第60話 ウィザードキングダム その5
◆ ウィザードキングダム城 地下牢 ◆
「具体的な処罰は後ほど決定する。それまでは大人しくしていろ。
それとこの牢は特別制でな、魔法障壁によるコーディングが成されているから脱獄を試みるだけ無駄と言っておこう」
さっきまでハスト様に威圧されただけで、立ち上がれもしなかった兵士の人が今はボク達の背中を乱暴に突き飛ばして牢屋へと押し込んでいる。手早く牢の鍵をかけて、足早で戻っていった。
魔法障壁というのはラーシュが言っていたものと同じだろうか。古臭い鉄の扉に顔だけ覗かせられる程度の鉄格子がついた窓。
辺りの壁も鉄のようなもので出来ているのか、無機質という言葉がよく似合ってる。
不潔そうなベッドに申し訳程度のトイレだけが浮いていた。
光も差さないこの牢獄、奈落の洞窟にいた頃を思い出す。暗闇がずっと続いた時はげんなりしたけど、時々灯りのあるフロアもあった。
そんな場所に大人しく閉じ込められるはめになったのはハスト様のせいだ。
抵抗しないで捕まりなさいとハスト様が言うから、言う通りにしたけど本当にこれでよかったんだろうか。
処分というのが何なのかわからないけど、もし死刑になったらどうしてくれるんだろう。いや、殺されてたまるか。
この狭い個室にボクとロエル、二人っきり。ロエルは不安を隠せずに室内を見渡している。
「ハスト様、どういうつもりなんだろう。ねぇロエル」
「うん、でもあそこで抵抗しても結局いい結果にはならなかったと思うの」
「もう! あのおじいさん意味わからない!」
ファイアレインは撃たれるし、こんなところに閉じこめられるし、片翼の悪魔の手がかりは掴めないしどうにもイライラする。Aランクになればイカナ村に行ける可能性があるけど、試験はまだ先みたいだし今の調子だと一生かかっても目的に辿り着けそうにない。
こんなところで楽しくお喋りする気にもなれず、ボクはベッドに腰掛けた。
汚いベッドだけど、奈落の洞窟の時よりは遥かに恵まれている。あの時は地べたに寝そべるしかなかったから。
「……誰か来る?」
思わず呟いてしまった。暗い廊下から響く足音。
それは段々とこちらに近づいてくる。
「兵士さんかな?」
「違うぞい」
鉄の扉ごしにハスト様の声が聴こえた。あの小さなおじいさんじゃ、あの鉄格子まで顔が届かないだろうけど、すぐそこに立っているのはわかる。
なんでこんなところに、なんて疑問をぶつけるよりもこの理不尽な仕打ちに対して何か言いたい衝動に駆られる。相変わらずのんびりした口調にボクの苛立ちが募った。
「ハスト様! これどういう事なのさ!」
「さて、どうするかのう? このまま、黙って待つかの?」
「ふざけるなよッ!」
ボクの大声にもハスト様はまったく動じてないと思った。扉越しだけど、多分あのおじいさんはいつもの調子で白い髭をさすっている。
「おまえさん、それほどの力をどう振るう?」
「な、なにが?」
「おまえさんの事は孫から聞いておるぞ。
半信半疑じゃったが、ファイアレインから無傷で生還するほどとはのう。
その計り知れないほどの力、多くを圧倒する力。誰もが手にしようとした事じゃろう。
もちろん、この世界は広い。様々な強者がひしめいておる。しかし、上には上がいる等とよく言うじゃろ?
強者よりも強い強者、果てがない。自分を上回る強者に出会ってしまった強者はその瞬間から弱者じゃ。
抗えず、守れず、正義もない。食いつぶされる場面も多々ある事はずじゃ。
今もこの世界のどこかで理不尽に抗えずにいる者達もいる。おまえさんのような子供の想像もつかんほど、腐ったものもいる。
ワシはな、そういう事を考えるたびに思うんじゃ。
誰にも負けない圧倒的な力でねじ伏せられたら、そんな悩みも抱えずに済むのに、と」
ハスト様の突拍子もない発言に最初は戸惑ったけど、なんとなく。なんとなく、何が言いたいのかわかってきた。
「おまえさんには理不尽を打ち破る力があるじゃろう。
この先、今のような状況に陥る事だって多々あるはず。
今、それを見せてほしくてのう」
たったそれだけの為にボク達はこんなところに閉じこめられたのか。賢者ハスト様なんて言うけど、実はすごく単純な人なんじゃないか。
今、出来る事。考えるまでもなく、そんなものは一つしかない。
でもそれをやると、ますますボク達が悪者になるじゃないか。
「ここから無理矢理出たら、大騒ぎになるよ。ボクは悪い事はしたくない。人だって殺したくない」
「ならば、そうも言ってられない状況に直面したらどうする?
