第57話 ウィザードキングダム その2
◆ ハリアート大陸ウィザードキングダムへ続く街道 ◆
ウィザードキングダムは山の上にあるという事で山登りは避けられないみたいだ。
この平坦な街道を抜けたら、その次は急斜面の道を登らなきゃいけない。
並木が続く街道を行き交う人達はいなかった。それもそのはず、厳戒態勢のウィザードキングダムには誰も入れないし出てこない。
ウィザードキングダムを襲っている奴の討伐依頼がないか探したけど、一切なかった。
なんでもウィザードキングダムから規制がかかっているらしい。困っているなら、冒険者に討伐してもらえばいいのに、なんでだろう。
でも相手がどんな奴なのかは情報を集めているうちに大体わかってきた。
「ゴーレムって大きいのかなぁ」
ウィザードキングダムを襲っているのはゴーレムという魔物の集団らしい。
石人形、岩人間、見る人によって表現が違う。
「さぁ……でも、魔法も武器での攻撃もほとんど効かないらしくて、かなりの強敵だって話だよ。
ミスリル鉱山でリッタが倒したフロアモンスターみたいな感じだと思う」
とぼとぼと歩きながら、正体不明の敵について想像を張り巡らせているボク達。
そんな事よりも重大な問題がある。ウィザードキングダムに入れるかどうかだ。
情報もない、かといって入る手段もない。
でも、ここまで来て諦めるなんて選択をするつもりはない。
入れてくれないならお願いするだけだ。
なんで他の冒険者に助けを求めないのかはわからないけど、ゴーレム討伐に協力すると精一杯お願いすればきっと伝わるはず。
「ボクがゴーレムを片っ端から倒せば、ウィザードキングダムも安心できるよね」
「でもどのくらい数がいるのかもわからないし、その親玉を倒さないとダメなんじゃないかなぁ」
親玉、片腕が岩の男。目撃情報があるだけでどこにいるのかもまったくわからない。
ゴーレムの大軍の中にその男を見たという人がいるだけだ。
「もしかしたら十二将魔の一人だったりして」
「だったら許せないなぁ。もう、魔王軍って奴らは何がしたいのさ」
「私達、何もわかってない事だらけだよね……アバンガルドの王様もみーんな教えてくれないし」
「賢者ハストって人なら教えてくれるかな」
「その前に本当にウィザードキングダムに入れるのかな……」
「入れてくれないなら無理矢理入る」
「え……」
ロエルが絶句した。半分くらい冗談のつもりだったけど、本気にしてしまったらしい。
でも相手はゴーレムでボク達は人間だ。それなのに入れてくれないものなんだろうか。
事情を話せばわかってくれるんじゃないか。
それにあの国にはトルッポがいるはずだ。あの子ならボク達を知っているはずだから、他の皆にも説明してくれると思う。
「トルッポ、元気かなぁ。あれからそんなに経ってないのにボク、なつかしくなっちゃった」
「そうだね。トルッポちゃんなら入れてくれると思うんだけどなぁ」
プラッツ港からウィザードキングダムなら、徒歩でも一日でたどり着ける距離らしい。
途中の山道も道に沿っていけば迷う事もない。プラッツからウィザードキングダムへ、互いに物資を供給し合う関係なので、予め整備されているとボートムが話してくれた。
この平坦な街道を抜けたら、その次は急斜面の道を登らなきゃいけない。
並木が続く街道を行き交う人達はいなかった。
「ねぇ、ロエル。この道、いつまで続くんだろうね」
「あそこの山の上にあるのがウィザードキングダムだから、麓まで行けばもうすぐだよ」
この平坦な街道を抜けたら、その次は急斜面の道を登らなきゃいけない。
どこまでも並木が続く街道を行き交う人達はいなかった。
「もう結構歩いたよね」
「まだ一時間くらいじゃない?」
「それにしたってあそこの山まで、まったく近づいている気がしないよ」
「もう、文句言わないで歩くの」
「はい」
怒られたので黙るしかなかった。この平坦な街道を抜けたら、その次は急斜面の道を登らなきゃいけない。どこまでも並木が続く街道を行き交う人達はいない。
「ロエル、どう考えても変だ」
「だから文句言っても……」
「だってあの枝が折れている木、さっきもあったよ。ていうか、もうこれで4回目だ」
