第348話 後日談 シンの憂鬱 後編
◆ カシラム王都 冒険者ギルド ◆
「この届け物を渡せば依頼は終了です」
「それで、やっとCランク……。ほとんどお使いの連続で気が狂うかと思ったよ。リュアちん達、よくAランクになれたね」
「経験というよりは今は信頼と実績の積み重ねの段階……それらがない人に高度な依頼は任せられないというのは理に適ってます。これ、ギルドマスターの七法守という方々が定めたそうですね」
「リュアちん達が呼び出された”冒険者ギルド本部”にいるっていう? 偉そうだけどルルドが暴れてた時に何もしなかった時点で」
「そういう事言わないっ」
グダグダしながらも、届け物をギルドの受付に渡して終了。中身はどんな重要なものかと思ったら、お菓子。腐るものではないですが、どんなものでも運べと言われたら運ぶ。どんなに遠くでも。それでも文句を言わずにこなすという精神トレーニングだそうです。何度、誘惑にかられて食べそうになったか。
「晴れてCランクですね。これからは討伐依頼なんかもガシガシ受けられますよ。ガッシガシ!」
「ブイブイ受けて、アタシらの力を見せつけてやろーね! 『なんでこんな奴らがCランクなんだ……?』とか驚かせてやろうね!」
「あまり超越した力を見せても、人はなかなか呑み込めません。リュアさん達も自分達の実力が認められるまで、結構時間がかかったと言ってるのよ。理解できない現実を受け入れるというのは、なかなか難しい事なの」
「はーん……凡人って大変だねー。アタシはマディアスだろうがルルドだろうが、関係なかったけどねー」
「でも認めたくなかったでしょう?」
「んむ……まぁ、ね」
リュアに挑んで散っていった奴らが後を絶たなかったのも、今ならわかるです。人じゃなくても、認められない。そう考えれば、このランク制度もますます妥当なのです。
◆ カシラム王都 大通り ◆
なんだか騒がしい。元々雑多な町ですが、あそこの一角は一際賑わっている。男達が熱狂的に何かを叫んでいるです。
「今日はぁ、皆にお歌を聴いてほしくてぇ! ネルバ、寝る間も惜しんで一生懸命考えたの!」
「俺も寝る間を惜しんでこの日を妄想したぜぇぇぇ!」
「皆さん、今日もじゃっきんですのー」
「ミミーちゃんとじゃっきんしてぇぇ!」
さすがのエルメラもそりゃ固まる。あそこにいるのは邪貴族のネルバに魔族のミミー。エルメラが倒したはずのネルバがミミーと並んでコンサートめいたものを開催しているのです。キリウスはよかった、だけどああいう余計なのまで復活してしまったのは弊害どころではないのです。
特に邪貴族は危険な奴です。ヴァンダルシアの娘にして、暗黒時代を謳歌した皇女。あのエルメラすらも苦戦させたほどの”拒絶”の天性を持つです。でも今はメリアもいる、いざとなれば奇跡も起こる。怖くはない。むしろ怖いのはなんであいつらが組んで、人間に馴染んでいるのか。そこが怖い。
「お姉ちゃん、あいつの顔わかるよね?」
「……ビックリしたわ。忘れもしない、ヴァンダルシアの隣でいつも面白おかしく笑っていた子よ。人が殺されようと拷問されようとね……」
「殺っちゃう? あいつの歌って、インチキはあったけどそれでも聴いた奴らを虜にする何かがあるもん」
「それにしてはこの様子は変よ」
「噛んだァ口内でェ! 血の味がァ! ほんのりィ! じゃっきん! じゃっきん! やり場のない怒りはァ、恋を思いだぁすぅ!」
確かにおかしいです。ゆんゆんな曲で、聴いているだけで釣られてしまいそうな魅力はあるです。人の前で腕が翼になってハーピィになる下りに誰もびびらない。獣人が歩くような町で、それ自体は今更ですが完成化したり元に戻ったり。こんな事、ありえるですか。
「よう、シン」
