第349話 後日談 この世界に手を出せば
◆ カシラム王都 南 カシラム港 ◆
ノロいけど幽霊船は確実に迫ってきている。もう少し近づいてくれたら魔法で迎撃出来るけど、同時に何をされるかわからない。当たり前だけど幽霊船相手に幻術なんて無意味だ。本来なら、大陸中からエクソシストをかき集めてようやく対処するほどの事態だってのに。
【ナイトデッド×24が現れた! HP 2100】
【スカルボルテッカ×80が現れた! HP 700】
「なっ……こいつら、まさか海を潜って……!」
アンデッドどもが次々と海から這い上がってくる。あの幽霊船から流れてきてやがるんだ。このままだと、どんどん増える。アマネさんを含めた女豹団、港の警備隊がアンデッド軍団に突入。女豹団の実力なら、あのスカルボルテッカはどうとでもなる。でもあのナイトデッドは生前、強い奴だった場合もあるから油断できない。
「よっ! らっしゅん!」
「ゲッ! エルメラ……」
「ゾンビどもよりアタシのほうが来たらまずいんかい」
「ていうかなんだよそいつら?!」
「え? 魔族の方々」
「こりゃジュオの仕業以外にねーだろ。ゲトー?」
全身が黒い悪魔みたいなツルッパゲにターバン包帯野郎。そしてオレが苦手そうな黒いぶかぶかローブのガキ。もう一人に至っては、アレ確か邪貴族じゃねえの。突っ込みたいけど敵じゃないならいい。
「呑気に話してる場合じゃねーんだ! 早くあいつらを」
「ねー、マーティ。あいつらが町を壊したら肉饅頭も食べられなくなるし、じゃっきんじゃっきんも当分出来なくなるんだよねぇ」
「うむ……」
何言ってんだこいつ。マーティって確か元マディアスでイカナ村に引き取られたって聞いたけど。まさかあれがマディアスだとしたら。
【マーティは天に手をかざす! ナイトデッド達を浄化した! スカルボルテッカ達を浄化した!】
「……はぁ?」
【幽霊船達を浄化した!】
「船も魔物扱いかい」
「……何が?」
「いや、前から気になってた表示がさ」
「は……?」
「ごめん、危ないからもうやめるね。こういう話」
エルメラの意味不明発言は置いておいて。いざ決戦と意気込んだ女豹団や警備隊も唖然とする。戦おうとした段階で、そこにいたアンデッド達が天から差し込んだ光によって浄化されたから。しかも奥にある幽霊船まで廃になるようにして散っていく。あれ、あのマーティってエクソシストか。
「やったー! よくがんばったね!」
「うむ」
「ごめん。参考までに何をどうしたのか教えてくれ」
「奇跡」
「そう」
要するになんでもアリか。だとすればここには元マディアスがいる。エルメラもメリアさんも、何故か魔族の連中もいる。こいつらがいる時点でこの大陸に手を出せる奴なんて、それこそ冥界くらいのものだ。
「いやぁ、やるなぁ。今のが僕の全力だったのにどうしようもないや」
「ジュオ……近くにいやがったのか。今回はデッドコピーを使わずに生身で来やがったな」
「あ、わかっちゃった? もう逃げ隠れする必要もないからね。最後のお別れくらい、生身でしようと思ってさ」
「このまま冥界をキレさせて世界を滅ぼそうってんだろ? いかにも根暗が考えそうな事だな」
倉庫の影から普通に出てきやがった。相変わらず趣味の悪い漆黒のローブから、土気色の顔を覗かせてる。その目からは憎悪も何も感じられない。どこか諦めに似た光が見えた気がする。
「これだけの奴らが揃っているのにバカな奴だ、なんて考えてるんだろ? いいよなぁ、僕なんかと違ってどいつもこいつも才能があってさ。さっきのアンデッド軍団だってさ、がんばったんだぜ? 何が奇跡だよ、笑わせんな。そんな身も蓋もない力で勝って喜ぶとか人生急降下のおっさんかよ」
「なんか饒舌だなぁ。余裕がないのか?」
「やっぱりさ、意味不明に強い奴が勝つよりもさ。きちんと努力して時には挫けて、立ち上がって最後には勝つほうが美しいじゃない? 思うんだよね、リュアみたいな奴って心底つまらないって」
「リュアねーちゃんは奈落の洞窟で強くなっただろうが」
