第58話 ウィザードキングダム その3
◆ ウィザードキングダムへの山道 ◆
街道を歩き、昼休憩を挟んで午後からは山道を歩いた。
道の脇には林が広がっているけど、横幅も広くて綺麗な道だ。
ラーシュが言うには馬車なんかも通るから、広く作られたとの事。
物資運搬の際には必ずBランク以上のウィザードキングダムの冒険者が護衛につくので、この辺の魔物に襲われても一切危険はない。
ウィザードキングダムのおかげでプラッツ港とここまでの道には、それだけの安全が確保されていると自慢げに語ってくれた。
子供ながら、ウィザードキングダムでもトップクラスの幻術の使い手らしい。
厳戒態勢なのに子供を一人で外に出して大丈夫なんだろうかというボクの疑問は少しだけ解消された。
でもゴーレムに幻術は一切効かないと言っていたはず、やっぱり危険な事には変わりない。
「そんな事いうならさー、二人だって子供じゃん」
生意気に言い返された。
君よりは年上だよと言い合いになりそうになると、必ずロエルが仲裁してくれる。
プラティウといいこの子といい、どうもボクは年下の子が苦手なのか。
でも油断していたとはいえ、一時でもこの子の幻で迷わされたのは事実。
さっき襲ってきた魔物もラーシュの幻術にかけられた途端、あらぬ方向に攻撃し始めた。
魔物が何を見せられているのかは大体わかるし、ボク達の時もあれだけリアルで大規模にまで及んだのだから敵にとって十分な脅威だと思う。
ただ欠点もあるみたいで、ゴーレムみたいな生物じゃない魔物には効かない。
ボクは魔法があまり使えないので聞けば聞くほど、奥が深いなと思った。
「リュアは魔法使えないのか?」
「炎、雷、水の一部だけなら使えるよ。最近はあんまり使ってないけどね」
「そうかー、じいちゃんが言ってたけど魔法は剣術以上に才能に左右されるらしいからなー。
なんでも生まれつき持ってる魔力の量とか、センスとかそういうの」
「じいちゃん? もしかして賢者ハスト?」
「ハスト様。ウィザードキングダムに入ったら間違っても呼び捨てにするなよ。
オレも普段はハスト様って呼んでる」
賢者ハストはウィザードキングダムでも尊敬の対象らしくて、今の国王の教育係りを任されていたらしい。だから王様はハスト様にだけは頭が上がらないみたいで、今でも叱られると子供みたいに頭を引っ込めるとか。
魔導を極めようとする者なら誰でも目指す頂の存在というのは全世界の共通の認識で、そのハスト様の軽口を言った旅の冒険者が袋叩きにされたなんて話もあるみたい。
確かにあのユユもハストを尊敬している様子だった。
袋叩きについては、さすがにラーシュが大袈裟に話していると信じたい。
「でもそんなにすごい人ならゴーレムなんて簡単にやっつけられそうだよね」
「うん、ボクもそれ思ったよ」
「じいちゃんは歳でそれほど無理できないんだよ……『ワシも歳じゃ、全盛期なら壊滅できた』って何度聞かされた事かわかんねー」
ユユが百歳とかいっていたけど、あながち間違ってないのかもしれない。
百年、ボクからしたら気の遠くなるような年月だ。それだけ生きていたらいろんな事を知っていて当然だろうな。
「さ、着いたぞ」
ウィザードキングダムを取り囲む高い壁と門が見えた時には日が傾いていた。
ロエル一人ならおんぶして全力で走ればもっと早く着いたかもしれない。
でも今はラーシュがいるし、何よりあまり無駄に体力を使いたくない。
高く長い壁が左右にどこまでも続いていた。
そこに取り付けられている門は堅く閉ざされている。
◆ ウィザードキングダム 南の門 ◆
「誰も開けてくれないみたいだけど……」
「普段は開いてるんだけどな」
「止まれッ!」
高い壁の上を見ると、ウィザードキングダムの兵士らしき人達がずらりと並んでいた。
てっきりとんがり帽子を被っているのかと思っていたけど、人によってそうでなかったりする。
でも全員が白いラインの入った黒いローブのみというシンプルな格好をしていた。
アバンガルド王国の兵士もそうだったように、この国でも兵士の格好は共通しているのか。
いや、それよりも何より注目するべきところは全員が片手に火の玉を浮かせている。
もちろん、あれは炎の攻撃魔法だ。
威圧するような声、そしてあの魔法とくればボク達が歓迎されていないのはすぐにわかる。
「何者だッ! 返答によってはファイアレインの集中砲火を浴びせてもよしとの許可も出ている!
