第55話 メタリカという国
メタリカ国、ロエルが以前話していた国だ。レベルを計る鉄の箱を作っていたり、電気の供給を行っている技術大国。いつか行ってみたい国だとは思っていたけど、まさかその国の人達から来るとは思わなかった。
一隻の鉄の船が近づくと、その大きさが改めてわかった。定期船の甲板から見上げるほどの大きさ、頑丈そうな船体。ドリドンの手下達を一瞬で倒した光を放ったのはこの船だ。船からいくつも伸びている筒から発射されたんだと思う。
「うむ、その、なんだ。リュア君、君のおかげで窮地を逃れた。しかし、だ。まずは服を着たまえ」
コホンと咳払いをしたシルバに言われてようやく気づいた。周りの誰もがボクから目を逸らしている。
奈落の洞窟で水浴びをしていた時にはこんなの普通だったのに、今のこの気持ちはなんだろう。
急にその場にいるのが恥ずかしくなった。
「こ、これって誰にも見せてないし!」
自分でも何を言ってるのかわからない。
大慌てで船室に放り込んだ自分の服を取りに行こうと走ろうとしたら、思わず転んでしまった。
よく見たら海水が甲板を濡らしていて、足場がひどい事になってる。
ボートム達も兵士達も目も当てられないみたいな感じで、本当に目に手を当てている。助けたはずなのにそんなひどい。
◆ メタリカ国巡洋艦 エルメラド甲板 ◆
鉄の通路が定期船に向かって伸びてきたと思ったら招待された。全体的に灰色一色で、ボク達が乗っていた定期船よりも人の温かさがあまり感じられない。
訳もわからずこんなところにまで通されたけど、一体何だというのだろうか。
そもそもなんで助けてくれたんだろう。
適当にまばらに立つボク達の前には細目で平たいメガネをかけた若い男の人と、幼い女の子がいる。その後ろに綺麗に並ぶ兵隊らしき人達。
背中には鉄の筒のようなものを背負っているけど、あれも武器なんだろうか。
魔物達を倒した光を放った筒とどこか似ている。
メガネの人はずっと笑顔だ。隣の子は眠そうな目をしているけど、多分こういう目なんだろう。
こんな言い方が正しいのかはわからないけど、ジトっとした目つきだ。
オレンジ色の短い髪を頭の斜め上ら辺でまとめてしばっていて、箒みたいになっている。
額にはゴツゴツしたメガネのようなものをつけていて全身は上から下まで繋がっている、これまた見慣れない服。脱ぐ時どうするんだろうと思っていたら、真ん中にチャックがついていた。
ボクよりも3つくらい年下だろうか。見ればみるほど幼く見える。
「いやぁ、見つかってよかったです。危ないところでしたね。おっと申し遅れました。
私、メタリカ国技術開発局長のジーニアという者です」
そういって僕達、全員に丁寧に小さな紙を配るジーニアという人。あまり読めないけど、多分この人の自己紹介が書かれている紙だと思う。
「これは丁寧にどうも。この度は危ないところを助けていただいて感謝します。
私が船長のチップです」
ジーニアと船長がお互いに握手をする。と、女の子が小走りでボクに近づいてきた。
ぴたりとボクの前で止まったと思ったら、瞬きせずに見つめてくる。
「な、なに?」
女の子は首を傾げた。どちらかというとそれはボクがやりたい。一体何なんだ、この子は。
ジトっとした目、ジト目の女の子は無表情だ。そしていきなりボクに抱きついてくる。
「ほわっ!」
「普通」
「何が?!」
「普通の女の子の体。やわらかい」
抱きしめたまま、女の子がふにふにと両手でボクの背中を触ってきた。
知らない女の子にこんな事されてどう対応したらいいかわからない。あ、でもティフェリアさんにも似たような事をされたな。
鼻先に箒髪が当たってくすぐったい。しかも匂いまで嗅いでるし。
「もう、何するのさ!」
「ダメ?」
「だから何が!」
「プラティウ、いきなり失礼ですよ」
ジーニアに言われてようやく女の子が離れてくれた。それでも名残惜しそうにまだボクを見ている。
目を合わせているとまた首を傾げた。
「すみません、あなた達のピンチに駆けつけたのは元よりあなたが目当てだからなんですよ。
プラティウはメタリカ国が誇るマシーナリー。
あ、Sランク冒険者と言ったほうがわかりやすいですね。
とにかく、我が国においては欠かせない存在です。