「あ、はいはい。とりあえず努力はしましたーね。そういうのも寒いんだよ。結局素質がありまくりで勝利が確約されてるんだもん。最初は皆、持て囃すだろうけどすぐに飽きる。どうせ簡単に勝つんでしょってね」
「こいつ、こんなキャラなん?」
エルメラにキャラがどうこう言われたくはないだろうけど、こいつは別にいいか。僻み根性に磨きがかかってやがる。言いたい事はたくさんあるけど、多分無駄だろうな。こういう奴は学園にもいたけど、結局相手にするだけ喜ぶんだ。誰からも相手にされないから、こうやって挑発してくる。ガキなんだよ。
「で、言いたい事言えて満足か?」
「最後だろ? だから話しておきたいんだ」
ジュオの言葉に反応するかのように、空に亀裂が入る。天界からマディアスの力が降り注いだ時と似ていた。世界と世界が繋がるっていうのはこういう事なんだろうな。あの真っ黒ともいえない、紫、灰色、白、なんともいえない。禍々しい空間が見えた先に”死の世界”がある。
「クロノエルとかいう奴のおかげで、最後は皆生き返って仲直りしました。希望の未来へゴー! だって? そんな都合のいい展開、許すわけないだろ」
「許さなかったらどうするんだ? お前、才能ないじゃん」
「お、いいね。僕のコンプレックスを刺激して怒らせようとしたね。実を言うと、もう自分にさえ興味がないんだ。僕がお前ら全員に責め苦を与えられようが何されようがね」
「心も死んでりゃ体も死んでるからな。痛みなんか感じないだろ」
「ご名答。その通り、痛みなんかとっくに感じないよ。だからどこぞの最強気取りが僕に怒り心頭で殺したり再生しても無駄さ。ま、そもそもこないんだけどね」
こいつのお喋りを止めようが止めまいが、冥界の門は開きつつある。あそこから何が出てくるのか。死者があふれ出て、この大陸がめちゃくちゃになるのか。マーティの奇跡でも止められないのか。今のところ、何も起こってないから無理なのかな。
強がっちゃいるけどオレは怖い。死ぬのは怖い。その怖いと思うモノがまさにそこまで迫っているんだ。必死に恐怖を押さえつけるのが精いっぱいだ。
「知ってるよ。あいつらは今、遠くにいる。それこそどんなに急いだって数日はかかる。数日の間にどのくらい被害が出るのかな? あいつが大切にしているものがぐちゃぐちゃになった時、どんな顔をするのかな? フフフッ、アハハハハッ!」
「リュアねーちゃんが長期不在の時をわざわざ狙ったのか」
「奇跡でも止められるかな? そこにあるのはどんなに強い奴にもいつかは絶対に訪れる”死”だ。例えば冥界の王……とかね」
亀裂から白い何かが覗く。ゆらゆらと揺れたそれは指だ。ただし肉はなくて骨の手が、じらすように這い出てくる。
「う、うわぁっ……」
「アッハハハハッ! 怖いだろう? 歯の根も合わないだろう? よかったら漏らしていいよ」
「ちょっとー……あれマジで一番やばい奴じゃ?」
ここに勢ぞろいしている連中ですら、言葉がほとんど出ない。エルメラが言う、一番やばい奴ってのも大袈裟でも何でもない。まだ片手しか姿を見せてないのに、この場にいる全員を戦慄させていた。あの元調停神でさえ、やっぱり本能で”死”を怖がっている。
死んだらどうなるかというのは、割と誰でも考えた事があると思う。その答えがすぐそこにある。死ねば、少なくともあの怪物がいる世界に放り込まれる。そしてあの怪物は魂が自分の冥界に落ちてこない事でかなり腹を立てている。
「ジュ、ジュオ……お前、怖くないのか?」
「全然? 死が怖いのは生きたいという思いがあるからでしょ。僕にはそんなもんないからね。じゃなかったら、こんな世界の終わらせ方するかよ」
「み、見ろよ! ついに腕がすっぽりと出て、出て、きき、きたぞ……」
黒いツルッパゲの悪魔が震えながら、ついにはアレから目を逸らした。あんなに強そうな奴ですら、アレには恐怖を感じるんだ。
【冥王の左手が現れた! HP ?????】
「…………ッ!」
「冥王、なのか?」
空間から突き出た腕は、手探りで何かを掴むかのように指を動かしている。でかすぎる、左手だけで王都を鷲掴みに出来そうとか、どんなサイズだよ。
