第45話 団結 その4
「城下町で暴れていた物の怪どもはすべて成敗した。
安心なされよ」
「協力感謝する」
隊長のカークトンがその人達に礼を言った。
生き残った兵士の人達も敬礼と叫んで同じポーズをとっている。
ボク達の前に現れたのは三人の冒険者だった。
五高、セイゲルがいっていた上位の人達だ。
あれ、でもシンブを合わせても四人しかいない。
「これは随分と被害の大きい事ですわねぇ。
さすがの私でも死人は生き返らせられませんわよ」
茶色の髪先がくるんと肩の辺りで巻かれている。
整った顔立ちで綺麗な女の人だけど、なんだか変な口調だ。
ロエルのローブと似たものを着ている。
ただしあっちのほうがずっと豪華だ。
「いや、ユユ殿には一刻も早く見てもらいたいものがある」
「ハイプリーストの私にしか手に負えないものでして?」
【"慈愛天使"ユユ Lv:88 クラス:ハイプリースト ランク:A】
物静かに気品よく、ユユはティフェリアさんのところへ通された。
苦しみ喘ぐティフェリアさんを見て驚かない人はいない。
三人は思わず息を漏らしていた。
「これは……ティフェリア殿ほどの達人がどうした事か」
【"救世僧"ムゲン Lv:94 クラス:スーパーモンク ランク:A】
三人の中の一人である丸い玉がいくつも連なったネックレスをした
男の人がティフェリアさんを覗き込んだ。
ネックレス、ロエルにこっそり聞いたところ数珠というらしい。
髪の毛一本さえ生えていない頭に太陽の光が反射する。
グルンドムみたいな頭だ、なんて感想を抱いている場合じゃ
ないのはわかってる。
「ムゲン殿、あなたでもこの容態はわかりかねますか」
「ううむ、ワシの専門ならば力になれたが……
呪いの類でない事は確かだ」
カークトンが落胆した様子で肩を落とした。
このムゲンという人はどういう人なんだろう。
武器で戦うのか魔法で戦うのか、見当もつかない。
「微力ながら私の演奏で苦しみが少しでも和らげばよいのですが……」
【"戦場詩人"ローレル Lv:90 クラス:バード ランク:A】
肩よりも長い金髪だったから女の人かなと思ったけど男の人だった。
でも女と言われれば納得してしまいそう、そんな顔立ちだ。
「ぜひお願いしたい、ローレル殿」
カークトンに頷くと、音楽が流れた。
竪琴の音色が眠気と安らぎを誘ってきて、戦いが終わったのにも関わらず
緊張していたボクも、すっかり力が抜けてその場に座り込んでしまった。
他の皆も同じで地べたに座って、聞き惚れている。
そして心なしか、ティフェリアさんの表情が和らいだ気がした。
「あ、すごい! 本当に和らいだかも」
ボクが叫ぶと三人は初めてボクに気がついたようだ。
カークトンも思い出したようにボクの元へ歩いてきた。
「君か、お礼がまだだったな。
この度は本当に感謝する、まだ年端もいかないのに
素晴らしい活躍だったよ」
カークトンは笑顔でボクを褒めて、感謝してくれた。
ムゲンが何事かと尋ねると全部カークトンが説明した。
「……なんと。にわかには信じがたいがカークトン殿が
そう言うのであれば事実なのだろうな」
そう言ってムゲンはきらりと光る頭をボクに向けた。
厳格な顔つきからして、すごく固そうな人だ。
黒くて厚そうなローブみたいなものを着ていて
見た目もそんな感じだった。
「私もその子に実に興味があるのですけど
今はこちらのほうが最優先事項ですことね」
やっぱり変な言葉遣いだ。
ユユがかざした手から淡い光が放たれた。
それがティフェリアさんを照らすと、ローレルの音楽も
相まってまた表情が和らぐ。
「おぉ……さすがはユユ殿にローレル殿」
「しかしこれでは根本的な解決にはなりませんことよ。
ティフェリアさんを蝕んでいる病の正体がまるで掴めません」
「僕の血で不治の病にかかった……
イノロ、いやジュオはそういっていたよ」