「たまたまじゃないの?」
「同じ箇所が折れてる木なんてそんなにないよ。ロエル、ちょっとおんぶさせて」
「な、なんで?」
「いいから」
しぶしぶボクの背中に捕まってくれたロエルをおんぶした。そして、一気にダッシュして山を目指す。
うん、確かに前へ進んでいる。でもボクが駆け抜けても風で木々がゆらがないし、葉が飛び散らない。明らかにおかしい。
「リュアちゃん、そんなに急いでどうしたの?!」
「これだけ走っているのにあそこの山との距離が全然縮まらない! おかしいよ!」
「そ、そういえば……」
「クソッ、ボクとした事がなんで気づかなかったんだ! ロエル、しっかり捕まってて!」
いくら走ってもウィザードキングダムが立つ山に近づけない。まるで絵に向かって走ってるみたいだ。
そして突然、山がぼやけて霧のように消えた。少しずつ遠くの風景が描き変わるように、現れたのはプラッツ港。
港の入り口が口を開けてボクを歓迎しているようだ。
おかえりなさい、そう言わんばかりに。
「あれあれあれぇぇ?! なんで? 戻ってきちゃったの?」
「うん、ボク達は全然進んでなんかいなかった。それどころか同じところをグルグル周っていただけなんだ」
「ど、どういう事?」
「ボク達が歩いていた道は幻、その幻の道が本物の道から逸れるように続いていた。
少しずつ曲がっているその道を、ボク達は真っ直ぐ歩いていると思い込んでいたんだよ。
あの消えた偽者のウィザードキングダムを目指して歩く事でそう錯覚していただけ」
「う、うーん。つまり、幻のウィザードキングダムに釣られて幻の道を歩いていたって事?
そしてあそこにプラッツ港が見えるって事はグルッと半周しちゃったって事?
でもなんで突然、偽者のウィザードキングダム……幻が消えちゃったんだろう」
「いくら歩いても無駄だから諦めろって事かな」
誰がなんでそんな事をしたのかはわからない。幻覚魔法なんて奈落の洞窟以来だったから、すっかり油断してしまった。あの時はどこに使っている奴がいたんだっけ。結構近くにいた気がする。
ロエルを降ろしたボクは剣を抜いた。
出てこないと適当にその辺を攻撃してやる、まずはそう無言で訴えかけるつもりだ。
本物のプラッツ港、そして後ろにそびえているであろうウィザードキングダム。
しばらく黙ってみたけど誰も出てくる気配はない。
幻に紛れてその辺にいるのはわかっている。出来ればボクだって手荒な事はしたくない。
「誰かわからないけど魔法を解いてよ! なんでこんな事するのさ!」
平原にボクの声が響くだけで、相手の返事はなかった。
なんだかイライラしてきた。もしかしたら新生魔王軍かもしれないし、そうなら手加減する必要なんかない。
柄を握り締めて、いよいよボクはいつでもソニックリッパーを放てる姿勢に入った。
まずロエルをボクの横にくっつかせておく必要がある。今から撃つソニックリッパーはボクから円形に放たれるものだ。
関係ないものにまで被害が出るから今まで使う機会はなかったけど、見える範囲では今は誰もいない。
そう、誰もいないならボクが何をしても誰も困らないはずだ。
ソニックリッパーは接近戦が面倒な相手、接近が困難な相手に対しても有利に戦えるようにと自力で編み出した技だ。
技自体はすぐに成功したけど、普通の斬撃よりも威力が劣って最初は苦労した。
その苦労のおかげで、今では接近戦の時とほとんど変わらない威力が出る。
それでもあのヴァンダルシアのカタストロフで消されてしまったけど。
「誰もいないなら、攻撃しちゃうよー! 誰もいないならー!」
念の為、大声で確認をとってみたけどまったく反応がない。かなり強情な相手だ。
どんな相手か気になるから、殺さないようになるべく威力を抑えよう。
剣を水平にして腰をかがめ、回転の為の構えは整った。
【リュアはソニックリッパーを放った!】
ボクを中心として放たれた斬撃が並木を斬った。切断された木はそれぞれの方向へ傾き、枝がつぶれる音と共に地面へ落ちる。けどそれだけだった。これでいいんだ。
「今のはかなり手加減したからね! 出てこないと次は本気でやっちゃうよ!