そんな彼女がアバンガルド闘技大会優勝者であり、新生魔王軍すらも撃退したあなたに興味を示したとなれば、海でも山でも駆けつける他はありません」
「うん、うん……」
頷くしかなかった。じゃあ、この人達はわざわざボクに会う為に遥々やってきたのか。
他の人達も黙ったままだ。多分、自分達を助けてくれた理由に拍子抜けしている。
もっと言うなら、助けたのはついでか。ちょっとガッカリだ。
たったそれだけの為に、あの子の為にこんな大勢の人達が動いた事になる。
Sランクといえばティフェリアさんと同じだ、そういえば世界各国にSランクの冒険者がいるって話だっけ。でも、ティフェリアさんは大人だったけどこの子はまだ子供だ。
いやボクとそんなに変わらないのかもしれないけど。だとしたら、まだBランクのボクって一体……。
「はぁ……それはそれは。でもよくあの子が優勝者だとわかりましたね。
一週間程前の事なので、アバンガルド王国からそちらまで情報が届くとなると」
「なんの、我が国の情報機関をもってすれば容易い事です」
船長が言い終える前にジーニアが笑顔で答えた。常に笑顔で何だか変な人だ。
いつもニコニコしているこの人とは対照的に、プラティウはずっと表情を変えない。
そしてボクから目を離さない。
「それで私達は何をすれば?」
「そうですね。プラティウ、何をすればいいのかな?」
「メタリカ国に連れて帰る。調べたい」
「だ、そうです」
船長が質問すると、お手上げみたいなポーズでジーニアは気軽に言ってくれた。いきなり現れたと思ったら何を言ってるんだ。ボク達はウィザードキングダムに行かなきゃいけないんだ。
連れて帰るって、そんな自分のものみたいに。
「ボク達はこれからウィザードキングダムへ行くんだよ」
「その後で行けばいい」
「嫌だよ」
「なんで」
なんだかこのままじゃキリがない。ジーニアも見てないで、この子に何か言ってやってほしい。
大体、調べるってどういう事だ。そんなのに付き合ってる暇なんてないし、我がまますぎる。
「ジーニアさん、助けていただいた事には感謝しておりますが我々はそろそろ出航しないといけません。それに本人も嫌だとそう言っている事ですし……」
「うーん、困りましたねぇ。プラティウがリュアさんを研究すれば、さぞかし……おっと」
「困るのはボクだよ。いきなり来たくせに何を言ってるんだ」
「リュ、リュア君……」
船長やボートムがボクをなだめようとする。ジーニアは少し考えた後、後頭部をポリポリと掻いて申し訳なさそうに言い放った。
「この定期船は無事、ハリアート大陸まで送り届けます。ですが、リュアさんと言いましたか。
ここはどうかプラティウの言う通りにしていただけませんか。報酬ならたっぷり支払いますし、その後はメタリカ国最新型の飛空艇で無事に目的地まで送ります。いかがでしょう?」
「嫌だ、ボクはこの船でハリアート大陸まで行く」
そっぽを向いて見せた。ジーニアは心底困った様子だけど、そこまでしてあの子の我がままを聴いてやろうとしているのがわからない。この人達、いやこの国は何なんだろう。
ボクを研究だとか、まったく訳がわからない。最初は無表情だったプラティウが今は口をヘの字に曲げて、あからさまにふてくされている。
まるで子供だ、いや子供なんだろうけど。こんな子がティフェリアさんと同じSランクなのが納得いかない。もしかしたらあの人と同じくらい強いんだろうか。
「諦めましょう、プラティウ。元々あなたの無茶な我がままを通してここまで来たのです。
これ以上はさすがに聞けませんよ。他の方々にも迷惑をかけてしまう」
この状況に見かねたのか、ジーニアはプラティウを厳しい口調で言い聞かせようとした。
それでも細目は笑っているせいで、あまり迫力はない。プラティウはつまらなそうに俯き、甲板を蹴ったりしていかにも不満そうだ。溜息をついたジーニアは一呼吸おいた。
「ではこうしましょう、リュアさん。今でなくてもいいです。
もしいつかプラティウの希望を叶えていただければ、望む報酬を与えます。もちろん金品でも構いません。その場合はあなたが一生遊んで暮らせるだけの金額もご用意します。
もしくは何か知りたい事でも構いませんよ。情報も立派な資産ですからね。あるんじゃないですか?」
――――あるんじゃないですか?
