第56話 ウィザードキングダム その1
◆ ハリアート大陸プラッツ港 ◆
「いやいや、おかげ様で無事に港まで辿り着けました。ありがとうございます」
「お構いなく。こちらとしても、同胞を見過ごせるはずもありませんしねぇ」
船長の感謝の言葉に、ジーニアは上っ面だけの言葉で返しているように見える。
元々ボクを連れ去ろうとしたついでのくせに。でもこの人達のおかげで早く港に着いたのは確かだ。
途中襲ってきた魔物もボク達が部屋から出て甲板に着いた時には全部終わっていた。多分、光の柱で撃ち抜かれたと思う。
武器を持って現れたボクに甲板の先頭に立っていたジーニアがお構いなく、と手を振ってくれたのが妙に印象に残る。
この人のお構いなくはよく聞く。口癖みたいなものだろうか。
「それでは私は次の折り返し航海があるので、今日は宿をとって休みます。
興奮状態が覚めやらぬ状況ですが、休める時はしっかり休みませんとな。
メタリカ国の皆さんもお体にお気をつけ下さい」
「えぇ、えぇ。私もつい夜更かししてしまいましてねぇ。
どうも一度、研究が捗ると歯止めが利かなくて……おっと、邪魔をしてしまいましたね。
それではお元気で」
目的地に着いた乗客達も次々と船から降りてくる。ボートム達も大きく背伸びをして、ようやく一休みできるといった感じだ。そして、ボクを見止めたシルバが歩いてくる。
「いろいろ世話になったな。君がいなかったらあの軍艦が来る前に沈んでいただろう。
情けない大人ですまない、我々も精進するよ」
「うむ、ありがとな。俺も今回の件で改めて目が覚めたよ。
彼らにどう償っていけばいいのかはわからないが、今出来る事をするしかないものな」
「私の魔法の腕もすっかり錆び付いてしまったな。若い時はもう少しまともだったはずだが……
だが、君を見ているとなんだか若返った気分になった」
シルバとボートム、ジジニアが口々にお礼を言う。この人達はこれからまたあの定期船の護衛をするんだろうか。たった二日だけでも退屈な船旅だったのにまた船旅。考えただけでげんなりする。
初めての船だけど、ボクには退屈すぎた。
こう言ったら怒られるだろうけど魔物が襲ってこなかったら今頃、暇すぎて干乾びていたかもしれない。
「あ、あの子なの? 船を守ってくれてありがとう、ありがとう」
「やっぱり闘技大会優勝者だな! 惚れ惚れした!」
気がつけばボートム達以外に人が集まっていた。乗客達だ。
むしろ、あれだけ危険な目に合わせてしまって申し訳ないとさえ思っている。
もう少し早くあのドリドンを倒していれば、それだけ早く安心させられていたのに。
慣れない水中での戦いだったと言い訳すればそれまでだけど、これからも相手がこっちの都合に合わせて襲いかかってくるとは限らない。
奈落の洞窟での暗闇に慣れたように、その環境に適応していかなきゃいけない。
誰も犠牲にならなかったのは運がよかった。ボクがもたもたしている間に船が転覆していてもおかしくない状況だった。
それこそメタリカ国の船がこなかったら、少し危なかったかもしれない。
なんて考えていると大人に子供、老人にまで囲まれてもみくちゃにされかけた。
「う、うん。じゃあ、ボク達は行くから」
一番最初の依頼の時、手柄を取られたと勘違いしたボクはガンテツにつっかかった。
でも、逆にこうして絶賛されるとどうしていいのかわからなくなる。
「ロエルおねーちゃん、ありがと!」
「うん、ルミちゃんも元気でね」
ロエルが仲良くなった女の子だ、後ろにはお母さんが立っている。
この人達は旅行か何かでここに来たんだろうか。だとしたら、楽しみの旅行のはずなのに危険な目に合わせてしまった。
本当に無事でよかった。
「ありがとうね、ロエルさん。この子の相手をしてもらって」
「いいんですよ。家族三人、仲がよさそうで私もつい混ざりたくなっちゃって……」
「はい?」
てへっ、とおどけて見せるロエルだけど、お母さんはきょとんとした顔をしている。
何かロエルが変な事をいったのかな。だとしたら、ロエルが失礼な事をいってすみませんって言わないといけないのかな。今でこそ変な事は言ってないつもりだけど、ロエルと出会った頃はしょっちゅう彼女に言わせていた気がする。
「家族三人?」
「はい、後ろで微笑んでいるお父さんは……あれ、いない?」
「私達、これから夫に会いにいくんですよ。ここから西にある町でずっと出稼ぎをしているんです。
でもそちらでの稼ぎのほうがいいみたいだから、いっそ私達も移り住んだほうがいいかなと思って……」
「……すみません、勘違いでした」
「いえ、あの男の人ですよね? 私はてっきりロエルさんの知り合いの方かなと。
