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第37話 アバンガルド闘技大会 その5

「さてさて始まりました、アバンガルド闘技大会本戦!

 私が実況を務めるカシア、そして解説は冒険者評論家で

 お馴染みシタッカさんです!」


「シタッカです、よろしく」


「今回の優勝候補はもちろんティフェリアちゃんだと思うのですが

 他には誰がいますかね?」


「うむ、ヘカトン、ルピーが有力ですね。

 後は地力が乏しいでしょう、Cランクのあの子なんかは

 戦い慣れしていないのが見てとれる。

 あの剣を御覧なさい、柄の部分がまったく汚れてないでしょう。

 あまり使い込まれてない証拠です」


「なるほど! お、そろそろ一回戦が始まるようです!」


解説の人と実況の人の声がコロシアム内に響く。

アマネさんによると、声を大きくする機械を使ってるらしい。

それにしてもボクがひどい言われ様だ。

あの解説の人は本当に有名な人なんだろうか。


「評論家の言う事をいちいち真に受けるこたぁないよ」


ボクがふくれてるとアマネさんが慰めてくれた。

たくましい見た目とは違って本当に優しい。

でもこの人は一回戦の相手、あまり気を許していいのかな。

そして試合場にはすでにヘカトンとニッカが上がっていた。


「一回戦、第一試合! ヘカトン 対 ニッカ!

 いよいよ始まりますがシタッカさん、この場合ヘカトンが

 やはり優勢ですかねー」


「いや、そうでもありません。ニッカはAランクの新米ながら

 そのポテンシャルは相当あります。試合が始まればすぐに

 流星と呼ばれた意味がわかるでしょう」


ヘカトンはニッカをつまらなそうに見ている。

ニッカは準備運動か何かをしてリラックスしている。

この戦い、リッタもどこかで見てるんだろうか。

とうとう止められなかったけど、今どんな思いで見守っているのかな。


「おまえ、最近Aランクに上がったばかりか?

 出てこないほうがよかったかもな……」


「いやぁ、男の子にはやらなきゃいけない時というのがありまして」


「ヘラヘラしやがって……」


「それでは試合開始!」


始まった。ヘカトンはあのハンマーを振り回して戦うのかな。

隙が大きそうだから外したら、反撃されそう。

そしてニッカは槍、これだけみると勝負になりそうにない。


「ぬぅん!」


ヘカトンのハンマーがニッカ目がけて振り下ろされた。

轟音の後で試合場にはハンマーの跡が残った。


「ニッカ、ゆらりとかわしたー!

 やはりスピードではニッカに分があるか?!」


ハンマーを再び構えるヘカトン。

多分、二人ともまだ本気を出してない。

お互い構えたままだったけど、ニッカが槍で走り幅跳びみたいに

飛び上がり、ヘカトンに落下した。


「流星"突星"ッ!」


「ニッカの必殺スキル、突星!

 鉄の装甲すら打ち抜くその威力……いや、しかしっ!」


ヘカトンのハンマーに槍の先端が激突した。

ちゃっかり防御したヘカトンはそのまま、空中のニッカを追撃する。


「とぉりゃっ!」


当たるかと思ったけど、ハンマーは空振りした。

空中を泳ぐかのように姿勢を正して、ニッカはまたヘカトンに槍を向けた。

今度こそ、ヘカトンの防御が間に合わない。


「流星"天星撃"ッ!」


突星よりも高速で槍ごとヘカトンに落下したニッカ。

試合場に激突し、瓦礫が飛ぶほどの威力。

まともに当たったら、ヘカトンだって無事じゃ済まないはず。

確かに流星みたい。

そうか、これがニッカの戦い方なんだ。

天星撃をかわしきれなかったヘカトンは半身を血まみれにして

なんとか立っていた。


「す、すごい! 蝶のように舞い、蜂のように刺す!

