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第52話 初めての船旅 その2

◆ 定期船 ハリアート大陸プラッツ港行き 二日目◆


一晩経っても、景色は海一色だった。ボクは船内を散歩した。

こんな船の中でどうやって料理をしているんだろう、食料はどこにあるんだろう。初めて見る船なので興味が尽きなかった。操縦室はダメだったけど厨房のコックさんは親切だったので、特別に中を見せてくれた。

鉄の箱に保存されている食料、整った厨房。ボクは料理なんてまったくできないけど、よく出来ていると感心した。奈落の洞窟で食べられるかどうかもわからない魔物をさばいて一喜一憂していた、あれが料理と呼べるなら料理が出来る事になる。おいしい魔物を出来るだけ狩って、持ち運んでいたのがなつかしい。


そうこうフラフラ歩いているうちに結局甲板に出てしまう。

波は穏やかでこれも昨日と変わらない。先頭に髭のおじさんはいなかった。代わりに昨日はいなかった二人が立っている。兵士の人達も交代制で見張りをしているみたいだ。


「ふぁ~ぁ、どれ。異常はないか?」

「なし。退屈すぎて張り合いがないくらいだ。もう少し寝てていいぞ、ボートム」


髭のおじさん、ボートムが体をボリボリかいて登場した。大きく伸びをした後、ボクに気づいたボートムはまだ体をかいたまま、こちらに近づいてくる。


「やぁ、船旅はどうかな?」

「ちょっと退屈かも……」

「ワァッハッハッハッ! そうだろう、楽しみといえばメシくらいしかないものな!」


大袈裟に笑うせいで唾が飛んできた。確かにそうだ、食事を終えたら後はこうやって時間を潰すだけ。

ロエルは家族連れの子供と仲良くなったのか、相手をしてあげている。ボクはどうもそういうのが苦手だから、遠くから見ているしかない。

でもこうしてみていると、ロエルの笑顔がかわいい。それだけで満足だ。


「おや? あの船は……?」


アーチャーのシルバが手を額に当てて、遠くを眺めている。その先には船があった。

まだ遠すぎてよく見えないけど、あれも定期船なのかな。と思っていると、ボートムが血相を変えて叫んだ。


「あ、あの船はいかん! 船長、回避するんだ!」


叫びながら転がり込むようにボートムが船長室に走っていった。一体、どうしたんだろう。

乗客の人達も気になったのか、前方から来る船を見るために皆、先頭に集まっている。


「ママー、おふねー」

「あらホント、アバンガルド行きの定期船かしら?」

「なんか古臭い船だな、それに帆も破れているじゃないか」


近づくにつれて船が見えてきた。この船と違って確かに古臭い。どちらかというと、ボクがイメージしていた船そのものだ。でもあの船に対して、この船はどんどん逸れていく。このままぶつかるとも思えないのに、どうしたのかな。


