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第38話 アバンガルド闘技大会 その6

闘技大会第二試合、ボクの前には武器を持たないけど

たくましい体をした女の人がいる。浅黒い肌を露出させた

ひきしまったその体が太陽を浴びてより輝いている。

控え室で見たあの異常に盛り上がった肉体、多分だけど

戦う時にはあんな感じになるんだと思う。


「第二試合、リュア対アマネ!

 シタッカさん、この戦いはいかがでしょう?」


「そうですね、例えるならアリと像……いえ、ドラゴンと

 洞窟ウサギがこれから戦うようなものです。

 少女のほうは柄の部分がまったく汚れていない。

 使い込まれた形跡がない事から、戦闘経験も浅いと

 予測できます」


「なんだかさっきも聞いた気がしますが

 ありがとうございます!」


ドラゴンとウサギか、ボクってそんなに弱そうに

見えるんだろうか。でも観客席にいるロエルだけは

そう思ってないはず。

そしてこの戦いに勝たないとヘカトンと戦えない。


「後ろに背負ってる剣は抜かないのかい?

 あたいを気遣ってくれてるなら悪いけど余計なお世話だよ。

 ナメられるのが何より嫌いでね。

 敬意を払えない奴は戦場じゃもっとも醜い奴さ」


眉間にシワがよって、すでに筋肉が膨張してる。

かなり怒ってる。中腰で構えてすでに万全の準備だ。

ナメられる……そんな風に思われていたのか。

全然気づかなかった。

ナメているわけじゃない、という意思表示だけじゃなく

考えを改めたという意味合いも込めてボクは剣を抜いた。

アマネさんは何か納得したのか、表情から怒りが消えた。


「さぁやってまいりました! 注目カードの一つ!

 対戦相手の男を再起不能に追い込む勢いで他を寄せ付けず

 本戦まで駒を進めた百帝女傑アマネ!

 対して予選ではAランク98位ベンケー、57位のバステと

 続いて決勝では97位の"金武装"グリイマンを軽々と

 破った本大会ダークホース中のダークホース!

 Cランクぶっとびガールことリュア!

 まもなく試合が始まります!」


「あたいは男だろうと女だろうと戦いの場においては

 一切容赦しないよ!」


「それでは試合始めッ!」


本気を出して平気だろうか。

あのグリイマンの鎧すら貫いてしまった自分の腕力。

洞窟から出てからはまったく危機に陥ってない。

薄々思っていたけど、ボクは予想以上に強くなりすぎた。

破壊の王ヴァンダルシア以上の相手がいたらどうしようと

思っていたけど、今のところそんな相手はいそうにないし……

いや、ティフェリアさんはどうだろう。

戦ってみないと何ともいえないけど、あの人は今まで

出会ってきた人達の中でも異常だ。

戦ってみたい……あの人と……


膨張した肉体が突進してきた。

アマネさんの拳がボクの剣にヒットする。

軽く構えていたからか、思った以上に重かった。

容赦なく拳による追撃が次々と来る。

剣ですべてガードしても、その隙を探るかのように

拳の雨は止まない。


「防戦一方かい?! それともまだ手を抜いてるってんなら……

 百掌防波弾!」


さっきの何倍もの重い拳の雨を剣が受け止める。

百どころじゃない拳に打たれるうちにミスリルソードにヒビが入った。

一時、攻めるのを忘れさせるほどのアマネさんの強さ。

ここまで強くなるのにどれだけ鍛えたんだろう。

もしこの人が奈落の洞窟に入ったら、ボクよりも早く最深部にまで

到達するかもしれない。

考えてみたら、ボクはたまたま奈落の洞窟に入っただけ。

ボクじゃなくても他に強い人が入れば攻略できるかもしれない。

よくない考えが次々と浮かび上がるうちにミスリルソードのヒビが

少しずつ広がっていった。


「あたいは武器なんて持たない! いつもこの肉体のみで

 すべてを切り開いてきた! なぜだかわかるかい?!

 武器に頼ってたら、それを取り上げられた時点でただの女!

 そうなると丸腰じゃ獣同然の男どもに敵わないからさ!