糸のような細い眼がボクを捉えた。一瞬だけ心臓が高鳴る。
その視線はボクの体を突きぬけて心の中にまで侵入するような鋭い槍。明らかにボクが何かを探しているのを知っている、そういっている眼だ。それどころかボクが何を探しているものさえもこの人は見透かしている。気のせいかもしれないけど、何故だかそうとしか思えなかった。
お金の他に情報を持ちかけたのは偶然かもしれない。でも偶然とも思えない。
「どんな事でもお調べ致しますよ。我が国の情報機関ALEXは世界中のネットワークを……おっと、小難しい話はやめましょうか。要はいつでも我が国にいらしてくださいという事です。その時は歓迎しますよ」
優しい笑顔をボクに向けたジーニア。興味があったメタリカ国という存在だけど、実際にこうして触れてみたら、ますます訳がわからなくなった。白衣みたいなヒラヒラした服を風になびかせて、ジーニアは出会った時からずっと表情を崩さない。
この人といいプラティウといい、メタリカという国はボクにとってますます異質なものに見えた。
◆ メタリカ国巡洋艦 エルメラド船室 ◆
「もぉー、ビックリだよ」
あれからそんなに時間が経ってないのに、もうこうして立って歩いているロエルにもビックリだ。
でも目が覚めたらメタリカ国が来ていたなんて確かに驚くと思う。あれから定期船に戻ろうとしたら、こっちの艦に定期船を収容するから少しの間だけここで休んで下さいなんて言われた。
収容って何の事だろうと思ったら、船がガパッと開いてそのまま定期船が入っていった。
船一隻丸ごと運べるこの船の大きさに改めて驚いた。窓からこうして見ると、そこまでスピードは出てなさそうに見えるけど、実際にはあの定期船の何倍ものスピードが出ているらしい。
あと二日はかかった航海も、残り二時間になった。信じられない。
「ごめんね、大事な時に倒れちゃって。あれからまた大変だったみたいだね」
「そんなの気にしなくていいよ。大した事ない相手だったし……」
「また魔王軍ってところの人が来たんでしょ? あの人達、何なんだろうね」
「そもそもマオウってなんだろう」
「知りたいなら教える」
ノックもしないで部屋に入ってきたプラティウ。頭からピョンと立つ小さな箒髪が隣にあってビックリした。二人並んでベッドに腰掛けていたと思ったら三人に増えていた。それくらいごく自然に溶け込んできた。でも奇抜な格好をした少女を初めて見るロエルは結構冷静だった。
「ダメだよ、勝手に入ってきたら……どこの子かな?」
「プラティウ」
「ロエル、この子はこう見えてもSランクの冒険者なんだよ」
「ウソ……」
手で口を抑えて案外驚いたロエル。自分よりも頭一つ分くらい小さい子があのティフェリアさんと同じランクだなんて普通は信じられない。それに一番納得いかないのはこの子はどう見ても、戦いなんて出来そうにない。
ティフェリアさんに会った時は少なからず只者じゃないとわかった。
でもこの子からは何も感じない。どこにでもいる普通の子供だ。そう考え込んでいると今度はロエルに抱きついて匂いまで嗅いでいる。
「きゃっ! な、なになになになに?! どうしたの?」
「スンスンスン……」
「コ、コラッ! 嫌がってるだろ! 離れなさい!」
両手で両脇を抱えて引き剥がしても、まだ名残惜しそうにロエルを見ている。
「ロエルも調べたい」
「はい?」
「ダメだよ! ボク達はこれから大事な用があるって言ったはずだ!
