第343話 壊れゆく者
◆ アバンガルド王都 跡地 北 ◆
【永久の霊帝ルルドの召雷! 天から無数の雷が落ちる!】
「今更、天災がどうかしたかぁッ!」
【アボロに35のダメージを与えた! HP 419985/450000】
【永久の霊帝ルルドの神刀両断!】
「フォファファ! 聖剣ホープティングにかかれば、大陸の地形を変えるなど造作もない!」
「児戯ィ!」
【アボロに18のダメージを与えた! HP 449967/450000】
奴の術か何かでバカでかくなった剣を俺はあえて肩で受ける。聖剣ホープティング、勇者の血族にしか扱えぬ謎多き剣。もし剣に意思があるならば、悪党に成り下がっても勇者と認めるその根性は立派な魔剣ではないのか。扱う者によっては、俺に回避を考えさせるほどの一撃を繰り出すというのに。
「歴代の勇者の中でも貴様は最低だな」
思った通りの感想を吐いた。単体の力だけを見れば歴代でも脅威だが、こいつには何一つ培ってきた精神の根底がない。仲間と育まれた絆、絶対に何かを守りたいと願う意思。それが時として人間に思わぬ力を発揮させることがある。
この血族を相手取った当初は、余裕を見せて深手を負いかけたこともあった。だがそれは単体の力によるものではない。諦めない心が偶然を必然にし、俺の命にまで届いたのだ。こいつはどうか。
「数多の術を会得しているようだが、貴様は所詮人間なのだ。リュアのような異端ではない」
「英雄殺し……魔禍……。まさに我らにとって天敵のようだな……ごふっ……おのれぇ……!」
叩き割った仮面の奥には、青年の顔があった。何らかの術で不老を維持しているのか、口調と外見の印象にズレがある。
「お前のような下衆にも劣る輩がいるから、世界は汚されるのだ……! 気が遠くなる年月をかけて自然が作り上げたものを、お前のような移民が荒らして回る……! それは到底許される事ではない!」
「俺のような奴が生まれたのも、また自然の一環と捉えれば気が楽になるのではないか?」
「笑止ッ! いつの世も異端は蔓延る! その都度、修正せねばならんのだ!」
【アボロはビッグバンナックルを放った! 永久の霊帝ルルドに132122のダメージを与えた! HP 1322/444444】
「うげぁッ!」
耳を傾けてみれば、予想を下回る下らなさだった。自分にとって都合の悪い生物のいない世界を望むという、極めて俗の域を出ない願望。何かの障壁で我がビッグバンナックルの衝撃を軽減したようだが、無駄な足掻きだ。
【永久の霊帝ルルドは両手で印を結んだ! あらゆる呪いがアボロを襲う!】
「ぐふ、ふぉふぁ……万に届く邪術を極めるのがこのルルドよ……中でも最高の呪いを」
【アボロの攻撃! 永久の霊帝ルルドに35043のダメージを与えた!】
「恨みなど買い慣れている」
もはや作業だ。体をぶち抜き、残った四肢も丁寧に拳で粉砕した。俺がどれだけの奴らの仇になったと思っている。己の命と引き換えに呪いをかけてきた奴らなど数えきれん。
【永久の霊帝ルルドを倒した! HP 0/444444】
「貴様より上手に行く末を決められたのでな。やるならまずは俺の運命を呪え」
「ま、だ、だ……まだ……フォファファ……ファ……」
まだ喋るがほんの一時的なものだろう。すぐに死ぬ。俺は踵を返して、とっとと本命の神のところに向かった。何の感慨もない敵だったが、一応は勇者一族だ。死に間際に何か執念を見せるかと思ったが杞憂だったようだ。もはや聞き飽きたその断末魔に俺は何の思案に暮れることもなかった。
◆ アバンガルド王都 跡地 ◆
【調停神マディアスは両手をリュアに向ける!】
まだやる気みたいで、座り込んだまま睨みつけてきた。急に体が熱くなって頭痛もして、ついでに吐き気がこみあげてくる。この程度の奇跡ならまだ起こせたらしい。普通の人なら寝込んだ挙句、命に関わると思うけど苦痛なんて奈落の洞窟で経験済みだ。
「自然を荒らした人族にはこのような災いを振りかけた。人々は原因不明の病を祟りとして夜が何度明けようと祈りを捧げ続けた」
「それで許してあげたの?」
「二度はない」
よく見たら結構華奢で、こんな体でボクの攻撃を避け続けたのかと思うとちょっと自信なくなる。そのくらい奇跡というものがすごくて、本来は滅多に起きないはずなんだけど。
それにしてもさすがに朦朧としてきた。頭がズキズキするし正直いって立ってるのがやっとだった。