そこにいる大切な人も守れんかったら本末転倒じゃ。言っておくが、ワシはおまえさん達を逃がす気はないぞ」
ハスト様はボクに考える暇を与えつつ、話を続けた。
口調は相変わらずのんびりしているけど今は声も低く、家で話していた時とは大違いだ。
「ワシも長い事生きておる。目を覆いたくなるような凄惨な出来事も見てきた。
泣く泣く苦汁を飲んだ者もおる。そんなものはもうたくさんじゃ、そうなったらぶち壊してしまえばいい。それで誰かが泣かないで済むのなら、万々歳じゃ。
先程は強がって見せたが、ワシの体もかなり弱ってしまってのう。今じゃ体に負担をかけるような真似をすれば即あの世行きじゃ。
そういうわけで今のワシにゴーレムを倒すほどの力はないんじゃよ」
最後のほうで少し悲しげになった気がした。
あの時はあの場の誰もが敵わないほどの力を感じたけど、それはあくまでハスト様の本来の力を皆に見せ付けただけだった。
100年を生きて賢者とまで呼ばれたおじいさん、だけど時の流れには勝てない。
それこそハスト様が言う理不尽だと強く感じた。
ハスト様がこれまで何を見てきたのか、ボクにはわからない。でも今の話を聞いただけで十分だ。
ハスト様は身も心も疲れ果てている。もうたくさんだ、そうボクに訴えかけているような気がした。
だからといってファイアレインはやりすぎだとは思うけど、そんなのは些細な事だ。
今ボクがやるべき事。
「わかったよ。ハスト様、そこから離れてて」
魔法障壁、まずはこの壁を壊して安心させてやりたい。
王様や兵士達は武器を取り上げて安心しているんだろうけど、そんなもの関係ない。
ボクはゆっくりと拳を握り締めた。
◆ ウィザードキングダム 東の門 ◆
かつては白い町並みが広がっていたけど今は瓦礫の山。ウィザードキングダム東の入り口付近はほぼ壊滅状態だ。前に東の門を攻められた時は雷術隊だけでは対応できず、20人以上も殺された。
私も駆り出されたけど、到着した時にはなんとか撃退した後だった。
この国を守るようにして囲んでいる壁には障壁魔法でコーディングされている。
障壁魔法リフレクトは完璧ではない。あまりに強い衝撃を受ければ、それだけで破壊されてしまう。
小細工一切なしで力任せに攻めてくるゴーレムのような存在なら、うってつけの魔法なのだけどその破壊力は想定外だった。拳の一撃で壁を破壊、兵隊の戦意を奪うには十分すぎる現実だったようだ。
援軍として駆けつけたウィザードキングダム専属のAランク魔術士がいなかったら、もっと被害が広がっていた。
「リフレクト展開完了しました!」
雷術隊の兵士が隊長のテッカーに報告を済ませた。
前回、襲撃されたのがここ東の門だ。壁も崩され、外からこの瓦礫の町並みを一望できるほど無防備な状態だった。次に攻め込まれたら、後がない。
Aランク魔術士3人、Bランク魔術士100人、Cランク魔術士が300人。
それに加えて雷術隊が約4000人。東の門だけにこれだけの戦力を投入している。
数だけでいえば、前回の数十倍以上だ。雷術隊から20人もの戦死者を出してしまったのは、ゴーレムの戦力を測りきれてなかったというのもあるかもしれない。
もちろん、私はCランクの一人だ。
リュア達が投獄されてまもなく、警備の命令が下った。私達冒険者は一応、依頼という形で請け負っているけど、実質国に使われているようなものだった。
Sランクの賢者ハスト様のような人ならまだしも、なぜ一介の冒険者である私が駆り出されなければいけないのか。
国を守る事には賛成するけど、使われるのは納得がいかない。
王に気絶させられたラーシュも今は私の隣にいる。得意の幻術がゴーレムに効かないとわかっていても、この扱いだ。
とにかく、それだけ必死なんだろうとは思う。
「各自、小隊! 気を抜くなよ! いつ奴らが攻め込んでくるかわからんからな!」
雷術隊の隊長テッカーの指揮の下、私達はゴーレムに備えて待機していた。
今日攻め込んでくるとは限らないし、明日かもしれない。
この瓦礫の上で野営しつつ、私達はずっとここにいなければいけない。
