第338話 激動の天地 その2
◆ アバンガルド王都前 ◆
「貴様も貴様も貴様も、そこの貴様も私を醜いと! ビュフュッ!」
【醜天使ブサイエルの攻撃、防御、素早さが上がった!】
こいつ、思った以上にぶさい。じゃなくて硬い。想像魔法で心臓を潰そうにも位置が微妙に違うみたいだし、何より内臓とかその辺が恐ろしく頑丈で複雑に絡み合っている。体の組織構造からして違うし、何よりぶさい。
そしてこのぶさいという単純な感想があいつにパワーを与えてしまう。どうやらアタシ達があいつに対してネガティブな感情を抱くと、どんどん強くなるみたい。でかい鼻の穴、鼻の油、鼻毛、目やに、くぼんだ目。無数のほくろとそばかす、たるみきった顎肉。全体的にテカテカしていて、年頃の女の子ならまともに見る事すら嫌がる。マジにひどい。
「人族め!」
「エルフだっちゅーの」
【エルメラはハートクラッシュを唱えた! 天界兵は倒れた!】
吐血して、一瞬だけどすさまじい苦しみを伴なったであろうザコどもが次々と墜落した。他にも一定の範囲の空気を失くすエアーザロック、下級魔法でも当たれば体中の細胞が死滅するセルデスなんかで露払いがエルメラちゃんのお仕事。
ファイアショットをバラまいてセルデス、エアーザロックで足止め。これはやりすぎると人族ちゃん達が死ぬから乱発はできない。さて、だいぶ数は減ったと思うんだけどアタシ一人じゃカバーしきれないし援軍も気がかりだ。
「ブフュフュ! 醜いだろう! あぁなんて私は醜いのだ! プピャフュヒュッ!」
「せめて顔は洗ったらどうですか!」
「リッタちん、元の顔についてフォローしないと意味ないよ。て、無駄か。あの顔を見てブサイクだなんて思わない奴なんてこの世にいないもん」
あのリュアちんだろうと、あれを見ればキモいと思う。誰に対しても平等に接するように見えて実は誰よりも正直なのがあのリュアちんだから。率直に気持ち悪いとか言い放ってクリンちんが止める。そう言いつつもクリンちんもキモいと思ってるオチ。
【醜天使ブサイエルのダーリーミラー!】
「貴様らは自らの容姿と私を比較してみろ! ヒャプフッ! 自らが醜いと決断すればこの鏡は破れるだろう! プピッ!」
あれ、攻撃を反射する系の奴だ。あいつがネタばらししてるのが救いだけど、あれを破るのはアタシでもちょっと時間がかかるぞ。スキル解除系の想像魔法はあるけど、やったところでまた張り直されるだけだ。お姉ちゃんなら何とか出来たかもしれないけど、今は反対側で戦ってるし頼れない。さてさて、どーしたもんか。ここは解除してから、スキルそのものを封じようか。そうしよう。
「ビュピャピャッ! やっぱり人間界でも私は醜かった! なんて私は醜いんだ!」
【ネメアはトリプルブラスターを放った! 醜天使ブサイエルに3244のダメージを与えた! HP 19856/23100】
「ビャァァァァッ!」
空からリュアちんのペットのキマイラが攻撃してくれた。三属性が合わさったブレスは、どれかの耐性が一つでも低いともろに直撃する面倒なやつだ。いや、そんな事よりもなるほど。その手があったか。
「そうそう、獣がブサイクだの思うわけないよねー! というわけであいつはネメアちゃんを起点にして攻略しようかっ!」
「何故、魔物が人族に組みしているのだぁぁ! これも私が醜いからか!」
ちょいと面倒だったけどこっちは終わりそう。アタシのおかげでリッタちゃん含めて強化されてるとはいえ、思ったよりあの天使相手に戦えているのは意外だった。というか天界の奴ら、案外こっちの世界を何も知らない。
【ティフェリアのアーマーブレイク! 鋼天使テッキエルに2691のダメージを与えた! HP 4214/32500】
「ごふッ……! こ、このテッキエルの体は人間界で最高の硬度を持つ鉱物以上だ! 人族ごときが何故!」
「人間ってね、実はすごく強いの。中には一撃であなたを消し飛ばす子もいるのよ。人間って怖いわぁ……はぁ」
鎧天使の体はすでにティフェリアちゃんの攻撃で亀裂だらけだ。左肩から胸にかけては完全に鎧が砕け落ちて、中の人の体が剥き出し。賢天使とかいってたけど、このクラスならSランク一人でどうにかなるじゃん。
「人族がこのような技を扱うなど、不可解だ! 人族がどれもこれも立派な武具をまとっているではないか! これはどうした事だ!」
「そりゃ武具の一つもつけるわよ、あなたこそ不可解だわ」
「これが人族だと!? その身にボロ切れを纏い、質の低い石器を振るって獣を追いかけまわしていた人族だぞ! あり得る話ではない! 断じてないッ!」
