第341話 激動の天地 終了
◆ クロノウス宮 最奥 マディアスの部屋 ◆
【リュアはソニックスピアを放った!】
手加減なしの一直線、ブランバムやアボロでさえ貫通させられる威力だ。あんな女の子なんて塵も残らない。
【調停神マディアスには当たらなかった!】
ソニックスピアはマディアスを通り越して、奥の部屋をくり抜くようにして通り過ぎていく。マディアスのところだけをソニックスピアは避けた。
「どうして世界を壊すの……?」
さっきの衝撃波がくるかと思ったけど、マディアスはきょとんとして首を傾げている。あの様子だとソニックスピアも見えてなかったのは確実だ。ボクがソニックスピアを放った時も何らかの動作や反応すらしなかったから。
【リュアはソニックスピアを放った!】
床や壁を蹴ってマディアスの横に回り込んだ後の攻撃だった。その際にも確認したけどやっぱり見えてない。元々ボクがいた位置をぼーっとして眺めている。だけど今度の結果は違った。
【調停神マディアスの前でかき消えた!】
「あれ……? いない……」
まだボクがこっちにいる事に気づいていない。これは多分、パッシブスキルか何かかな。まずい、今の時点じゃまったくわからない。接近戦も考えたけど、ボクごと消されないとも限らない。
「マー……マディアス様はあらゆる災厄の干渉を受けない。まさに奇跡の存在なのだ」
クロノエル様がかつかつと歩いてくる。さらりととんでもない事を言ったけど、もし本当ならまさに無敵だ。破壊の力だって届かなければ意味がない。”干渉”を破壊出来れば別だけど、ここにきてジワリと嫌な汗を感じた。
先が見えない戦い、手探りで進むしかない闇。そこに正解があるかもわからず、不安と恐怖に負けないように剣を振る。言ってしまえば勝てるかどうかわからない。奈落の洞窟で何度も味わったはずなのに、慣れるもんじゃないと改めて実感した。でも、それと同時に湧き上がってくるものが必ずある。
「マディアス、ちょっと楽しくなってきたよ」
また首を傾げて、何を言ってるんだみたいな顔をしている。あどけない顔をしているけどそこにいるのはただの女の子じゃない。何百年、下手したら1000年以上も調停神として世界を脅かし続けてきた紛れもない化け物だ。誰も勝った事がない、クロノエル様ですらボク達に託したほどの未知の相手。
一つわかっているとしたら、マディアスの背中には天界人みたいな翼がない。そういう天界人もいるのかはわからないけど、ボクの見立てではマディアスは。
「クロノエル様、あのマディアスはボク達と同じ人間だよね」
「……よもや隠し立て出来る段階ではない。肯定しよう」
「なんで楽しいの?」
今まで考えていたのかな。不快そうに眉をひそめて、綺麗な瞳を向けてくる。ボクが戦いを楽しんでいるのが気に入らないみたいだ。
「出来る事なら戦いたくないけど、ボクは心の底で戦いを楽しんでいると思う。そういうの、本能っていうのかな」
「本能……競い合い、勝って、楽しんで……。そして奪う、何もかも」
「あ、別に争いが好きなわけじゃ」
「そうやって世界は滅ぶ。世界を守らないと」
【調停神マディアスはリュアに手の平を向けた!】
異変がすぐに起こった。ディスバレッドに亀裂が少しだけ入り、破片が零れ落ちる。ちょっと待って、まさかそこまで有りなの。まずい。
「リュアちゃん、私がいるから!」
クリンカの力でディスバレッドの破損が止まる。あっちの力も強力みたいでなかなか元通りになりにくいけど、マディアスは本当につまらなそうな顔をしていた。思い通りにいかなくてふくれているプラティウとちょっと似てるかも。
「再生もまた、理に反する。消えゆく命が助けれ、世界に命が溢れかえる。溢れた命は世界を壊し始めるから」
「その命が世界を滅ぼす前に、君が壊そうとしているんでしょ。君が壊すのは良くて、他の人達はダメなの?」
「私は調停神マディアス、世界を維持するのが宿命。忌み子にその役割も存在意義もない」
【調停神マディアスは片手をかざす! 激しい雷が空間を占有する!】
かわしようがないほどの雷が線で結ばれるように、辺りを覆う。隙間を放電しながら回転する雷の玉が埋め、逃げられないように徹底していた。ダイガミ様の神雷を軽く超えるほどの激しい電撃がこれだけの規模で放たれているところからして、その力はやっぱり本物だ。
