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第48話 持たざる子 その2

◆アバンガルド王国 城門前◆


その日の訓練が終わり、日が沈んだ。あれから、結局リッタは戻ってこなかった。追いかけたかったけど、今ボクに任されている依頼を放り出すわけにはいかない。それをカークトンに言われて気づいた。

隊長としてのカークトンとそうじゃないカークトンは、まるで別人のようだった。

現に別れ際にはボクが知っている調子に戻っていた。


「今日は本当にありがとう、部下達にもいい刺激になったと思う。

 ところで相談なんだが、明日は午後から魔物との実戦を交えて訓練したいんだがいいかな?」

「魔物と? いいけど、大丈夫かな……」


王国の兵士に対していう言葉じゃない事にここまで言ってしまった後で気づいた。それでもカークトンは笑って流してくれた。

昼間のリッタに対してあれだったから、てっきりものすごい剣幕で怒られるかと思ったのに。

ロエルは途中から暇になったのか、うつらうつらと眠気を堪えていた。

退屈にさせてしまって、なんだか申し訳ない。


「そうだ、魔物相手なら怪我する人も出てくるかもしれない。

 ロエルが回復してあげるといいんじゃないかな。」

「ふぉっ?!」


夜空を眺めていたロエルが、急に振られて妙な声を上げてこちらに頭を向けた。


「それはいい。頼まれてくれるかな?」

「喜んで!」


そしてなぜかファイアロッドをきゅっと握るロエル。なんだか戦いに参加しそうな感じなのは、ボクの気のせいだろうか。


「カークトンさん、リッタは……」

「……かわいそうだが、甘やかしてやるわけにもいかん。

 これで彼女が立ち上がれないのなら、それまでという事だ」

「リッタは兵士に向いてないの?」

「完全に素質がないとは言わん。信じられないかもしれないが入隊試験での成績は悪くはない。

 特に体力テストでは上位にひっかかるほどだ。あの細い体でかなりの努力をしたのだろうな。

 だが実際に勤まるかどうかとなると話は別だ。

 兄の件もあって落ち込んでいるのもあったのだろうが、だからといって大目に見てやるわけにはいかない」


カークトンの言う事もわかるし正しいと思う。でもやっぱりボクにはあの仕打ちはどこか許せなかった。本当に部下の事を思うなら、それこそ助けてやるべきだ。でもボクだったら、どうするだろう。

助けるといっても何も思い浮かばない。


「では明日は早いが頼む。報酬はたっぷりとはずむからな! ハハハッ!」


そういってカークトンは手を振って見送ってくれた。あの人はお城に住んでいるんだろうか。まだ鎧を着ていたから、もしかしてこれから何かやる事があるのかもしれない。

ロエルと並んで歩いている途中、ふと彼女が持つファイアロッドを見て思い出した。


「そうだ、明日が魔物相手ならボクも剣を買わないと」

「元々持っていた剣でいいんじゃない?」

「あれはだから、追加の爆破が危ないから……万が一、誰かを巻き込んだら大変だよ。

 ううん、武器屋空いてないかな」

「都会のお店は夜遅くまで空いてるから、安心だよってシンシアさんがいってたよ。

 この通りにあるはずだから、いってみる?」


確かにクイーミルのコウゾウさんの武器屋はすぐに閉店する。前に依頼の仕事が終わって、夕方過ぎにいってみたら、もう閉まっていた。田舎の店はこれだから、とロエルが愚痴っていたのを覚えている。

今更ながら、見渡してみるとクイーミルよりも人通りが多い。初めてあの町にきたときこそ、その多さに圧倒されたけど、今思えば大した事はないなと思う。そう考えればボクも少しは外の世界に慣れたのかな。


◆アバンガルド王国 武器屋◆


「まだ空いてるね。というか、コウゾウさんの店とは大違い……」


中にはずらりと並ぶ何種類の武器や防具。壁にかけられているものだけでもかなりの数だ。物置みたいな室内に所狭しと並べられているコウゾウさんの店とは確かに大違い。

コウゾウさんはいい人だから悪く言う気はないけど、どうしても比べてしまう。

適当なものを選んですぐに出ようかと思ったけど、これだけあったらどれが適当かすらわからない。そして売り値が高い、一番安いファルシオンというやや刀身が曲がった武器でさえ、2200ゴールドもする。

これまでの報酬で懐がかなり暖かくなったボク達だけど、一番高い剣の売り値を見て思わず手持ちのお金と見比べてしまった。


「あの壁にかかってる剣、40000ゴールドだって……

はわからないけどあっちの安い武器と何が違うのかな」

「あのディフェンダーは剣幅の広さで盾代わりにもなるし、何よりかざすとパーティの防御力を引き上げる効果まであるんだ」


ロエルの疑問に答えたのはオードだった。なんでこいつがしれっとこんなところにいるんだ。今の今まですっかり存在を忘れていたのに。


「よっ、お二人さん。久しぶりだな」

「あ、オードさん! いつアバンガルドに?」

「ついさっきさ。

 いやぁ、途中で猿の群れに襲われるわ鳥についばまれるわでえらい目にあったわー。

 まぁでも、相方がいてくれたおかげでなんとかなったけどな」


良くはないと思ってるけど、ボクはどうしてもオードに好意的になれない。馴れ馴れしく、ロエルの肩をぺちぺちと叩いてるのをみると、余計に腹が立つ。


「Cランクのオレなら、苦難ですらなかったって事だな。あっ! 聞こえちゃった?

