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第49話 持たざる子 その3

◆アバンガルド王国 訓練所◆


今日は昨日カークトンが言った通り、朝から訓練漬けだ。

交代制で訓練と通常の仕事をこなしているらしいので、この人達は見た目よりずっとタフだ。

夜の見回りなんかは当然夜勤になるので、きついとかお肌がなんて愚痴を言っていたのがさっきのリッタ。今のリッタは訓練の模擬戦で3連勝目に差しかかっている。


「そこまで!」

「ウ、ウソでしょ? 私がリッタに負けるなんて……」

「えへへ、勝っちゃったっ!」


ぴょんぴょんと飛び跳ねて勝利の喜びを表すリッタ。その前で悔しそうに槍を力強く握り締めて、何かの間違いだと言わんばかりにリッタを見ている女の人の兵士。


「リッタ、調子いいじゃない!」

「ありがとっ!」


リッタの友達と思われる女の子二人と一緒に喜びを分かち合っていた。対戦相手が弱いわけじゃない、むしろ昨日リッタを負かしたアンジェという人よりも相手は強かった。その相手の槍を難なく弾いて、一瞬で喉元に自分の槍を突きつける。昨日はやっぱりニッカの事が気にかかっていて、実力を発揮できなかったんだろうか。

カークトンも無表情だったけど、昨日みたいに怒鳴る事はない。昨日みたいに対戦した二人の動きについて批評を求められたけど、リッタのほうは言葉に詰まった。

あの実力差ならもう一方にダメ出しするのは、かわいそうなくらいだ。


「ふむ、快調のようだな。しかし、まるで別人のようだ」

「そんなぁ、日々の努力の賜物ですよぉ」


リッタがあのカークトン相手にウインクを飛ばしている。なんだか本当に別人みたいだ。

それにたじろいでいるのか、カークトンも昨日みたいに怒号を飛ばさなかった。


「リッタの奴、なんかインチキしてんじゃねえの?」

「相手にいくらか握らせたとか?」

「プッ、さすがにそこまではしないだろ。いや、やりかねないな……」


陰口を叩く一部の兵士。そういうあの人達は模擬戦で一度も勝った事がない。

無駄に大きく振りかぶっていて全体的に動きが雑だし、何より雄叫びのような掛け声がうるさすぎる。

スピードもまったく足りていなくて、あれじゃ魔物もあくびが出るだろう。なるべく控えめに指摘したら、小さく舌打ちされた。そういう態度なら、ボクは帰るぞ。


「見てましたぁ、リュアさん? 何か注意点とかあります?」

「え、えーっとそうだね……」


いきなり目の前に現れたリッタにびっくりした。楽しそうに上体を左右に揺らして、ボクの反応を見ている。注意点か、たくさんあるけど言ったらリッタの事だから落ち込まないかな。今の機嫌がいいだけに、そんな姿は見たくない。


「ガーッと踏み込んで危なっかしい時があるから、たまにはサッと引いてヒュッて攻防を転じたほうが」

「わっかりましたぁ! ありがとうございまぁす! うふふ」

「え、えー。午後からは野外で実戦訓練だ。それまでは一時間の休憩とする」


ボクは確信した、リッタは絶対わかってない。だって、カークトンにもちょっと呆れられていたし。

リッタは攻める事ばかり考えていて、危なっかしい。そのせいで無防備な状態が度々出来て、そこを突かれたらあっという間に命を落としかねない。それでもなんとかなってるのはリッタの驚異的な身体能力のおかげだと思う。

リッタがそこまですごかったなんて、昨日の模擬戦からは考えられない。


「午後からは魔物との実戦ですね。楽しみですよねー、リュアさん!」


ボクの腕に抱きついてくるリッタ。リッタの意外な一面よりも、なぜか頬を膨らませて睨んでくるロエルのほうが気になる。そして負けじとボクのもう片方の腕に抱きついてきて、両サイドが暑苦しい。