「はい、エンジェルヒール」
マディアスの振り絞った奇跡をクリンカが容赦なく取り払う。体が軽くなり、頭もスッキリ。元気になった証拠として、少しマディアスの周りを跳び回ってみた。そしたら下唇を噛みしめて、すごい形相で睨みつけてくる。
「そんな風に見せつけて……!」
起き上がって飛びかかり、ボクを捕まえようとしてきた。だけど思った通り、身体能力は本当に低い。半分寝ていてもふわり、ふわりと余裕をもってかわせる。そうこうしているうちにまた瓦礫に躓いて転ばせてしまった。
「んぐぅぅ……ひっく……」
「あ、あーあ……ごめんね」
「リュアちゃん、泣かせちゃダメでしょ。なんで跳び回ったの」
「なんとなく……。でも神様なのにこの程度で泣いちゃうの?」
「わ、わだしは、調停神マディアズ……」
ちょっと意地悪しすぎた。ボクの”破壊”がこの子の”奇跡”を打ち破れなくてイライラしていたせいもある。天性にはやっぱりどれが強いみたいな上下があるのかな。世界最強の男も”勝利”一つで生きてきたし、ボクなんか”破壊”の力に気づいたのなんて最近だもの。
「決着がついたようだな」
「クロノエル様……無事だったんだ」
舞い降りて来たクロノエル様が、へたり込んでいるマーティの横に立つ。無事で当たり前か。時間を操れるなら、いくらでも回避できるだろうし。でもあの空の亀裂の様子からして、天界は跡形もなく滅んじゃったのかな。
「クロノエル様、話していただけますか。何故、この子が調停神マディアスなのか……」
「……すべては私の責任ともいえる。少し視てもらおう」
クロノエル様が何かやるなと思った時には終わっていた。初動もなしに辺りが変わり、足元の地面も消えている。
◆ 追憶の回廊 ◆
青と白が混ざったような上下左右が果てしなく続く空間。立っているような浮いているような、ハッキリとした感覚さえない。またすごい事をやったな。ボク達と戦ったら負けるとかいってるけど、本当にそうなのかな。
「ここは時空間の中にある追憶の回廊……時の流れの中で起きた事象をすべて記憶して映し出せる」
それだけを説明してまた空間の風景が変わる。今度はのどかな村だった。だけど家は天界で見たカウーラおばあさんの集落よりもひどい。木と石とめちゃくちゃに組み合わせているだけだったり、洞穴から人が出入りしている。
「過去に起きた事象なので干渉は出来ぬ。何が起こっても歯を食いしばれ」
要するにブランバムのホログラフみたいなものだ。毛皮の服を着た人達が暮らすこの風景はどれだけ昔だろう。
◆ 追憶の回廊 マーティが住んでいた村 ◆
「マーティ! 転んで怪我しちゃった! 治してよぉ!」
「……はい。これでもう痛くないでしょ?」
「うわぁ! 痛くない! マーティ、ありがとう! そうだ、マーティも追いかけっこやる?」
村の一角で何か細々と作業をしているマーティ。今の服装と同じだ、見た目も変わらない。だけど子供達に囲まれてずっと微笑んでいる。今の冷たくて何の感情も感じられない表情とはまったく違っていた。
「あ……ごめん。マーティは走っちゃダメなんだっけ」
「気にしないで、私の分まで遊んできて。ここで貝殻を紡いでいるだけでも楽しいし」
気まずそうに振り返りながらも、子供は走って輪の中に戻っていく。それを見送ったマーティは手元の貝殻に目を落とし、何か考え込んでいるように見えた。
「クロノエル様、マーティってやっぱり普通の女の子だったの?」
「生まれつき体が弱く、満足に遊べない子供だったようだ」
「ようだって……」
「マーティ! 大変だ! 狩りに出かけていたクームとナポルが重傷だ!」
マーティの後ろからそう呼びかけたのは村の大人だ。急いで立ち上がって大人の元へ走り出したマーティだけど、すぐに息を切らして止まってしまう。ほんのわずかだけど、大人が小さくため息をついたのをボクは見てしまった。
「ゆっくりでいい。二人はそこの広場に寝かせているから来てくれ」
広場に辿り着いたマーティは、大怪我を負っている二人に手をかざす。子供の怪我と同じく、奇跡で二人の怪我は傷口から消えていくようにして治っていった。
「さすがはマーティだ!」
「やはりその力は神様から授かったに違いない!」
「マーティのおかげで村は安泰だな!」
「そ、そんな事ないよ……」
「いやいや、その不思議な力があれば何だって出来るさ!」