そう、理由の一つとしてこいつら人族ちゃんを舐めすぎている。そして知らなすぎる。アタシの憶測だけど、こいつらは長らく人間界を知らないままだったんじゃないか。ていうかどれだけ昔の話さ。といってもマディアスに度々文明とかリセットされていたんだっけ。
あいつの発言からすれば、少なくともヴァンダルシアが支配していた時代よりもずーっと前の人族か。スキルも武器も何もなかった時代。アタシだって当然生まれてない。ちょっと待て、それなのに今に至るまで、ずっと人間を知らなかった? あのゼイエルって奴は少なくとも、もっと後の時代に降臨していたっぽいけどさ。
「おのれ、人族め……」
「このままではあのお方の怒りを買ってしまう」
「残してきた我が子もろとも消されかねない」
「恐ろしや」
ゼイエルとかを除いて、こいつらの大半が人間を知らない。しかもあの様子だと、どうもマディアスに心から忠誠を誓っているわけでもない感じがする。一部を除いて、今回が初の人間界。天界はかなりのマディアス王政で、実はあっちも悲惨なのかもしれない。となると、和解の余地はあるわけだけどこいつらが大人しく引き下がるとは思えない。結局は持ちこたえるしかないか。
とか何とか考えていると、また空から一際目立つのが降りてくる。白い翼が賢天使とかいう奴らよりも大きく、長身で女みたいな美人顔だ。嫌な予感しかしない。
【友天使ディアエルが現れた! HP ?????】
「人族、争いは何も生みません。ここは皆が手を取り合い、友となりましょう」
「おぉ! ディアエル様!」
「守護天人が来られたからには安泰だ!」
「守護天人……!」
噛みしめているリッタちんは一足早く、あの守護天人の強さを体感しているっぽい。あいつに吸い寄せられるようにして天界兵が群がり、物乞いみたいに縋りついている。あの醜顔天使みたいなのはまだかわいい。あっちの美人顔みたいに一見、まともに見える奴ほど実はぶっ壊れてる事が多いから嫌だ。
「親愛なる友達へ。これは私からのささやかな贈り物です」
【友天使ディアエルのパワーギフト! 鋼天使テッキエルと醜天使ブサイエルと天界兵達のステータスが3倍になった!】
「ううおお……オォォォォォッ!」
「ディアエル様! 敬愛します!」
「我らの友情は一時たりとも違えず!」
「醜い私にまでこのような施しとか……ディアエル様はこの世の誰よりも美しい! プピャピャァァン!」
やっばぁい。アタシの力でどこまでフォローできるかわからない。もしかしたら生まれて初めて魔力が底を尽きる経験をするかもしれない。まさに想像以上だ。
「ハッ……エルメラちゃんがこの程度で怖気づくって?」
アタシの想像魔法は無敵だ。想像した事は何でも実現できる。お姉ちゃんだっていつも褒めてくれるし、アタシのほうがずっと才能があるだなんて。考えてみたらここ最近、いいところが全然ないや。あの頃の自信はどこへいった。獣人だって魔族だってひれ伏したアタシの想像魔法はどこにある。
リュアちんが帰ってくるまで持ちこたえる? 冗談かよ。むしろ帰ってきたら、遅かったねなんてこいつらの屍を椅子にして手を振ってやるんだから。だから安心して早く帰ってこい。
◆ 天界 ◆
「お前さん達、何をしておる?」
重なり合ったボク達を見下ろしているのは、少しよれよれの白い翼を生やしたおばあさんだった。背中の翼以外は人間のおばあさんと変わらない。長い白髪を後ろでまとめて、皺顔をしかめている。
「何もしてません」
ボクよりも先に重力に打ち勝って、素早く立ち上がったのはクリンカだった。まさか人と出会えるとは思わず、よっぽど焦ったんだと思う。何事もなかったと言わんばかりに真面目な顔をしておばあさんと向き合った。ボクも立ってクリンカと並び、またおばあさんを観察した。うん、この人は何となくだけど普通じゃない。天界の人だからとかじゃなくて、こう漂ってくる気配というか。
「あの、ボク達」
「お前さん達、人族だろう?」
「え……」
「見ただけでわかる」
「おばあさん、誰? 結構強いよね?」
「ほぉ……」
味方とは限らないし、こっちが相手の強さを把握できると教えておいたほうがいい。敵だったら、簡単に殺せる相手じゃないとわかるだろうから。でもそんな心配はないかもしれない。おばあさんはどこか満足そうに口元だけで笑う。
「他世界から来たという事は、あの番鎧獣すらも退けたのか。奴はどこにいようと、お前さん達のような異世界人を感知して襲いかかるからな。奴らに発見されずにワシらに出会えた異世界人は本当に稀だ」