この状態でお昼ご飯を食べるなんて、勘弁してほしい。


◆お昼


「アバンガルドレストランはおいしいって評判なんですよー。何せ一般の方々まで食べにくるほどですからね」


リッタがレストランと呼ぶその場所は無機質なテーブルとイスが一定の間隔で並べられている食堂だった。パブロの店みたいなのを想像していたら、全然違った。食事もAかBのどちらかを選択するだけで、メニューなんて存在しない。


「あの、ご一緒してよろしいですか?」


声をかけてきたのはリッタの友達の女の子二人だった。年齢はリッタと同じくらいだろうか、兵士というと屈強な人というイメージだったけど、こんな子達も意外といるのか。

イリンとシュリ、話を聞くと二人ともリッタと同期らしい。何かと鈍臭いリッタがここまでがんばってくれたのも、この二人のおかげとか。確かに彼女達といる時のリッタはよく笑う。いや、それ以前から何だか楽しそうだったけど。


「リュアさんの戦い、見てたよ!

 私達と同じくらいの歳なのに、あのティフェリアさんと互角に戦うなんて信じられなかった!」

「私の分析によると、あの戦いはどちらも本気を出していなかった。互角と結論付けるのは早計である、と」


やたら声が大きくてピンク色の丸々とした羊のような髪型の子がイリン。分析していたらしい、緑髪でメガネをかけている真面目そうな子がシュリ。見れば見るほどなぜ兵士になったのかわからないほど普通の女の子達だ。いや、分析の子はちょっと普通じゃない感じだけど。


「魔王軍が攻めて来た時も大活躍だったらしいね。私達はカークトン隊長に引っ込んでろとか言われて、マジで引っ込められてさー」

「イリン、私の分析ではその話はリッタの前では厳禁」

「あ……ゴメン」


隣に座っているリッタの表情が少しだけ暗くなった。でもそれも束の間、リッタは大袈裟に大笑いして、食堂内の注目を集めた。


「やーだなぁ、もう気にしてないよぉ。結果的に生き残ったんだからノーカン! ノーカン!」


ケラケラと笑うリッタの様子を見て、二人の友人は明らかに異質なものを見ているようだった。ボクから見ても今のリッタはどこか変だ。


「さぁさぁ、食べましょうよぉ。ロエルさんみたいに定食4人前平らげましょうよぉ!」

「ふぉむ?!」


ロエルの前に四人前の皿が積み重なっていて、今更恥ずかしくなった。口の中のものを飲み込んでいないのか、変な声まであげる始末。これはもう引くしかない、リッタの友人二人は絶句した。だって話しこんでいて全然気づかなかったし、その間に黙々と彼女は四人前を処理していたのだから。


「さ、さすがリュアさんがパーティを組むだけはあるね……」

「私の分析ではそれはリュアさんに対して失礼に当たる発言です」


別に分析しなくても失礼だとわかる、なんて言えるはずがなかった。


◆ミスリル鉱山◆


アバンガルド王国城下町から程ない距離にあるダンジョン、それがミスリル鉱山だ。昔はミスリル発掘の場として活用されていたけれど、今ではすっかり採れなくなって放置されて廃坑になったとか。ミスリル製の武器や防具は輸入に頼っているらしい。

デンジャーレベル21。魔物の強さよりも複雑に入り組んだ坑道で迷いやすく、Bランク以上の冒険者でないと入山が許可されない場所だ。

そんな場所に実戦訓練という事でボク達は足を踏み入れた。兵士達の中には明らかに動揺している人もいる。確かにキゼル渓谷よりも数段、危ない魔物の気配がする。

カークトンはなぜこんな場所を訓練場所に選んだのだろう。入り口付近なら迷う心配はないと言っていたけど、それにしても兵士達の実力を考えたらちょっと危険すぎる。


「臆したものはいるか? ならば今すぐ帰っていい。本気で強くなりたい者だけ残れ。

 なに、ここで帰ったとしても一切責めるつもりはない」


厳しい口調でカークトンは率いる兵士達に言い放った。静まり返った廃坑、そして兵士達。

それは誰一人逃げる気はないという意志の表れでもあった。


「よし、ならば始めよう。先日、王国を襲った魔物達は言うまでもなく強力な魔物ばかりだった。

あのほとんどの魔物がデンジャーレベル20のフロアモンスターに相当する。

熟練の兵士達の応戦空しく、その多くが殉職してしまった。

残された諸君らには彼らの意思をついでもらう。もちろん、いきなりそれらに太刀打ちする力を身につけろとは言わん。だが、せめてここらの魔物は難なく倒せるようになってもらう」

