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第332話 ボクが最強だ 前編

◆ 神聖ウーゼイ国 聖都 外壁 ◆


 師範代である私に言い渡されたのは聖都周辺の警備であった。総勢1200名のうち、免許皆伝に至っているのは私を含めて16名。リョウホウ師範を含む5名は独自で動いており、今ここで指揮をとっているのは11名だ。

 交代制をとってまで警備などをする意味は十分にある。教祖様やマディアス様は何もかも見抜いておられるからだ。いつかの瞬撃少女が義憤に駆られ、この聖都に攻め込んで来ると。アバンガルド国でこそ教祖様に対して大人しかったものの、その牙は確実に我々に向けられると悟っておられる。


「かねてより実施していた天流拳の昇華も達成されました。オウド師範代、今の我々ならば瞬撃少女などに遅れはとりませぬ」

「驕るでない。我らだけで止まるものではないというのは、あの方々がここにおられる時点で証明されている」

「天界人……」


 マディアス様がおられる天界より遣わされた真天使の位であるザンエル様。そして新たにご降臨されたのが聖天使の位であるお三方だ。背中より生えた純真そのものである翼。外見こそ我々と似ているが、水も滴る汚れなきその肌は、人間と比べるべくもない。歴史に名を残す彫刻家であろうと、あの方々の美しさはまったくもって表現できないだろう。人が表現しうる芸術すらも超えているのだ。


「人族。脅威とは如何程か」

「震天使グランエル様のお力には遥か遠く及びません。我々はただ刮目したいのです。そのお力を……この目で。もちろん、人族ごときの恐縮極まる願いであるのは承知しております」

「よきに計らえ」

「ありがたきお言葉! 皆の者! グランエル様に祈りを!」


 待機する達人達の乱れる事のない祈り。震天使グランエル様、聖天使の位を持つこのお方の怒りに一度触れようものならば大陸に亀裂が入り、人の住む余地がなくなるだろう。太古、グランエル様の怒りを買って沈んだ大陸が今や幻として語り継がれている。幻は実在した、しかし消えた。たった一人の聖天使の力はこの世界に災厄をもたらすには十分余りあるのだ。


「人族、脅威は何時ほどか」

「不届き者の襲来は確実ですが、至らぬ我々ではその時期までは把握できておりません。何卒、寛大なお心でご容赦願います」

「良い。人間界は実に2000年振り。なつかしき空気よ」


「来たり。方角、北西」


 大気を司る空天使アエリエル様にかかっては遠き千里だろうと意味もなさない。どのような軍勢が攻めてこようが、産毛の詳細までも把握されてしまう。


「来たり、魔族」

「ま、魔族……?! 瞬撃少女……いえ、人間ではないのですか?」


「魔族。2000年より遠き日に邂逅した」

「脅威足りうるか」

「不足」


 アエリエル様はこれより襲来する魔族を把握された。不足、その言葉だけでもはやそれが脅威どころか、敵ですらなくなった事実。

 加えてアエリエル様に問うのは思天使ティレシエル様だ。万の生物を超える思念を感じるティレシエル様の前では、いかなる策も無に帰す。俗な解釈をすれば思考の読み取り、だろうか。つまりたとえ瞬撃少女が戦いを演じようと、ティレシエル様の手の上で踊っているにすぎないのだ。

 故にティレシエル様が会話をされる相手は、思考を読み取れない同じ聖天使の位のみ。私などはすべてを見透かされて、もはや視界にも入っていないだろう。人が地面を這う小虫にいちいち目を向けるはずもない。それと同じだ。


「魔族だろうと、この聖都は守護天人によって何人たりとも汚せぬ! 我々人族も活躍を見せる時――――」


【アボロの攻撃! 終世を告げる死天使ザンエルに156544のダメージを与えた!】


 聖都を見守って下さっているザンエル様が何かに弾かれる。赤、その降り注がれたものがザンエル様の血だと気づいた者がこの場にいただろうか。何かの加護とさえ解釈したものが大半ではないだろうか。


