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第39話 アバンガルド闘技大会 その7

今回は三人称で書いてみました。

今後どうするかはまだ未定です。

医務室に横たって天井を見つめるルピーの元へセイゲルが訪ねてきた。

何度かパーティを組んだこともあり、二人は互いに面識があった。

セイゲルの姿を認めるとルピーはにこやかに歓迎した。


「試合、見てたぜ。災難だったな」


普通は災難、という妙な表現にひっかかるところだがルピーはそれに疑問を持っていない。戦った彼自身が一番よくわかっているからだ。


「あの剣、まったく見覚えがない」


「おまえのスターダストメモリーにも

 引っかからなかったみたいだな。」


スターダストメモリーの性質と脅威はセイゲルもわかっている。

それを踏まえた上で先程の試合を見ていたセイゲルは表面上は冷静を装ってはいるが、内心脅威を感じていた。


「おてんと様は見ているとはいったもんだ。

星の下で行われている戦いなどの記録を引き出し空間として展開させる。動きや習性からはじき出してそいつの動きを予測して技を封じる。

はっきりいって反則といっても過言じゃない。

あいつのあの剣は記録されてなかったのか?」


「彼の戦いは記録していたみたいだけど、動きが別人だった」


やはり何かおかしい、セイゲルは無機質な医務室に視線を這わせる。

一部のAランク上位までもが王都の警備にまわされたり

祭りを阻害しない程度の水面下での動き。

兵士にしても毎年、全員出動するはずが経験の浅い新人は軒並み休暇をもらっているか、もしくは雑用程度の仕事しか任せられていない。

幸い、ルピーは攻撃を受ける直前に防壁魔法をかけていたみたいでそこまでの深手には至らなかった。

彼が完治したら、こちらからも探りを入れよう。

セイゲルはそう心に決め、ルピーもまた同じ志だった。


///


「ティフェリアさん、試合試合……」


リュアのしつこい揺さぶりでようやく起きたティフェリア。

目をこすって周りを見渡してようやく状況を把握した。

おはようございますのお約束を忘れず、ティフェリアは相変わらず武器も持たず、鎧も身につけずに試合場へと上がっていった。

眠気で足取りがおぼつかないティフェリアをリュアは後ろから期待を込めて見送った。

未知数なマスターナイトの実力がついに拝める。

果たして彼女は自分よりも強いのだろうか、そんな思いとは裏腹にティフェリアは大きなあくびをしている。


「ついにやってまいりました!

 本大会の大目玉、マスターナイトのティフェリアちゃんの登場です!」


歓声の振動もさることながら、観客席で巻き起こるビックウェーブ。

人で文字が作られていて、そこにはティフェリアLOVEと

書かれている。文字数の長さにも負けずにこれだけの人間の心を

動かしたマスターナイト。リュアでさえも少し憧れそうだった。


「はぁ……うるさい……」


「死ぬ時はあの溜息にふきかけられながら死にたいぃぃぃぃ!」


頬に手をついて歓声を煩わしがってる。

その仕草が更にファンに火をつけたのか、声援と共に悶える男達の姿もあった。


「そしてその対戦相手は謎の男、イノロ!

 魔法の使い手という事以外はまったくデータがありません!

 一体、どんな戦いを見せてくれるのか!」

「恐らく彼は攻撃魔法主体ですね」

「だからそれはわかってます! ではいってみましょう!

 一回戦第四試合!」


イノロは倦怠気味のティフェリアを黙って見つめていた。

ティフェリアよりも背が低く、子供のような体型。

ローブにより異質な雰囲気はあるものの、大人と子供が対面している場面からしてすでに勝敗は明らかだった。マスターナイトが相手じゃ、と観客の誰もが思う。


「ティフェリア 対 イノロ! 始めッ!」


試合が始まったというのにティフェリアは予選決勝の時と同じで相変わらずやる気がない。イノロもまったく動かずティフェリアの出方を待っている。


「お互い、牽制しあってるのでしょうか!