だってあの人、ずっとロエルさんを見てましたし……」
その瞬間、ボク達は今になって周りを見渡した。ただの勘違いじゃない。
ロエルを見ていた、その一言ですべて確信した。港を行き交う人々、商店街へ続く道、倉庫の影。
あらゆる場所を探したけど、そいつはどこにもいなかった。
もしそいつがボクの知る人物としたら、一人しかいない。そいつはずっとボク達と同じ船に乗っていて、戦っているのを見ていた。やろうと思えば、寝ている時に襲いかかってくる事もできたはずだ。
もちろんそんなのは奈落の洞窟で何度も対処してきたから、そうはさせない自信はある。
出会った十二将魔の中で唯一、倒していない相手。それがジュオだ。
ロエルを連れ去ろうとした死体を蘇らせられるネクロマンサー。あの幽霊船も、もしかしたらジュオの仕業かもしれない。近くにいながら、まったく気づかなかった自分が情けなくなった。
「リュアちゃん……」
「大丈夫だよ、ボクがいる限りあんな奴近づけさせないから」
ロエルの肩を抱き寄せて安心させたはいいものの、ボク自身気づかなかったのだから気休めにもなってないかもしれない。でもあいつが人に化ける事が出来るのはわかった。
これからは出会う人、周りの人に注意しなければいけない。あいつがどういうつもりか知らないけど、ロエルをつけ狙うなら容赦するつもりはない。
「もう人間だとは思わないからな、ジュオ」
どこにいるかもわからない相手にボクはそう告げた。
どことなく眺めていると遠くからプラティウが走ってくる。
まだ何か用があるのかなと思っていたら、また抱きつかれた。
ボクの胸に顔をうずめて、匂いを嗅いでいる。スンスンスンと犬みたいに。
「き、君まだいたの?!」
「匂いも普通、普通の女の子」
「もう! 日も沈んだしボク達は宿に行くからね! 君もジーニアさんに心配かけちゃダメだよ」
「リュア、絶対メタリカ国きて。絶対」
「わかった、わかったから離れて!」
そう言うとプラティウはパッと離れた。そしてまた首を傾げる。
本当に変な子だ。外見だけならミィよりは年上だろうけど、ほとんど大差ない気がする。
むしろ姉二人の教育のおかげであっちのほうがまだ大人なんじゃないだろうか。
そういえばあの三人は今頃どうしてるだろう。
「プラティウ、そろそろ出発しますよ」
現れたジーニアがプラティウの手を引く。あの子一人の為にボクのところまであんな船でここまで来たのが未だに信じられない。あの子が、Sランク。
ジーニアと手を繋いで歩いている後姿を見る限りでは親子にさえ見える。
「あ、そうそう。明日、ウィザードキングダムへ発つそうですが今は無理かと」
振り向いたジーニアが不吉な発言をした。無理ってどういうことだろう。
嫌な予感がする。
「ウィザードキングダムは今、襲撃を受けているらしくて厳戒態勢でしてね。
落ち着くまでは恐らく旅人は入れてくれないかと」
「な、何で?! ここまできて……それに襲撃って何に?」
「さぁ私も詳しい事は。もちろん、知りたければ……フフフ」
意地の悪い笑みがプラティウとそっくりだ。と思ったら、二人してボクを見て笑っている。
ニヤリとでも言いそうな憎たらしい顔。ジト目とその相性もあって、たまらなく腹立つ。
何かこう優越感にさえ浸っている、そんな目つきだ。ジト目だけど。
「知りたければいつでもどうぞ」
くるりと向きを変えて手をひらひらさせて、ジーニアはあの船へと戻っていった。
普通に考えれば入れないウィザードキングダムよりもあの人についていくのが正解かもしれない。
でも、ここで引き下がるのは何か負けた気がする。ロエルはどう思っているんだろう。
「とにかく、今日は宿をとろうか」
あの人達の事なんて気にもしていなかった。ウィザードキングダムに行けない。
この致命的な問題をどうしよう。それを相談したかったのに。
◆ プラッツ港 宿 ◆
無事、宿の部屋を取れたボク達はさっそく部屋のベッドにダイブした。
アバンガルドの宿よりはいくらか質素で、壁にも変な染みみたいなのが浮き出ている。
それでも窓からの景色はそれなりで、夜に包まれた港の風景がある程度眺める事が出来た。
「宿の人の話だと、ウィザードキングダムは魔物に襲撃されているらしいね……どうしようか」
「それなら魔物を倒せば入れるんじゃない? ボクが何とかするよ」
「でもどんな相手か全然わからないんだよ?」
「この港にあるギルドで確認しよう。討伐依頼なんかもあるかも」
「ふぇ~……リュアちゃん、たくましくなったねぇ。初めて会った時とは大違い」
ロエルがニヤついている。まるで子供を見るような、そんな目だ。