「ひゃぁん! お、おおお、お前ぇ! イーリッヒ! それにゲトー!」
「構えるな。もう復讐など考えていない」
リュアに倒された魔族の同士達。いじめられたシンにとっては嫌な思い出しかなくて、生き返っても素直に喜べない。複雑な気持ちなのです。
復讐を考えていないというのは見た目で一発です。イーリッヒは全身が黒い体の上に蝶ネクタイにピチピチのスーツ。ゲトーもターバンと包帯で顔を覆ってるのは変わらないですが同じ。こっちのほうがかえって不気味なのです。
「そりゃ当初はメラメラと復讐を考えたさ。でも今のままじゃ返り討ちに遭うからってさ。目が覚めた後、まずはアボロのおっさんを探しにいったのよ」
「運よくノイブランツという国で見つけられたはいいが、何やら奴には協力を得られそうになかった……思えば当初から我らとの熱がまるで違ってはいたが」
「それどころか、暴れたりなんかしたらリュアの前に俺が許さんってな具合でさ。流れに流れてアレをプロデュースしてんのよ」
アレというのはネルバとミミーのデュエットです。後は説明されなくても、この路上ライブの影でこいつらがいろいろやり繰りしているのはわかる。あれだけ大暴れして復讐の事しか考えてなかった奴らが、信じられないのです。しかも似合わなすぎるこんなスーツまで着て、かえって不気味です。
「やってみたら結構楽しくてよ。なんていうか、歌でニンゲンどもを支配するってのも悪くねえなって思ってさ」
「そりゃわかるけどイーリッヒよぅ、あのネルバはヴァンダルシアの娘だって知ってるん?」
「なんだとッ?!」
「知らなかったんかい」
「いや、珍しい魔物が飛んでいたもんでさ。気まぐれに声かけて襲ってきたらぶっ殺そうかなーくらいに思ってたけど、ミミーと気が合っちゃってコレよ」
「よかったね。ミミーがいなかったら返り討ちだったね」
「そんなに強いのかよ……」
復活して早々、死ぬところだったようです。まさか他のご家族まで復活してないですか。ホント、ギリギリな時間操作すぎて下手すればまた被害が出るところだった。しかしこうなってるというのは、それこそ奇跡の巡り合いです。
シンにとってはこんな奴らでも数少ない魔族の仲間。こうして人間社会に溶け込んでもらえたなら、それはそれで嬉しい。人間、獣人、魔族がこうして手を取り合って生きていく世界が実現しつつある。リュアとクリンカに教えてやったら腰抜かすはず。今頃どこにいて、どこの災厄を消し飛ばしてるのか。
「まぁだからといって今更どうこうするわけでもねえかな。何せアボロのおっさんが目を光らせているからさ。しかしあの様子だとまさかアボロのおっさん、リュアに負けたりしてないよな……」
「コテンパンにされたらしいよっ! ちなみにアンタらと戦った時よりも強くなってるから、マジで気をつけてね!」
「ウソだろぉぉぉッ!?」
こいつらにとってアボロは絶対に逆らえない存在だったのです。魔王軍では四天王なんてくくりでしたが、どう見ても実力差がありすぎる。今思えばアボロだけ熱が違ったのも、そういうところも影響しているかもしれない。
「フン……まぁ、すでに我らには関係のない事。むしろ世が平和になれば、ああいう力しか能のない奴こそ生きにくい。エルメラ、お前もせいぜい達者でやるんだな」
「ゲトーごときに諭される日がくるなんてねっ」
「そっちの豊乳ねーちゃんもな。そんなわけでオレ達も忙しいからさ、あんまりお前に構ってやる時間もないからよ」
「お前今、お姉ちゃんになんつった? 心臓とかいろいろ潰されたい?」
「悪かった……えっ、姉って確か死んだんじゃ……」
エルメラにも逆らえなかった。顔を赤くしつつも、すごい目で魔族どもを睨んでいるです。異性との関わりについてカビが生えたような観念を持ち合わせている。それほど純なのです。シンもまた純。お胸、ないけど。