ボクの言葉に全員が反応して振り向いた。
そういえばジュオという名前はボクしか知らない。
それどころかイノロ、いやジュオが十二将魔だかの仲間だって事も
ボクとロエルだけが知っている。
予想外の事で少し恥ずかしくなったけど、がんばって説明した。
話を聞いた人達のほぼ誰もがジュオを嫌悪した。
「ネクロマンサーだと……そんな外法の術に手を染めるとは
言語道断ッ!」
パシィ、と自分の手で自分の拳を受け止めたムゲン。
ユユやローレル、あの場にいなかった全員が暗い顔をしている。
ロエルとボクだけが取り残されていた。
「ゲホウってなに?」
「難しい話を省くと、禁止されている魔法って事だ。
それを行使すれば、どの国の領土にも身を置けなくなる」
セイゲルが簡単に説明してくれた。
外法、ここまで皆が嫌うほどのジュオの魔法。
確かに死体が起き上がったり、無理矢理戦わされているのをみて
ボクも怒りを感じた。
人を弄ぶ魔法、ボクがジュオに対して率直にそう思った。
「あいつら、新生魔王軍っていってたけど一体何だろう?」
「その話は陛下にまとめて報告してからだ」
ゾッとするほど冷たい口調でカークトンが言い放った。
なんだろう、何か変な事でもいったかな。
その傍らでユユがティフェリアさんに何か唱えている。
ティフェリアさんに回復魔法のようなものをかけたと思ったら
また一段とティフェリアさんの息遣いが大人しくなった。
するとロエルが興味津々でユユを見ている。
「す、すごい。ユユさん、今のは? 今のは?」
「あら、あなたは……?」
「すみません、冒険者のロエルです。こっちがリュアちゃん」
「そう、若いですこと。味見したい……」
「えっ?」
「まだヒーラー?
それなら詳しい説明をしてもわからないでしょうから
簡単に説明しますと、苦痛を中和する魔法のようなものですのよ」
へー、と納得したのかしないのか、ロエルは曖昧に頷いた。
そんな魔法があるなら安心だと思ったボクを見透かすように
ユユは言葉を続けた。
「でも根本的な原因を取り除くわけではありませんですし
あくまで苦痛を和らげているだけです。
このまま放っておけばどうなるか……」
「とにかく、これまでの経緯を陛下に報告しよう。
この場にいる皆さんもご足労願いたい」
カークトンの申し出を拒否する人はいなかった。
そういえば王様は無事だったんだっけ、どこにいるんだろう。
///
「ご苦労でした」
報告を済ませた後に答えたのは王様じゃなくてその近くにいる
おじいさんだった。ロエルの説明が難しくてよくわからなかったけど
宰相といって、王様の手助けをする人らしい。
カークトンに案内されたのは床の下に続く地下室だった。
何もない床が開いてそこからここに通じている、避難場所らしい。
知らなかったら絶対に気づかない場所だ。
「皆の者、今日は疲れたでありましょう。
労うものも多々ありますが、今日のところは城内にてお休み下され。
この度の報酬の件は明日、お渡ししましょう」
「……待て、そこの少女」
一瞬、誰の事かと思ったけど後ろにいた王様はボクを指名していた。
なんで王様が? 訳がわかっていないボクの元へ王様が近づいてくる。
「試合の時から気になっていた。
資料によるとまだCランクか……」
「う、うん。まだ冒険者になったばかりだから……」
「リュアちゃん! 敬語! 敬語!」
ロエルがボクをつねってきて痛い。
ケイゴって何だろう、ロエルもボクがケイゴを知らない事に気づいたのか
しまったと言わんばかりに口に手の平を当てた。
「陛下、その件も含めてすべて明日お話しましょう」
「話を聞く限りでも、その活躍が目に浮かぶようだ。
大変素晴らしい」
宰相を無視して王様はボクを見て話を続けている。
宰相はその王様の行動に腹を立てたのか、ボクを遮るようにして
王様に向き直った。
「陛下ッ! 今はそれどころではないでしょう!