「クソッ、ボートムさんの判断は正しかった! 乗客を船室に避難させろ!」


シルバとウィザードのジジニアは顔色を変えて、乗客に避難指示を出した。嫌な予感がする、それにまだ朝方なのに辺りが薄暗くなってきた。視界が少しずつ白く薄れてくる。

これは霧だ、白い霧が漂い始めている。そう認識した時にはすでに一寸先しか見えない状態になっていた。

それなのに前方の船だけはなぜかはっきり見える。

まずい、ロエルは確かその辺にいたはず。しっかり手を握って一緒にいないと、何が起こるかわからない。


「リュアちゃん、そこにいたんだ」


ロエルのほうからボクを見つけてくれた。他の皆は船室に入ったのかな。見える範囲にはもう誰もいない。それだけ、あの二人の誘導が迅速だったという事か。


「バカな……そんな……」


ボートムが現れて、頭をかきむしる。

何か聴こえる、あの船から人の声がした。


「お~~~い……助けてくれぇ……」


助けを求める弱々しい声が木造船から聴こえた。でもボートム達は救助しにいこうともしない。

こちらの船のスピードのほうが速いはずなのに、すでに木造船は近くに迫っていた。

帆は所々破けていて木の板も剥がれ落ち、浮いているのが不思議な状態だった。


「ねぇ、あの船は……?」

「あれは亡者の船だ! 助けを求める声も聴いちゃいかん!」

「未だに死に切れず、この海をさ迷っている……。何十年もな」


ボクが尋ねると、ボートムとシルバが固唾を呑んだ。つまりあれは幽霊の船、幽霊船か。

幽霊、いつかの件を思い出す。あの時は得体の知れない相手に戸惑った。それを考えると、ボートム達の落胆ぶりもわかる。

でも、ボクは思う。あのか細い声の主は助けを求めている。

フランソワスだって好きであんな事になったわけじゃない。あの船の人達だって元々は生きていた。

もし死んでいなかったら、今ここで他の人達と一緒に笑いあいながら船旅を共にしたかもしれない。


「同情は必要ないぞ! その心に付けこまれて引きずり込まれる!」


ジジニアがボク達二人の心中を察した。引きずりこまれる、それは困る。

でもこのまま逃げ切れないならやる事は一つしかない。


「ボートムさん、ボクがあの船を何とかする」

「君がいくら強かろうがさすがに無茶だ……専門のエクソシストでもいれば話は別だが……」


船がいつの間にか停止していた。船員が青い顔をして操縦室から出てくる。


「ダメです、すでにエンジンが動きません……」

「なぜだ……なぜアレが今頃になって……」


ボートムがうずくまってダンゴ虫のように丸くなった。何かを唱えるように、同じ言葉を繰り返している。震えてその場から動こうとしない。さすがに見かねたシルバとジジニアが背中を軽く叩いた。


「ボートムさん、あんたまで怯えてどうするんだ! 乗客を守るのが我々の務めだろう!」

「頼む、頼む……」


シルバの言葉も届いていないのか、恐怖で震えているボートムはその槍すら手放している。

鮫の魔物に襲われた時は格好よかったのに、今のこの人は格好悪い。励ましているシルバとジジニアのほうがまだしっかりしている。


「リュ、リュアちゃん、本当にあれどうにかできるの?」

「やるしかないよ。ロエルはここで待ってて」

「わ、私もいく!」


その体はボートムよりも震えていた。さすがにこんな状態なのに連れていけるはずがない。

やんわりと断ろうとしたたら、ロエルがボクの手を両手でがっしり掴んだ。


「いつまでも怖がっていたら、冒険なんて出来ないと思うの。私、リュアちゃんともっといろんなところにいきたい。リュアちゃんはその……村に行く目的があるかもしれないけど。

もっともっと、リュアちゃんと一緒にいたい。そのためには強くなるから……」


下唇を噛んで、震えを止めようと自分の手で体を押さえている。ロエルはボクが守るから気にしなくていいよ、と言いかけたけどやめた。それじゃ、ダメな気がした。

ロエルがそう強く願っているなら、受け入れてあげるべきだ。ロエルはボクが守る、それは最初から決めていた事じゃないか。迷う必要なんかなかった。


「うん、じゃあ一緒に来てほしい」

「よりょこんで!」


なんで噛んだのかはわからないけど、それだけ怖いんだろう。やっぱりかわいそうな気もしてきたけど、もう後には退けない。さて、問題はあの幽霊船をどうするか。ソニックリッパーを放てば壊せそうだけど、それで本当にいいんだろうか。

ただのゴースト系モンスターならそれで終わらせるけど、ボクはどうしても決断できなかった。

悩んでる暇はない。この濃い霧の中、何故かはっきりと見えるあの幽霊船。

これしかない。ボクはロエルを両手で抱えた。


「リュアちゃん、もしかして……」

「うん、あそこまで飛ぶ」


ロエルの反応を待たずにボクは定期船の先端から幽霊船へと飛んだ。上から見る幽霊船は思った以上に朽ち果てていた。腐った木が重なり合って、床も所々が抜けている。このまま着地したら床が抜けてしまうんじゃないかと思った時には遅かった。

真下に幽霊船の甲板、そして床を何枚もぶち抜いて落下。埃と木片が盛大に散らばった。


◆ 幽霊船 ◆


「やっちゃったなぁ……怒られるかな」

「怒られるって幽霊しかいないよ……」


暗くてよく見えなかったけど、落下した先は調理場だった。長い間、使われていないだけあって錆だらけで嫌な匂いが漂う。ボクは思わず鼻をつまんだ。

後ろで床の軋む音が聴こえた。振り向くとやっぱりというか、当然この世の人じゃないものがそこに立っている。


【スケルトンが現れた! HP 103】


骨人間、そうとしか言いようがない。骨の手で包丁を握っているところを見ると、この人はここのコックだろうか。もはや見る影もないけど、この人だって生きている時は確かにその手で料理をしていたはずだ。襲いかかってこなければいいのに、なんて願いは叶わなかった。

当然、その包丁はボクに振り下ろされる。かわいそうだけど、やるしかない。

遅すぎる包丁がボクの体に到達するはずもなく、先に蹴りがあばら骨あたりを貫いて粉々に砕けちった。


【リュアの攻撃! スケルトンに331022のダメージを与えた!

