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第62話 ウィザードキングダム その7

◆ ウィザードキングダム 東の門 ◆


【ボランはホールドアームを放った!】


 玩具の魔物の左腕が大きく伸びて、ボクに巻きついた。このまま絞め殺す気だろうか。

 それにしてもこの腕、ボクが掴んでいるほうはそれなりの長さなのに巻きついているほうが異様に長い。伸縮自在なのか。どうでもいいけど。


「んんん! 観念しろ! ジルコンすらも砕くこのボランのホールドアームに捕縛されてしまえば」

「ていっ!」


 ちょっと力を入れたらボクに巻きついていた丸い腕がバラバラになって散らばっていった。左腕を失ったボランという魔物のお喋りが止まる。その頭だけが回ってボクを見た。

 長らく掴んでいたこの腕もまもなく握りつぶす。弾け飛んだ破片がちらばり、丸い腕もすっかり短くなった。


「ほぎゃぁぁ! や、やるなぁしかし」

「もう邪魔だよ!」


【リュアの攻撃! ボランに8219のダメージを与えた!

ボランを倒した! HP 0/3700】


「ほぎぇぇぇ……なんダ……んん……なにが起き……タ」


 こんな雑魚の魔物に構ってる暇はない。小さい玩具みたいなのを左手で払いつつ、岩の腕を持つ男に迫った。周りにいた兵士と冒険者風の人達は時間でも止まったかのようにボクを見ている。

 よく見ると散らばった玩具の魔物の残骸が散らばっている。邪魔だから振り払っただけなのに、どうやら倒したみたいだ。杖を手から離れ落とすほど、驚く事なんかないのに。今のはほんの手下の魔物だろうし、あくまで親玉はあの岩みたいな腕を持つ男だ。そいつはずっとボクを見てニヤニヤしている。

 その頭上で小さい女の子がフワフワと飛び回りながら、何かを叫んでいた。


「ジーチ、ここは一度退くです!」

「うるさいの。おまえ、まさかオレが負けるとでも思っちゃってるわけ?」

「水中戦でドリドンが負けたんです! これで4人の将魔があいつにやられてるんです!」

「ドリドンが? へぇ、マジかい」


 驚いたのかそれほどでもないのか、よくわからない様子のジーチ。

 それにしてもあの女の子、どこかで見た事があるような気がする。それも、割と最近のような。


「ゴ、ゴーレムがこっちに来る!」


 兵士か冒険者の誰かがそう叫ぶと、遠くから大きな影が何体もこちらへ歩いてくる。そうか、こっちにもあのゴーレム達が攻めてきているんだっけ。それなら、あっちも手っ取り早く倒さないと。

 ボクはひとまず、目の前にいるジーチを無視してここからあのゴーレムを全部倒す事にした。わざわざまとまってくれているんだから、ありがたい。応戦している味方の人達に当たらないよう、ボクは少しだけ飛んでから、水平に剣を振った。横一閃の斬撃がゴーレム達の胴体に食い込み、そして瞬時に切断した。切り離された上下二つの体に亀裂が入り、そして粉々に砕け散る。


【リュアはソニックリッパーを放った!

ミスリルゴーレム達に419892のダメージを与えた! HP 0/3080

ワイルドタイタン達に462831のダメージを与えた! HP 0/2340

クリスタルラスク達に385749のダメージを与えた! HP 0/4200

ジャイアントナックラー達に436100のダメージを与えた! HP 0/1880

ゴーレムの群れを一掃した!】


 ゴーレム達は形も残らないで、砂埃みたいなのを巻き上げて崩れていった。あの瓦礫みたいな残骸が味方に降り注がないように、3回ほど重ねてソニックリッパーを放ったけど、大丈夫だっただろうか。砂埃が巻き上がっていて、あっちがどうなっているのかよく見えない。

 北、西、南と周ってゴーレム達を退治してきたけど、はっきりいって移動時間のほうが長かった。何せ国中を全力疾走したから、喉がかわいてしょうがない。早く終わらせてハスト様の家でジュースでも飲みたい。