クリンカを抱き寄せて片手でディスバレッドを振るい、雷をかき消す。ボクが全力を出してもすべては防ぎきれないほどの雷だけど、クリンカなら再生できる。マディアスの可愛らしい部屋も巻き込まれ、すぐに床や壁の存在が消える。ついでにマディアスへの攻撃も忘れない。
【リュアはソニックリッパーを放った! しかし調停神マディアスの前でかき消えた!】
相変わらずの結果だ。どうしようもなくなった時、いつもどうしていたのか。思い出せ、今までの経験。記憶。すべてを総動員させて、そこに突破口の鍵がないか。まずこのマディアスは今までの相手と本当に違うのかな。強さはともかく、どうも違和感があった。
「ひどいよね。君は本当に神様なの? 神様がボク達、どう違うの?」
「調停神は世界を守る」
「なんで? 誰かに言われたの?」
「……それが宿命」
マディアスが人間だと半ば確信を持ちつつも、あえて質問してみる。今、あの子はほんの一瞬だけ言葉を選ぶのに迷った。ボクが戦いを楽しいと言った時もそうだ。ボクの考えを飲み込めず、質問をしてきたという事は少なくとも理解しようとはしている。
こんな風に、一見して淡々としているけどボクにはほんの少しだけあの子から人間味を感じる。殺戮駆動隊からは生物の気配を感じられず、ヴァンダルシアからは優しさの欠片も感じられなかった。与えられた命令をこなす機械にただ自分の悪意をぶつける事しか興味がないヴァンダルシアと比べたら、あのマディアスはだいぶボク達に近いと思う。
「君がやっている事は結局、皆がやっている争いと変わらないよ。自分勝手な理由で命を奪おうとしているからね」
「宿命は違う」
「違わないよ」
最後まで分からず屋だったアボロ以外の魔族や十二将魔達、同じ人間なのにどうしたらここまでひどくなれるんだろうと何度も思ったフォーマス。それに比べたら、戦いを楽しむ事を理解できずに少しだけ考えたマディアスのほうがまだ未知じゃない。
「戦いを快楽とし、理を破壊せし者に滅びを……! ゼダッ!」
【調停神マディアスはゼダを作り出す! ゼダが現れた! HP ?????】
「否定しないよ! 最初は嫌だったけど、自分の中で楽しいっていう感情が芽生えちゃったんだもの!」
集落の時に現れた大きなおじいさんが、マディアスの隣に実体化した。こんなのいくら出てきても怖くない。マディアス本体と違って攻撃が通るから。
「ゼダは救ってくれる。この世界を……」
【リュアの攻撃! ゼダを破壊した! HP ―】
何かされる前に先制攻撃。少し遅れた、その驚きようはやっぱり人間だ。かすかに瞼が開いて、口が半開き。
「ゼダが……」
「次はどんな奇跡を起こすの?」
「リュアちゃん、あまり調子に乗って挑発しないほうが……」
「クリンカ、ホログラフのブランバムが言っていた事を覚えている?」
「う、うん。あれ、ずっと気になっていて……。あの人の言う通りで多分ね、奇跡はやっぱり奇跡なんだと思うの」
やっぱり最後に頼れるのはクリンカだ。ここにきて最後の引っかかりを取っ払って、ボクの考えを後押ししてくれる。あまりに嬉しくてボクはとびっきりの笑顔で応えた。
「ブランバムにも感謝しないとねッ!」
【クリンカはスピードフォースを唱えた! リュアのすばやさが上がった!】
マディアスが災害で人間を滅ぼそうとする期間がバラバラな事、ブランバムが思った以上の”奇跡”が起こらない事。この情報と目の前にいるマディアスが合わさってボクとクリンカの中で答えは出た。
【リュアはソニックスピアを放った!】
【リュアはソニックスピアを放った!】
【リュアはソニックスピアを放った!】
【リュアはディザルトスピアを放った!】
クリンカに速度強化魔法をかけてもらうと、ボク自身もどうやって動いているのかわからない。もうほとんど感覚で動いている。1秒間に何発ソニックスピアやリッパーを撃てるんだろうねとクリンカが言っていたけど、ボクでもわからない。
【調停神マディアスの前でかき消された!】
【調停神マディアスには当たらなかった!】
【調停神マディアスには当たらなかった!】
【調停神マディアスの前で弾け消えた!】
何発かは撃てずに失敗してしまった。本来なら考えられないけど、これもマディアスの力のうちだと思う。ボクがスキルを失敗するなんてあり得ないし、これも奇跡なんだろうな。
「よくもゼダを……! ゼダをぉぉォォッ!」
【調停神マディアスの体が輝く!】