 Cランクって。いやぁいやぁ」

「オードさん、Cランクになったんだ」


「苦労したもんだぜ。だがオレの才能あってこその結果だろうな。

 お二人さんもさ、別にランクに拘る必要なんてない。努力に対する結果なんて人それぞれだしさ。

 マイペースでやりゃいいのよ」

「ボク達もうBランクだよ」

「わかったわかった、おっとそうだ。目的の品はあるかな?」


わざとらしく、ちらりと手持ちの金を見せてからオードは上機嫌で槍の売り場に消えていった。

何なんだ、あいつ。あんなのに構ってる暇はない、ボクは自分の剣を買いに来たんだ。


「えっと、どれがいいかな……」


指をさして一つずつ選んでいると、妙な気配に気がついた。またしても周りに人だかりが出来ている。

ボクの選ぶ仕草まで監視しているような、ねちっこい視線だ。


「闘技大会優勝者の子か……。やはり武器選びも一流なんだろうな」

「俺は恐らくあのディフェンダーを選ぶと見てるね。あれだけの実力だと、生半可な武器じゃ満足できないだろう」


ちょうど売れ残りコーナーでまとめて売られている名前すらわからない剣に手を伸ばそうとしていた。ディフェンダーを買わなくちゃいけないんだろうか。手持ちのお金を全部使ったとしても半分にもとどかない。なんだろう、このやりにくさ。


「リュアちゃん、気にしないでこれにしたら?」


ロエルが指定したのは、売れ残りコーナーじゃなくてファルシオンより少しだけ高いバスタードソードだった。少し大きめだけど、値段もそこそこだしこれにしよう。


「バ、バスタードソードだと?!」

「いや、この店に自分に相応しい武器などないという意思表示だ。ディフェンダーごときに大金を払う価値もないという事か」


うるさい外野は放置してボクはバスタードソードを買った。ミスリルソードよりも刀身が幅広く、なんだか力強い。セイゲルに貸してもらったあの武器に似てるかもしれない。店の外に出て、その感触を改めて確かめた。


「おい、見ろよ。あの大剣を片手で振り回してるぜ……」

「あんな子供が恐ろしい腕力だぜ……Lvはいくつくらいなんだ」


店の入り口から覗いている、外野がまだうるさかった。さっさと宿に帰ろう。今日のメニューは何だろう、変な苦い野菜は勘弁してほしい。ああいうのはロエルに食べてもらう。


「あの人達まだ見てるよ……。

 ねぇ、リュアちゃん。さっきいってたけど追加効果ってなぁに?」

「武器の中には攻撃に伴って、更に追撃の効果があるものがあるんだ。

 どういう作りでそうなってるのかはわからないけど。ってあの人が言ってた」

「あの人?」


そう、あの人。状態異常もそうだけど、これもあの人から教えてもらったんだった。あの日、ボクの命を救ってくれた剣士の人。それ以外にもたくさん教えてもらった。思えば何も知らないボクが外の世界に出て、最低限の知識があったのはあの人のおかげかもしれない。

叶わないとはわかっているけどもう一度、会いたい。会ってお礼を言って、またいろいろ話したい。


「あ、あれ何だろう?」


夜道の先にはケンカしている冒険者らしき人が二人がいた。前にもこんな事があったな、クイーミルじゃ滅多になかったのにとぼんやり見ていると、すかさず誰かが仲裁に入った。あの頭からぴょんと一本だけ飛び出ている毛、後姿は間違いなくリッタだ。


「その武器をしまいなさい!」

「うるせぇ! オレが目をつけていたその武器をそいつが奪ったんだ!」

「予約でもしていたのか? 早い者勝ちだろうに」

「喧嘩両成敗です! お互い、武器をしまいなさい!」


やたら怒ってる片方は知らない人だったけど、もう一人は見覚えがある。確か予選の決勝戦で戦ったグリイマンだ。あの豪華な装備は暗闇でも目立つ。それにしても、いなくなったと思ったらリッタはまた何をしているんだろうか。この前も仲裁しようとして失敗していたのに。