「冥王って……王っていうからには偉いんだよな……?」
「天界でいうクロノエル様のような立場ですね。冥界の支配者にして”死”の終着点……エルフの文献にも、ほとんど残っていないので確証はないですが……」
「冥界のトップ……死、そのもの……」
――――魂の在処を歪める者達よ、この世界は在ってはならぬ
脳に突き刺して、えぐるような不快感と激しい痛みで歯を食いしばる。冥王の声を直接、頭の中に飛ばされるだけで叫び狂うはずだ。つまりそれだけ次元が違う。そもそもオレ達とあいつは出会っちゃいけないんだ。根本的に違う存在だから。人間がエルフが魔族が、”生”物が理解できない存在だから。この声とあの左手だけで、脳みそがそれを認識して処理しきれずに発狂する。あのエルメラでさえ、膝が震えて立っているのがやっとだ。かくいうオレも限界だ、すでに膝どころか腕までついて思いっきり喉から込み上げてきたものを出してしまっている。
「おぇぇぇ……き、きつい……もう、もう語りかけてくるのは、やめて、くれ……」
「人間、生まれたからにはいつかは死ぬ……その概念を曲げちゃいけなかったのさ……強情なあたいでも、今よくわかったよ……」
「で、でもウチら何もしてないよ……」
「あたいらを個として認識するような相手じゃないってことさ、メリッサ……」
――――ひとまずは魂を引き留めし者よ、汝には冥界の深層タルタロスにて永劫の苦を与えよう
「ハ、ハハッ……まずは僕か……残念だなぁ、あのクソリュアがどんな顔するか見たかったのに……」
もうくの字の恰好で悶絶するだけだ。ひたすらやめてくれと叫んだところで終わらない。ジュオに関しては自業自得とはいえ、あんなものに拉致されるとなると少しだけ同情してしまう。
しかもタルタロス、ぼんやりとだけど聞いた事がある。許されない罪を犯した魂が落とされる無限空間。死んで逃げる事もできず、気絶にできず、発狂しようが何百年も何前年も苦痛を受け続ける。実在したなんてこの瞬間になるまでは絶対信じなかった。今、この時点でも苦しすぎて助けてほしいくらいなのに、それを何百年も。
「じゃあな、バカども……一足先に冥界で待ってるよ……」
ジュオの体が、あのでかい左手に急速に引き寄せられる。痛みも感じない、死も怖くないと言い切ったあいつでもやっぱり不安だろうな。この世で絶対に怒らせちゃいけない奴、やっぱり魔術界の連中は正しかった。頭の固いジジイどもばかりと思っていたけど、それなりに勉強してる。
「アハハハ……ハハハハハッ! じゃあなー……!」
「散々好き放題やっておいて、お別れとかあり得ないからね」
ジュオが冥王の左手に到達する前に、何かが遮る。竜にまたがったそいつが剣で一振りすると、糸が切れたように引力が消えてなくなった。引き寄せられていたジュオは空中で自由になって、港の倉庫の屋根に落ちていく。
「な、なんだぁぁっ……うわッ!」
「ジュオでも高いところから落ちたら驚くんだね」
「そりゃそうでしょ……一応、人間だもの」
あの冥王の左手がすぐ近くにあるのに、平然としている。そりゃそうだ、冥王が冥界のトップならあの2人はこの世界で最強だ。
「リュアちーん! 信じてたぜい!」
「リュアさん!」
「リュア!」
エルメラ、メリアさん、女豹団の連中まで。今の今まで死を目の前にして、のたうちまわっていたのにケロリとしてやがる。不思議だ、あの2人が現れた瞬間から自分の中から不安と恐怖がウソみたいに消えてなくなっていた。
「遅いです、コノヤロー!」
「シン、いたんだ……」
「死ぬところだったです! それもこれも、お前達が置いてきやがったせいです!」
「ごめん、すっ飛んできたけど本当にギリギリだったね……」
「リュアだーッ!」
「憎い奴だったが、味方にすればこれほど頼もしいとはな……!」
黒いツルッパゲと包帯野郎までもが、あの2人を歓迎している。皆、元気に立ち上がってリュアの名前を叫び、もうあそこに冥王がいる事なんて誰一人として認識していないんじゃないか。
「イ、イーリッヒにゲトー?! ミミーにネルバまで……」
