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第35話 アバンガルド闘技大会 その3

予選決勝、ボク対グリイマン。

ベンケー、バステ、それから多くの相手と戦って勝ち抜いてきたけど、この人はなんだか雰囲気が変だ。その証拠にさっきからグリイマンは自分の剣の輝きに見とれていて、とてもこれから戦おうという人間には見えない。


「Bブロック予選決勝、始めッ!」

「待てッ!」


合図に被せるようにグリイマンが待ったをかけた。なんだよ、まったく。

試合開始に待ったをかけたと思ったら、グリイマンはそれを否定してボクに対して手の平で制してる。


「こう見えてもオレは慈悲深い男でな。この装備の性能を知らないまま、敗北するのはどうも納得がいかないだろう?」

「なんで負けるって決め付けてるのさ」

「ベンケーやバステを倒したからっていい気になるなよ。

 あいつらの敗因はきちんとした装備をしていなかったからだ。

 名のあるAランクが呆れた話だな」


豪華そうな剣をこちらに向けるグリイマン。


「まずはこいつ、氷竜の剣。遥か北にあるブリザーマウンテンに棲む"極寒の氷結竜"の牙で出来ている。切れ味はトップクラスな上に氷魔法の追加効果だ」


向けた剣を下ろしたと思ったら、親指で鎧をこづいた。

もしかして全部説明してくれるのだろうか。正直いって興味はある。


「かの名工ボーグの手で作られた銀鏡の鎧。

 なんと魔法ダメージをカットしてくれる。そして最後にこの首飾り、これは身体能力を引き上げてくれる上に危険な状態異常からもある程度身を守ってくれる」


ミスリルソードで喜んでいたボクとは大違いだ。

鎧は暑そうだけど、剣はかっこいい。ミスリルソードより重そうだけど、その分威力は段違いなんだろうな。


「さて、そろそろ始めるが覚悟はいいか?」

「もう攻撃していいの?」

「それを許さないのがオレなんだけどなっ!」


グリイマンが大きく振った氷竜の剣からは氷の柱が何本も連なってボクを襲う。あの鎧ってどのくらい硬いんだろう。

氷なんかに目もくれずにそれらを蹴りで消し飛ばしつつグリイマンの懐にもぐりこんでちょっとだけ力を入れて殴ってみた。

金属音と共に鎧に穴があいた。

それだけでは止まらずに鎧が守っていたグリイマンのお腹にまで拳が到達した。


「ぐぼぁッッ!」


口から血を吐きながら試合場の外まで飛んでいくグリイマン。

鎧と一緒に落ちる音が聴こえた。

兵士が駆け寄って何かを確認した後、担架で運ばれていった。


「勝者、リュア! Bブロック代表がこれにて決定した!」

「なんだあれ、バケモンかよ?!」

「いやトリックだろ? あのグリイマンなら大金つまれりゃ八百長くらいやりそうだぜ」


トリックじゃない。


「む、全ブロックの代表が決定したようだな。すぐに決勝トーナメントの組み合わせが発表されるからそれまで待ってなさい」


他の兵士とボソボソと話してから、ボクの勝利を宣言してくれた兵士の人はどこかへ行ってしまった。遠くのブロックでは各代表が勝利を勝ち取っていた。ティフェリアさんのブロックはすでに誰もいない。