 最後に頼れるのは結局この体一つなんだよ!

 そんな武器がどうしたってのさ!」


「ごめん、アマネさん……」


「なんだい! 謝っても勝ちはいただくよ!」


違う、ボクは今まで相手を甘くみていた。

奈落の洞窟を攻略したボクが負けるなんてありえない。

他の人達の努力なんて考えた事もなかった。

それに対してごめんなさいという意味。

だから今度はボクがそれに応える。

この一撃で。


「いくよ、アマネさん!」


今までよりも力を込めた一振り。

アマネさんの筋肉を軽々と引き裂いて鮮血が噴出した。

試合場には斬撃の後を追うように地割れが表れる。

何が起こったのかわからないのか、アマネさんはガードを

する事もなく倒れた。

すごい血の量だ、やりすぎたか。

ボクが駆け寄ると同時に審判の人が試合終了を宣言した。


「しょ、勝者! リュア!」


ヒーラーが付き添いでヒールをかけながら、二人の兵士が

アマネさんを担架に乗せて運んでいく。

そこにはさっきまでの膨張した筋肉はなく綺麗な女の人の

体があった。


「今の見た?」


「まるでハムでもスライスするかのようにアマネちゃんの

 体がががががオレの嫁ががが」


「あの試合場この後使えるのか……?」


歓声とどよめきが入り混じった観客席。

ふと見るとティフェリアさんがボクを見ていた。

ニコニコしていて満足そうだ。何を考えているんだろう。

ちょっと怖い。

ヘカトンは腕を組んだまま、無表情だった。


「あれはもしや天性の星……

 天才じゃない、天性。戦の星かもしれない……」


ルピーはもはや何をいってるのかわからない。

その横でクイードが試合には目もくれずに自分の剣を

ひたすら撫で回していた。こっちも怖い。


///


「あのCランク、徹底的に調べろ。

 あんなのが埋もれていたなんて考えられん」


「いや、あの少女は我がギルド"ロイヤルナイツ"に入るべきだ。

 秩序も誇りもない野良ギルドになど渡せない」


「その秩序あるロイヤルナイツ様の代表は予選3回戦で

 敗退、と」


「相手がマスターナイトでは仕方あるまい」


「その諦めが三流ギルドなんだよなぁ……」


「侮辱に対しては決闘で受けて立つぞ」


観客席では多くの冒険者達がたった今行われた試合に

対して様々な反応を示している。

リュアの実力を認める者、まぐれだと言い張る者。

口論となり一触即発状態にまで陥るところもあった。


「リュアちゃん、どうしたんだろう。

 いつになくちょっと本気だった……」


「あのアマネちゃんは順位こそオレより下だが、実力だけなら

 上位に食い込めるからな。オレとやりあってAランクの

 底を無意識に設定してたところで面食らったんだろう。

 あとアマネちゃんは女性としても魅力的だ」


///


試合場から降りていくリュアを見守るロエル。

その先には他の出場者が並んで座っている。

その中の一人、黒いローブの人物に視線がいった時

思わず悲鳴をあげそうになった。

遠くからでも黒ローブはロエルを見ていた。

試合もまったく見ておらず、観客席に埋もれているはずの

ロエルただ一点に視線を注いでいる。


「どうした、ロエル?」


「い、いえ……なんでも」


「そうか……?」


「具合が悪いならしばらく休んでたら?

 しばらくはリュアちゃんの試合もないだろうし」


「へ、平気……」


黒ローブは微動だにしなかった。


///


「一瞬の決着、一体この結末を誰が予想しただろう……

 大番狂わせの本大会、次なるカードはこちら!