こんな事なら戻ってくるんじゃなかった。リュア達と冒険していた時が楽しかった。
私は国の兵士じゃない。一人のウィザード、トルッポなんだ。
ラーシュだって自慢の幻術が効かないとわかっているから、さっきからずっと下を見ている。
「トルッポねーちゃん、オレどうしたらいいんだよう」
「ラーシュは下がってて。私が何とかするから……」
気休めにもなってないのはわかっている。はっきりいってCランクの私なんか、戦力にもならない。
それなのになぜかハスト様は私を気にかけてくれる。実の孫だからだろうか。
「ゴーレムだーーーーーーーッ!」
前衛が騒ぎ出したのと同時に、危険信号として空に放たれた雷魔法。
地響きの大きさだけでその質量と数が圧倒的なのがよくわかる。
横一列に並ぶ巨影。森の木々を踏み潰しながら、それらは迫ってきた。
四角い胴体から細い手足が伸びたゴーレムや岩人間のようなゴーレム。
綺麗な鉱石がそのまま動き出したようなものと、大小や姿形共に様々だ。
そんな異形としかいいようがない集団がこちらに向かってくる。
「ライトニングボルト、撃てぇぇぇぇぇ!」
4000人の雷術隊が一斉に雷中位魔法をゴーレムの一団目がけて放った。
冒険者勢もそれぞれ得意分野の魔法で攻め立てる。
常人なら閃光と音だけで気絶しかねないほどの応酬。表面が少しずつ削り取られ、やがて崩れ落ちるゴーレム達。
雷の大砲といった表現が似合いそうな中位魔法は、Bランクのウィザードといえど、そう何発も撃てるものではない。
雷術隊は雷魔法に関して消費魔力軽減や破壊力増強などを徹底して研究し、訓練している。
火術隊や水術隊も同じだ。一つの属性に絞る事によって、より効率的に破壊力を生み出せる。
あれもこれもと他属性に手を伸ばして器用貧乏になるウィザードが多い中、この国はそういったところも徹底していた。
圧巻だ。私は素直にそう思った。
ライトニングボルトが放たれてから1分も経ってないけど相手がゴーレムでなければ、とっくに壊滅している時間だ。
あれの前では、無事でいられる敵部隊なんてほとんどいない。
「これいけるんじゃね? ねぇ、トルッポねーちゃん!」
「うん、すごい……でも、なんか変」
攻めてきているゴーレムのすべてが倒れているわけではない。
受けながらも前進をやめないゴーレムのほうがどちらかというと多かった。
しかし私が変だと思ったのは、それらのゴーレムではない。
巨体の大軍の前を引率する教師のように堂々と歩く人影。ゴーレムを率いているとしか思えないその人物。
ライトニングボルトとゴーレムによって森が破壊されたからこそ、それが余計に目立った。
そいつは岩のような腕を前に突き出して、すべて受けきっている。
いや、受けきっているどころじゃない。すべてではないけど、放たれたライトニングボルトがその岩腕に吸い寄せられるようにして消えていく。
右腕が岩になっている事以外は普通の人間、しかしそのアンバランスなギャップが不気味さをかもし出していた。
「やーやー、すげぇ洗礼っすね。
前回が楽勝ムードだったから、こんくらいでいけるかなーなんて思ってたら度肝抜かれましたわぁ」
4000人以上の大部隊を前にして、ヘラヘラと笑う男。
もちろんその間もライトニングボルトの嵐は続いているのだけど、その男が近づくにつれて吸い寄せられて消えてなくなる量も多くなった。
今ではゴーレム達と共に崩れた城壁まで迫っている。
ついにはすべてのライトニングボルトが吸収されたところで、雷術隊の攻撃が止んだ。
戦意喪失、そうなった人もいると思う。それに応じてテッカー隊長が魔力の無駄だと判断して攻撃を中断させた。
何よりゴーレムとその男はそれ以上踏み込もうとせず、城壁の前で止まっているからだ。
「んん~! 圧倒的ッ!」
群れの中からひょっこりと出てきたのは、大きさは成人男性と変わらないほどのゴーレムだった。
四角い胴体に球体が連なっている長い手足。ひし形の頭部がクルクルと回転して、こちらを挑発しているかのようだ。
「んん! 我はゴーレム隊の副隊長、ボラン!