国がどういう状況か、おわかりか!」
宰相の一喝で王様はすごすごと下がった。
王様のほうが偉いはずなのに宰相のおじいさんが叱ると黙るなんて。
王様はコホン、と咳払いをして話し始めた。
「兎にも角にも重傷者の治療や住む場所を失った者達への
仮の住まいの提供などが先決だ。よいな、ベルムンド」
「仰せのままに」
怪我人を収容したおかげで部屋がいっぱいになったから
ボクとロエルは女の子兵士の人達の部屋で寝る事になった。
戻る時、コロシアムには戦死した兵士達や冒険者、犠牲になった
観客の遺体がずらりと並べられているのを見た。
眺めているとおかしくなりそうだったのでボクはすぐにその場から離れた。
///
「ふぅ、疲れたぁ……
あ、リュアちゃん、こんなところにいたんだ」
城壁の上で考え事にふけっていたボクをロエルが見つけた。
ロエルは今の今まで怪我人の治療を手伝っていたらしい。
あのユユという人が思った以上に親切丁寧に教えてくれるので
ロエルもすっかり気に入ったとか。
「ロエル……ボク、守れなかった」
心地いい夜風がいつもより冷たく感じられた。
所々で破壊されている建物、そこに今日まで住んでいた人達が
今は城や被害のなかった大きい建物に避難して生活している。
暗くて全部は見えないけど、その光景が目に浮かぶようだった。
「二度とこんな光景は見たくないと思ったのに。
せっかく奈落の洞窟で修業したのに……」
「リュアちゃんがいなかったら、もっとひどい事になってたって
皆、いってるよ。だから弱気にならないで、ね?」
そっと寄り添って励ましてくれるロエル。
それはわかってる、でもボクの中で何か納得できない。
ロエルがボクの横顔を見つめてくる。
「私、リュアちゃんに出会わなかったらいろんな人達にも
出会えなかったし、自信もつかなかった。
私からありがとうって言ったら……ダメかな」
ボクはハッとなった。
寄り添ってきたその体が震えている。
そうだ、今日一日だけでロエルはたくさん怖い目にあってきたんだ。
あのジュオに何かされそうになった時、そしてコロシアムでの
新生魔王軍による虐殺。
あの光景を見たのはボクだけじゃない。
それどころか戦っていた。
セイゲルだってガンテツさんだって、皆戦っていた。
殺されかけた人、怪我をして未だに意識がない人だっている。
それなのにボク一人だけ、救えなかっただの自分の事ばかり。
「リュアちゃん、私は何があってもずっと一緒にいるからね。
ずっと、ずっとありがとうって言い続けたい」
「ロエル……」
その冷たくなった手をとる。
きゅっとしばらく握ると暖かさが感じられた。
それがきっかけなのか、ロエルが飛びつくようにボクに抱きついてきた。
「ど、どうしたの?」
小動物のようにふるふると震える金髪が少しだけ風でなびいた。
細い腕でボクの背中に手をまわして、しっかりと離さない。
この柔らかくて小さな体でこれまでがんばってきたのか。
これで彼女の不安が和らぐかはわからないけど、ボクなりに
ロエルを抱擁した。
「リュアちゃん……」
「ごめん、ロエル。ボクばっかり泣き言いって……
そうだよね、皆も大きな悩みや傷を負っている。
少しはしっかりしないとね」
ロエルは何も言わなかった、ボクの腕の中でただ震えている。
しかしそれは次第に収まり、彼女を安心させたという実感を持てた。
なぜだかわからないけど胸の鼓動が高まる。
ボクを見上げたロエルの顔と多分同じ顔をしている、なぜかそう思えた。
火照った頬が胸の高鳴りを表している。
急に恥ずかしくなってボクは思わず、離してしまった。
ロエルは特に驚く様子はなかったけどなんだか熱っぽい表情だった。
「な、なんか変だよねこういうの……」
そこでようやくロエルは恥ずかしそうに人差し指で頬をかいた。
ボクもどう反応していいのかわからず、同じ仕草で応えるしかなかった。
「寒くなってきたね、部屋に戻ろうか」
恥ずかしさをまぎらわす為にボクはロエルの手をとって歩き出した。
城の壁から点々と照らされている灯りと夜の闇とのギャップが
一日の終わりをより感じさせる。
惨劇と激闘の終わりの夜、ここから見上げる空はいつもより寂しさに
満ちていて、それでいてすべてを飲み込んでしまいそうな虚空に見えた。
魔物図鑑
【羽音を響かせし狩人ヴィト HP 15300】
新生魔王軍十二将魔の一人。
カマキリのような外見にメタリックな甲殻をまとい
その腕の刃ですべてを切り裂く。
魔法は一切使わないが、それを補って余りある破壊力は
風の最上位魔法かと錯覚させるほど。
甲殻そのものに物理や魔法に耐性がある為、攻防共にも隙がない。