「ザン……エル様?」


「死天使様が」

「聖血を」

「流されておる」


 聖天使様が口々に感想を漏らす。以前、完全人間(メタリカン)とかいう調子者に攻撃を加えられた時でさえ、このような事態にはならなかった。何故、どうして。アエリエル様がその実態を把握し、ティレシエル様がすべてを読み取ったはずだ。不測の事態が起こりうるはずもない。


「フン、さすがに一撃ではくたばらんか」

「き……貴様はぁぁぁぁぁ!」

「俺の名はアボロ。目的は貴様らの殲滅だ」

「アボロ……?! ノイブランツの番犬に成り下がった風情がザンエル様に不届きをッ!」

「貴様らの飼い犬が俺にちょっかいをかけてしまってな。見事、番犬に食い殺されたわけだ」


「せ、聖天使様!」


 どうにもならない。流派を極めし身だからこそ、わかるものがある。ザンエル様に血を流させる相手を我々ごときがどうにかできようか。アエリエル様やティレシエル様ですら計り知れなかったこの怪物は、軽く神の領域を踏みしめている。


「魔族。奇怪である」

「空すらも喰らいし覇気」

「先刻の思念と違える今の思念」


「「理解の外とみなす」」


 聖天使様ですら、あの怪物に畏怖の念を抱いている。何故ティレシエル様を欺けたのか。思念を読まれては、どのような者であろうと無価値となり下がるはずだ。読まれないスキルでもあるのか。


「少しばかり先を視せてもらった。依然、問題はないようだ」


 せっかく師範代の座に上りつめたものを、何故このような仕打ちを受けねばならない。幼少よりウーゼイ教の教典に頭を浸し、真摯に仕えてきた。驕らず道徳に従い、何一つ自然を忘れる事無く生きてきた。なのに、どうしてこのような事になる。


「聖天使様! どうか我々をお守り下さい!」


 無力にもすがりつく我々を笑うだろうか。やはり人族、所詮人族。いや、聖天使様は人族の醜態どころか存在すら気にかけていない。ただそこにある異質を静かに覗っていた。


◆ アバンガルド城 王の間 ◆


 ふかふかの派手なソファーから始まって、王の間には前に見た面影がほとんど残ってなかった。床には食べ散らかされたものが汚らしく広がり、そんなゴミの上で平然と多くの女の人が寝ている。女だけじゃない、男もだ。全員が裸。中には片手にお酒のビンを持ったままの人がいたし、酔っぱらって寝ちゃったんだと思う。それはわかるんだけど、この状況は何。


「あっははー、ここ何日かさー。皆でパーティやってたのよ。わかる、パーティ。国内で一番高いお酒なんかを取り寄せてさー、兵士も大臣もぐっちゃぐちゃで楽しんじゃってさー。いやー、ずっとこうなってるわけ」


 それでなんで皆が裸なの。しかも男1人に対して2人くらいの女の人が寄り添って寝ている。そしてこの臭い。ボクが大嫌いなお酒の臭いが充満していて、クラクラしてくる。床にもお酒らしき液体がびちゃびちゃに広がってるし、どれだけ騒げばこうなるのかわからない。


「皆、お仕事ばっかりでつまんないでしょー。俺っていい王様だからさー、そういう労いとかするわけー。もうこれって歴史に名前が載る名君じゃないー? こんないい王様なんか他にいないでしょー」

「それでこのパーティはいつまで続ける予定なんですか?」

「そんなの適当でいいっしょー。いいのいいの、どーでもいいの」

「特務隊を戦争に行かせて、自分達は贅沢三昧。今すぐ王様辞めてもらえませんか?」


「王様のお城に勝手にさー、入ってきてさー。こういうのって国に反逆してる事になるんだけどー?」


 もうクリンカもこの状況には突っ込まない。皆が裸の理由とか気持ち悪すぎて何となくだけど本当に聞きたくない。まさかこの中にリッタはいないよねと探してしまうほど冷静でいられない。いるはずないのに。


