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第41話 アバンガルド闘技大会 終了

闘技大会決勝戦の盛り上がりはこれまでの試合とは比べ物にならなかった。

ティフェリアの人気も相まって、LOVEウェーブがそこかしこで

起こっている。ティフェリア目当ても多いが、ダークホースのリュアも

注目株の一つだった。


「ついに決勝戦がやってまいりました!

 この人が勝ちあがらなくてどうするマスターナイトティフェリア!

 そして破竹の勢いで決勝まで駆け上がってきた少女、リュア!

 泣いても笑っても、今この場で優勝が決まります!」


試合場に立つティフェリアはこれまでの戦いとは違って

剣を手にしている。決勝戦までの時間に自宅まで取りにいくほど

彼女にはこの戦いへの高揚感があった。

トワイライトブリンガー、それが彼女の武器の名だ。

名工と希少の鉱石がかけ合わさって始めて出来るその武器は

彼女が扱う為だけに作られた、世界でたった一本の剣だ。

その剣を見たリュアは一抹の不安を覚えていた。

剣の事はわからないが、自分のミスリルソードはアマネによって

痛めつけられていて、あまり状態がよろしくない。

亀裂だらけの剣であのティフェリアの武器を受けられるか。

リュアがティフェリアを見据えると、彼女はいつものように

微笑むわけでもなく、鋭い目を向けてくる。


「その剣、状態がよろしくないですね。

 大丈夫なんでしょうか」


「平気だよ」


「そうですか……」


ティフェリアの周りの空気が彼女を中心として弾かれるように

コロシアム全体を強風として襲った。悲鳴と共にそこら中で

観客達の私物が吹き飛ぶ。

修繕した試合場には早くもティフェリアの中心から亀裂が入る。


「あの、私わからないんですよ。

 これまでその……舐められるというんですか。

 そういう事がなかったので。

 まさかこれほど……頭にくる、腹立つ、ムカついた。

 そんな感じになるなんて」


マスターナイト、あるいはSランクとしての誇りか。

自身の対戦相手への態度を顧みず、ティフェリアはリュアの

余裕に対して静かに激昂した。

一見、温厚に見えるが実はとんでもない自己中心的。

リュアは言葉には出来ないものの、それを肌で感じた。


「ティフェリアさんはイノロって人とまともに戦おうと

 しなかったくせに」


「そんな事ありませんよ」


「ウソだ」


「ありません」


ピシャリと言い切った時の彼女は無表情だった。

これ以上の口答えは許さない、それを構えで示した。

もうまもなく、審判が試合開始を告げようとしている。

騒がしい実況と解説の声も今度ばかりはリュアの耳に届かない。

そしてリュアもゆっくりと迎え撃つ体勢に入った。


試合開始、リュアはその言葉のみ聞いた。

これまでの相手とは桁外れな実力。

それはリュアが一瞬で間合いを詰められたところで自覚した。

捉えられないスピードではない、しかし彼女もまだ本気では

ない事はリュアにはわかっていた。

それならばこちらも探りと、リュアはティフェリアに向けて

一振りを放つ。

しかし甲高い金属音を鳴らしてそれは受け止められた。


「重いですね」


その呟きからは何の焦りも感じられない。

ひとまずは称えた、その程度だった。


「ウェポンブレイク」


そう口にされなくとも、リュアはその一撃を回避する。

クイードの武器を破壊した様を見ていなくとも

瞬時に理解できるほどの経験をリュアはたっぷりと積んでいた。


「バーストブレイバー」


横振りと同時に爆撃が直進してきた。

リュアはこれに対して回避はしなかった。

とった手段はただ一つ。


「ソニックリッパー!」


真空波のような斬撃が試合場を削りとりながら爆撃を打ち砕いた。

その勢いは止まらず、一瞬無防備だったティフェリアを直撃する。

しかし無防備だったのは一瞬。


「リフレクトパリィ」


斬撃はティフェリアの前に一瞬だけ現れた障壁によってかき消された。

障壁は役目を終えたと共にすぐに立ち消える。


「……その剣でここまで張り合いますか。

 まさかリフレクトパリィまで使う羽目になるなんて。

 それも反射もできないほどの威力、と……」


「ティフェリアさんこそ、一体どれだけの技を持ってるのさ……」


「さぁ? 100を超えたあたりから数えるのはやめました」


今のはリュアの実力を測れりきれていなかったが故の油断。

マスターナイトらしからぬ失態だが、それと同時にリュアがそれに

値する相手だという事を証明していた。

舌なめずりをするティフェリアを黙って見つめるリュア。

唇の艶かしさがリュアに妖艶なイメージを持たせる。

これまでは片手で何かしらつまみながら観戦していた観客達も

今ではその手も止まっている。