「……じゃっきん、じゃっきん」
「マーティちゃん?」
「じゃっきん」
「オイこれハマっちゃった奴? お姉ちゃん、さすがにこれは悪影響しかないんじゃない?」
「いいのよ。何でも興味があれば触れてみてほしいの。何事も経験……ただしエッチなのは許しませんが」
「マジすいませんエルメラより怖い」
いい傾向かはわからないですが、段々と人間らしくなってきたのは事実。しかしこうもとんとん拍子でうまくいくとは。本当に奇跡が起こっていたりして。あ、まさか。
「……?」
いつの間にやら肉饅頭を買って与えていたようで、リスみたいにほおばってる。マーティの奇跡があれば、この町も平和になりそうです。
◆ カシラム王都 南 カシラム港 ◆
「あー、疲れた。 ねぇ転移魔法でビューンってこれなかったの?」
「カシラム国には来たことねーし、無理だっつの」
「……ありがとう、ございました。アマネさん」
「いいさ、もちろん船代なんかいらないよ」
女豹団の船で数ヵ月ぶりにオレ達はこの大陸に来た。カシラム国王がこの国にも魔法を広めたいらしく、その為にウィザードキングダムにまで打診したらしい。あの冷徹なうちの国の王様が認めるわけがないと思ったけど、意外にすんなりと受け入れた。
大役すぎて立候補する輩が多くて、選定には苦労するかなーとか思ってたけどあっさり。オレとトルッポねえちゃんが特使として選ばれてしまった。オレだけじゃアレだから、交渉役としてトルッポねえちゃんもという話だけど正直向いてない。お礼をハッキリ言えるくらい、だいぶマシにはなったけどまだまだオレ達以外の前ではぎこちないし。その仲介役をやってくれるから、ある意味オマケのこいつはありがたいんだが。
「はぁー、疲れた。王都はすぐそこだし、宿は向こう持ちでとってもらってるんでしょ? 早く休みたい」
「お前、オマケのくせにうるさいな。呼ばれたのはオレとトルッポねえちゃんだけなんだぞ。魔法だってまだまだのくせに……」
「いいじゃない。私だって勉強になるかもしれないし」
「だったら少しは静かにしてくれ……」
ルトナは文句ばっかりでうるさいし勝手についてくるし、そんなにオレに構ってほしいのか。最近はいつも一緒にいるから、冷やかされる事も多くなった。女豹団の船にいる時も散々からかわれたな。乗せてもらった手前で絶対に言えないけど、女だらけで居心地はあまりよくなかったし。
「ボウズ! 何かあったら俺が駆けつけてやるからな!」
「あ、あぁ。ありがとう、エイキチさん」
以前は女豹団って女しか乗せなかったらしいんだけど、最近は違うらしい。この超マッチョのエイキチさんなんか、前はアズマの山奥にいたらしくて。話を聞けばリュアねえちゃん達に助けられたとか。しかも、あの化け物みたいなランダとかいう人と夫婦なんだから笑っちゃう。筋肉夫婦じゃん。
気に入られる為にかなり努力したみたいで、オレにも散々女の扱いとかそんなのをレクチャーしてきた。オレなら好かれるためだけに女に媚びへつらうとか、死んでもゴメンだけどな。リュアねえちゃんとか、すげぇのは女とか関係なしに世界まで救っちまうから自然に認められる。そうだ、オレが尊敬するのはとにかくすごい奴だ。男とか女とか関係ない。
「女豹団って前は入港できる港があまりないって聞いたけどさ。カシラム国には入港できるんだな」
「草の根運動とは言いたくないけど、アタイらもがんばったのさ。しかもあの英雄リュアを乗せた事があるなんて知られたもんだから、手の平返した連中もいるよ」
「ひぇぇぇ……リュアねーちゃん、恐るべし」
「カシラムは元々懐が広いからね。荒くれだらけで痛い目にあった船乗りも多いけど、礼節さえ弁えていればこんなにいい港もないさ」