「おーい、こっちに上がってこーい」


セイゲルが手を振って呼んでいる。

周りにいる女の子が邪魔でよく見えないからどけてほしい。

飛び移ろうと思ったけど、やっぱり普通に歩こう。


///


「やったじゃなーい、リュアちん! 無名の冒険者の女の子が決勝トーナメントに進出したって今話題で持ちきりだよ!」


本当にそうらしく、さっきからボクに視線が集まっている。

観客らしき冒険者の人達も、ちらちらとこちらを覗っていた。


「Cランクの出場者はいるっちゃいるが、ほとんど予選で敗退だ。決勝トーナメントに出場したのはおおよそ何年ぶりだろうな」

「オレオレ、オレっしょ」


妙な腰のくねりをきかせながら、そこに立っていたのはシンブだった。

グルンドムを殺そうとした奴だ。こいつも冒険者なんて未だに信じられない。


「ようシンブ、今年は出場してないみたいだがどうした?」

「お気楽なおまえらと違ってオレは忙しいっしょ。何せ……おっと」


何を言いかけたんだろう。いや、やっぱりどうでもいいや。

こんな奴とお喋りなんてしたくない。


「忙しいならオレ達に構ってる暇なんかないはずだぜ」

「旬が過ぎた壮年冒険者になんか元々用はないっしょ。オレが興味あるのはこっち」


ガンテツさんに暴言を浴びせてシンブは逆手でボクを指した。


「おまえ、早くAランクに上がってこいっしょ。恐らく今回の決勝トーナメント進出だけでもBは確定っしょ」

「そうなの? でも、それだとロエルが……」

「へ?」


シンブの登場に今頃気づいたのか、すでに何杯飲んだかわからないドリンクの容器が散乱していた。


「あ、呆れたっしょ……」


こいつでも呆れる事があったのか。いや、ボクはもう慣れたからいいけど初めて見たら誰でも驚くか。


「そうそう、パーティで登録してるならそっちの底なしもBに繰り上がるっしょ。たとえどれだけ使えなくても」

「はぁ?」


こいつはわざわざ馬鹿にする為にこんなところに来たのか。どうもこいつは腹立つ。握りこぶしをつくったボクにロエルがそっと手を添える。


「いいの、リュアちゃん。私、気にしてないから……」

「ま、おまえらはせいぜい祭りに浮かれてればいいっしょ。

 全部オレ達に任せて」


またよくわからない事をいってシンブは高速で走り去った。

本当に嫌な奴だ。


「嫌な奴だろ? けどあれでいてAランクの4位を保持してる。実力、実績共に偽りなしだ。ちょっぴり嫉妬しちまうわなぁ」

「いつかお手合わせしてみたいもんだねぇ」


女の子にジュースを飲ませてもらいながら喋ってるセイゲル。

そのせいか、本心でいってるように聴こえない。


「お待たせしました! たった今、決勝トーナメントの組み合わせが決まりました! こちらをご覧下さい!」


一回戦

第一試合

"流星"ニッカ(Aランク)

VS

"クラッシャー"ヘカトン(Aランク)


第ニ試合

リュア(Cランク)

VS

"百帝女傑"アマネ(Aランク)


第三試合

"スカイクラウン"ルピー(Aランク)

VS

クイード(Bランク)


第四試合

"マスターナイト"ティフェリア(Sランク)

VS

ロノイ(無所属)


大きな鉄の板に文字が現れた。

ボクの名前が書かれているし、対戦相手の名前もある。

ボクの相手は……女の人だろうか。

どんな人なんだろう?


「ほー、Bランクで勝ち上がってる奴がいるのか。リュアに次ぐ超新星だな、こりゃ」


本当だ。ボクの他にもAランク以外でここまできた人がいたんだ。そしてヘカトンって、あの大きなハンマー持ってた人か。

なんだか嫌な雰囲気の人だった。

人を見る目が冷たいっていうか……


「それにしてもほとんどAランクだねー。リュアちんのCランクがより際立って見えるよ」

「それがAランクさ。なんたって踏んだ場数が段違いだからな。16位のオレなんか、そりゃもう苦労したもんさ……」

「ききたーい! 6回くらい聞いたような気がするけどききたい!」


何か語り出したセイゲルの話に聞き入ってるのはまとわりついてる女の子達だけだった。ボクもちょっと興味あったけどあの中に入ってまで聞きたいとは思わない。


「本日、これにて闘技大会一日目は終了!

