の間、目が潰れるような閃光。
少し遅れて周囲の悲鳴。
何かに弾き飛ばされる、こんな経験をしたのはいつ以来だろうか。ボクの体は大広間の床に激しく叩きつけられた。どのくらい宙を舞ったのかはわからない。列に並んでいるはずの人達がばらけて、ボクを見る。そしていち早く事態を察したロエルが走ってここまで駆けつけるのに、数秒はかかったからかなり飛ばされたんだと思う。
少しずれていたら、あの柱に直撃していた。被害にあったのがボクだけでよかった。
「リュアちゃん、大丈夫!? ねぇ、怪我ない?」
「ありがとう、ヒールはいらないと思うから心配しないで」
「だって、あそこからこっちまで飛ばされて……」
後から駆けつけてきた兵士達にも心配されるけど、ボクに怪我はない。ただ最後にここまで吹っ飛んだのが、奈落の洞窟のいつ以来だったか。とにかく、外の世界に来て初めての事だったから完全に油断してた。
いや、今のは単純な威力がどうとかそういう話でもない気がする。まったく訳がわからないけど、ボクの感想は一つ。
「今の、まるで剣がものすごく拒絶したみたいです……」
リッタの何気ない一言、それだった。仮にそうだとしても、納得いくはずがない。あの大男だって家族連れだってオードだって、皆触れたじゃないか。ボクだけ触れもしないなんて、何がいけないんだ。
「クソッ……うっ……」
「リュアちゃん、泣かないで……ね、もう帰ろう?」
ロエルに支えられて立ち上がったボクは周りの誰の目も見られなかった。情けない姿を見られたくなかった。それでも皆がボクを見ている。なんとなくそれだけはわかる。
「トムさんッ!」
「な、なんだ突然……」
「あの剣は危険です! すぐに公開禁止にするべきです!」
「馬鹿な事を言うな。確かに前例のない事態だが、我々の一存では決められんよ」
「それならカークトン隊長でもベルムンド様でも陛下でもいいです!
今みたいな事が、力のない一般の方々に及んでからでは遅いのですよ!」
「む、しかしだな……」
後ろでリッタがボクを気遣ってくれているのがわかる。以前の彼女があそこまで言えただろうか。ボクも偉そうな事を言える立場じゃないけど、たった短期間でリッタはすごく立派になったと思う。
いつかの黒い槍事件の時がきっかけだろうか。それに引き換え、ボクが出来る事はない。あの剣がどういう理由でボクを拒絶したのかがわからない以上、何が出来るというんだ。
その後、あの剣の公開が本当に取り止めになったのかはわからない。ボク達は遅い足取りで、城下町へと消えるしかなかった。今日は休もう、そう提案してくれたのはロエルだ。