「よ、よかった。まさかここのフロアモンスターを相手にさせられるのかと、ヒヤヒヤしたぜ……」


どよめく兵士達をカークトンは鋭い眼差しで見る。決して弱音は許さないと物語るような、冷たい視線だ。いくらなんでも厳しすぎるとボクも思う。でも今のカークトンにそれを言えるわけがない。


「ここのフロアモンスターは実力を抜きにしても、おまえ達では分が悪い。だが」


一旦言葉を区切ってカークトンはまた兵士達を睨む。息を呑む兵士達。


「国を守るのが我々だ」


その一言がどれだけの重みを含んでいるか、皆はわかっているような気がした。誰一人、不満を言う人もいない。要するに全力で取り組めという事なのかな。


「この狭い通路なら魔物に囲まれる事もない。つまり、比較的安全に一対一で戦える。

 と言ってるうちに早速来たようだぞ」


【ゴブリン×2が現れた! HP 153】


背丈が人間の子供くらいの魔物だ。手には棍棒やさび付いた剣を握っていて、坑道の奥から全力疾走してきた。


「ほう、ゴブリンか。ちょうどいい相手だ。この通路なら奴らも同時に襲い掛かってはこれまい。

 さぁ、誰がいく?」

「オレがやります!」


名乗り出たのはリッタに陰口を叩いていた兵士の一人だ。ボクの勘だけど、この人の実力じゃあの素早い身のこなしに対応できない。左右に飛び跳ねながら、人間とは違った動きで翻弄してくるゴブリン。

兵士の人の大振りな一撃は見事にかわされて、ゴブリンの錆だらけの剣が一撃を浴びせた。深手とまではいかなくても、鮮血が飛び散るには十分なダメージだった。


「う、うわぁぁぁ!」


反撃に反応できなかった兵士の人は、痛みにこらえながらもパニック状態ででたらめに剣を振り回す。後ろからすかさず飛び出して、ゴブリンの頭部に槍を的確に刺したのはイリンだった。


【イリンの攻撃! ゴブリンに170のダメージを与えた! ゴブリンを倒した! HP 0/153】


「私の分析では素早い動きで一見惑わされやすいけど、よくみると単調で隙だらけ」

「なんであんたが解説してんのさ、シュリ……」


おぉ、と感嘆する兵士達。なるほど、こうも実力が兵士によってまばらだと、カークトンが心配になるのもわかる。先日の襲撃でも、あの魔物達に応戦できる人達もいればそうでない人達もいる。リッタと同期なはずなのに、今の一撃は見事と言うしかない。


「狙う場所次第では力がなくても、大きな打撃を与えられるんだよね」

「え? えぇ、そうなんだよねー! えへへ、リュアさんに褒められちった」


照れて一人で恥ずかしがってるイリン。そんな事をしている場合じゃない、もう一匹のゴブリンが飛びかってきて、イリンとの距離はないに等しい。でも、そこまでだった。ゴブリンの頭ごとカークトンが掴み、壁に叩きつけた。そして、すかさず腹に止めの一撃を刺し込む。


「ふぁぁ……ビックリした」

「油断をするんじゃない! 今ので一回死んでいたかもしれんのだぞ!」

「す、すみません……」


狭い洞窟内でカークトンの怒声はより響いた。もっともな言い分だけど、今のはボクにも責任がある。でもまさか、あんなに喜んで無防備になるなんて思わなかった。


「おまえ達も他人事と思うな! 奴らは常におまえ達の命を狙っているのだぞ!