 動く気配がありません!」


「熟練同士の戦いほど勝負は一瞬で決まる場合がありますからね。そう考えるとイノロも相当の実力者と判断できます」


試合場にたたずむ二人をリュアは固唾を呑んで見ている。

イノロという相手よりも、やはりリュアはティフェリアを気にしていた。

痺れを切らしたのか、イノロが先に動いた。

しかし彼は魔法を使うわけでもなく、ゆっくりと歩いてティフェリアへと向かった。


「お、おっと! イノロは何をするつもりだ?!

 そしてティフェリアちゃんは……」


至近距離まで来たイノロをようやく認めたのかティフェリアは口を半開きにし、まばたきを繰り返してとぼけた表情でイノロを見る。


「あの、何か?」


凄まじい戦いを期待していた観客、そしてリュアは間の抜けた展開に拍子抜けしていた。

ティフェリアさんは何をやっているんだ、じれったさを感じているリュアは行儀悪く、貧乏揺すりをする。


「マスターナイトティフェリア。

 戦うに値しないと判断した相手には目もくれない。

 データ通りだ」

「はぁ、そうですか」

「けど、それが命取りになる」


そしてイノロはティフェリアの前で自らの手を素早く切った。

飛び出した血液がティフェリアにかかる。

口を半開きのまま、さすがのティフェリアも呆気にとられた。

降りかかった血を拭う事もなく、自分よりも背の低い相手の頭から足先まで、ここで初めて見下ろした。


「あの……

 これ、クリーニング代どうしてくれるんですか?」

「心配いらないよ。そんなものを払う必要もなくなるから。

 その馬鹿面を下げたまま、あの世にいくんだね」

「えっ、嫌に決まってるじゃないですか」

「……参った」


試合とすら呼べないような展開に観客も実況も解説も全員黙ってしまった。参ったの一言にすら反応できなかった審判にイノロがもう一度、重ねて自らの敗北を伝えた。


「は? 今なんと?」


「だから参ったっていってんの。ハイ、この試合ティフェリアの勝ちね」


一方的に試合を打ち切ってイノロは試合場から降りて姿を消した。

はぁ、とでも言いたげにティフェリアは何を喜ぶ事もなく試合場をおりた。

ティフェリアの戦いを見たかったのにリュアは理解しがたい終幕に拍子抜けして、膝の上で握っていた握りこぶしを緩めた。


「血をかけて終わり? なにこれ?」


誰に尋ねるわけでもない、リュアの独り言。


「あぁ~、もう血ってなかなかとれないんですよ……はぁ……あ、でも大根の切り口に被せてトントンやるといいって何かで見たわ、トントンしにいきたいけど……」


ティフェリアは汚れた衣服からリュアに視線を移した。

微笑むティフェリアにリュアは愛想笑いするしかなかった。

リュアが奈落の洞窟を出てから今まで出会った事のないタイプの相手だ。


「次はあなたの試合ですね、さっきの試合はきちんと見てましたよ。すごいですね、あれほど手加減してもあの威力……」

「寝てたんじゃ……」


手加減していたのがこの人にはあっさりバレてる、リュアはこの人なら自分の心も見透かしてしまうんじゃないかとさえ思った。


「あ、そろそろ本当に出番ですよ」

「それでは第二回戦準決勝第一試合! リュア 対 ヘカトン!」


すでにヘカトンが試合場で仁王立ちしている。

慌てて試合場に飛び乗ったリュアをヘカトンは鼻で笑った。

何もかもを見下してるこの大男をリュアは嫌悪していた。

リッタの件も相まって、リュアの中でこの試合の展開をどうするか、すでに決まっていた。アマネを一撃で倒したのにも関わらず、どうせ自分が勝つに

決まっていると高をくくるヘカトンをただ倒すだけじゃない。

人の心をも踏みにじってクラッシュするヘカトンを壊す。

ガメッツの時と同じような激情にまみれたリュアの心は青い炎のように静かに燃え上がっていた。


「おまえ、もしかしてあの筋肉女を一撃で倒せたからオレもやれるとでも思ってないか」

「思ってるよ」


会話もしたくないほど反吐が出そうなこの男。

リュアの声は低く、少女とは思えないほどドスがきいていた。


「ガキが」