「おばあさん、単刀直入に言います。私達の世界は今、天界の人達やマディアスによって脅かされています。私達はそれをどうにかする為に来ました」
「だろうな」
「は、はぁ……」
「ひとまずワシらの集落に来なさい。こんなところでは落ち着かんだろう」
この重力地帯を物ともせず、おばあさんは軽々と歩いている。ついていくうちに、体が少しずつ軽くなるのを感じた。変な岩々も見当たらなくなり、今度は荒野みたいな、あまり草木がない殺風景な場所に着く。
◆ 天界 天界人の集落 ◆
藁や木で組み立てた小屋が立ち並んでいる。それも朽ちかけで雨風さえまともに凌げるかどうかも怪しい。屋根に穴が空いていたり、壁が半分壊れている家もある。何かに襲われた後みたいに、この村はすでに死にかけているように見えた。
「人族……?」
「ウソだぁ」
「でも羽ないよ?」
「飛べないじゃん、うわぁ……」
ボク達が珍しいのか、大人だけじゃなくて子供達まで寄ってくる。着ている服もボロ切れみたいで、なんとか体や腰に巻いている状態だ。あの守護天人のゼイエルも同じような恰好をしていたっけ。どう見ても貧乏としか思えない。ほとんどの人が痩せているし、健康でもなさそう。
「信じられんね。番鎧獣はともかく、来た方角を訪ねてみればあのズーラム草土海じゃないか。今の時期は荒れる上にあのダクリュウもいる。人族ごときが越えられる道理があるか」
「その通りだ。そのような嘘をつくという事はカウーラばあさんを侮辱しているにも等しい。なぁばあさん、あんたは昔、あのダクリュウに――――」
「話は追って聞こう。皆の者、まずは落ち着け」
カウーラおばあさんの一言で、納得してない様子を見せながらも静かになる。この人達、あの守護天人のゼイエルとは違って何だか話は通じそう。
「ワシの自己紹介をしよう。ワシはカウーラ、この集落の長を務めておる」
「私がクリンカで、こっちがリュアちゃんです。ここは……その、ずいぶんと荒れているみたいですが……」
「これでいい。生きる為だからな」
「どういう事ですか?」
「天界はどこも似たようなものだ。こうする事によって我々は」
「カウーラばあさん! そのような人族に軽々と喋っていいものか! こんな者達、数百年前と同じように送り返せばよいだろう! あの時の女もろくでもない事を口走ったからな!」
若い人達が荒々しく口を挟んでくるから進まない。信用できないのはわかるけど、こっちとしても時間がないからイライラする。でもここでこっちが爆発したらダメだ。右も左もわからない場所でマディアスのところまで行かなきゃいけないんだから。
「数百年前……今思えば悪い事をしたかもしれん。だがこうして人間界からまた人族が来たとなれば、彼女の願いは叶ったと言えるだろう。しかし今やあの娘も生きてもおらんだろうが……」
「あの、その人ってメリアという名前じゃ?」
「……! 知っておるのか?!」
「はい、その人のおかげで私達は天界に来れたんです。事情は省きますが、メリアさんは生きています。そして今も人間界を守る為に戦っています」
「……そうか。生きておるのか」
カウーラおばあさんは軽く息を詰まらせた後、片手で両目を覆った。しばらく何かを堪えている感じだ。もしかして泣いているのかな。このおばあさん、いくつなんだろう。数百年前とかいってるし、長生きどころじゃない。
「あの娘は人間界を救ってくれと……懇願してきた。ワシから見ればあのメリアも相当な魔力の持ち主……それをもってしても叶わぬとはよほどの事態なのだろう。しかしワシは……」
「カウーラばあさんが気に病む事ではない。我々にマディアス様に反逆してまで人間界を救えなどと……」
「息も絶え絶えで、集落の近くで倒れておったな。介抱してやったところでワシはその申し出を断り、人間界に送り返した。あの泣き顔が今でも忘れられなくてな……」
メリアさんは危険を冒してまでここまで来て頼み込んだ。本気で人間界を救いたいと思って、それでもダメだったから仕方なくヴァンダルシアに捉えられて自分を封印して。悔しかっただろうな、どんな思いだったか想像も出来ない。
「そのメリアさんが私達に託してくれたんです。協力してほしいとは言いません、マディアスの居場所だけでも教えていただきたいんです」
「待て、人族。知ってどうするというのだ?」
「マディアスや天界の勢力が人間界を脅かしている以上、倒します」
「た、倒すだとッッ!」