魔物も逃げ出す女豹団にリュアねえちゃんとか、もう誰も近づかないんじゃないか。実際、港の連中も一目置いているのがよくわかる。荒々しく積み荷を運んでいるけど、幹部のメリッサさんの指示にはきちんと従っていた。裸みたいなエロい恰好してるし、男達がチラチラと目にやり場に困ってるのがちょっと面白い。
「ね……ランダさん。エイキチさんとの馴れ初めだけどさ……」
「あぁ、最初はなんだこのヒョロ男って感じでさ……」
ルトナはやたらランダさんに恋愛絡みの話を聞いてるし、なんでああいうのに興味があるんだろ。あくびが出そうになって空を見上げると、なんだか薄暗い。晴れているはずなのに、どこか全体的に彩度が落ちてるっていうか。
「……そうかい。リュアの奴も生きがいを見つけたようで何よりだよ。前に乗せてやった時なんか、どこを歩いていいのかわかってなさそうだったからね」
「他の奴らよりも早く学園を卒業して調子に乗ってたオレなんかより、よっぽど立派な悩みだよなぁ……」
「悩みに優劣なんかないさ。そんなものは乗り越えちまえば過去のもの、今の自分を誇ればいいんだよ」
「うん。オレも立派になっていつか人にそう言える立場になりたい」
「……曇ってきた? いや、なんか変だな……」
「オイオイ、霧も出てきたぞ」
アマネさんと談笑をしているうちに、ますます薄暗くなってきた。霧が出るような条件は整ってないし、誰かの攻撃か。こういう時、女豹団は切り替えが早い。アマネさんが港の人達に逃げるよう呼び掛けている。団員の子達もすでに戦闘態勢だ。
「あれ、船が向かってくるぞ。今日、入港する予定の船はもうなかったはずだが……」
「一隻、二隻……は?! なんだよ、ありゃ! 何隻いるんだよ!」
海の向こう、霧でぼんやりとした中で帆船が影みたいに浮かび上がってくる。ずらりと並走して、その数は何十隻もあった。しかも普通の船じゃない。帆はボロボロで、船体も腐ってるんじゃないかってくらい所々が欠けている。穴だらけの船体の上には誰も乗ってない。
「アマネさん! ありゃ、生きてる船じゃねーぞ! しかもあんなにたくさん! 普通じゃねぇ!」
「はぁ……まさか幽霊船かい。長い事、航海をやっていると出くわすモノだけどさ……あの数は異常だよ。誰の仕業だろうね?」
「こんな芸当できる奴、一人知ってるよ……オレ戦った事あるもん」
「そいつの名前は?」
「ネクロマンサー……ジュオ」
ネクロマンサーと自分で呟いて、頭の中に電撃が走ったような感覚を覚えた。ネクロマンサーは魔術界でも禁忌の扱いで、お偉いさんの中には倫理がどうとかいって批判するのもいる。だけど根本的な問題はそこじゃない。ネクロマンサーの問題点はまさに死者の魂を操るという点だ。
なんでジュオがそれをわかっていてネクロマンサーをやっているのか。まさにそこだ。それこそがあいつの本当の目的だったんだ。
「あいつは僻み根性だけで世界を混乱に陥れるような奴だ。その為なら自分すらも犠牲にする……」
「わかるように説明してくれないかい?」
「ネクロマンサーってのは死者の魂をこの世界に止めて操る。魔術界隈でも毛嫌いされていた理由は、それをやると絶対に怒らせちゃいけない奴がいるからなんだよ」
「へぇ、リュア以上に怖い奴でも?」
「冥界……」
自分で言っておいて、この世の終わりを感じる。冥界はおとぎ話でも何でもない。天界と同じように、確かに存在しているんだ。死んだ生物の魂は冥界に落ちる。それを阻止してしまうのがネクロマンサー。だからハストのじいちゃんも、ネクロマンサーだけはダメだと言ってた。
「せっかく……せっかく平和になって……元通りになったのに! ジュオのクソバカ野郎!」
こんな挑発に乗る奴でもないし、近くにいるかもわからない。それでも叫ばずにはいられなかった。