自慢のハンマーを頭上で一回転させてから試合場に重く突きたてた。並の相手ならば威嚇としては十分な効果だが対戦相手の少女はまったく動じない。

奈落の洞窟の節目に待ち受けていた魔物から感じる威圧感を毛ほどにも感じ取れない、リュアにはヘカトンが大きな玩具を自慢げに振り回す大人としか見えていない。


「シタッカさん、小柄な見た目にそぐわないあの少女の怪物じみた強さはヘカトンに通じますかね」


「ポテンシャル次第ですね。勝負とは先の見えないものです」


「ポテンシャルしか言ってないな、こいつ」


審判が二人の間に立っていよいよ試合開始を告げる。

ただならぬ二人の雰囲気を察したのか、審判はとっさにバックステップで下がった。


「さぁて、始まったな。

そうだな、いい事を教えてやろう。

あそこにいる国王はオレみたいな奴でも大歓迎だ。

要は強けりゃ正義、さっきの話を聞いていてわかっただろう。

前回、試合で殺しをやったオレが出場停止にならないのはつまるところそういう訳なのさ」


ヘカトンは両手でハンマーを持ち、先程と同じ要領で振り回したと思ったら力の限り、叩きつけた。

亀裂と地鳴り、その一発の威力を示すには十分な情報が揃っている。

しかしそれを見てもリュアはつまらなそうな顔をしている。

目がすわり、口がくの字な時は相手を軽蔑している証拠だ。


「前の試合で戦ったアマネさんはすごい人だった。

 だからボクも反省してきちんと戦った、でもおまえは別だ」

「ほざけッ!」


ハンマーを左手に持ち替えてすかさずリュアを叩こうとする。

そんなものに当たるわけがないと言わんばかりに回避したリュアを今度は右手に持ち替えたハンマーが襲う。

弾痕のごとく、試合場に残るハンマーの跡は高速でスタンプを押すかのように瞬時に増えていった。ハンマーを操るヘカトンは太鼓を叩くかのようにリズミカル

に猛攻した。


「へいへい! へへいへい!」


口調に合わせて弾痕が増えて残る。地響きに恐れをなした観客が悲鳴を上げた。その振動は観客席にも伝わっていて泣き出す女の子達もいる。

そんなハンマーの追撃の嵐をリュアはひらりと擬音がつきそうな動きでかろやかにかわしている。


「な、なんという激しい攻撃!

 これでは反撃のチャンスすらないぞ、リュア!」


「あれこそがヘカトンの"グランドラム"

広範囲に渡るハンマーの一撃とその振動で相手の体勢すら整わせずにスタミナ切れを誘い、疲れ果てたところで止めの一撃。

そしてあのように相手が達人であるほど、ハンマーの一撃をかわしつづける事に終始してしまう。

何より傍から見ていて恐ろしいのはヘカトン自身が相手を追い詰めるのを楽しんでいる点でしょうね」


「なんか初めてまともな解説を頂いた気がします!」


巨大なハンマーの具現化がリュアの頭上から振り下ろされる。

試合場全体がヘカトンの太鼓になったかのごとく

ハンマーを振り下ろすごとに衝撃と共に具現化ハンマーがリュアを襲った。


「よいよいよいよい! よよいよいっとぉ!」


もはや試合場が使い物にならないところまできていた。

Aランク同士の衝突を考慮して、試合場はオリハルコンの次に堅いと言われる石で作られている。

それにも関わらず、試合場をへこますほどの威力。

ヘカトンはリュアがその威力に恐怖し、疲弊していると確信している。

しかしリュアは戦う前に見せた、つまらなそうな表情からまったく変わっていない。


///


「リュアの奴、どうしちまったんだ?」

「おっとガンテツさん、来ていたのか」

「ありゃ抵抗できないというより、あえて抵抗してないって感じだ。どうも変だぜ。セイゲル、おまえさんはどう思う?」

「医務室で相当頭にきてた様子だし、なんとなーくだが子供じみた事を企んでるかもな」

「リュアひゃんはひょんな事、ちゃくらんでません!」


バターポテトをほおばりながら必死にロエルが抗議したが、ちゃんと飲み込んでから話せと諭されて終わっただけだった。


///


「このまま逃げきれると思ってるだろう」


リュアは答えずに相変わらず、ゆるやかに頭上から振る衝撃をかわしている。一発だけ当たってやるのもいいかなと考えたがもう少しだけ待つリュア。こいつは徹底的に倒す、そう決めていたからだ。


