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第53話 初めての船旅 その3

揺れる船体、そして赤い魂が次々と定期船に飛んでいく。

人の形じゃない、不定形な姿は悪霊と言うしかなかった。まだ大半がロエルのヒールを受けて浄化されていない。

この状況でさっきまで別人のようだったロエルも今はすっかりボクの知るロエルに戻っていた。


「どうしたんだろう! どうしちゃったんだろう! リュアちゃんこれどうしたの?」


揺れに耐え切れず、転びそうになったロエルをボクが支える。

どうしちゃったのか、それはボクに聞かれても困る。でも幽霊達はボートムを狙っている、これは確かだ。このままだとボートムが危ない。そのままロエルを抱えてボクは定期船へ向けて飛んだ。

飛ぶ亡霊達に接触してもやっぱりすり抜ける。

ボクがこの人達にぶつかっても霧のように拡散して、そして元に戻る。それを抜きにしても、亡霊達はボクなんて眼中にないみたいだ。彼らのスピードはそこまで早くない、あっという間に追い抜いて一足先に定期船に戻れた。


「ボートムさん! 隠れて!」

「ひぃ……ひぃぃ……見逃してくれ……」


定期船に着地してすぐにボートムに呼びかけたけど、涙を流して命乞いをするだけで全然動かない。

このままじゃどうしようもないのでボクはボートムを担いで、そのまま船室に放り込んだ。


「ロエル、あの人達にヒールを!」

「か、数が多すぎて……」

「一人でも多く浄化させてあげて!」


ボクに促されてロエルは向かってくる幽霊の一人にヒールをかけた。しかしその怒りを静めるどころか、彼らは更に変貌した。赤い魂が形を変えて少しずつ実体化する。人から人じゃないものに変わる姿は魔物そのものだった。


【モータルゴースト×4が現れた! HP 322】

【エビルスピリット×5が現れた! HP 257】

【ソードワイト×3が現れた! HP 490】


ロエルがヒールをかけた幽霊だけじゃなく、亡霊のほとんどが次々と魔物へ姿を変えた。

一体全部で何人いるのかわからないほど、船から凄まじい数の魂が向かってくる。


「何をしている! 迎え撃て!」


シルバとジジニア、兵士達も応戦を始めた。ボクも呆気にとられてる場合じゃない、何としてでもこの船を守らないと。


【ソードワイトはケラケラと笑いながら斬り裂いた!

シルバは66のダメージを受けた! HP 99/165

ジジニアは81のダメージを受けた! HP 80/141】


「うぐぁッ! か、体が……」


斬られたシルバが弓を落とし、その場に膝をついて動かなくなった。多分、状態異常の麻痺だ。

あの魔物は素早い動きで広範囲を切り裂く、その上に状態異常まで持つのか。

モータルゴーストも確か範囲魔法を使ったはず、被害が大きくなる前になんとかしないと。


「何があったのかは知らないけど、この船に危害を加えるなら容赦しないよ!」


次のアクションを起こそうとしたソードワイトを一閃、そして目につく範囲の他のソードワイトを一体につき一振りで片付けた。足場が揺れて安定しないけど船体を蹴って移動して、何とか動けている。

斬られた魔物達は何かを呻いて、そのまま砂のように分散して消えた。


【リュアの攻撃! ソードワイト×3に368461のダメージを与えた!

ソードワイト達を倒した! HP 0/490】


「ヒール! ヒール! ヒール!」


ロエルが兵士達と固まってがんばっていた。ヒールで一匹ずつ浄化されてはいくものの、やっぱり数が多すぎる。それにこのゴースト達は結構強力だ。シルバとジジニアもかなりの腕のはずなのに一撃であそこまで追い詰められた。兵士達で何とかなる相手じゃない。


「ロエル! ここはボクに任せて君はシルバさんとジジニアさんを回復してあげて!」

「う、うん!」


そういえばロエルは状態異常を回復する魔法を使えたっけ。でも、傷だけ治療してあげるだけでかなり違う。


【ソードワイト×5が現れた! HP 490】


また増えた、これもあの船の人達なんだろうか。どれだけの人が乗っていたのかは知らないけど、さすがに数が多すぎる。ボクは剣を持ったまま、自分の体を回転させる要領で船を一周した。


【リュアの回転斬り! ソードワイト達に361982のダメージを与えた!