スケルトンを倒した! HP 0/103】


「が、が、ガイコツが動いてた……動いてた……」

「そりゃ動くよ……」


普通は動かない、でもこの状況で動かないほうが不自然だ。それよりも勢いで倒してしまったのはまずかった。こんな事をするなら、乗り込まずにこの船にソニックリッパーを放っても変わらない。

ボクは何をしにきたんだっけか。この幽霊船をどうにかする、これだ。

とは思ったものの、これだけの数に囲まれていたら倒す以外の方法が思いつかない。

複数が歩く床の軋み、呻き声、荒い息遣いが四方八方から聴こえてくる。


「ロエル、ひとまず上に戻ろう」


またもや、ロエルを抱えて飛んだ。落ちてきた時に空いた穴があるおかげで簡単に甲板に出る事ができた。また床が抜けないかと心配したけど今度は大丈夫だった。でも着地した瞬間、それが何の解決にもなってない事がすぐにわかる。上体を揺らしながら、ゆっくりと近づいてくる集団。

半透明で点滅しながら、地道にこちらへ近づいてくる。水を吸ってブヨブヨになった体、頭の半分が何かにかじられたかのように欠けている人、子供や大人まで様々だった。


「ロエル、下がってて」

「待って、リュアちゃん。私がやってみる」

「やってみるってロエルが?」


ボクの手をどけて自ら前に出たロエル、いつの間にか震えは止まっていた。それどころか、不自然なほど落ち着いている。あれだけ怯えていたのに、急にどうしたんだろう。

集団で揺らめく怨霊達にロエルが一歩、また一歩とゆっくり歩いていった。


「……ヒール」


ロエルが静かにそう呟いた後、幽霊の一人が淡い光に包まれて一瞬だけ生前の姿に戻った。人間に戻った時に見せたその表情は苦痛から解放されたのが見てとれるほど、安らいでいた。

その人は一筋の涙を流していた。何か言葉を言っているようにも見える。そして、足から頭までが数秒のうちに消えた。


「皆さん、もう苦しまないでいいんですよ。だから安心して下さい」


幽霊達にその言葉が届いたのか、今度はぴたりと止まった。そして全員が一斉に涙を流した。

何があったのかは知らないけど、この人達もやっぱり苦しんでいた。死んでからも苦痛を味わうなんて、理不尽だと思う。

死ぬのは嫌だけど、せめてその後は安らぎたい。誰だってそう思っているはずだ。

ロエルにも驚いたけど、一体この船に何があったのか。それが気になる。


「私、思うの。アンデッド系モンスターに回復魔法が有効なのは弱点だからじゃなくて、きっとそれが唯一の苦しみから解放される手段だからじゃないかって」

「でもこの人達は魔物じゃないよ。ロエル、君は何をやったの?」


ロエルは何も答えなかった。自分自身でもわかっていないんだろうか。でもロエルはどこか、悟った顔をしている。こんなロエルを見るのは初めてだ。

怖がりながらも何故かボクと一緒にここまで来たのが不思議だったけど、ロエルは初めから自分にそれができると確信していたんじゃないだろうか。


「ヒール……ヒール……さぁあなたも……」


ロエルは一人ずつ、ヒールでその魂を浄化していく。その間際に彼らはやっぱり何か呟いていた。

初めはわからなかったけど、ようやく理解した。ありがとう、声は聴こえないけど確かにそう言っていた。心なしか光に包まれるロエル、その表情を見て息を呑んだ。

やさしく微笑む少女、でもロエルじゃない。どこか大人びていて、余裕のある微笑みだった。

無邪気に笑うロエルしか知らないボクにはどこか異質なものに見える。


「ロエル……?」

「はい、もう大丈夫よ……」


ボクの声が聴こえていないんだろうか、でも邪魔しちゃ悪いから黙っておこう。このまま彼女に任せておけば、この幽霊船ごと何とかなるかもしれない。どうやらボクの出番はなかったみたいだ。


「いやだぁ! 放せぇ!」

「ボートムさん、どうしてしまったんだ! おい、見てないで取り押さえろ!」

「は、はい!」


それは定期船のほうから聴こえた。見ると定期船の上で暴れるボートムを数人がかりで押さえている。

シルバとジジニア、船員の何人かで圧し掛かるようにしてようやく動きを封じていた。それでももがくボートム。

本当にあの人はどうしちゃったんだろう。護衛を任されたはずなのに今じゃ、お荷物状態になってる。

やれやれ、と思った矢先、後ろから一斉に呻き声が放たれた。

幽霊達の様子がおかしい。目が赤く光り、全員が同時に向きを変えた。

その方向は定期船だった。いや、違う。幽霊達は定期船ではなく、確実にある人物を見ている。


「やめろ、やめてくれぇ! 許してくれぇ! 悪かった! 何でもするから命だけはぁ!」


幽霊、いや。その魂はついに全身が赤く染まった。怒りで燃え上がるかのように。

そして幽霊船全体が揺れた。

魔物図鑑

【キラーシャーク HP 190】

人間が乗る船を狙って、度々海面から飛び出して襲い掛かってくる鮫。

冒険者が海を渡れるかどうかの判断の一つとして、このキラーシャークを倒せるかどうかが含まれるほど生息範囲が広い。

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