「オレが気に入らないか? だが、考えてでもみろ。

人は誰だって下を笑って生きてるのさ。

弱者に指をさして集団で除け者にして安心感を得る。

あいつみたいにならなくてよかった、オレのほうがまだ……

なんてな。人間そんなに出来た生き物じゃないんだよ」


喋りながらヘカトンの腕から小さな電気がハンマーに流入する。

電気のはじける音が次第に大きくなり、やがてそれがハンマー全体に帯びた。


「Aランクにあのカスみたいなのが上がってくるのを見るたびにワクワクするぜ。また潰せるってな」


無表情だったヘカトンが初めて気味の悪い笑顔を見せた。

その笑った顔がたまらなくリュアには不快だった。

魔物より醜悪、それがリュアの率直な感想だ。

あのカスというのがニッカを指している事はリュアはすぐに理解した。

歯をくいしばるが、背中の剣は抜かない。


「おまえはグルンドムのおじさんより最悪だよ」


本質的にはヘカトンもグルンドムも変わらない、しかし言葉にできない

何かがリュアを突き動かす。その決意に太刀打ちするかのようにヘカトンが大きくジャンプしてハンマーを振り下ろす体勢に入った。

コロシアムを見渡せるほどの跳躍、ヘカトンは自らの身体能力の高さをすべての人間に見せつけていた。


「教えてやるよ。結局世の中、力だ! どんな大儀を掲げようとそいつがなけりゃ負け犬の遠吠えさ! 何も守れやしないさ!

そしておまえの前に無力という現実がある!

それがこいつだ……これでおまえは死ぬだろう、せいぜい怨め!

トォォォォォル・ハンマァァァァァァァ!」


電流が流れるハンマーと共に空中から落下し、リュアを狙わずに試合場の中心に命中させた。

人間どころか、生半可なフロアモンスターでさえも耐えうるかわからない電圧。体中の全細胞が死滅し、生物としての機能が失われるほどの威力を誇るヘカトンの最大スキル。トールハンマーの光と音で観客は試合場を直視できずにとっさに頭を抱えるなどして、己の身を守っていた。

恐怖以外の何物でもないヘカトンのスキル。

彼は初めからリュアを殺すつもりだった。

彼にとって試合など始めからどうでもよかった。

つけあがる奴を潰す、それ以外の目的などない。

それが達成された時、絶頂を迎えるほどの快楽を彼は得る。

そう、あくまで達成された時。


「なにこれ」


――光が消え、試合場の中心にはリュアがいる。


ヘカトンの顔から笑顔が消え去った。

リュアはあえてその中心にいってトールハンマーを受けていた。

片手でそのハンマーを押さえている。

電流などとっくに拡散されてしまっていて、そこにあるのはヘカトンの渾身の一撃を造作もなく防いだ少女の姿のみだ。

そしてハンマーに亀裂が入り、粉々に砕けた。

握力のみで己の得物を粉砕した少女をヘカトンはただ、見つめる。


「おじさん、弱いね」


その一言がヘカトンの逆鱗に触れた。

ハンマーを失ったヘカトンは腕力のみで少女を攻撃する。

しかし最大奥義ともいえるトールハンマーを防いだ少女の腕力に敵う道理はない。


「この、このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁ! 大人をなめるなよ! どういう躾されたんだこの小便娘が!」