また止めないと今度こそ怪我を、とは思ったけどリッタはお城の兵士なんだ。カークトンじゃないけど、この程度もどうにかできないなら兵士としてやっていけるはずがない。

ボクも心を鬼にしたほうがいいか。でも、見ていられなくなったらすぐ助ける、これでいこう。

でもグリイマンは確かAランクの冒険者だったはず。本気になったらリッタどころか片方の人でさえ、危ない。


「大方、買おうかどうか迷っていたんだろう? あの程度の金額すら躊躇するような貧乏人は大人しくアイアンソードでも使っておきたまえ」

「てめぇ、知ってるぞ。確か闘技大会の予選でガキに負けた奴だろ。

 鎧に風穴まで開けられて無様なぶっ飛びっぷりだったなぁ、ヒヒヒッ!」

「なんだと……? より優れた装備があれば二度と遅れなどとらん。その口を閉じろ」


いよいよグリイマンが剣を抜いた。ボクと戦っていた時に使っていた武器とは違う、宝石のような石が刃に埋め込まれている細い剣だった。あれも自慢するのかな。


「これはサンシャインソードといってな。斬りつけた相手に光属性の追加効果を浴びせられる。

 それに軽くて比較的誰でも扱えるから、ヒーラーなどの支援職にも需要がある。

 ま、それをわかっててオレは独占したんだけどな! どうだ? 貧乏人には眩しすぎるか? ん?

 何せ相場にして15万ゴールドは下らないからな。貴様の収入では一生かかっても手に入るまい」


十五万!とボクとロエルが叫んだのは同時だった。そのせいで二人はボク達に気づいたみたいだけど、リッタが遮って注意は彼女に向けられた。


「いい加減にしなさい」

「引っ込んでろ! もう我慢ならねぇ!」


警告するリッタを突き飛ばしていよいよ男の人がグリイマンに乱暴に剣を向けた。


「ヘルベアー殺しのダーズ様をコケにしやがって! ぶっ殺してやる!」

「おまえがヘルベアーを? あぁそうか、小熊なら誰でも狩れるな」


やっぱりリッタじゃダメか、諦めてボクが止めようとするとリッタが二人の腕を掴んだ。おっ、と二人が声をあげたのも束の間、夜道に悲鳴が響いた。


「いでぇぇぇ! は、離せぇぇ!」

「反省したのなら離します」

「折れるやめてくれぇぇぇ!」


二人の手から武器が落ちた。それでもリッタは力を緩めない。リッタにあんな力があったなんて、やっぱりカークトンの言った事は本当だったんだ。腐っても兵士、なんていうと怒られそうだけど思わず見直した。でも、そろそろ本当に離してあげたほうがいい。


「リッタ、もうその辺で離してあげたほうが」

「え、リュアさん?」


ボク達に気づいたリッタの表情が明るくなって、同時にパッと二人を開放した。そしてボクを見たグリイマンが何かに抓まれたような顔をして素っ頓狂な声をあげる。


「お、おまえはー! クソー、あの鎧高かったんだぞ! 弁償しろ!」

「リッタ、すごいよ。やっぱり日頃から鍛えているんだね」

「無視してんじゃねーぞ、チキショウ!」


ニコニコと笑っていて機嫌がよさそうだ。昼間の様子からは考えられない。何かいい事でもあったんだろうか。


「昼間は見苦しいところを見せてすみませんでした。

 カークトン隊長にも明日、謝らないといけません。私、あれから考えたんですよ。

 落ち込んでばかりじゃ何も始まらないって。それで逃げ出しちゃうんじゃ国の兵士として失格ですよね……」


リッタは頭をかいて恥ずかしそうに笑った。よかった、あれからどうしたのかと思っていたけど、元気そうだ。


「という事でリュアさん、明日はよろしくご指導お願いしますねっ!」


よほど元気なのか、全力疾走で夜の闇に消えていった。家はこの辺にあるんだろうか。謝るとはいったけど、あのおっかないカークトンがそれで許してくれるのか、それだけが少し心配だった。

その姿を見て、ふと気づいた。


「リッタちゃん、元気そうでよかったね」

「リッタ、新しい槍を買ったのかな」

「新しい槍? なんで?」

「前と違う槍を背負っていたからさ。あんな真っ黒い槍なんてあるんだね」

「気づかなかったなぁ、リュアちゃんって意外とそういうところ見てるんだ」

「意外ってなんだよっ」


くすくすと笑うロエル。なんか癪だったので頬を両側からむにっと掴んでやった。


「にゃにするの!」

「なんか腹立った」

「おい、リュアとかいったな。鎧の恨み、忘れてないぜ」


グリイマンがボクの肩に手をかけてきた。邪魔だから手で振り払うと、グリイマンの腕が予想以上に弾け飛んだ。


「いでぇぇぇぇ! 今度こそ折れたーーー! クッソ怪力がぁぁぁ!」

「……なんかアホらしくなってきた。帰ろ」


わざとらしく転げまわるグリイマンを見て呆れたダーズ。元々相手にしていなかったボクもロエルと宿に向かって歩き出した。まだ後ろから何か叫んでいたけど、そのうち恥ずかしくなってやめると思う。

だってすでに人だかりが出てきていたから。

その恥ずかしい姿を見るために振り返る事もなく、ボク達は一日の疲れを癒しに宿へ向かった。

魔物図鑑

【グレートボア HP 933】

猪が厳しい環境に適応して凶暴化した魔物。

木ごとへし折って突進をしかけてくるので、その迫力と威力は中堅の冒険者を度々驚かせる。

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