 自由自在な戦い方! これが流星ニッカかッ!」


「ほらね、勝負とは格差で決まらないものです。

 特にニッカのポテンシャルは馬鹿にならない」


「それさっきも聞きました!」


天星撃から今度は下からえぐるようにニッカが突撃した。

流星のように降ったと思ったらそれで終わらず

その星が標的に高速で向かう。


気になる。

ヘカトンは本当に反撃できないんだろうか。

さっきから、ニッカの突撃を受けながらも……そう。


笑ってる。


「お兄ちゃん……!」


後ろの観客席の一番前にリッタがいた、祈るように見守っている。

突撃から突撃、反撃の隙さえ与えないニッカ。

もはや勝負はあったかと観客席から聴こえてきたけど

ボクにはそうは見えない。

だってあいつはずっと笑ってる。

勝ちを諦めた奴の顔じゃない。


「ク、ククッ……やっぱり、そんなもんか。そぉらっ!」


ヘカトンが唐突にハンマーを振ると、突撃してくるニッカの

側面に直撃した。あっけなく、当たった。

口から血を噴出し、試合場の隅にまで飛ばされるニッカ。


「あ、グッ……!」


「おー? 当たっちまったぜ。

 まぐれもあるもんだな? ククッ」


違う。あいつは的確に狙った。

ニッカの猛攻は、動きが直線的すぎて慣れると

簡単に軌道が読めてしまう。

もう少しスピードがつけば違ったかもしれないけど

悪くいえば芸がない。

激痛で動けないニッカにゆっくりと近づくヘカトン。

そしてハンマーをニッカの腕に落とした。


「ぎゃぁあぁぁああああああ!」


「おっと、また当たったか。今日のオレはついてるぜ」


「う、うあぁぁ……!」


さっきの一撃で勝負はついたはずだ。

こんな試合止めるべきだ。


「そうだな、ついてるついでに流れ星に願い事でもするかぁ。

 この試合、オレが勝ちますようにっ!」


ニッカのもう片方の腕が潰された。

叫びにならない叫びをあげてニッカは失神しかけている。

両腕が骨ごと潰されてミンチになりかけている。


「あいつ……!」


「バカ! 乱入したら失格になるよ!」


「でもアマネさん! このままだとあの人、殺されちゃう!」


「審判が止めるはずさ!」


その審判を背にしてヘカトンは立っている。

どういう事だろう。


「お兄ちゃん、もう降参して! お願い!」


そうだ、降参するべきだ。

これじゃもう勝負になってない。


「おーい! 審判止めろやー!」


「おっと、見えもしない試合を止めるのか?」


そういう事だったのか。

審判の前に立ってる事の意味。

あいつ……!


「ひゅんひゅんと目障りな奴だぜ。

 この足が悪いのか?」


ハンマーの先をニッカの足に押し付けた。

潰すか潰さないかのギリギリのところで苦痛を与えている。


「お兄ちゃん! いやぁぁぁ! 誰か! 誰かぁ!」


リッタが飛び出さんばかりに観客席から身を乗り出してる。


「おまえさんよ、虫みてえに飛び回るだけなら他にいくらでも

 いるんだよ。

 なんでこんなのがAランクに上がっちまったんだろうな。

 オレは優しいからよ、二度と冒険者が出来ないようにしてやるよ。

 そうしたら、他で命を落とさずに済むだろ?

 あっちで騒いでるのは妹か? かわいそうになぁ……

 こーんなだらしない兄貴をもっちまって」


半狂乱になるリッタも見ていられない。

失格になってもかまうもんか。

ボクが飛び出そうとした時、審判がゆっくりと

ヘカトンの勝利を宣言した。


「おいおい、見てもいない試合だろ?」


「これ以上は続けられない」


審判の兵士は無機質にそう答えた。

観客席から、ものすごい野次が飛んでくる。

それどころか飲みかけのドリンクのカップやらゴミやら

いろいろと投げ込まれてきた。


「もう出場するなこの人殺しがーーーー!」


「おまえなんかに絶対依頼してやんねー!」


ブーブーという声まで聴こえる。

ヘカトン……なんでそこまでするんだ。

おまえは何なんだよ。

この握りこぶしのやり場を今すぐあいつに向けたい。


「い、今の試合はいかがでしたか、シタッカさん」


「当然の結果でしょうね。

 ニッカのポテンシャルはそう高くはない。

 対してヘカトンはやはりベテランといったところです」


「おまえ、自分の発言覚えてるか?」


解説と実況の人が和ませようとしたけどまだ収まらない。

そして第ニ試合は15分後か。

担架で運ばれていったニッカに駆け寄るリッタを見て

ボクもついていった。


///


ニッカの両腕と両足にはギプスというものが

はめ込まれていて、見てるだけで痛々しい。

医務室では数人のヒーラーとプリーストが治療魔法を

かけている。


「お兄ちゃん……だからいったのに……なんで……」


「ごめんなリッタ……おまえに勇気をあげられなかった」


「勇気……?」


「幼い頃から僕はダメな兄だ。

 ケンカをすればいつも負けるし、勉強だって出来ない。

 兄妹揃って馬鹿にされてておまえも辛かっただろう。

 だけどこんな僕でもAランクの冒険者になれた。

 少しでもおまえが自慢できる兄になれるかなってさ……

 勇気を出せばやれる事もあるって証明したくてさ……

 それに仕事、うまくいってないんだろ?