決勝トーナメントは明日からだ! それでは各自、英気を養ってくれ!」


兵士の人のアナウンスにより、コロシアムからは段々と人気がなくなってきた。

予選が終わって気がつけば、もう夕方を過ぎている。


「さーてさてさて、明日からが本番だぞ、リュア。何せ本戦だけを観にくる連中が多いから今日と比べて注目度が違う。何よりアバンガルド王もいるしな」

「王様が?」

「ああ、チャンスだぞ。陛下の目に留まれば、それをきっかけに気に入られる可能性もある」

「王様に好かれたくて戦うのは……」


アバンガルド王。

王様が国で一番偉いというのはわかる。

けど、その人に気に入られる為に戦うのはなんか違う。


「だいぶ人もまばらになってきたな。あぁ~、いい夜の空気だ! こりゃさぞかし酒がうまいぜ!」

「ガンテツさん、付き合うぜ!」

「つきあうぜ!」


お酒を飲むのか、ロエル。いや、目的は別にあったか。


「さて、明日もがんばれよ少女!」


そういえばシンシアは明日も観にくるんだろうか。

だとしたら店は?


///


来る時はせわしなかったけど、帰りはゆっくりと歩こう。

夜になると一層、城下町は賑やかだった。

酔っ払って道端で半裸になってる人、寝ている人、踊ってる人。

屋台から漂う香りに誘われるロエル。


「リュアちゃん、戦い続けてお腹空いたでしょ?晩御飯代わりに何か食べていこっか」

「うん、そういわれるとお腹すいてきた」


クアーウ地方のダークバッファローを使用しているという

屋台の焼肉屋へ入った。ダークバッファロー、ついばみ鳥よりはおいしそうだけど……予感はしていたけど店に入るなり、ロエルがいきなり十人前の注文をつけた。


「網焼きによって絶妙な焦げ目がついて、余分な油が落ちておいしいねっ」

「網焼きによって絶妙な焦げ目がついて余分な油がおちるんだ。だからおいしいんだ」


なんでロエルに続いて同じ事いったんだろう。それくらい外で食べる肉ってこんなにおいしいものかと感動したからかな。わからない。


「リュアちゃん、おめでとう! これはね、リュアちゃんの決勝トーナメント進出お祝いでもあるんだよ!」

「そ、そうなんだ……ありがとう」


骨付き肉をかじりながら言われてもなんかしっくりこない。


「ここまできたら優勝しかないね!

 ……あ、別にプレッシャーかけてるわけじゃなくて」


「出来れば優勝したいなぁ」

「リュアちゃんなら出来るよ、今日だってほとんどパンチだけで

 勝ってきたんだもん」

「うん、でもティフェリアさんだっけ。

 あの人が相手ならどうなるかわからないな」

「あのすりすりしてた人? あの人がティフェリアさんなんだ……ちょっと腹立った」

「え?」

「な、なんでも」


ロエルが少しだけ赤くなって顔をそらした。

どうしたんだろう? 暑いのかな。


「遠くからでも存在感がビリビリ伝わってきたよ。あんなにおっとりした人なのに」


遥か遠くのブロックからでさえ感じられるほどだった。


――Sランク


セイゲルの言う通り、化け物かもしれない。今までみたいにあんまり手加減できる相手じゃないのは確かだ。ロエルと一緒にスペアリブという肉をかじりながら明日の事を考えた。