これは脅しではない! そこから一歩でも踏み込めばすぐに実行する!」
「おい、オレだよ。ラーシュだよ!」
「ラーシュ、いつの間に外へ出た?!」
「じいちゃ……ハスト様に聞けばわかるって! それこそちゃんと許可もらったんだからな!」
「……しばらくそこで待っていろ」
隊列の中の一人が隊長と思われる人と何かボソボソと話した後、奥へと消えた。
沈黙の中、あのウィザード達の炎だけが揺らいでいる。
一時もボク達から目を話さない。全員が怒りに満ちた表情だ。
「ラーシュ、これ大丈夫なの?」
「へ、平気だって。おねーちゃん達がゴーレムの仲間じゃない証拠がないからな。
それだけ警戒してるって事さ」
「おいッ!」
怒号といってもいいくらい乱暴に呼ばれた。また見上げると、その手の炎は解除されていない。
「確認した。だがハスト様のご意志により、簡単におまえ達を入れるわけにはいかん。
よってこれからファイアレインの集中砲火を浴びせる。
見事、耐え切れば入れてやろう」
「な、なにそれ! おかしいでしょ!」
「なに、重傷程度ならすぐに回復してやる。それとも引き返すか?」
「いいよ、でもボクだけにしてほしい。ロエルとラーシュは巻き込めない」
「ラーシュはいい。だが、そちらの娘はダメだ」
「ふざけるなよ!」
「いいよ、リュアちゃん。私、全然平気だから」
「ロエル……でも、危険だよ」
「いいから。信じてほしいな」
ロエルに怯えの表情はない。凛とした目で真っ直ぐボクを見ている。
信じてほしい、か。よしっ!
「そんな無防備な体勢でいいのか?」
「そんな心配いらないから早く撃ってよ」
「フッ……言うな、小娘。もちろん、避けたり何らかの方法で防ぐのは有りだ」
「いいよ、早く」
「……全隊、撃てぇぇぇぇぇ!」
【ウィザードキングダム兵達の総攻撃! ファイアボールを唱えた!
炎の玉が炎の雨となって、リュア達に降り注ぐ!】
外れたファイアボールが地面に激突する轟音だけが聴こえる。ボクに向かってくるファイアボールがあっても、接触した途端に掻き消える。暖炉の前でうたた寝してしまうような暖かさ、イカナ村での暮らしがほんのり記憶として蘇る。
暖かくてもその上に毛布を被せてくれるお母さん、風邪をひかないようにと心配してくれたお母さん。
結局、暑くなって汗だくになって飛び起きたっけ。目を閉じるとその光景が浮かぶようだ。
あの頃はよかった。
戻りたい。
「全隊、止めッ!」
火の雨が止んだ。心地よかったのに急に現実に引き戻された気分だ。
そうか、もう終わったのか。壁の上に兵士達の疲弊した表情が並んでいる。
息切れする兵士達は誰もが、ボク達に釘付けだ。なぜだか今にも泣き出しそうな人や、眉間に皺を寄せて何とか目の前の現実を受け入れようとする人。とんがり帽子を乱暴に床に投げつけている人もいる。
「な、なんだアレ……」
「ラ、ラーシュが何かやったんだろ? 幻なんだろ?」
よほど自信があったのか知らないけど、はっきり言ってこの程度の魔法じゃ攻撃にすらなってない。
ボクを焼き殺すなら、あの首が四つある大きな犬が吐く炎くらいじゃないと。
あの犬はすごかったな。初めて戦った時は勝てなくて逃げたし、それまで持っていた剣が一瞬で溶かされた。
「……オレは何もやってねーよ」
「そ、そのようだな。うむ」
隣を見ると無傷のロエルがいた。いや、正確には無傷に戻していたといったほうがいいのか。
炎の雨が止んだ後のダメ押しのヒール。つまり炎の雨をもってしても、ロエルのヒールの回復速度を上回れなかった。そういう事か。
「すごかったねー、リュアちゃん。私、一生懸命ヒールしたよっ!」