マーティは照れくさそうに視線をどこともつかずに泳がせる。皆に喜んでもらって嬉しいのか、少しはにかんでいた。大怪我を負っていた二人もマーティの両手をそれぞれ握って何度も感謝している。
「私にはこれくらいしかできないから……少しでも役に立てているなら……」
「マーティは村の宝だよ! これもゼダさんの教育の賜物だな!」
「そういえばおじいちゃん、まだ帰らない……」
「そろそろ神殿から帰ってくるんじゃないか?」
マーティは体が弱いことを気にしていて、それでも少しでも皆の役に立とうとしているんだ。あんなに照れたり笑ったり、調停神マディアスの時じゃ見られない表情だった。少なくともこの時のマーティはそれなりに幸せそう。一体どこで何が間違ったんだろう。
そしてこの村、どう見てもボク達の村よりも遥かに家の作りがひどい。着ているものも毛皮一枚だし、ボクが奈落の洞窟から出た直後に着ていたものと大差ない。
「クロノエル様、ここってどこにある村なの?」
「今から2000年以上も前、人間界に存在した村だ」
「に、にせんねん?! ちょっと待って! マーティはどう見てもボク達とそこまで歳が変わらないよ?」
「それについては後々な……」
よく見たら、怪我をしていた二人が持っていた武器も石で出来たものだ。あんなので何を狩っていたんだろう。それにあの藁の屋根なんて風が吹いたら飛んでいきそう。まだ文明が発達していない頃なのかな。
◆ 追憶の回廊 マーティの家 ◆
また空間が切り替わる。今度は小さい家の中だ。石のテーブルに壁には切れ味が悪そうな石のナイフなんかがかかっていた。そこにいたのはマーティともう一人、大きいおじいさん。
「おじいちゃん、どうしても神殿に行かなきゃいけないの?」
「我ら、人間が生きていけるのは天界におられる神様のおかげなのだ。神様への感謝の意味も込めて、ワシは奉仕せねばならん」
「神様に感謝するために、皆のお願いをきくの?」
「そう、ワシやマーティの力は神様より授かりしもの。だから決して私欲の為に使ってはいかん。そのいただいた力を人々に使うという事で、神様もお喜びになられるのだよ」
「ふーん……」
そう語るおじいさんに見覚えがあった。調停神マディアスが繰り出した、あの大きなおじいさんだ。あそこまでは大きくないけど、十分大柄だと思う。座っていてもマーティを見下ろせるくらいだし。マーティはきっとこの人を具現化して神様にしていたんだ。つまりマーティにとって、このおじいさんが神様ということになる。
「……次はいつ神殿に行くの?」
「3日後だな」
「そんなに早く?」
「先日の日照りが落ち着いたから帰ってきたのだ。もう少しすれば別の問題が起きるかもしれん、長居はできんよ」
「そっか……」
「クリンカ、あのおじいさんがいう力って……”奇跡”かな?」
「まだ何とも言えないけど、天性の遺伝はノイブランツの王家でもあったみたいだし……」
諦めたように見えるマーティだけど、わずかに唇を尖らせている。そんなマーティを察したのか、おじいさんはその小さな頭に手を置く。
「何も悲しい事はないぞ。マーティも皆を助ければ、村の皆が喜んでくれる。そうなれば当然嬉しいだろう?」
「うん……皆、私のことを村の宝だって言ってくれる」
「そうだろう、幸せとはそういうものだ」
前にハスト様がボクに言った事を思い出す。力を持った人間は誰かを助けなきゃいけない。あの時は呑み込んだ言葉だけど、このマーティとおじいさんを見ているとそれで本当に正しいのかなと思ってしまう。おじいさんは忙しくてマーティが寂しがるし、そこまでしてやる事かな。
「寂しい思いをさせてすまないな。今夜は一緒に眠ろうか」
「……うん!」
あの体格に似合わず、寝床まで移動するその動きはおぼつかなかった。あんな体で神殿とかいうところまでいってるんだ。体は大きいけど、その背中はひどく小さく見えた。
◆ 追憶の回廊 マーティの村 入口 ◆
「そろそろ交代の時間かな? ふぁ~ぁ……」
「眠いよな……いっそゼダさんが村周辺の獣をなんとかしてくれたらいいのに」
また場面は変わって、村の柵に腕を預けたがっちりした体格の人が不穏な事を言ってる。二人とも武器を地面において、見張りにしては緊張感がない。
「でもそいつらも一応、貴重な獲物だからな」
「あのマーティにもゼダさんと同じような力があるんだろ。また煽てて何とかしてもらわないか?」
「どうだろうな……怪我は直せるけど、ゼダさんみたいに雨を降らしたり何かをやっつける力はないんじゃないか?」