会場の誰もがティフェリアの勝利を確信していた。

しかし蓋を開けてみれば、この息を呑む展開。

リュアという一人の少女に対する好奇がより強まった瞬間だった。


「セ、セイゲルさん。

 ティフェリアさんってすっごく強いんだね……」


「当たり前だ、むしろアレと互角に渡り合ってる娘っ子のほうが

 オレからしたら何なのって感じだぜ」


時間経過と共にロエルのドリンクの容器が積み重なっていたが

それも決勝戦が始まった直後から停滞している。

シンシアも、いつの間にか祈るように試合に釘付けになっていた。


「はぁ……こんな事なら鎧も着てくるんだったわ……。

 でも、あっちの剣もあんなんだしおあいこかしら」


ここにきてもリュアは本気を出せずにいた。

今に始まった事ではないがリュアは人間相手に本気を出せない。

幼少時の体験のせいか、どこかでブレーキをかけてしまう。

さっきのソニックリッパーにしても破壊の王ヴァンダルシアに

放った時のそれよりも威力は格段に劣っていた。

このままでは決着がつかない、そう考えたリュアはもう少しだけ

本気を出す事にした。


「ティフェリアさん」


「はい?」


「次は今みたいにいかないから」


「うふふ、そんな警告を受けたのも何年ぶりかしらねぇ……

 うふふふふふ……」


またも、ぺろりと唇を舐めた。

そしてトワイライトブリンガーを真っ直ぐに立てて応える。

受けて立つとの意思表示として受け取とり、ぐっと足に力を込めて

地を蹴る。今度はリュアがティフェリアに一瞬で接近した。


「……ッ!」


「いくよッ!」


最初の一撃とはかけ離れたリュアの少しの本気。

見せたことのないティフェリアの驚愕の表情。

またしても彼女は油断した。


長年といっていい年月、自分の命を脅かす相手はいなかった。

幼少の頃からすでに父親はおろか、大人ですら相手にならなかった。

強くなる事が楽しかった。

振るえば振るうほど実力がつき、幾多の剣豪が放つ技を見ただけで

真似るほどの才が開花する。

10を超えた時には当時、剣聖と呼ばれた雲の上にいるような

人物さえ打ち負かした。

どんな技だろうと相手だろうと、制圧できない相手などいない。

それに気づいた時にはすでにマスターナイトとなっていた。


――いつからだろう、戦いがつまらなくなったのは。


リュアのミスリルソードがトワイライトブリンガーを

叩き斬ったのを見ながら、ティフェリアはこれまでの自分を

思い出していた。

同時にミスリル製の剣も折れて、弾け飛んだ刃が回転しながら

試合場に金属音を立てて落ちる。

熱気に満ちたはずのコロシアムが静まり返っている。

武器を失ったリュアは追撃する様子もなく、ティフェリアもまた

砕けたトワイライトブリンガーを見つめたままだった。


「ミスリル製の剣でこれを折るなんて……不条理です」


無防備に腕を下ろしたティフェリアを前にリュアは拳で

迎え撃とうと再び構えた。


「単なる力だけじゃない……この不条理を成立させるには

 それ以外の何かが必要です。フフフ……

 鎧も着ないであなたと戦った事、素直に謝ります」


「武器がなくなってもボクは戦える」


やる気のリュアとは対照的にティフェリアは砕けた

トワイライトブリンガーから手を離して落とした。


「あなたとはもう一度、きちんとした形で戦ってみたい。

 参りました」


ぺこりとおじぎをしたティフェリア。

リュアは目が点になったという比喩が当てはなりそうだった。

審判もそれを受けても状況を飲みこめず、まだ判定を下していない。


「私の負けですよ。参りました」


もう一度、丁寧におじぎをした。ようやく会場全体が口々に疑問を

吐き出し始める。

やがてティフェリアが敗北宣言をしたと認識したファン層が

騒ぎ始めた。


「うるさくなってきましたね。審判さん、早く」


「あ、あー。本当によろしいので?」


「確認をとる必要などありません」


「そ、それじゃ優勝は……リュア!」


ティフェリアが勝利すれば、黄色い歓声が上がったのだろうか。

申し訳程度の拍手とわずかな賞賛がコロシアムを包んだ。


「はぁ、疲れました……」


一番、腑に落ちないのはリュアだ。

この人もまだ本気じゃなかった、そう腹を立てるのは必然だった。

不完全燃焼という言葉が思いつかないリュアだったが

まさにその状態だ。


「なんでなのさ……剣を折られたくらいで」


「次はきちんとした武器をお持ちになって下さい。

 私もあの鎧を着て"本物のマスターナイト"として

 出陣しますので。

 それにここではお互い、本気も出せませんし……うふふ」


悪戯っぽく笑うティフェリアからはさっきまでの彼女を

感じさせなかった。いつもの呆けた女性、リュアは肩の力が抜けた。


「ボクが本気じゃないってわかってたの?」