全員が身構える。でもなんとなくだけど、本気で襲いかかってくる気配がない。この集落全体、どこか元気がなくてそれはこの人達にも言える。殺気も感じられないし、それどころか期待すらしているようだった。
「カウーラばあさん、やはり人族はろくでもない! そもそも草土海を抜けたなどと、ばあさんの前でよくもぬけぬけと……!」
「草土海というのはあの土が海みたいになっていた場所ですよね……? それとカウーラおばあさん、何か関係があるのでしょうか?」
「ばあさんは昔、あそこに住むダクリュウに仲間を殺されたのだ! 唯一生き残ったばあさんは責任を感じて戦線から引いてしまった……そうだろう?」
「そんな昔の話はどうでもいい……それと彼女達は無関係だ」
「この時期に、あのダクリュウを目を盗んで抜けてきたなどと吹聴するなど無神経甚だしい! こんな人族が!」
「見ろ。そんな危険な場所を通過してきたにも関わらず、この風体を」
おばあさんよりは少し若そうなおじいさんが、まじまじとボク達を見てハッとした。ボク達が息も切らさず、怪我もしないでここにいる事に気づいたから。それでも眉間に皺を作って、まだ信用はしていない感じだ。
「ダクリュウ……巨大なヘビに襲われなかったのか?」
「多分倒したよ」
「馬鹿を言うな。この集落どころか、ここら一帯すらも齧って飲み込めるほどの巨体だ。見間違えだろう?」
「守護天人が総力をあげても敵わなかった天界における厄神だ! 今なら許す、冗談でしたと謝れ!」
「そんなに危ない魔物なのに、どうしてマディアスは倒してくれないの?」
「……! そ、それは……」
急に口をつぐんでしまった。そんなに答えにくい事を言ったかな。マディアスが天界の神様なら、ダイガミ様みたいに守ってあげるのが当然だ。それなのになんで、疑問なのは当たり前だった。
「それはだな……」
「やめないか、ばあさん! いい加減にこの人族を信用するのは……」
「いや、待て! 来るぞ! マディアス様だ!」
カウーラおばあさんが叫んだその名前の聞いた途端、全員が停止する。次の瞬間、全員が恐ろしい速さで膝を地面につく。子供も大人もおじいさんもおばあさんも、あまりに統一された動きにボク達はさすがに戸惑う。
「マディアスが来るって……?」
「そこの家に地下室がある! そこへ隠れていろ! ワシらの事を思うなら、言う事を聞け!」
ワシらの事を思うなら、そう言われたら従うしかない。カウーラさんが指定したボロボロの家の床には確かに地下への階段があった。
気のせいか、辺りが妙に明るい。日の光とも違う、まるで景色の色そのものが淡くなったようだった。
「ひとまずは隠れよう、リュアちゃん」
「うん……でもマディアスがくるなら……」
「カウーラさん、マディアス様が来るぞって言ったよね。敬っているなら『来られる』とか『お越しになる』とか何とか言い方があるのに……」
「細かいところに気づくね……」
「なんかあるよ、これは」
ヒソヒソと話しつつ、ボク達は階段のギリギリの位置から顔を覗かせてその時を待つ。集落の人達全員が膝と手を地面について、頭も伏せている。光が少しだけまた強くなり、遠くの空から、空中にある階段を下りるようにしてそれは来た。
「マディアス様……!」
「マディアス様!」
「ご降臨、感謝の念ありがたく存じます!」
大人の3倍近くはありそうな大きさ、頭はツルツルで白い髭を口の周りに生やしに生やしてそれは足元まで届きそうだ。薄い白いローブ一枚の他には何も着ていない。顔だけ見れば大人しそうな目をした大きなおじいさん。
「あれが……」
「マディアスだね……」
集落の人達はまだ頭を上げない。同じ姿勢を維持したまま、言葉も話さない。しばらくの沈黙が続いた後、マディアスがうっすらと口を開いた。
◆ シンレポート ◆
うんよく ひとに であえてよかった よかった
どんなばしょでも おそれをしらずに なんでもくちばしる
しゅうらくの やつらが いきりたって おそいかかってきたら
えるものも えられない
どうして ぐうぜん まよいこんだとか ごまかして までぃあすのことを
ききださないですか
そして までぃあすを きにいったふりをすれば きをよくして
いばしょを おしえてもらえるかも しれなかったです
いいばばあだったから よかったものの まぁ あのばばあ すべてを
みすかしていたみたいだから ごまかしも むだだったです
かみも こうりんしたし あそこに そにっくりっぱー ぶちこんで
はなやかに ふぃなーれと いくのです
ながかった このれぽも しめくくらなければ いけない
おおいそがし いそがし