ロエルを調べるなんてとんでもない!」
「リュアはロエルが好きだから怒ってる?」
「なっ……なんて?!」
意外な言葉に思わず声が裏返ってしまった。確かに好きだけど、何かおかしい。
何がってなんでボクはこんなにドキドキしているんだろう。もうずっと訳がわからない。プラティウは今度はそのまま、ロエルの膝を枕にするようにして横向きのまま寝転んだ。もういいや。
「リュア達が魔王軍を知らないのは当たり前」
「何か知ってるの?」
「うん、でもやっぱり教えない」
「教えてほしい」
「調べさせてくれたら教える。情報も資産」
プラティウが初めてニヤリと笑った。子供らしい笑みだったけど、意地悪そうなその顔に少しだけ腹が立った。膝枕になっているロエルはなぜかプラティウの頭を撫でている。昨日も知らない子供と仲良くなっていたし、元々子供好きなんだろうか。
ロエルの膝にすりすりと頬を当て始めたプラティウを叱ろうとしたり、何だかんだで仲良くなってカードゲームを始めたりなんかしてあっという間に航海の時間は過ぎていった。
ちなみに初めてのカードゲームだったけどボクは一回も勝てなかった。
◆ シン レポート ◆
しんれぽ そのに!
リュアたちは ウィザードキングダムを めざすらしい
ふねのうえで たいくつそうに しているリュアとはちがって
ロエルは まんきつている
シンによれば リュアは コミュニケーションが にがて!
じゃくてんそのいちはっけん!
まものがおそってきたけど リュアの でばんはなかった
ジジイどもが ろうたいに むちをうって がんばって たおしていた
リュアは ちょっとかんしんしていたけど おまえがほめたとしても
いやみにしか ならないからやめとけと そうおもう シンでした
つぎのひ。なんとめったに おがめない ゆうれいせん!
このシンも ながねん生きていて はじめてみた!
とおもったら なるほど!
おまえ そのふねに のっていて あれを よびよせたのか
じょうきゃくのひとりに ばけているおまえに リュアもロエルも まったくきづいていない
そのまま ふいうちすれば たおせないか ジュオよ チキンですか そうですか
かんぜんに れいにとらわれて ふねはだっしゅつふのう
まぁ あのこむすめが いちげきで どかーんと やってくれるんじゃないかと
おもっていたら あいぼうのロエルが やってくれた
ヒーラーと きいていたけど じつはエクソシスト?
なにやら あのむすめも ただものではない けはい
なんでも ジジイのリーダーが あのふねを ごえいしていて そしてにげだしたのを
うらんで でてきたとか
そんなりゆうなら たすけてやるひつようもないのに リュアにロエル
こいつらは ばかですかー
わたしなら ぜったい ほうちする むしろ みごろしにする
ド ド ドリドンやられたぁ! どうなってんですか あのこむすめ!
だいなみっくに くうちゅうで ドリドンが ばくさんした!
どうやったら たおせるんだ あんなもん! じゃくてんなんか あるかっての!
でもあのリュア やたら じょうきゃくのぶじを きにしていたようす
あれだけ ばけものなのに カスみたいな にんげんを たすけようとしていた
うーん なにか このへんが カギになるかも
もしかして ドリドンは はじめから それをねらっていた?
どのみち まけたけど
というか とうめんは ほうちするはずだったのに なにさきばしってるんだか
ジュオも みているなら てだすけしやがれ
そうこうしているうちに あのメタリカこくですよ
ほんと みてるだけで おぞましい
だから そとぼりから うめるっていったのに どりどんのやつ ほんとバカ
ありえないとは おもうけど まんがいち リュアと あのクソメタリカが
てをくんだら やっかいなことになるです
なにか なにか なにか いいかんがえは ないかと かんがえたけど おもいつかないので
ねることにするです すぴー
魔物図鑑
【ソードワイト HP 490】
生前、刃物を武器にしていたり扱っていた人間が悪霊化した姿。
生きる者をただひたすらに憎み、今ではその命を奪う事だけが快楽となっている。その笑い声は冥界からの呼び声とも比喩される。
【オケアーノ HP 3610】
海底に潜む巨大海蛇。
一口で船を丸呑みにするほど巨大だが、滅多に海上に姿を見せる事はない。
一部地域では海の災厄とされ、毎年餌を献上して漁業の安全を確保しようとしているところもある。
【帝王イカ HP 4730】
通常サイズは大王イカと呼ばれる魔物だが、突然変異体がこのように呼ばれる。触手一本で荒波が起こり、船さえも転覆させてしまうほど。
普段は特定の海域にしか現れない為、通常の航海ではまず遭遇する事はない。味は珍味らしく、極一部の凄腕冒険者が徒党を組んで狩りに出かけることもあるが、そのほとんどは海の藻屑と消える。