「チッ……他の女どもみたいに器用でもないし、体も弱いから軽作業も出来ない……無駄な食い扶持だよなぁ」
胸の奥がぎゅっと縮まる。あれだけマーティに優しくしていたのは、全部その力が目当てだったんだ。誰もマーティそのものを歓迎していない。昼間は人の命を救ったのに、そんな言い草。
「リュアちゃん、これは過去に起こったことだから……ね?」
「わかってるよ」
あの二人に触れようとしても、当然のようにすり抜ける。他の者にもまったく触れない。これもホログラフというやつみたいなものだった。
「あんなガキじゃ食指も動かねえし……もうちょい成長してくれりゃな」
「したら夜這いでもかけるってか? ゼダさんに殺されるぞ」
さっきから二人を掴もうとしている自分が情けない。ぶんぶんと空振りするだけなのに。
◆ 追憶の回廊 マーティの村 広場 ◆
今度は村の広場の中心でゼダさんとマーティが向き合っている。その周囲を村人達が取り囲んでいるし、何があったんだろう。
「これからはマーティ、お前が神殿に行くのだ」
「……うん」
「お前も、もうすぐ13になる。それと同時に神殿で禊を行い、正式なる巫女となるのだ。ワシもこの歳で体が思うように動かん。わかってくれ、いずれは誰かがやらねばならんかったのだ……」
「わかってる……」
「今度はマーティが、村を守ってくれるのか! 期待してるぞ! お前なら出来る!」
なんて調子のいい事を言ったのは、マーティの悪口をいっていた二人のうち一人だ。マーティが明らかに暗い表情をしているのに、本当に自分達のことしか考えてない。おじいさんもおじいさんで、それでいいのかな。
「不安か?」
「不安だよ……私なんか、おじいちゃんみたいに強い力はないし……」
「いいか、マーティ。何でも自分には無理だと思うな。何事も心意気から始まるのだ。出来ると思わなければ、何もできん」
「……できるって思えばいいの?」
「私の力とてそうだ。その力を使って何かをする時、無理だと思ったか? ほんのわずかな可能性だと思うな、不可能だと思うな。強く思えば雨を降らせたり止ませることもできる。大怪我だって治せるのだ」
マーティは自分の両手をまじまじと見つめている。まだ言われていることの実感がわかないのか、おじいさんへの返事はしなかった。
「マーティや、この村には何の力も持たない年寄りや子供も大勢いる。彼らは自分達では守りたくても守れないのだ」
「村長……私、できるかな?」
「むしろお前にしか出来ん。周りを見ろ、誰一人とて訝しげに見ている者はおらんだろう?」
マーティは少しだけ首をまわして村人を観察している。確かに誰もが笑顔で見送ろうとしているし、村長の言う通りかもしれない。だけどさっきの二人のやり取りを見た後じゃ、作り物にしか見えなかった。皆、マーティに期待している。でもそれはあの二人みたいに、面倒なことをマーティに押し付けているだけだ。
イカナ村じゃこんなことはなかった。体の弱い人は一人もいなかったけど、大人も子供もおじいさんもおばあさんも協力して暮らしている。ボクを村に引き留めて頼るようなこともしない。
「じゃあ……神殿にいきます」
「道中はゼダさんがいるから安心だろう。なに、落ち着けば村へ帰ることも許されている。寂しくなかろう」
「これからはマーティが”マディアス”の名を襲名するんだなぁ」
マーティがゼダさんと一緒に村の門をくぐる。だけどそこではもう誰一人として、期待の言葉を投げかけなかった。
◆ シンレポート ◆
ふしぎな かんかくです ここにいると じかんのかんかくさえ
わすれてしまう きっと ここは そんなばしょなのです
まだ みせていた まーてぃの えがお
しかし むらをでるころには それも きえた
とっしゅつした ちからを もつものがいれば たよりたくなるのは
しかたが ないのです
じぶんたちが いきるだけで せいいっぱいなのに まーてぃみたいな
なんの しごとも できない こどもは じゃけんに あつかわれるのも
しかたが ないのです
つみがあるとすれば あのぜだ です
まーてぃと きちんと むきあわずに しんでんに つれていってしまった
そんなのが こころのよりどころなのも また あわれ
ちょうていしん までぃあす ばくたん まったなし
できることなら このじだいに りゅあとくりんかを おくりこんで しゅくせいさせたい