モータルゴースト達に371022のダメージを与えた!

エビルスピリット達に359649のダメージを与えた!

魔物達を一掃した!】


順に空中で砂状に飛び散る魔物達。結局こうなるのか。あのままロエルのヒールが順調に進んでいれば、こんな事にならなかったのに。この幽霊達はなんでボートムを見るなり、凶暴になったんだろう。

いや、そんな事を気にしている場合じゃない。

今度は幽霊船が向きを変えてこちらに迫ってきた。風もないのに、帆も穴だらけなのにゆっくりと定期船目がけて前進してくる。そして突然、突進するかのように定期船に船体ごと体当たりをしてきた。

大きく揺れる定期船。

さすがにこのままだと転覆してしまう。


「おいぃ! どうにかしてくれぇ!」


パニックになった船員や兵士達。もう仕方ない、あの船ごと壊すしかない。ソニックリッパーを放とうと、幽霊船を見据えると船全体から黒い霧が噴出した。霧が次第に集まり、何かを形作った。

巨大な人の形。上半身と幽霊船が直接繋がっているかのように姿を現した。

霧状の人、いや骸骨。驚いたのはその骸骨が被っている帽子が定期船のあの船員達と同じだった事。

黒いラインが入っているから、あれはきっと船長だ。

船に乗った時に挨拶していた船長が同じ帽子をかぶっていた。帽子によって船の上では誰が偉いかわかるんだよってロエルが教えてくれたから確かだ。

霧で出来た骸骨船長は両手で幽霊船を操っているかのようにみえる。


【幽霊船長が現れた! HP 4444】


「やめてくれぇぇぇ!」


気がついたらボートムが魔物化した幽霊達に船室から引きずり出されていた。3体ほどに絡みつかれて、まったく抵抗できずにボートムは泣き叫んでいる。


「ボートムさん!」

「悪かったよぉ……見捨てて悪かった、でもあの時は仕方なかったんだ……

あんなに強い魔物に敵うわけない、怖かったんだ……気がついたら救命ボートで逃げていた……」


今は何も考えずにただボートムを助けた。絡み付いている魔物を斬り、ボートムを解放してもまだ叫び続けている。恐怖のあまり、海に飛び込もうとするボートムをシルバとジジニアが慌てて止めた。


「やっぱりあんた、あの船を知っていたんだな?!

あの距離からは船だと判別できても幽霊船とまでは普通気づかん!

あれは20年くらい前までに普及されていた船だ! あんた、あの船に乗っていたな?」

「シルバ……。あの日、俺は何でも出来ると信じてあの船の護衛依頼を引き受けた。そして航海から一週間経った頃、魔物に船が襲われて……逃げた。俺が絶対守ってやると大口叩いて皆、俺を慕ってくれて……俺は裏切ったんだ……怨まれて当然だ……振り向き様に見た子供の顔が今でも忘れられない……」


ボートムが立ち上がり、よろけた足取りで歩き始めた。恐怖でおかしくなったのか、さっきまでみたいに泣き叫んだりはしてない。一斉に襲いかかる魔物達からボクがボートムを守った。次々と斬りすてられる怨霊の呻きが、悔しそうに響く。


「今でもこの護衛の仕事を続けているのは罪滅ぼしのつもりだった……だが、今日実際にこうしてあの日、沈没した船が現れた……結局、自己満足だったって事だ……シルバ、ジジニア。隠していてすまん。おまえ達と出会ったのはその後だ……楽しかった。同じ年代でここまで気が合う奴らがいたなんてな……ありがとう」