「この国から出ていってもらうよ」

「まさか実力行使ってやつー? やめておけばいいのにー」

「本当に世界最強なの?」

「誰も俺に勝てないからねー」

「そう」


 容赦なく変態に斬り込む。わかっていた通り、そいつは初動で反応できずにディスバレッドの刃を受けてしまった。だけどそれだけだ。


「あっははー! ほらねー?」

「斬れないなぁ」


 胸板を斬り飛ばせず、それどころかまったく刺さらない。何かのスキルか、それとも恐ろしく硬いのか。こういう時は混乱しちゃいけない。そうすると相手の思うツボだ。冷静に観察すると、刃は確かにこいつの肉体に届いている。皮膚の弾力はあるし、きちんと食い込んでいるのは確実だった。


「何をしたって無駄なんだってー。俺って最強だからさー。ところで君、アレある? ほら……アレ。そうそう、技。スキルっていうんだっけ? そういうのある?」

「そりゃあるよ」

「アッハハハハァ! そっかぁ……やっぱりあるんだぁ……」


 額を手でペチンと叩いて、大袈裟にバカにしてくる。これ以上、力を入れても斬れそうにないから一度剣を戻した。


「俺、ないんだよねー。だって技とかってさー、相手を倒すためにあるんじゃん? あるいは弱いから守るためにあるんじゃん? 修業とか訓練もさ、弱いからするじゃん? そういうのもしたことないんだよねー。だって何もしなくても勝てるのにやる必要あるのってハナシでしょー」


 両手をひらひらとさせて、完全に無防備だ。なるほど、少しずつ見えてきた。なんでこいつが世界最強なのか。いや、なんで世界最強と呼ばれたのか。アボロみたいな圧倒的な強さとはまた違う、別の理由だと思う。


「食べ物だってちょうだいと言えばくれるしさー、住むところだって住ませてーっていえば居つけるしさー。女だって話しかければ好き放題できるしさー。魔物の巣で寝ていても絶対死なないしさー。こんな俺が何かする必要ある? ましてや修業とかさ」


 天性。それも超強力なやつだ。こいつはきっと今までそれだけで生きてきたんだ。天性というのは概念で、たとえばボクの破壊なら破壊という概念がそこにある。だから何であろうと破壊できる。破壊という結果しか残らないから。

 こいつも同じ、何かの概念が人の形をして歩いているだけ。だからその概念の結果しか出ないし、誰も逆らえない。相手に出来るとしたらボク達、天性を持つ人間だけ。と、メリアさんに丁寧に説明してもらったっけ。問題はこいつの天性、それがわかればいいんだけど。


「こんな風にさー、服を着なくても平気なんだよねー。もちろん寒くないし裸でも悪く言われないしさー。服を着てオシャレして必死にモテようとしてる奴らはこんな裸の男に負けるとか、恥ずかしいよねー? その点、俺ってもう歩いてるだけで勝っちゃうんだよねー」


 前にここでこいつと会った時にもずっと言ってたっけ。勝つとか何とか。ボク達にちょっかいかけてきたのも、同じ理由だ。こいつは何に対してでも勝ちたいんだ。


「世界最強の男って呼ばれ続けているのも……本当の名前なんか忘れらているからだ」

「名前? 俺に必要かなー? あっ、そういえばなかったっけー。親からも名前つけてもらってないわー。ひどい親だわー」

「努力もしないで、のらりくらりと勝ち続けて皆にそう言われただけ。お前が強いからじゃない。天性がそうさせただけだよ」

「意味わからないけど俺が最強なのは事実でしょー?」


 ボクの中でメラメラと湧き上がる、よくわからないわだかまり。苛立ちに似ているけど、同時に焦りもわずかに感じる。それでいて歯がゆい、目の前のこいつに対してボクは何を感じているんだろう。