「あらあら、見くびられてますねぇ。

 これでは確かに本気を出してもらえません……フフッ」


ずれた返答をして、ティフェリアはクスクスと笑う。

お互い本気を出せない、確かにそうだとリュアは一人で頷いた。

今のリュアが本気を出せば観客席まで両断してしまう。

ヴァンダルシアの時も、もう少し戦いが長引けば洞窟ごと

崩落する危険性があった。

それを踏まえるとあの戦いでさえ、無意識にリュアは自分の力を

セーブしていたのかもしれない。


「うむ、終わったようだな」


国王が玉座から立ち上がる。

ティフェリアの敗北を叱責するつもりはない。

それどころか、いつかの年とは違って珍しく大会に出場させて

ほしいと申し出てきたティフェリアの目的がはっきりとわかった

だけで満足そうだった。

もちろんリュアという逸材を発掘できた高揚感も含んでいる。


「やっぱりリュアちゃんの勝ちだったねっ!」


「お、おう」


あのティフェリアが自分から負けを認めた、セイゲルには

まだそれが信じられなかった。

しかし隣にいるロエルやシンシア、そしてリッタとかいう

少女兵士はそんなものもお構いなしに万歳してリュアの勝利を

喜んでいる。

ばんざい、ばんざいと三人ではしゃぐものだから年長者の

セイゲルとガンテツはここにきて他人を演じた。


「まぁ……いいたかねぇが若いって事だな」


「だな……オヤジになっちまったのかなぁ」


///


まもなく闘技大会は閉会式へと向かった。

歴戦の勇士達によって痛めつけられた試合場の上でそれが

行われようとしている。

大層な装飾が飾り付けられた表彰台、そしてその奥には

国王が待ち構えている。


「な、なんか緊張してきたかも」


「さぁさぁ、早く早く」


からかい半分でリュアの背中を押していたティフェリアが

ふらりと揺らぐ。

立ちくらみかと思った次の瞬間、そのままティフェリアは倒れた。


「えっ……」


振り向いたリュアが見たものは、大粒の汗をかいて苦しそうに

あえぐティフェリアだった。一瞬で騒然となるコロシアム。


「はぁ……はぁ……あ、う……」


なんとか立ち上がろうとするも、またもやふらりとおぼつかず

倒れそうになる。怪我が癒えたアマネとルピーに支えられて

ようやく立てた。


「ちょ、なんだいこれは! すごい熱だよ!」


アマネがティフェリアの額に手を当てている。

呼吸を荒げるティフェリアにルピーが状態異常回復魔法を施すも

状況は変わらない。


「いや、考えてみたらこんなものは意味がないか……

 状態異常耐性のある彼女がそんなものにやられるはずがない」


――いち早く"それら"に気づいたのは観客の一人だった。


空を指さし、叫ぶとその先には翼竜とおぼしき影が無数に広がっている。

そして翼こそ共通しているが、まったくの異形も混じっていた。


「へ、陛下! 魔物の群れが!」


「うろたえるな! この場にいるものは総員戦闘配備!

 手筈どおり、待機している者も観客の避難経路確保も怠るな!

 急げ!」


王の護衛を務めていたカークトンが指示を出す。

その手筈通り、まさに観客席の後ろから大勢の兵士が出てきた。

混乱が本格的に激化する前に静かに観客を誘導する。

しかし悲鳴でコロシアム全体が埋め尽くされるのにそう時間は

かからなかった。

そうなれば誘導どころではない。

兵士を押しのけて出口まで逃げようとするものを御するのは

並大抵の苦労ではなかった。


「魔物が! 魔物が! おい、そこをどけろ!」


「やだ、押さないで!」


「なんだよあれ! 王国の警備どうなってんだよ!」


混乱の真っ只中、弓兵の応戦空しくそれらは飛来した。

鋭利な足爪と巨体に潰された兵士達の鮮血が飛び散る。


【ウィンドドラゴンの群れ が現れた! HP 4339】


【ドラゴンブレイズの群れ が現れた! HP 3471】


【レッドシザーの群れ が現れた! HP 1755】


【カイザーイーグルの群れ が現れた! HP 3210】


竜、昆虫、鳥。

種族こそ違うが翼を持つという点、そして獰猛でコロシアム中の

生物をまったく逃がす気はないという点では共通している。

更にそんな魔物の中の一匹にそれぞれまたがる三人の影。


「随分と合図が遅れたようだが……」


「いいんじゃなぁい? マスターナイトさえ封じれば後は

 雑兵もいいところじゃあん、それより噂のドラゴンハンターさんと

 交えたくてうずくんだけどぉ?」


「あぁ、うるさいうるさいうるさい。

 僕のかわいい虫たちの羽音が聴こえないじゃないか」


三つのうち、一つの影は怯えて逃げ惑う観客達へレッドシザーを

向かわせた。

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