 少しでもかっこいいところを見せてそれで

 自信をもってくれたらな、なんて。

 立派なお兄ちゃんみたいになりたいって……

 ハハッ……ありがた迷惑だったかもね……」


「迷惑だなんて思ってない……

 でも、お兄ちゃんに危ない目にあってほしくないの……

 これだけはわかって……」


兄の上につっぷして号泣するリッタの頭をなでるニッカ。

そうか、全部リッタの為だったんだ。

ボクはただ自分が戦いたくて出場しているだけなのに

ニッカはそんなところに留まってない。

純粋に妹の為に、少しでも妹の誇りになろうとした。

なんだろう、この気持ち……

戦ってないのにこの人に負けた気がする。


「リュア、こんなところにいたのか」


「セイゲルさん……それにロエル、シンシア」


「リュアちゃん、ニッカさんはどう?」


「まさかこんなにお見舞いにきてくれる人がいたなんて

 僕もまだまだ隅におけないなぁ、なんて。

 自分で言うセリフじゃないか。ハハハッ」


セイゲルがニッカの元へいき、ギプスを撫でた。

その目には怒りとも悲しみともつかない感情が

宿っている。


「クラッシャー……ここまでやるか」


「見てて腹立った腹立った! もうなんであんな奴が

 冒険者なのさ! ただの悪党じゃん!

 観客も皆、怒ってたよ!」


シンシアが地団太をふんで荒れ狂う。

ロエルはニッカの容態から目を離していない。


「それは奴が強いからだ。そして実績もある」


「実績って、あんなのに護衛とかされたくないし!」


「奴は賞金首狩り専門だ。そういう依頼は引き受けねえよ」


「そういう事だ」


医務室の入り口にヘカトンが寄りかかっていた。

馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、ヘカトンは遠慮なく

医務室に入ってきた。

こんな奴をニッカに近寄らせない。

ボクはニッカが寝ているベッドに向かうヘカトンの前に

立ちふさがった。


「お、なんだなんだ?」


「出ていけ」


「こんなガキに庇われてるのか。

 さっきの話、全部聴いたぞ。

 泣かせる話だ。立派だよ、おまえは。

 でもそんな手足じゃもう何もできないだろう。

 余生は妹にでも介護してもらうんだな!

 ハァッハッハッハッハッ……は」


ボクはその胸倉を掴んだ。

言い返す事もなく、リッタが涙を流しているのに

黙っていられるわけがない。

ヘカトン、こいつは許さない。


「なんだこの手は、離してくれないか」


「おまえなんか人間じゃない……!」


ヘカトンを叩き伏せようとした時、ボクの腕に

セイゲルの手が添えられた。

無言で首を横に振るセイゲル。


「決着は試合でつけろ」


ふざけていない、真剣そのものだった。

確かにその通りだ、ここで争っても何にもならない。

ボクはゆっくりと手を離した。

それを見たヘカトンは勝ち誇ったように笑った。


「試合ねぇ……ちょうどいい。コレに負けたAランクが

 貧弱なのか、おまえが本物なのか確かめてやるよ」


ヘカトンは大笑いしながら部屋から出て行った。

コレってボクの事か。どこまでも腹立つ奴。

おまえなんか大した事ないってボクが教えてやる。


「もうすぐ試合じゃないか?」


そうか、急がないと。

対戦相手はアマネさんか、どんな戦い方をするのか

わからないけど今のボクにはヘカトンを倒す事しか頭にない。

ダッシュで試合場に向かおう。


廊下を出た時に黒い人とすれ違った。

気に留めてる暇はなかったけど、確か……イノロって人だっけ。

こんなところで何をしているんだろう。

少しだけ目があったけど、なんだかすごく冷たい目をしてる。

ボクになんか興味もないようで、ただその場に立っているだけだった。


///


背後から突き刺さる視線、時折振り返るけど誰もいない。

逐一その動作を繰り返すロエル。


「ロエルちん、どうしたの?」


「ううん、なんでもない。早くしないとリュアちゃんの試合が

 始まっちゃう」


ロエルは医務室から出る時も周囲を確認したが誰もいなかった。

それを確認する事で気のせいと結論づける。

それよりもリュアの試合が気になっているロエルにとって

遥か後方にいる人物の存在になど気づくはずもなかった。

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