 "スカイクラウン"ルピー対クイード!」


ずっと剣を撫でていたクイードは自分の試合だとわかると

口を真横に広げて、より気持ち悪く笑った。

これからの戦いを楽しみにしているどころじゃない。

戦いじゃない何かを楽しみにしているかのように。

そしてルビーは席から立ち上がったまま動かない。

何をやってるんだろう。


「星々よ……見届けたまえ……そして数多の勝利の星よ……

 我が手に!」


こっちは空に向かってなんか喋ってる。もうやだこの人達。


「シタッカさん、ルピーは言わずと知れた星魔法の使い手ですが

 クイードはどのような戦い方をしますかね」


「一見、暗い外見ですが戦いに関してはオープンですね。

 邪魔なあの前髪も何かしらの戦いの鍵だとうかがえます」


「ちょっと何を言ってるのか本気でわからないんですけど」


試合場に立つ二人は互いに興味がないように見える。

ルビーは両手を広げてまだなんか喋ってるしクイードは

剣を撫でながらブツブツいってる。

審判の人もさすがに怖いのか、一歩引いてる。


「え、えー、それでは試合開始ッ!」


開始と同時にどちらがどう出るか、と思ったけど二人とも

動かない。こういったらダメかもしれないけどやる気が

ないのだろうか。

と思ったら先に動き出したのはルピーだった。


「クイード君、君に死兆星が見える」


遥か上空から何かが接近してくる。空気を押しのける音なのか

空に響き渡ったそれは観客を恐怖させるのに十分だった。

あちこちから悲鳴が聴こえてきて、席から立ち上がって

逃げようとする人までいた。

空から来た石、隕石というのが正しいのか。

それが試合場めがけて落ちてくるものだからパニックに

なるのはしょうがない。

遠くにある時はそうでもないと思ったけど接近してきて

初めてそれのスピードがわかった。


「星魔法コメット」


隕石は猛スピードで試合場に激突した。

いや、正確にはクイードの剣に。

クイードは剣を天に掲げるように隕石の落下をそれだけで

防いでいた。

隕石に亀裂が入り、縦に割れて試合場に落ちた。


「フヒ、フヒヒ、もうすぐ血を吸わせてあげるからねぇ!

 ヒヒヒヒッ!」


試合前とは明らかに違う様子だった。

目は充血し、口の端からはよだれを垂らして

長い髪を振り乱し、まるで別人だ。

肩を震わせて気味悪く笑い、猫背で剣を持っている。


「やはり飲まれかけているね。手加減している場合じゃ

 ないかもしれないが、ここだとあまり派手にやれないな。

 さてどの星に頼もうか……」


ルピーが初めてまともな口調になった。


「い、今のは噂にきく星魔法でしょうか!