「う、うん。うん……」
そういえば、隣から「あつっ!」とか「きゃっ!」とかそんな小さい悲鳴が聴こえた気がする。
ボクが思うにヒールがなくても別に平気だったんじゃないだろうか。
いや、それを差し引いてもヒーラーの恐ろしさを目の当たりにした気がする。
いくら攻撃しても回復されてしまい、相手のほうが消耗して白旗を揚げる。
あの兵士達の疲れきった様子と合わせて考えると、ある意味最も恐ろしい相手かもしれない。
レベル51といえばAランクでも上位に食い込むレベルだし、気がつけばそれだけ強くなっていたロエル。
これからは、あまりからかわないほうがいいかもしれない。
「これで通してくれるよね?」
「あ、あぁ。ラーシュ、開けてやれ」
見た感じ、結構重そうな門なのに子供のラーシュが開けられるんだろうか。
それなら開けてやればいいのに。
「ラーシュ?」
「うぇい?! も、門な! わかった!」
青い顔をして呆然としていたラーシュは明らかにボク達を畏怖していた。
とんでもない化け物を連れてきた、そんな呟きがかすかに聴こえてきたから。
「……オレ、ちびりそうだった。おねーちゃん達、マジで何者だよ」
そういって門に手を触れたラーシュ。白い光が一瞬だけその手から漏れたと思ったら、静かに門が開いた。静かに左右に開こうとしている門をラーシュはせっせと通った。
「おい、何してるんだよ。またすぐ閉じなきゃいけないんだから、早くしろって」
疑問を押し殺して、ボク達はいよいよウィザードキングダムへ足を踏み入れた。
◆ ウィザードキングダム 城下町 ◆
アバンガルド城下町とは一風変わっていた。道の両脇には川のように水が流れていて、建物に行く為には小さな橋を渡らなければいけない。丸い物体から尖った先端がくっついていているような屋根、壁は白一色で町全体が白い。
そして遠くに見える城に近づくにつれて段差があり、大きな階段に一段ずつ建物が建っている。
壁から水が滝みたいに静かに流れ落ちていたり、その音がどこか涼しげだった。
そして何より驚いたのはほぼ全員がウィザードのような格好をしている事。
ウィザードキングダムなんだから当然だろとあっさりラーシュに返されてしまったけど、そういうものなんだろうか。
この国では何をするにも魔法の力を借りている。
例えば料理に必要な火なんかは料理人自らが火の魔法を放つらしい。
この国では生まれて物心がついた時から、魔法を教わる。
7歳からは魔法学校に通うのが義務で、最低6年間はそこで魔法を教わらなければいけない。
生まれつき魔力が低かったり魔法に向かない子でも、成績が低かろうととりあえずの卒業は出来るようだ。
そこから進学するかどうかは個人の自由みたい。
学校だの進学だの、聞いているだけで頭が痛くなってくる。
こんなボクがもしこの国で生まれていたら、死んでしまうんじゃないかと冗談抜きにそう思った。
「俺? あんなとこ1年で卒業したよ」
どんなに成績がよかろうと6年間は通う義務があるのに、なんでもラーシュは半年に差し掛かった辺りで知識も魔法の腕も教師を超えてしまった為、異例の免除だとか。
すごいのはわかるけど、それでいいんだろうか。
「ねぇ、厳戒態勢なのに皆普通に生活してるね」
「ロエルねーちゃんが想像する厳戒態勢とは違ったって事だね。
例えばさっき通った門は特殊な魔法がかけられているんだ。
ウィザードキングダムの人間が触れないと絶対開かないし、ジルコン製の堅さに加えて防御魔法でコーディングしてある。あ、壁の表面も全部ジルコン製な」
ジルコン製、オリハルコンの次に硬い金属だと聞いた事がある。