また一歩、定期船に接触している幽霊船に近づくボートム。そして土下座をした。

すすり泣きながら、ボートムはその姿勢を崩さなかった。小さく何度もすまなかったと呟いている。その行為も幽霊達には届かなかったのか、構う事なくまた一斉に魔物達がボートムに向かった。

それでもボートムは動かない。どんな事情があるにせよ、見逃せるはずがない。

でも今度はボクの出る幕はなかった。

炎の範囲魔法がボートムの周りに放たれた。倒すとまではいかなくても、驚いた幽霊の魔物達はボートムから離れる。そして頭を甲板に押しつけるボートムを守るように立つ二人のおじさん。

シルバが弓を構え、ジジニアがまた詠唱を始めている。

異変に気づいたボートムが顔を上げた。


「お、おまえ達……」

「我々の役目を果たそう、この船を沈ませていいのか?」


シルバの矢がゴーストを射抜き、ジジニアの魔法が確実に彼らをまた追い払った。呻きが大量の怨霊から放たれる。邪魔をするなとそう言っているように聴こえる。

確かにボートムのやった事は最低かもしれない。でもシルバの言う事が正しい。

この船には大勢の無関係な人が乗っている。やる事は一つだ。


「シルバさんの言う通りだよ」


取り囲む怨霊を軽くなぎ払い、幽霊船の上に見える霧の船長を見た。骸骨の空洞の目は明らかにボク達を捉えている。かわいそうだけど、ボクだってここで死ぬわけにはいかない。

いくぞ、幽霊船ごと破壊してやる。


「ソニック……」

「待って、リュアちゃん」


ロエルが息絶え絶えで船体の手すりに捕まって立っていた。かなりの数の魔物をヒールで浄化したのが伺える。数が減ってきたのは、彼女もがんばっていたからに違いない。ボクは慌ててロエルの体を支えてあげた。


「私にやらせて……」

「それ以上、無理しないで。ボクがやっつけるから」

「いいの。私、こう見えてずっと強くなったから……」


それが虚勢じゃない事はすぐにわかった。ロエルはボクと一緒にずっと戦ってきた。いつかオードがいっていたパーティでの戦いの仕組み、もしそれが本当だとしたら今のロエルのレベルはかなりのものになってるはず。大丈夫だ、彼女に託してみよう。


ファイアロッドを水平に両手で持ち、ロエルは目を閉じた。

少しずつ光がロエルを包む。幽霊船の甲板で幽霊を浄化した時よりも更に神々しく見えた。

でもロエルは確かヒーラーなはず。それなのにこの力は一体何なんだろう。今度もただのヒールなんだろうか。


「ウゥ……」


光に恐れをなしたのか、霧の骸骨はわずかにその巨体をのけぞらせた。でもそれも束の間、定期船全体を叩き潰すように霧の手の平が上空から振ってきた。甲板の上で戦っていたシルバやジジニアもそれを迎え撃とうと構えるけど、霧の手が定期船に触れる事はなかった。

定期船の上方でロエルを避けるかのように霧は拡散して消えた。手の平から手首、そして腕と少しずつ拡散が始まって最後には幽霊船長全体が消えようとしている。


「オォォ……ボートム……ボー…トム……許サナ……イ……」


最初にして最後の言葉だった。それだけで幽霊船の恨みの深さが十分にわかる。

完全に拡散して消えようとしていた幽霊の船長の骸骨が人の顔に戻る。でもそれもほんの一瞬だった。

その瞬間を見たのはボクの他に何人いるんだろう。すぐに霧が跡形もなく完全に消えてなくなった。


「や、やったのか……?」

「うん、ロエルのおかげでね……」


シルバが半信半疑でロエルを見る。なんだこの少女は、そう小さく呟いたのが聴こえた。

残ったのは幽霊船、過去にはたくさんの人を乗せて航海していた船だったものだった。

さっきまでは幽霊船だったけど今は静かに沈もうとしている。

船体が傾いて横倒しになり、海へと帰ろうとしていた。


「幽霊船が沈んでいく……」

「おい、晴れてきたぞ! 水平線が見える!」


兵士の一人が叫んだ。幽霊船の登場と共に発生した霧も消えてなくなったみたいだ。

波が戻り、太陽の光がまた定期船を照らす。残っていた魔物化した怨霊達もいつの間にかいなくなっている。船長が浄化されたからだろうか、あれだけの恨みがそれだけで消えるとは思えない。