有象無象達の最後の晴れ舞台、見届けてやろう!」
「なんだあいつは……他のゴーレムに比べて大した事なさそうだぞ」
誰かがそういったのを聞き逃さなかったボランは、早速力を誇示した。
両手が伸縮自在と言わんばかりに伸びに伸びて、あっという間に目の前にいた小隊を両サイドから挟んだ。
慌てた小隊のメンバーがライトニングボルトで応戦したけどその腕にすべて弾かれ、両腕に挟まれる形で押しつぶされる。
血塗られた丸い腕の中で息絶えた兵士が重なり合うようにして、その無念さを訴えかけている。
腕が離れたと同時にそれらの死体が崩れ落ちた。
「んっん~! 弱いッ! これではゴーレムマスター様が退屈されてしまうではないかぁ!」
兵士達を押しつぶした強靭な力よりも、ライトニングボルトをまったく通さなかった腕に恐怖を覚えた。
よく見れば、後ろに並んでいるゴーレム達の中には無傷の固体もいる。
雷を帯びた魔物でさえ、殺せるとまで言わしめた雷術隊ですら手におえない一団。
ようやくその現実が理解できたのか、数千人規模の大部隊に動揺が走った。
「か、各自詠唱! 雷上位魔法をあのふざけた玩具ゴーレムにぶちかませ!
冒険者諸君も可能な限り、上位の魔法をぶつけるのだ!」
テッカーでなくてもその指示を出すだろう。
爆音、爆炎、それぞれから放たれた上位魔法が小さなゴーレムを集中砲火した。
数千人の攻撃魔法、普通に考えれば国家さえも攻め落としかねない。
そんな中、私もあの玩具ゴーレムのボラン目がけて魔法を放った。しかし嫌でもわかる実力差。
リュアという次元の違う相手を見てきたからこそわかる。
無理だ。
奥に立つ巨大なゴーレムの集団よりも恐ろしいその一匹。
まるで駄々っ子のように長い手を振り回しているだけ。
それだけなのに魔法が水滴のように分散して弾かれ、次々と長い腕に叩き潰されて肉塊へと変えられていくウィザード達。
立ち向かうよりも逃げに徹する者が目立ってきても尚、その猛攻は止まらなかった。
逃げる背中を丸い腕が貫通し、そこから更に伸びてまた別の人間を貫通。
もはや蛇のように伸びきった腕は死体をネックレスの宝石のように繋げたまま、ターゲットを追跡している。
「わ、わぁぁぁ! やだぁ死にたく」
断末魔すら許されずに目の前で血を吐いて生涯を終えたウィザードを見て、私はラーシュを庇った。
震えが止まらないこの小さな子供だけは何としてでも守る。
「ラーシュ、逃げて」
「で、でもトルッポおねーちゃんは……」
「私は何とかなるから」
涙目でラーシュは私を見た。
「んん~、圧倒的。あまりに張り合いがない。
魔法大国と聞いたウィザードキングダムもこの程度とな。
そういえば、賢者と呼ばれている少しはマシな人間がいると聞いたが?」
その疑問はボランを取り囲んではいるけど、恐れをなして戦意喪失しているウィザード達に投げかけられているわけではない。
ラーシュを抱きしめて、未だに希望を捨てていない私に向けられている。
そうはっきりとわかった。
「んんん~。ま、どっちにしろこの国は滅ぼすし、いずれは出てくるか。
となれば、わざわざ居場所を吐かせる必要もないだろう」
腕にぶら下がっている死体を投げ捨て、腕を振って血を落としながらボランは私を見た。