「クロノエル様のおかげだね……。でも悪さをしている様子はないよ」
「そ、そうだ! オレ達がせっかく歩み寄ってやろうとしてるのに、そこにいる冥王って奴が邪魔するんだ!」
「そ、そう……」
あの黒いツルッパゲ、イーリッヒっていうのか。なんだか調子のいい奴だな。魔族ってのはかなり好戦的だと思ったけど、ここまで変われるものなのか。
それにしても不思議だ。リュアねえちゃん、もしかしてオレ達の中にある恐怖を”破壊”したんじゃないか。あの2人が来たという安心感だけじゃ説明がつかない。
「冥王……。死の世界の王様だっけ」
「死の世界というより、一つの世界の王様だよ。天界やマーティちゃんで学んだもん。本当の意味での神様なんてどこにもいないって」
「調停神マディアスも正体を知れば、あんな女の子だもんね。案外、冥王も実は人間だったりして」
――――魂を破壊する者、魂を再生する者。汝らこそが最も罪深き咎人。冥王の名において、審判を下さん
「だってさ、クリンカ」
「違う世界ならそれぞれ楽しくやっていればいいのに、どうして壊そうとするのかなぁ」
冥界のトップといえば、この大陸を滅ぼしかけたマーティと同クラスだ。下手すればそれ以上だってのに、なんであんなにあっけらかんとしているんだ。でもだからこそか、だからこそオレ達は安心できる。
【冥王の左手の死期尚早! ラーシュは死んでしまった!】
安心して――――
【エルメラは死んでしまった!】
【メリアは死んでしまった!】
【イーリッヒは死んでしまった!】
【ゲトーは死んでしまった!】
【ミミーは死んでしまった!】
【ネルバは死んでしまった!】
【アマネは死んでしまった!】
【ランダは死んでしまった!】
【メリッサは死んでしまった!】
【エイキチは死んでしまった!】
【シンは死んでしまった!】
【マーティには効かなかった!】
「エンジェルリカバー」
【ラーシュは生き返った!】
【エルメラは生き返った!】
【メリアは生き返った!】
【イーリッヒは生き返った!】
【ゲトーは生き返った!】
【ミミーは生き返った!】
【ネルバは生き返った!】
【アマネは生き返った!】
【ランダは生き返った!】
【メリッサは生き返った!】
【エイキチは生き返った!】
【シンは生き返った!】
あそこにいるのは最強なんだから。
――――あり得ぬ
「あり得ないけど、ここにいるのがボク達だよ」
「そちらの世界の決まり事はわかりませんがこれ以上、この世界に手を出せば」
「「許さないからね」」
今、確かに意識が途絶えた。ほんの一瞬だけど、体中の温かさが消えていって深い海の底に落ちていくような感覚。今のが死ぬって事か。だけど、だとしたら。海に沈む前に優しく広い上げてくれたあの何とも言えない温もり、”生”かもしれない。あれが死の淵から拾い上げてくれたんだ。
――――破壊と再生。魂すらも概念すらも断ち切る、理を超えた存在
もうこの声を聴いても平気だ。あの左手が完全に止まっているし、リュアねえちゃん達に気圧されているのがよくわかる。
――――死をも超える存在
【冥王の左手は空間の奥に消えていった!】
亀裂が閉まり、辺りも段々と明るくなってくる。あの冥王が怖気づいて逃げていったなんて、目の前で起こらなきゃ絶対に信じない。こんなの誰かに話したって笑われすらしない。ギャグとしても寒いんだろうな。
「……はぁ。大人しく引き下がってくれてよかった」
「まさか冥王まで倒しちゃうわけにはいかないもんね」
「アハハ……あんた達、ちょっと見ないうちにいろいろ超えちゃったんだねぇ」
この異常事態が終わって真っ先に声をかけたのはアマネさんだ。それでもちょっと声がうわずってる。
「私からそちらに通信しようとしたのですけど、シャットアウトされてましたし。リュアさん、どうやっていち早くここに?」
「SSSランクになったおかげでいろんな情報がすぐに手に入るんだ。七法守の一人に、情報をすぐに拾える力を持つ人がいてさ……。その人が持ってる情報は世界中、どこの冒険者ギルドにいてもすぐ聞ける」
「へぇぇ……七法守がねぇ。リュアねえちゃん達は相当気に入られたみたいだな」