あの港町にまで届くくらいの威力は簡単に出るからねー!」
これがボクの最後の警告だ。出てこないなら相手が何であろうと、本当に本気で撃つつもりだ。
これ以上、足止めされるわけにはいかない。でも出来れば穏便に済ませたいから、こんな回りくどい方法をとっているだけだ。
相手が魔物だろうと人間だろうと、容赦するつもりはない。
そのくらい、今のボクはイライラしている。
「あ、見てリュアちゃん!」
ボクの警告が効いたのか、周囲の景色が砂状になって拡散される。被せられていた幻の景色が消えていく瞬間だった。思った通り、港町は本物で残りは全部幻だった。
振り返ると、ボク達が本物の道だと思い込んでいた並木道は少しずつ曲がっていた。
それも奥から少しずつ砂状になって消えていく。ボクが斬り倒した木だけが本物だ。
思いもよらない方向に本物の並木道と山に建つウィザードキングダムが現れる。
ウィザードキングダムへの本当の道がようやく見えた。
港町から真っ直ぐ一本道だと思って歩いていたけど、実際には右手に少しずつ曲がっている。
つまりボク達は右手に逸れずに真っ直ぐ歩くという、見当違いなところを歩いていたと今ここではっきりとわかった。
「わぁ、本当に幻だったんだ……」
「解いてくれてありがとう」
ボクがそう投げかけた相手は本物の木の陰から恐る恐る出てきた。
トルッポと同じくとんがり帽子を被った男の子、茶髪で鼻の辺りにはそばかすが目立つ。
変な模様が入ったマフラーのようなものを首の周りに巻いていて、薄手の布の服に股下くらいのショートパンツ。
ボクが履いているのと同じタイプのものだ。
プラティウと同じくらいの歳だろうか、ボク達よりも幼い感じだ。
男の子は怯えの表情を見せながらも、まだボク達との距離をとっている。
まさかこんなに小さい相手だとは思わなくてボクもロエルもしばらくの間、どう話していいかわからなかった。
「君があの幻を作っていたの?」
「……悪いか」
悪いよ、と言い返したくなるのを抑える。ボクに対する恐怖があるのか、かすかに体が震えているようにも見える。
「なんでこんな事したのさ」
「リュアちゃん、相手は子供だよ。ねぇ、君の名前は?」
「ラーシュ……。あの、その」
何かを言いたそうにモジモジと両方の人差し指を絡めている。
そして意を決したように土下座した。
「おねーちゃん達の腕を見込んで頼みがある!
ウィザードキングダムを救ってくれ!」
「君はウィザードキングダムの子なの? 救ってくれってもしかして……」
「あの、どう話していいかわっかんないけど! 幻の事は謝る!
だって王様も大人達は皆、他国の人間を巻き込むわけにはいかないって言っててさ!
だけど俺、いてもたってもいられなくてそれでこんな事しちゃったんだ……
賢者様に条件付きでなら連れてきてもいいって……」
興奮していて何を言ってるのかよくわからなかったけど、ロエルがなだめてうまくまとめてくれた。
この子はウィザードキングダムのウィザード。国の皆は他人の助けを借りないといっていたけど、ゴーレムによる被害が広がる一方。
でも賢者ハスト様が、この子に腕の立つ人をスカウトしてくるならという条件をつけて外に出してくれた。
その条件はこの子、ラーシュの幻術を見破れるほどの人間である事。
でも港町まで来たのはいいけど知らない人に声をかけてテストするわけにもいかず、途方に暮れていた。
そこで厳戒態勢で入れないはずのウィザードキングダムにノコノコと行こうとしたボク達が現れたと、そういう話みたい。
ノコノコと、の部分が少し生意気に感じたけど黙っておく事にした。
「なるほどなるほど、でもそうなら初めから言ってくれればいいのに。
おかげで時間を無駄にしちゃったよ」
「だって、だって……賢者様の言い付けだし……。
あの、お兄ちゃんならゴーレム倒せるよね?
あいつら、俺の幻術を初めとしてほとんどの魔法が効かないんだ。
おかげで城壁や魔法障壁も崩されてさ」
「うんうん、それは大変だね……。え、お兄ちゃん?」
「ラーシュ君、リュアちゃんは女の子だよ……」
「え、えっ? だっておっぱい全然ないし男みたいな格好じゃん……」
ここまで馬鹿にされたのは生まれて初めてだと思う。
でも相手は子供だからと言うロエルに免じて許してあげる事にした。
だってボクはおねーちゃんだから。大人だから。