「ゆ、夢だよな……?」

「桁外れだ……やったのは、あの女の子だろ?」

「あの子が剣を振ったと思ったら、あのゴーレム達が総崩れした……

だから、それは間違いない。と思う……」


 ソニックリッパーは威力もそうだけど、スピードも重視している。奈落の洞窟で苦労して完成させた技だけあって、相手があのヴァンダルシアクラスでもない限りは放たれた斬撃すら見えないはず。

 でも闘技大会でも思ったけど、他の人達はいろいろな技を持っている。ボクにはこれ一つしかない。それにどれもかっこいい。ティフェリアさんはいろんな技を持っていたっけ。かっこいいな。今度、教えてもらえないかな。


「ふーん、こりゃ確かに他の連中が負けるわけだ」


 首をコキコキと左右に鳴らしながら、ジーチは倒されたゴーレム達を眺めている。つまり、ボクに背を向けている状態なわけだけど、こいつはボクを甘くみているんだろうか。今ボクが斬りかかれば、確実にこいつは終わるのに。


「ドリドンはちゃんと完全化(エンド)したのか?」


 ボクに聞いているのか、浮いている小さな女の子に聞いているのかわからなかった。完全化(エンド)、何の事だろう。ボクが黙っていると、ジーチはこちらに向き直って岩の腕を見せつけてきた。


「今のオレはまだ完全化(エンド)じゃない。ほれ、この腕だけがこんな状態だろ。

本気を出せば、きちんとした化け物になる」

「……それなら、したよ」

「そうか。じゃあさ、オレも今から完全化(エンド)するけど、どんな姿になると思う?」

「ゴーレム?」


 なんでこんな奴とお喋りしているんだろう。思わず答えちゃったけど、今まで戦ってきた相手がそうだったからゴーレムと適当にそう言っただけだ。


「ヴィトの甲殻やバルツの飛行能力、チルチルのブレスとドリドンの海中戦、どれも何かしらに秀でていて、戦いにおいて決定的になりえるものばかりさ。でもな、オレはこう思うんだよ。

必要なものなんて一つでいい。それもシンプルだ」


 ジーチが岩の腕を空に掲げると、辺りが揺れた。大地を揺さぶるもの、轟音の正体はすぐにわかった。辺りの瓦礫が浮き上がり、一度空に舞い上がったかと思うとジーチの岩の手に吸い込まれていく。兵士達や冒険者達が慌てふためき、全員がジーチから逃げ出した。

 そして遠くのゴーレム達の欠片、更に遠くのボクが倒した西南北に散らばっているゴーレムの欠片。それらがすべて彼方から寄せられてきて、どれもジーチの岩腕に消えていく。

 このままだとこの場にいる人達に被害が出る、今更気づいたボクだけどもう遅い。ロエルもトルッポもラーシュも兵士達も全員がジーチに釘付けだった。


「皆、逃げて! 早く!」


「逃がさねえよ」


 瓦礫と岩、ゴーレム達の欠片である鉱石がジーチと重なり合って出来たのは巨人。遠くに見える城と比べても、絶対にこっちのほうが大きい。足、膝、胴体。見えるのはここまでだ。頭は遥か上にある。片方だけが岩腕だったけど、今は全身が岩だ。城を抱き潰せそうなほどの巨体。それが今、ここに立っている。

 巨大化するに伴って全員が逃げ出したので、潰された人はいないようだ。でも、この大きさだと、歩くだけでこの国は滅ぶ。

 奈落の洞窟でこれと似たような巨人と戦ったのを思い出した。天井が見えないほどの高いフロア、暗闇から激震と共に現れる巨人。その地響きが攻撃なのかと最初は思ったけど、違った。そいつは歩いているだけだ。あまりの大きさに歩くだけでそれだけの脅威を見せつけられる。

 ここにいるジーチもあれと変わらないくらいの大きさ。十二将魔で一番大きかったのは多分、あのドラゴンだと思うけど、あれよりも遥かに大きい。


【天貫く巨兵ジーチが現れた! HP 42150】


「戦いに必要なのは質でも量でもない、質量だ。びびったかい、リュアちゃん?」


 頭が地上にいるボクに向いた。立っている人間が蟻に話しかけているような、多分そんな状態だと思う。今のジーチからしてみれば蟻とまではいかなくても、ここにいる人間なんて踏み潰せば終わる程度の存在だ。