「殺されちゃうよ! 今からでもいいから棄権して!」


一斉にその声の主に視線が集まった。女の子と若い男の人が向かい合って座ってる。女の子のほうは予選前に案内していた兵士の子だ。

あのぴょんと一本だけ立っている髪の毛がすごく印象的だからすぐに思い出せた。


「そうはいうけどね、リッタ。僕も一応Aランクなんだよ。大丈夫だって、信じろ」


「相手はあのクラッシャーだよ?! 去年の大会で対戦相手を殺して失格になった人だよ!」


「僕の通り名を知ってるだろう。流星、その名の通りさ。戦闘スタイルの関係で彼とは相性がいい。油断なんか絶対にしないけど今回は本当に自信があるんだ」


「どうしてそこまでするの……?」


クラッシャーの対戦相手といえば……

"流星"ニッカ。


「何より、僕の戦いはおまえに見てほしいんだ」

「もう知らない!」


屋台を飛び出したリッタをとくに追う事もなくニッカはただ溜息をついてる。


「あ、別に痴情のもつれとかじゃないんでご心配なく。僕ら兄妹です」


アハハと笑いながら、頭をぽりぽりかいてる。

それでも気まずくなったのか、お金を払って出ていった。


「リッタちゃんはお兄ちゃんの事が心配なんだね……でも、自分の戦いを見てもらいたいってどういう事なんだろう?」


お兄さんを心配する気持ちはわかる。でも、戦いに望むお兄さんの気持ちは変わらないと思う。

だってボクがああやって止められたとしても絶対に出場する。

ましてや決勝トーナメントにまで残ったんだから、引き下がれないよ。


///


「おいしかったねー」

「やばいよ、ロエル……お金が……」

「お祭りの時くらいは、ね」


あれだけお金の管理に厳しかったのは何だったのか。

でも満足そうなロエルを見ていたら少しくらいの矛盾はどうでもよくなった。


まだまだ騒がしい夜の城下町。さすがにこの時間となると子供はほとんど見ない。せいぜい酔っ払いのケンカを止める女の子くらいだ。


女の子?


あ、リッタだ。


「このケンカは私が預かりまぶふぇっ!」


最後まで言い切る前にケンカしている二人から弾き飛ばされた。

それでもめげずにリッタは二人の間に入ろうとする。


「あれじゃ、止められないよ……」

「うん、さすがに見てられないよ」


ボクは突き飛ばされたリッタを支えた。支えられた自分の状況がわかてないのか、きょろきょろと周りを見渡すリッタ。そしてようやくボクに気づく。


「え、あぁ、あのすみません……」

「ボクが止めるから心配しないで」


そういってボクは二人の男に近づいた。

お酒臭くてクラクラする。なんでこんなものを大人は飲むんだろうか。

なんでこんな風になるまで飲むんだろうか。ボクには理解できない事だらけだ。


「ぶつかっといてよぉ! あやまんねえのかよぉ! あぁん?! 最近の若い奴ぁ、てんでなってねぇな?」


「ジジイはとっとと引退しろよ邪魔くせぇ」


どっちかぶつかっただの、些細な原因だ。こんなの続けたってしょうがない。


「おじさん達、邪魔だよ」

「だから、てめぇはすっこんで……お」


相手が今まで止めに入っていたリッタじゃなかったからか多少驚いたようだ。けど、それもどうでもいいと思ったのかボクを突き飛ばそうとして続きを始めようとした。ボクはその腕を掴む。


「い、いでででで! いでぇやめてくれぇ折れるぅ!」

「なんだよくそやめろぉ痛いかあちゃーーーん!」

「二人とも、邪魔。ケンカ止めていなくなるなら離す」


うんうんと頷いた二人を解放した。

何がなんだかわかってない二人はよろよろと歩いて人ごみの中に消えた。

あんなに酔っ払ってて平気なんだろうか。


「あの、なんだかすみません……」

「危ない事しちゃダメだよ」

「でも、あれくらいなんとかできないと私、一応お城の兵士ですから……ただでさえ、お仕事ができなくて皆から笑われてるのに」


それであんなに必死だったのか。

ボクに助けられたのが情けないと感じたのか涙目になっていた。


「おーい、リッター」


のんびりしたこの声はさっき聞いた、ニッカだ。

リッタを心配して探していたのか、その声とは裏腹に息を切らしている。


「大丈夫か? 変な奴に絡まれなかったか? ……ん」


その変な奴という言葉にひっかかったのか、ニッカはボク達をじろりと見た。でもすぐにボクを見て表情が明るくなる。


「あぁ、君はリュア君だね? Cランクで本戦に出場したぶっ飛びガール!」

「ぶ、ぶっとび?」

「知らないの? あれから君の話で持ちきりだよ。

 Aランクをものともせずに撃破していく君をスカウトしようと目論むパーティやギルドもいるって話」


「そういえば、ジロジロと周りから見られてたような」

「決勝トーナメントでも注目株の一つだろうね。

 二回戦じゃ僕と当たるみたいだけど、お手柔らかにね……アハハ」

「だからお兄ちゃんなんかが勝てるわけないってッ!」


さっきの続きを始めるかのように、リッタがまたニッカに対して爆発した。

ニッカがこれほどの妹の言葉も聞かずに闘技大会に拘るのは一体?

ボクとは違った、何かしらの理由がありそう。

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