数百年も迷わせる特殊な力を持ったクロノウス宮すらもかき消すほどの威力がくる。世界を何度も滅ぼしかけた、まさに神様としかいいようがない力。ボクとクリンカは思いつく限りの防御手段をとる。
【クリンカはレインボーバリアを唱えた!】
【クリンカはガードフォースを唱えた!】
「えーい! ソニックバリア!」
【リュアのソニックバリア!】
「消えてしまえぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
【調停神マディアスのエクスティンクションが世界を変える!】
マディアスの全力の一撃、クロノウス宮どころか天界すらも消滅させかねない。どんな生き物でも滅んで、新しく世界が始まる。怒りに任せた何の制御もない、調停神としての最大の一撃なんて普通に考えたら防げるわけがない。
「受けて立つよ、マディアス!」
それこそ奇跡が起きない限りは。
◆ クロノウス宮前 ◆
体全体がちぎれ飛ぶほどの衝撃、閃光による視界封鎖、子天使程度では死の瞬間すら認識出来ないだろう。クロノウス宮に亀裂が入ったところで予感はした。持てる力を振り絞り、聖天使として培ってきたものすべてを出し切る。
超嵐
クロノエル様には、その気になれば天界の文明を300年は停滞させられる力があるとお褒め頂いた。物質や命を根こそぎ刈り取り、ただ破壊するのではない。そこにあった自然や生物が作り上げた結晶と共に、生への渇望すらも断つ。
運命すらも操作してしまうセフィエル様などを除けば、私に砕けぬものなどない。迫る殲滅の光を相殺、いや。最悪この身を防波堤に出来ればよい。私の命をもって天界を救えるならば安いものだ。この超嵐が迎え――――
【嵐天使ストムエルは545432110のダメージをうけた! 嵐天使ストムエルは消え去った! HP 0/350000】
撃つ――――
◆ 人間界 アバンガルド王都前 ◆
「ふー、かなり本気出しちゃったかな?」
「こんな事があり得るのですか……」
エルメラちゃんの戦果。天界軍残りディアエルのみ。透明になって一切の干渉を受けないスケープゴート。獣人を完封した、力が強い奴ほど弱体化する魔法アンチマイトアンチ、ピンチになったら状況に応じて魔法を発動するヘルプシッター。どれもリュアちんを苦戦させた魔法だ。スケープゴートに関しては長時間維持できないし、破壊とかいうトンチキの前には無力だけどそれ以外には無敵。
「たった今想像した魔法、天界人の耐性を下げまくる”エンジェルカースト”。あー、ネーミングってホント苦手なのよね。あ、アンチエンジェルアンチのほうがよかったかな?」
「力を隠していたのですね……」
「というより、ここにいる人族ちゃん達が死なないようにサポートしてたからそっちに魔力割いていてね。エルメラちゃんの魔力をもってしても、アバンガルドの皆さん守るのはさすがにキツい」
「私達が天界軍相手に善戦できたのは、エルメラさんの強化魔法のおかげですよ……」
疲れ切ってげっそりしたリッタちんが槍を杖代わりにして立っている。アタシが分配した強化魔法でもあそこまで弱るんだから、実際天界人の力はやばすぎた。死傷者は0だと願いたいけど、後遺症が残る大怪我人はたくさんいそう。そこはクリンちんの再生で何とかしてもらうとしても、心までのケアは無理かな。
「まだだ……敵はどこにいる……!」
「そこか! てやぁ!」
「落ち着け! 残す敵はあのディアエルとかいう奴のみだ!」
「もう……立てない……辺りが暗い……カークトン隊長、どこですか……?」
まだなんか見えない敵と戦ってる奴とか、視力を失った奴。正気を保てない奴が出るほど、戦いは激しかった。エルメラちゃんがいなかったら確実に全滅だったな。そういえばカシラムとか他の国はどうしているんだろう。ま、知ったこっちゃないけど。さすがにそこまでカバーしきれない。
「それでディアエル様だっけ? どーすんの? まだやる?」
「好きになさい……」
「どうするかって聞いてんの」
「生きたい……私はまだ冠した友天使の名ほど、活動していない……」
「お、いいね。殺してくれなんて潔い奴よりよっぽど好感触だゾ。ねー、カークトン隊長? 生殺与奪の権利はエルメラちゃんにあるよね?」
「本来ならば考えられない事だが、止むを得ん……任せる。責任は私がすべてとる事にしよう」
「パチパチパチパチ」