「これがオレの完成化(エンド)だ。いや、実際この国はすげぇよ。オレでなけりゃ、もうちょい攻めあぐねていたかもな」


 その声がどれだけの人達に届いたのかはわからない。でも、あの高さからここまではっきり聴こえるんだから、ものすごいボリュームだと思う。いや、そんなものに感心している場合じゃない。今こいつが歩き出せば、それだけで国中の建物が崩壊する。それだけの危機だ。でも、兵士や冒険者達は、あまりに現実感のない相手をただ呆然と見上げるばかりだ。その証拠にジーチが喋り初めてから、ようやく悲鳴みたいなのが上がっている。


「一撃だ、一撃でこの国は壊滅する」


 冷たく言い放ったジーチのとった行動は踏みつけるなんてものじゃなかった。膝を曲げて足をバネにしてジャンプ、山みたいな人間が空の彼方に消えていった。すでに皆気がついたのか、その後に起こる惨劇を想像して本格的に逃げ出した。隊長っぽい人が大声で扇動しているけど、もう誰も聞いてない。互いに押しのけて、崩れた東の門から出ようとする人。町のほうに家族がいるのか、そちらに向かう人。見ていられない。


「町のほうへ! ひ、避難指示を!」

「どけろぉ! 少しでも遠くにいくんだぁ!」

「馬鹿者! 陛下をお守りするのが我々の役目だろう!」

「なんだよあの化け物! 一体何なんだよ!」


 ジーチ、ボクが外の世界に来て初めて本気でソニックリッパーを撃とうと思わせた相手だ。ヴァンダルシアの時でさえ、フロア全体の被害を考えて全力では撃たなかった。自分でも本気で撃てばどの程度の威力が出るかわからない。ただやらなければ、あの大きい岩の怪物はこの国に落下する。迎え撃つといっても、生半可なものじゃダメだ。あの岩の破片が国中に降り注げば、その被害は想像できないほど大きくなる。


「リュア……頼む……」

「リュアねーちゃん、やってくれるのか?」


 トルッポやラーシュが不安そうにはしているものの逃げようとはしない。ボクを信じてくれている、ここにいるハスト様を見捨てられない。いろんな思いがあるはず。それに応えられるのはボクだけだ。


【天貫く巨兵ジーチのメテオ・ストライク!】


ジーチ、勝負だ。


【リュアはソニックリッパーを放った!】


 落下してくるジーチに合わせてボクもジャンプした。そして扇状に放たれたボクのソニックリッパー、大きさはボクの想像以上だった。アバンガルド城やあそこに見えるウィザードキングダムの城くらい、いやもっとあると思う。それを切断できるくらいの大きさはある。あのジーチを見て巨大というなら、ボクのソニックリッパーだって負けてない。そんな斬撃がジーチに直撃した。

 上空のどのあたりの位置だろうか。豆粒くらいの大きさに見えてきたジーチに接触、足から腰、胴体、最後に頭。順に斬撃は巨人を破砕した。ここまで響く衝撃音は、逃げていた人達が腰を抜かす程度の大きさだった。またしても現実感のない出来事が起こった、そう言わんばかりで空を見上げる皆の目にはジーチがきっちりと倒されたという事実が映っただろうか。


【天貫く巨兵ジーチは1006102のダメージを受けた!

天貫く巨兵ジーチを倒した! HP 0/42150】


「……まだだ、残りの破片が」


 確認するように自分で呟き、ボクはその破片にまたソニックリッパーを撃ち込んだ。今度こそ破片は盛大に散って、空中に砂が撒かれたように消えていった。残ったのは騒然とする多くの人達、廃墟みたいになった東の門近くの町に吹き付けるそよ風だけだった。

 周りから次々と武器を落とす音が聴こえる。驚きのあまり、手の力が抜けたとしか思えない風景だった。兵士達や冒険者達だけじゃなく、トルッポやラーシュまでもがまだジーチがそこにいるかのように空を見上げている。


「う、ううむ……ん、ワシは生きておるのか……」

「あ、ハスト様、気がついた?」


ボクの活躍、ジーチの撃破の流れに目を奪われていないのはロエル一人だけだった。ハスト様の無事を喜んでいいはずの人達でさえ、しばらくはその目覚めにすら気づかなかった。

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