「ふぅ……終わった……?」

「ロエル!」


目をあけたロエルは汗だくだった。一気に力が抜けたのか、その場に倒れんばかりだ。

沈みかけている幽霊船を見て安心したのか、ロエルは今度こそ目を閉じた。


「ロエル、大丈夫? ロエル!」

「魔力を消耗しすぎたのだろう。問題ないとは思うが一応、船医に見てもらいなさい」


そう教えてくれたジジニアもかなり疲れきった表情だ。あれだけの魔物を相手にしたんだし当然か。

奇跡的に死者がいないのも、きっとロエルのおかげだろう。怨霊の浄化とあの人達の治療、同時に行っていた彼女の労力は計り知れない。ボクはロエルの額の汗を拭った。


「俺は……俺はとんでもない過ちを犯した……」


ボートムが放心したように沈みかけている幽霊船を見つめている。恐怖で泣きじゃくっていた時の涙とは違う、一筋の涙が頬を流れた。そして鼻水をすすり、静かにまた泣き出した。


「すまない……本当にすまない……」

「ボートムさん、あんたの気持ちはわかる! とは言わん。私らは別にあんたを軽蔑したりはせんよ。私がその時の立場だったら同じ事をしていたかもしれない。でも、あんたは今こうして後悔して涙している。そして今日まであんたに守られてきた命がある。それ以上の事実はここにはない」


ボートムの隣に立ってシルバも沈んでいく幽霊船を眺めている。シルバはそれ以上何も言わなかった。

ジジニアと三人並んでただ静かに海を見ていた。

ボートムがした事よりも今はただあの幽霊船、いやあの船の事を思うだけで胸が苦しい。

魔物にさえ襲われなければ、きっと今もどこかで生活していたはずなのに。

最後の最後まで怨みっぱなしだったけど、ロエルのおかげで苦しまずに浄化されたと思いたい。


「ロエル、君は本当にがんばったよ」


抱えているロエルの顔を見て切実にそう思った。船医という人のところに行こう。

ジジニアは心配ないとは言っていたけど、ボクは心配だ。


――――定期船が大きく揺れて、そして破壊音が後ろから聴こえた。


振り向いた時には幽霊船の木片がばらけて宙に舞っていた。降り注ぐ木片から身を守ろうと、皆がかがむ。


「いぃやっほぉぉぉぉぉう!」


テンションの高い叫びと共に幽霊船の下から何かが突き上げるように飛び出してきていた。太陽の光のせいで幽霊船を破壊したそいつがよく見えない。でも海の底から現れたそいつは紛れもなく人だった。

空中からまた海面へ着水する瞬間に見たそいつは上半身が人、下半身が魚のようだった。

顔の半分が鱗で覆われていて、耳の位置からは魚のヒレみたいなのが生えている。

着水した時の水しぶきが盛大にボク達にかかった。


「な、何が起こった?!」


ジジニアの叫びに応えるかのように、そいつが海面から顔を出した。背泳ぎでもするかのような姿勢で浮いている。エラ耳を生やした男だ、鱗顔で肌が少しだけ黒い。

あの筋肉質な体だけ見れば確かに人間だけど、そうでない事はすでにわかっている。


「面白い見世物だったぜぇぇぇぇ! 幽霊船の次は俺と遊んでくれや!」


エラ男は白い歯を見せて笑った。そしてそいつは定期船から海を覗き込んでいるボクを見ている。

こいつ、もしかして。


「えー、リュアってのはおまえだろ? 言わなくてもわかる! なぁ、オレとゲームしようぜ!」


わざわざ幽霊船を壊して登場したそいつへのボクの怒りはすでに高まっていた。

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