「他にも最大限バックアップしてくれるみたいだし、本当に助かるよ」
「ケケ、ケケケッ……。いい気なもんだね。僕はどれだけ惨めな思いをすればいいんだか」
当然のように生きてるジュオが、また生身でふらつきながらも近づいてくる。こいつ、この期に及んでまだやるのか。
「お前がどうやったら苦しむか、必死に考えたんだけどなぁ。こんなに一瞬で破られちゃってさ。どうせお前らも満を持して登場してこの程度かって思ってるんだろ? そりゃそうだ、こんなインチキみたいなのをどうこうできるわけないだろ。むしろ期待してた奴なんているの?」
「ジュオ、落ち着いて。何言ってるのかわからないよ」
「主役がちやほやされて、僕みたいなのは噛ませなんだよ。何かしてやろう、いつか足元すくってやろうって思ってたし何ならクリンカちゃんだけでも奪おうって思っても隙もないしさ。どうしようもないよ、さぁ殺せよ。破壊してみろよ。どうせ痛みも何もないからね」
「そうなんだ……苦しまないからそんな態度でいられるんだね」
「……ッ! ぎゃぁぁぁ!」
リュアねえちゃんが容赦なく、ジュオに斜め斬りを入れる。こんな奴でも赤い血が通ってたのかと冷静に確認できた。鮮血が噴き出して止まらない。
「痛い痛い痛いああぁぁぁなんでだぁぁぁぁ!」
「何をやったか知らないけど、痛みを感じなくしているならそれを”破壊”したよ。お前は少し痛みを知ったほうがいい」
「痛い助けてなんでだなんでああぁいいだいいいい!」
「……あなたの境遇には同情する。でもごめんなさい、あなたとは付き合えません。私にはリュアちゃんがいます」
「このタイミングで振るとか、シビアっすなぁ……」
こればかりはエルメラにも同意だった。血が流れに流れて、いよいよ動きが鈍くなってきている。このまま放っておけば死ぬと思う。
「や、やっぱり、僕なんか……敵にすら、なれなかったなぁ……ヒヒッ、もう、殺せよ……こんなゴミなんかさ……」
「やだよ」
「エンジェルヒール」
リュアねえちゃんとクリンカねえちゃんは心が繋がっているのか。なんでこう行動が一致するんだ。ジュオの傷どころか、顔色もよくなってる。不健康な土気色から張りのある肌に生まれ変わっていた。
「こ、これは……一体何をしたんだッ!」
「お前に触れても、もう誰も冒されないよ。ボクはお前が嫌いだから殺さない。嫌いだから、惨めに生きてもらうんだよ。悩んで苦しんで、この先ずーっとね」
「だったら、その辺の町でもめちゃくちゃにしてやろうかな! お前が僕を殺したくなるまでね!」
「それは無理だな」
颯爽と港の奥から現れたのは黒衣のマントを翻したかっこよさげな男だ。その後ろを歩くのは11人の男女。どいつもこいつも黒マントとは対照的に、特徴のない人間だ。いや待て、あの中の一人は見たことあるぞ。忘れもしない。
「魔王……! それにお前らは……」
「魔王軍やってた時からお前は陰険で嫌いだったけどなぁ。一応、敬愛する魔王様の命令さ。これからはオレ達と生きてもらうぜ」
「ジ、ジーチ! 死に損なったなんて聞いてないぞ!」
あのフランクな野郎はゴーレムを率いていた十二将魔の一人、ジーチだ。ウィザードキングダムを危機に陥れた片腕が岩の野郎。でも今はそれすらない。見る限り普通の人間だ。
「魔王様ぁ!」
「シン、いい子にしていたか」
「しまくってたです! でもなんでここに?」
「リュアの頼み事を聞いてやろうと思ってな。かつての同胞がどうしようもない事をやっているから叱ってやれと……」
「心底キモくて嫌だったんだけどさー。ま、同情心ってやつ? みたいな?」
「ラフーレ……!」
ここにいるのは魔王とその幹部達だ。とんでもない連中まで復活したと思うけど、すでにもっとやばい奴がいるからな。
けど魔王といいこの連中といい、どうも解せない。こいつらに脅かされて殺された連中だって大勢いるだろうに。こんな連中がのうのうと生きていて、許せない奴らだっているはずだ。オレとしても、ジーチの顔だけはまともに見たくない。