 こんな風にな!」


カークトンは兵士達に向き合ったまま、背後から迫っていたもう一匹のゴブリンを片手の剣一つで真っ二つにしていた。もう一方の剣は鞘に納まったままだ。二匹向かって来た後、もう一匹来ていたらしい。それにしても、なんでこの洞窟はゴブリンだらけなんだろう。


「いつの間にかゴブリンが住み着いていたみたいだな。奥に奴らの親玉がいるのかもしれん」

「ロエル、そこの人にヒールを」

「あ、う、うん」


ロエルのヒールで兵士の人が受けた傷口が塞がっていく。呻いた兵士は悔しいのか情けないのかわからないけど、お礼も何も言わなかった。


「怖気づいたものはいるか? もしそうなら、今すぐにでも帰っていいぞ!」

「はいはーい! 私がやります!」


元気よく手をあげて名乗り出たのはリッタだった。静かだった兵士達がざわめく。

カークトンも友達の二人も、少しの間だけど誰も応えてあげられなかった。


「リッタ、平気なの?」

「これしきの事で躓いてちゃ、アバンガルド王国の名が廃るってもんですよぉ」


心配するイリンに陽気に笑いかけるリッタ。カークトンも無言で頷いて一歩後ろに下がり、リッタに先頭を譲った。鉱山入り口の比較的広いフロア、そこから続く狭い通路。ボク達は広いフロアでリッタの戦いを観戦する。

しかしやってきた魔物は想像以上の相手だった。

かがむようにして狭い坑道を進んでくる岩の怪物、二本の足の片方が一歩踏み出すたびに地響きが起こる。動揺した兵士達は武器を構えたまま、後ずさりした。その怪物を見たカークトンはリッタの肩を掴んで、後ろに投げ飛ばすように下げた。きゃ、と小さく悲鳴を上げてリッタは地面に転がる。

そうまでしなければいけない相手が何なのかはボクにもすぐにわかった。


【屈強なる岩窟王が現れた! HP 2850】


「フ、フロアモンスターだ!」


誰かが叫んだと同時に皆、武器を一斉に構える。

岩人間といった表現が似合う怪物。猛獣のような鼻息を荒げる事もなく、ただ無機質に狭い坑道をくぐるようにして向かってくる。


「外に出ろッ! こいつの相手は私がする!」

「いいよ、カークトン。ボクが……」

「君の手を借りるほどではない!」

「隊長ぉ、私がやりますってばぁ」

「下がっていろといっているのが聴こえないのか、リッタ!」


カークトンの制止も聞かずにリッタは槍を持ってふらふらと岩の怪物に向かう。再びカークトンがリッタを引き戻そうとしたが、その時にはすでにリッタは怪物に突撃していた。


【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に588のダメージを与えた! HP 2262/2850】


リッタの槍による突きが軽々と怪物の肩を粉砕して、片腕を落とした。よろめく怪物に反撃の隙を与える事もなく、リッタは突きを連射した。


「きえぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に421のダメージを与えた! HP 1841/2850】

【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に579のダメージを与えた! HP 1262/2850】

【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に390のダメージを与えた! HP 872/2850】

【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に488のダメージを与えた! HP 384/2850】


怪物の全身はリッタに削り取られて、もはや二本の足で立つのがやっとだった。開いた口が塞がらないのはボクだけじゃない。ここにいる全員がその戦いぶりに言葉も出ない。


「あれれぇ? もしかしてもうお終いの雰囲気ですかぁ? 隊長~、見てて下さいねぇ」


瀕死の怪物を背にしてカークトンにピースサインをおくるリッタ、カークトンは二本の剣を持ったまま、愕然とするしかなかった。くるりと怪物に向き直ると同時にその頭部をなぎ払うように砕いて、戦いは終わった。


【リッタの攻撃! 屈強なる岩窟王に401のダメージを与えた!

 屈強なる岩窟王を倒した! HP 0/2850】


残された体も崩れ落ち、砂になって跡形も残らなくなった。


「やぁったぁぁぁ! 私、すんごく強いじゃーん! えへへへへへへへへへぇ」


槍を持って片足で回りながら、喜びはしゃぐリッタに賞賛の言葉を送る人はいなかった。

今度は槍を回して様々なポーズをとり、リッタはしばらく勝利の余韻に浸っていた。

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