そしていきなりボクのベッドに飛び乗ってきて抱きついてきた。
「えいっ!」
「ふぉぁっ?! なにするのさ!」
「あの子の真似」
「あの子ってプラティウの事? しなくていいよそんなの」
「だって……だって……」
そのままロエルは何も言わなくなった。ボクが押し倒されている形で少しの沈黙の後、ロエルが急に離れる。
「リュアちゃん、お風呂入らないと」
「あ、そういえば海に潜ったりしたから臭いかな」
「じゃあ、はいろっか」
入ろうか、まさか二人で入る気なのか。さっき見たけど、そこまでの広さはなかった。
強引にボクの手を引いて風呂場まで連れていかれた。流されるままに服を脱いで、熱いお湯を浴びる。
背中を流してくれるロエルの手が妙にくすぐったい。今日は一体どうしたんだろうか。
機嫌がいいとも取れるけど、それよりなんか必死な感じがする。
後ろからロエルの手が脇から伸びてきて、その姿勢で正面までゴシゴシと洗われる。
胸からお腹まで丁寧に洗ってくれるのはいいけど、なんだか変な感じだ。どう変なのかはわからないけど、恥ずかしいと同時にムズムズするというか。
「も、もういいよ。自分で洗えるから」
「あ……そうだよね。ごめん」
我に返ったようにロエルが落ち込む。ちょっと罪悪感を覚えたボクは今度はロエルの背中を流してあげた。
「リュアちゃん……」
「うん?」
「……なんでもない。明日はがんばろうね。
ウィザードキングダムはこの港から街道沿いに真っ直ぐいけばいいらしいから、迷わないはず。
高い山にお城みたいなのが見えたでしょ? あれがウィザードキングダム」
それは見た。山の上に立つ城壁。いや、正確にはお城なのかもしれない。
ここからでも確認できるほど高い位置にあって、そして目立つ。
襲撃されているとは聞いたけど、あれじゃ格好の的だ。それに襲撃されているって、一体どんな相手に?
「リュアちゃん、くすぐったいよぉ」
「あ、ごめん」
気がつけば上の空でロエルの背中を洗っていた。よっぽどくすぐったかったのか、ロエルの表情は赤くなっている。
風呂から上がって今までの疲れが溜まっていたのか、この日は何も食べずに早々にぐっすり眠ってしまった。
◆ プラッツ港ギルド ◆
「あの、この機械って壊れてません?」
ロエルが何度もギルドの人に質問をしている。
確かにボクだって信じられない。でもボクとロエルはパーティを組んでいたし、今までの戦いで倒してきた相手もそれなりの強さをもった奴らだったみたいなので、これはこれでおかしくないのかもしれない。
「故障ではありませんよ。それでは私は忙しいのでこれで……」
そそくさとその場から立ち去ったギルドの人だけど、明らかにボクとロエルのレベルに驚愕していた。
そういえば最後に計ったのはいつだろう。いろんな事が続いてすっかり忘れていた。
「おお! 二人もここに来ていたのか! 奇遇だなぁ」
そういって隣の機械から出てきたのはボートムだった。
「俺達もあの死闘で随分鍛えられたみたいでな! レベルが1上がっておったわ!
ハッハッハッハッ!」
【ボートム Lv:31 クラス:ヘビーランサー Aランク】
【シルバ Lv:25 クラス:アーチャー Bランク】
【ジジニア Lv;26 クラス:ウィザード Bランク】
「ううむ、最近の若い者はすごい。私らなど、どんどん追い抜かれていく」
「時代が進めば世代も変わる。才ある者が生まれるのも当然の事。仕方あるまいて。
それに我々とて戦闘ばかりこなしていたわけではあるまい」
年季を漂わせるこの人達はボクが生まれる前からずっと冒険者をやっていた。
そう考えると、ボクが知らない事をたくさん知っているはずだ。ガンテツさんもそうだけど、いつかゆっくり話を聞いてみたいと思っている。何だかんだでボクにはまだ知らない事が多すぎるから。
「うん? そういえばお二人のレベルはどの程度なのかな?」
「気になるな、あれだけの強さなのだから恐らく相当高いはず。差支えがなければ見せてもらえるかな?」
興味深々の三人にボク達の冒険者カードを見せると、表情が凍りつくのがよくわかった。
現実を受け入れられずにどう反応していいのかわからない。
そんな三人に対してもボク達もどう反応していいのかわからない。
でもこのロエルのレベルはボクでも信じられない。
いや、人の事を言える立場じゃないのはわかっている。
【リュア Lv:999 クラス:ファイター Bランク】
【ロエル Lv:51 クラス:ヒーラー Bランク】
「は、ハハ……。やはり最近の若者は達者だ……」
三人のうち、誰が言ったのかはわからない。そのくらい小声だった。
さて、今日の目的を果たそう。