武器や防具にも使われるけど、オリハルコンよりも重くて使い手を選ぶ。
加工次第によっては魔法や状態異常にも耐性を持たせられるって、クイーミルのコウゾウさんが言っていた。
ほしいと頼んだら、入荷するだけでも大赤字だと頭を抱えられたっけ。
「それに加えてあの火術隊。
おねーちゃん達にはまったく通用しなかったけど、並みの魔物の集団なら灰になるよ。
正面の門には火術隊、後はそれぞれ東や西、北に水術隊と雷術隊、地術隊なんかが控えているんだ。
でも……」
「そっかぁ、それなら確かにゲンカイタイセイだね!」
「うん、そのゲンカイタイセイもゴーレムにはあまり効果はないけどね……」
ロエルの能天気な声と反してラーシュの声のトーンが落ちる。
二重の守りさえも通じないほど、ゴーレムは絶望的な相手なのか。
確かにあのファイアレインじゃ、ゴーレムは怯みもしない気がする。
ミスリル鉱山のフロアモンスターと同じくらいだとしても、大したダメージにはならない。
「まだこの辺りはなんともないけど、この前は東の壁が突破された。
住民も混じって応戦したけど、戦闘に慣れた連中じゃないから片っ端から殺されたよ」
「あのすごい壁を壊されたの? それに殺されたって……」
「あいつら、パワーも半端ない。弱体化魔法も通じないし、そうなると後はひ弱な魔法使い相手さ。
雷術隊の死者も今日までで20人以上だ。オレの幻術も全然効かないし……クソッッ!」
他人の家の壁を思いっきり蹴るラーシュ。窓から住人が顔を覗かせて何か叫ぼうとする前にロエルが謝った。
「な、おねーちゃん達なら協力してくれるよな? な?」
「うん、うん。任せてよ。ボクが力になる」
「ありがと……」
喋りながら歩いているけど、一向にあの城に近づく気配がない。
ハスト様は城の近くに住んでいるというから、向かっているのに。
高い壁に閉ざされていて外からじゃわからなかったけど、はっきりいってアバンガルド城下町より広い。
「あ、そういや転送屋がいたっけ」
魔方陣を構えて立っている女の人にお金を渡すラーシュ。
何の理解もないボク達を乱暴に手招きして、流れるままに魔方陣の上に乗った。
「行き先はハスト様の家ですね! 承知しましたっ!」
◆ ウィザードキングダム ハストの家前 ◆
周りが一瞬光ったと思ったら景色が変わっていた。柵の向こうにはとんがり屋根の町並みが広がっている。そして更に遠くに見えるのがボクが入ってきた門だ。
「今の出費はオレ持ちでいいよ」
「いや、ちょっとちょっと。今何がどうなったの?」
「転送屋だよ。馬車なんかより遥かに手軽に移動できる瞬間移動魔法さ。
でもそう遠くには行けないし、せいぜいこの国の中までだな。
詳しい事は話すと長くなるから省くぞ」
瞬間移動魔法。なんだか途方もない国に来ちゃったみたいだ。
柵と道を挟んで、町を見下ろすように立てられている白い家。
ここがハスト様の家か、見た目は他の家とそう変わらない。けど、他の家に埋もれそうなイメージを持つくらいには小さい。おじいさんが一人で暮らしているみたいだから、このくらいでちょうどいいのかも。
「おじいちゃーん! 頼まれたもの買ってきましたぁ!」
ハスト様の家に知らない女の子が訪ねている。灰色の短いツンツンヘアーにとんがり帽子。
そしてあのマフラーと合わせて顔がすっぽり隠れそうな厚そうなローブだ。あの子もウィザードか。
いや、待てよ。今の声、どこかで聴いた事がある。
そう、ボクはあの子を知っているかもしれない。
「ねぇリュアちゃん、あの子ってもしかして……」
「で、でもあんな子だったっけ」
女の子の甲高い呼び声の後、ハスト様の家のドアが静かに開いた。