 なんというスケール……!」


「しかしルピーは本気を出していない。

 いや、出せないといったほうが正しいでしょう。

 彼の星魔法は大規模に及ぶ破壊力を持ちますから

 こういった形式の戦いには向かない」


確かにさっきの隕石はクイードが防がなかったらどうなって

いたんだろう。危ない、ここにはロエルや皆もいるんだぞ。


「数多に輝く星々の幻想よ、現実となり我が力となり

 創造せよ……スターダストメモリー!」


ルピーを中心に星空のようなものが広がっていく。

試合場だけが星空と一緒に切り取られた、そんな空間が

そこにある。クイードはきょろきょろと周囲を見渡したけど

すぐに自分の剣に視線を戻した。


「この星々が見てきたものはすべてデータとして記録されている。

 その物騒な剣も然り、きっと星が記憶している。

 何をしても無駄だよ、データに基づいた星による粛清が行われる」


「おまえきめぇぇんだよぉぉ!」


クイードが斬りかかる瞬間、星のひとつが光って一直線に

クイードに直撃した。斬る動作すら封じた、そんな感じだ。

肩をかすらせた程度なのにクイードの身体が反転するように

よろめいた。

そこを見逃さず、すかさず次の隕石が襲う。

今度は三つ同時にクイードを狙った。

さっきよりも速度も増していて、クイードは対応しきれず

また身体にかすらせるように隕石が通過した。

肩、腰、足にかすっただけでも相当のダメージなのか

クイードは叫びをあげて風圧で回転して、試合場に倒れ落ちた。


「グギ、ギギギ……」


「星々が君に直撃していれば今頃、命はないよ。

 やろうと思えば、隕石一つで君を絶命させる事だって出来る。

 降参してほしい、何よりそんな剣に頼ってて君は満足か?」


「殺す殺す……殺す殺すぜったぁぁぁぁいころぉぉぉす!」


クイードの体から黒い霧のようなものが噴出し、それが剣に

吸収された。そして剣が黒いオーラのようなものを帯びた。

クイードの顔はもはや人間の形相じゃない、爬虫類を思わせる

飛び出さんばかりの目玉。避けんばかりに開ききった口。

長い髪も相まって、魔物と間違う人がいても不思議じゃない。


「クイードの剣が何やら変化したぁ?!」


「あれは恐らくクイードが剣に魔力を注ぎ込んでるんでしょう。

 彼なりの起死回生を狙っていると考えられます」


そうだろうか、ボクには解説の人が正しいとは思えない。

どちらかというと剣に吸われているような感じがする。

息を切らして苦しそうなクイードを見るとよりそう思う。

そのクイードが隕石を恐れず、ルピーに向かって走り出した。


「まだやるか……仕方ない、殺すはめになるかもしれないけど

 怨まないでくれよ、メテオクラッチ!」


隕石が四方八方からクイードを襲った。その速度はさっきまで

とは比較にならない。

宣言通り、ルピーはクイードを殺してしまうかもしれない。

でも隕石が当たる直前、クイードの体が回転した。

剣で切断されて落ちた隕石が試合場に音を立てて落ちる。

そして落ちた隕石が溶けるようにクイードの剣に吸い込まれていった。


「ちぃっ! 星々よ! 邪悪を近づけさせるな!」


周囲の星が一斉に輝いたと同時に無数の隕石が放たれた。

これはかわしようがないと観客席からもその雰囲気が伝わってくる。

悲鳴と歓声の中、隕石をものともせずにルピーを斬りつける

クイードの姿があった。

無数の隕石さえもクイードに斬られて吸収され、それと同時に

斬られたルピーは何が起こったのかさえわかってないようだった。


「な、なんて事だ……悪い事はいわない……

 すぐにその剣を捨てるんだ……でないと君自身が……」


言い終える前にルピーが崩れ落ちた。

試合場に広がる血、呆気にとられていた審判が大急ぎでかけつけて

試合終了を叫んだ。


「勝者……クイード!」


少し遅れて試合場を包み込む歓声、クイードの目は血走っていて

今にも暴れだしそうだ。どうするかと思ったけど大人しくクイードは

試合場を降りていった。

なんだろう、あの剣。よく言い表せないけど、すごく嫌な感じがする。

まるでルピーの血を吸ったかのように刃には血が一滴もついていない。

担架に乗せられたルピーはまだ意識があるのか、うわ言のように

何かを繰り返していた。

次の試合でティフェアリアさんが勝てばあのクイードと当たる。

今の試合、ティフェリアさんはどう思っているんだろう。


左肩が何か重い。

見ると寝息を立ててよりかかってきたティフェリアさんがいた。

思う事はあるけど、ボクも人の事はいえない。

でも邪魔なのでせめて押し返してやった。

一瞬、目を覚ましたけどまたすぐにまぶたが落ちて同じように

よりかかってくる。次、試合なんだけど……


///


「あの剣、やばいな」


セイゲルが真面目な顔をして試合の一部始終を見て言った。

ロエルとシンシアも、クイードの異様な様子に圧倒されている。


「セイゲルさん、やばいって……?」


「武器や防具の中には強力だが使用者に何らかのデメリットを

 もたらすものもあるんだ。

 けど、あの実力差を覆すほどのものは今まで見た事がない。

 臭いぜ、あいつ。どこであんなもん手に入れやがった?」


「少なくともフツーの市場にゃ出回ってないねー」


ロエルに半分以上つままれたお菓子を食べながらシンシアも

また何かを考えこんでいた。そしてまた一つと減っていくお菓子。

武器や防具に疎いわけではないが、それに関してシンシアは

専門ではない。明確な答えを出すほどの知識を彼女は持っていなかった。


「普通の市場じゃ、ね」


セイゲルは何かを探すかのようにゆっくりと試合場を見渡した。

そこに潜む要因がこの中に潜んでる、根拠はないがなぜかセイゲルは

そう確信していた。

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