「言っておくけどねぇん、私達いろんなところからすごーく恨まれてるからん。イージーな人生とはいかないわよん。それでも引っ張っていくから覚悟なさい」
「チルチル……お前までどういう風の吹き回しだよ。生き返った瞬間、心を入れ替えたとでもいうのかい。お前もだ、パンサード。獣みたいに凶暴だったくせに……」
「そりゃ今でも納得いかねえし悔しいさ。けど魔王様に上から押さえつけられてるんじゃ、大人しくするしかないわな」
「とかいってるけど、慈善活動と称して魔物相手に暴れるのは結構気に入ってるみたいだよ」
「余計な事言うんじゃねぇぞ、ヴィト」
「どいつもこいつも……ほとんど覚えてない奴らのほうが多いのにさ……最後の最後でしゃしゃり出てきて……」
元々意味わからない奴だけど、さっきからマジで何を言ってるんだ。ともあれ、魔王がいるんじゃな。ジュオは観念したのか、悔しそうにわなわなと震えてるけど行動を起こすに起こせないって感じだった。
「わざわざありがとう」
「こちらの居場所まで特定してまで、ジュオが心配だったんだろう?」
「いや別に」
「おう、リュアちゃんよう。ウィザードキングダムで辛酸を舐めさせられたのは忘れちゃいないからな。戦いは質でも量でもない、質量だと今度こそ思い知らせてやるよ」
「俺もお前に負けっぱなしなのは癪だからなぁ! どうだ、ここでいっちょパワーアップしたビーストマスター・パンサード様と一戦交えるってのはどうだ?!」
「へぇ、じゃあ二人で来てよ」
ジーチとパンサードの威勢はそこまでだった。オレすら、今は冷や汗かいたもん。リュアねえちゃんから漏れた殺気を、ほんの少しでも肌で感じてしまったから。しかもあの2人に至っては一度、負けている。心の底では勝てないってわかってるだろうに、強情張るからこうなる。
「まぁ……今はな」
「それよりジュオを連れていくのが優先だったな」
これにはオレも笑う。ここぞとばかりにシンもゲラゲラと、そして密かにマーティが笑いを堪えていた。人間、魔王軍、エルフ、魔族。どれもバラバラでいがみあって、殺し合っていた。共存なんて誰もが考えなかったと思う。復活したのはクロノエルって人のおかげだけど、それだって元を辿れば誰がきっかけを作ったかって話だ。
「心を入れ替えたならさ、カシラムの王都でも見学するといいよ。いろんな意味ですごい町だから。王様なんか、闘志だ!しか言ってないもん」
「辛い料理がすっごく多いんだよ! あぁ……リュアちゃん……もう我慢できないよぅ……」
「ま、待って。わかったから、寄りかからないで……」
そう、この2人なくしてこの状況はなかったんだ。まだまだ課題は多いけど、争うよりは仲良くしたほうが絶対マシに決まってる。種族や立場や考え方での違いという概念を”破壊”して、皆の関係を”再生”した。もしかしたらこれも天性のおかげか、いや。どうかな。
「もう無理ィ……リュアちゃぁん……」
「こうなったら、おんぶして連れていくしかないかな……これこそ、クリンカが言う甘やかしな気がしてならないけど……」
2人の絆か。なんだかオレも羨ましくなってきた。オレにも信頼できる相手がいれば、もっと違った人生になるのかな。必ずしも幸せになるとは限らないけど、この2人みたいに努力をすればきっと。
「はぁぁ……おなかすいたぁん……」
「段々腹立ってきたよ……」
大丈夫だと思う。多分。
◆ シンレポート ◆
めいおうとか もはや じかんを かけるあいてですら ない!
といわんばかりに つよい
もう これ さいきょう
あ つい れぽを してしまったです
もう ひつようないと いうのに やれやれ
ここは しんが おとなになってやるですか
まだまだ あいつらには しんが ひつよう
「なになに、あいつらにはシンが必要? うわぁ、よくこんな思い上がれるねっ!」
「ひっ! エルメラァァァ!」
「さて、頃合いを見て尻尾を掴んでやりましたが。どう、隠し持ってるオヤツでいいよ?」
「ぐぬぬぁぁ! よくも、よくもシンのプライベートにぃ!」
「エルメラ、ちょっと」
「ハイお姉ちゃんいい子にします大好き!」
ちゃんちゃん