「弱い弱い、よくこんなので偉そうにいばれるね。ボクのほうがずーっと強いよ」

「死ねやぁぁぁぁぁぁ!」


武器を失ったヘカトンの近接戦の実力は決して低くない。

その体格と腕力は素手で戦うモンクでさえ通用する。

しかし、奈落の洞窟でリュアが戦ってきた魔物達の中には一匹でも外に出れば世界を滅ぼしかねないほどの実力を

もった化け物もいた。

そんな魔物達がどういう経緯で奈落の洞窟にいたのかはリュアに知る術はない。

そこで戦ったギーガアトラスという魔物は拳一つで国を壊滅させるほどの力をもっていた。

そんな名称があることを知らないリュアはその巨人を思い出しながら、ヘカトンの拳にわざと頭から当たった。


「ぎ、ぎぃやぁぁ!」


常人が鉄を加減なしで殴ればそうなるであろう、ヘカトンの苦しみと拳に受けた激痛はまさにそれだった。

ヘカトンの右手は完全に破壊された。


「何もできないで逃げ回る、立ち向かえない、悔しいって思いを踏みにじった罰だよ。ボクは子供の頃、ずっとそれに耐えてきたんだ。ニッカにだってあそこまでする必要なんかなかったよね。試合が終わったらニッカに謝れ」

「こ、このオレに向かって何ほざいてんだガキァァァ!」


残った左手でのパンチ、蹴り、そこに立つ少女を動かす事すら出来なかった。底知れぬ実力差、ヘカトンのプライドは意地でもそれを認めない。


「な、何か支援魔法を受けているだろう? ルールを知らないのか、それはな、は、反則なんだよ。審判! こいつを失格にしろぉ!」

「いえ、しかし私が見たところ、そのようなものは一切かかってませんが……」

「ボンクラのてめぇじゃ話になんねえんだよぉぉ! おい! おまえらもわかるだろ?! こいつ、反則だ! わかるだろ?」


観客席、待機中のクイードとティフェリア、見下ろしている国王。

あらゆる相手に大声で同意を求めるヘカトン。

哀れ、誰の目からみてもそうとれる姿だった。

リュアの試合を興味津々に観戦していたティフェリアに至っては最初からヘカトンを見ていない。恐らくその声すら彼女の耳には届いていないだろう。


「ヘカトンの負けだよ」

「うるっせぇっつってんだろぉ!」


いくら殴っても状況は好転しない。審判もリュアの強さにこそ驚きはしたが、その後の試合展開には呆れていた。


「お、おまえレベルはいくつだ?!

 答えろ! 答えろ! 答えろ!」

「999……」

「おい、審判! こいつラリってやがるぜぇ!」


リュアはこの辺で終わらせるつもりだった。

クラッシャーヘカトンの自信を打ち砕いてから倒す。

医務室でヘカトンがニッカに言った事をそっくりそのまま返す。

最初からそれを考えていた。

その思考を打ち切ったのはヘカトンの次の発言だった。


「あのガキ……おまえの連れだろ?

 ヘッヘッヘ、クラッシャーをナメるなよ。オレは気に入らない相手は地の底まで追い詰めるんだ。もうわかるだろ? おまえのせいで連れの金髪のガキがひどい目にあうんだ。ヒッヒッヒッ……さぁてどうしてく」


それがヘカトンの発した最後の言葉だった。

リュアの拳がヘカトンの頬を打つ。

頭蓋骨さえも粉砕しかねない勢いでめり込み、ヘカトンの体が観客席の真下に激突した。

歯はほぼすべて砕かれ、全身を痙攣させて意識を失っていた。

ブロックが崩壊し、ヘカトンの上に瓦礫が落ちる。

一瞬の出来事を把握できなかった審判はしばらくその成り行きを呆然と見ていた。


「はっ?! あ、えーと」


審判がヘカトンの元に駆け寄り、まもなくリュアの勝利が確定した。


「勝者……リュア」


試合の中盤まではうるさかった実況と解説もしばらく黙り込んでいる。

リュアの人外のような強さに思考がおいついてなかった。

国王は表情を変えることなく、試合を見守っていた。

しかしその手は握り拳をつくり、何かを喜んでいる。



その勝利を万歳して喜んでいたのは観客席にいるロエルとシンシアのみだった。ポイズンリザード討伐でリュアの実力を知ったはずのガンテツさえもコメントを発しない。


「やっぱりガキだな」


セイゲルが溜息をついて呟いたが、喜んでいるロエルの耳には届かなかった。


「まぁ……うふふ……」


上機嫌で足をぱたぱたさせるティフェリアの様子は呆気に取られた試合会場に似つかわしくない。

盛大な歓声が上がったのは試合終了が宣言されてから数秒後の事だった。

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