横で拍手しているティフェリアねーちゃんはなんかほぼ無傷なんですけど。アタシの強化魔法とかいらなかったんじゃないの。
「共闘して守り抜いた後って清々しいでしょ、アーギルさん?」
「……フン。結局のところ、あの女に助けられたではないか」
「変な神様にズルして力を貰うよりも、正攻法だと思うわ。えぇ、思うわよ。そこにいるエンカルさんも、なんだかんだで張り切っていたじゃない」
「天界人の首を狩る機会など、これを逃せばないからな」
「他の方々もね、これは大きな経験になったと思うのよ。これで皆が仲良くしていけば、この大陸も平和なのよねぇ」
死神アーギルと首狩りエンカルとかいうのは、調子に乗ったところをリュアちゃんにノされた奴らだ。話だけ聞けば情けない事この上ない。そういえばその変な神様。アタシもそいつの声がきっかけで、生き残った種族を集めたんだっけ。なんでアタシだけ力を与えられなかったんだろ。多分、そうするまでもなくこのエルメラちゃんが強いと判断したんだね。さすが神様。
「それにエルメラちゃんの功績は大きいけどね、逆にいえば彼女一人でもこの状況を打破するのは難しかったと思うのよ。そうでしょ、エルメラちゃん?」
「空気読んでそうですねって答えておきますー」
「まっ、かわいくない」
実際のところはそうだ。アタシ一人であれだけの数と質をどうにかするとなると、あいつらが尽きるか魔力が尽きるかどうかのレースだった。この場である程度、頭数を揃えた上で強化魔法で強化して戦わせれば戦力を効率よく削れる。残ったところを今みたいにエルメラちゃんが短期決戦でバーン!と。うん、助けられたわ。やっぱりこういうの、きちんとお礼を言っておかないとお姉ちゃんに怒られるかな。
「……ありがと」
「はい、皆さん! エルメラちゃんが皆にありがとって言ってるわ! えぇ、言ってたわよ!」
拍手とかヒューとか、よくわからない反応をされてこっちも恥ずかしい。クソ、柄じゃない。ていうかアタシって最初はエルフが最強だから、人族ちゃんの上に立とうとか考えてなかったっけ。いつからこうなったんだか。
あの最強コンビのせいだ。あいつらがいたから今がある。この胸の内がなんかホワホワするようになったのもあいつらのせい。あぁもう、ホントこんなはずじゃなかったのに。もう。
『ありがと!』
「……ッ! はぁ?!」
突然、アタシの小声が大声量でリピートされる。まだ敵が残っていたか、こんな無意味な挑発でアタシの怒りを買うとは、リュアちんの力も把握できずに立ち向かっていくバカと同じだ。と思ったけど、犯人はすぐ近くにいた。門の前でお姉ちゃんが手を振っている。
「お礼をいえる子で安心したわ」
「そういうのやめて! お姉ちゃん無事だったんだわーい!」
「その切り替わりも素敵よ、エルメラ」
余裕ある佇まいだけど、お姉ちゃんも魔力がほとんどない。今すぐにでも休みたいだろうに、わざわざこっち側に来てくれたんだ。これで少なくともアバンガルド国は守られた事になる。だけどそれだけじゃ根本的な解決にはならない。
「後はリュアさん達ですね」
「あの二人なら大丈夫でしょ、帰ってきたら――――」
「いけない……! 次元が……」
ディアエルがうろたえている。空を見上げると、わずかに何か裂け目が見えた。これってあの天界人どもが来るときに見たものに似ているかも。まだ何か来る、いや。この何とも形容できない、たった今勝ったばばかりなのに悪寒が止まらない。
「天界を滅ぼして余りある力が……! 人間界にも届こうとしている!」
「なんだってー! って、誰がそんな事を! あ、マディアス?!」
「終わりだ! 天界も人間界も!」
裂け目から吹き出るような殲滅の光は、ほんの一瞬だけオーロラのように見えた。次元を超えるほどの力が放たれた意味、それはあの二人が――――
◆ シンレポート ◆
あの きゃしゃな がきが までぃあす
どうみても あれは にんげんです じんぞくです
これは くろのえる なにか かくしている
たたかうまえに やつから ことのしだいを はかせるのが さきです
かてないから りゅあとくりんかに たのんだというのも
あるかもしれない でも きっと それだけじゃないです
なにをやっても こうげきが とどかない
はかいのちからを うわまわる きせき
ううむ きせきとは
はっ わかった きせき そのことばが こたえなのです
きせきとは―――――