「努力、努力ってさー。勝手にしていればいいじゃん? がんばって鍛えても俺は勝っちゃうけどねー。戦いも女も簡単すぎて眠くなるねー。皆、なんでこんなので苦労してるんだろ?」


 他人が積み重ねてきた苦労を飛ばしてこいつは結果だけを得ていて、しかも馬鹿にしている。ボクにだって当然あるもの。何のために10年も奈落の洞窟で戦ってきたんだ。何度も死にかけて泣きべそかいて、寂しくて辛くて。それがあったからこそ、今があると信じている。それをこいつは。


「どーせ勝っちゃうんだよねー。いやー、たまには敗北ってやつを知りたいんだけどさー。どーしても勝っちゃうんだよねー」


 何もかも否定している。他人の努力も過程も存在も全部。ボクが苦労して得たものに対して何の価値も感じていない。ボクよりも簡単に強さを手に入れている。破壊の天性だって最初から知っていたわけじゃないのに、こいつは無自覚で活かしきっている。

 こんなの許せない。腹が立ってしょうがない。なんとしてでもこいつを倒したい。わからせてやりたい。ボクだけじゃない。例えば特務隊の人達だって苦労したのに――――そうか、ようやくわかった。あの人達がボクに対して抱いていた気持ち。


「まーた嫉妬されちゃったー。うまいうまい、今日も酒がうまい」


 そうだ、嫉妬だ。特務隊があんなにも躍起になっていたのはボクに嫉妬していたから。自分達の苦労を飛び越えてしまったと思いこんでいた。苦労もしないで無自覚に勝ってしまう、こんなふざけた奴が腹立ってしょうがない。勝ちたい。わからせてやりたい。努力は裏切らない、ボクのほうが強いんだ。


「ねぇ」

「んー? なに、嫉妬?」

「お前は最強じゃないよ。たまたま備わっていた、たった一つの天性のおかげ。別にお前が苦労して得たものじゃないからね」

「はいはいー、そーだねー」

「じゃあ、もっとわかりやすく言おうか。お前の”勝利”なんてちっぽけだよ」


 ボクが確信した、こいつの天性。それを伝えると同時にもう一度踏み込む。ディスバレッドを使わず、拳を変態の顔に向けて放つ。原型をとどめないほどの威力だけど天性が勝っているのか、またしても止められてしまう。


「だからー、無駄だって」


 ボクの拳が変態の頬にめり込み、諦める事なく力を緩めない。諦めるもんか。こいつは最強じゃない。ボクが一番だ。そこに勝利があるとしても、勝つのは―――


「ボクだぁッッ!」


「ぶえぁッ!」


 ボクの拳が突き勝った。変態は頭をぐるんと捻り、ついに姿勢を保てなくなって床に叩き落ちる。もそもそと動いて、ようやくそこにあるのが床だとわかったみたいだ。今までこんな事は一度もなかったんだと思う。他人に殴られて床に倒れたなんて、こいつにとっては初めての事だ。だからこそ、自分の状況がよくわかっていない。


「んぎぃぃ! ジンジンするぅ! あぎゃぎゃーん!」

「それが”痛い”だよ」

「痛くなーい! はい俺の勝ちー! 痛くなぁい!」

「今度はもっとわかりやすく言うよ」


 床をはいずり回りながらも、殴られた事実を認めようとしない変態を見下ろす。


「ボクが最強だ」


 強がりながらも変態は頬を手で抑えながら、目をぎょろりとさせていた。瞼がふるふると震えている。怒りか屈辱かわからないけど、こいつにとって今日が初めての日なんだ。生まれて初めて痛い目にあう日。


◆ シンレポート ◆


この みだらな げんば

なんという しげき じゅんじょうな しんには たえられない

ここで なにがおこったのか あえて そうぞうしない

しないったら


ぼくがさいきょう?

しってましたとも はい かいさん

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