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第328話 芽生える信念 その3

◆ ノイブランツ 王都付近 ◆


 人間どもの侵攻を許さないという、あの2人と俺の目的は一致している。つまりこれ以上、人間どもが王都に侵攻する事はない。しばしの静観という立場に落ち着く上、これから起こる事を前知で予め把握した。結果、どうにも不可解な現象が起こる。いや、不可解というよりも俺自身の納得がいかない現象というべきか。

 かつては数多の英雄が繰り出す絶技を受け、その度に感心したものだ。時には説明がつかない未知の力を繰り出す時もあったが、頭の中で俺なりに解釈する事でどうにか落ち着いた。英雄どもを冥府に送り込んできた俺ですら、あの事象は理解しがたい。いや、俺の解釈が正しければこれはもはや(ことわり)の根底を覆しかねないのだ。それと同時に恐るべき事態に陥る。


「ごめん、言い過ぎた。そこにいるアボロはまったく本気を出してないよ。戦って勝ったボクだからわかる」

「わざわざ、そんな皮肉を言うために遥々と追いかけてきたのか。ご苦労な事だな」

「アーギルさん、なんでノイブランツに攻め込んだのさ」

「侵略国家を放置するわけにはいかない。国民の安寧を憂う気持ちがないとでも?」


「そういう建前なんて聞いてないの」


 落ち着いていた金髪の少女クリンカが、隊長の男を視線で鋭く捉える。俺が危惧しているのはリュアではない。この少女だ。息まいていた隊長の男だが、無意識のうちに身を引いてる。ボンクラ集団ではあるが、最低限の本能は備わっていたようだ。少女が竜の姿にならずとも、奴らは竜を投影している。それは単純な実力差ではない、もっと根底にあるものの差。


「王様の命令だから、従っているだけなんだよね?」

「……は?」

「そうじゃなきゃアバンガルド国が侵略国家になっちゃうような真似は出来ない。今も恵まれない中で必死に生きている人達を力で制圧するなんて。ね、マイさん」


「クリンカさん……」


 特務隊の一人、マイという少女の視線はおぼつかない。まるでその娘をわが物と言わんばかりに片手で離さない、あの魔剣の男の機嫌を伺っている。

 なるほど、あの娘達を開放したいのか。安易に魔剣の男を倒そうとしないのは英断だ。単純なスキル等による洗脳とは違い、そうしたからといって魔剣が及ぼした支配が消える可能性は低い。猛毒を受けたからといって放った者を倒しても解毒はしないように、一度根付いてしまったものを取り払うには相応の手段があるからだ。


「耳を貸すんじゃねえぞ、アイにマイ」

「でも……」

「お前らが借金取りに苦しんでいたのは過去の話だ。踏み越えた過去は気にしなくていい。それに何も無抵抗の一般人まで殺すとは言ってねえよ」

「それなら……」

「それに忘れたのかよ。お前らに瀕死の重傷を負わせたのはノイブランツの魔獣(サーヴァント)だ。人様の国に魔物を放つような奴らが野放しにされている状況……考えてもみろ」

「私達は……」


 娘達の目にまた火が灯る。ここでリュアとクリンカを非難せずに、持論を展開して押しとどめたのはさすがだ。更には娘達の復讐心をも煽り、完全に自分へと引き寄せる。あの男、魔剣の力がなくとも自力で支配域を拡大できていたかもしれん。


「やっぱりノイブランツのした事は許せませんわ。リュアさん、クリンカさん……」

「……ごめんね」

「え……?」

「アイさん達がそんなひどい目に遭っているのに、気持ちも全然考えなくて……。復讐は止めてなんて言うつもりはないよ。リュアちゃんだって元々はそうだったし……でもね」


 微笑んだクリンカの表情に戸惑っているのは娘達だけではない。魔剣の男も、クリンカの真意を量り兼ねているようだ。つま先で地面を何度も叩き、すぐには言葉が出てこないようでもあった。


「すぐには殺そうとしないで、きちんと相手を見てね。そして話して。相手だって獰猛な魔物じゃない、言葉も通じる上に自我だってある。もし、どうしようもない相手だとアイさん達が判断したら……仕方ないよね」

「……殺してもいい、と?」

「良いか良くないかで言ったらよくないよ。ただ自分の気持ちにだけはウソをつかないでほしいの。誰にも話が通じない、気持ちが伝わらない辛さはわかっているつもりだから」


 その言葉に何かを含んでいる。俺の前知ではそこまで読み取る事は出来ない。これも人間だからこそ培えるものであり、強さだと理解はしている。そうなれば、多少の興味も引くのは仕方がない。


◆ ノイブランツ 王都付近 ◆


 まだクリンカがドラゴンのままだった時、ドラゴンハンター達と戦っていた時。セイゲルさんにかくまってもらっていた時。自分の気持ちに正直になっても、それが伝わらないと誤解されてしまう。自由がなかったクリンカの言葉には熱が籠っていた。

 だけどボクはこのままアイ達をノイブランツには行かせたくない。それはクリンカが言ったような理由もあるんだけど、それ以上にもっと単純な事だった。


「アイ、それにマイ……ミィもさ。覚えているよね。5人でビーズフォレストに行った時の事。あの時はミィがはぐれたし、皆も大変な目にあったけど……楽しかったよね」

「あの時はどうもご迷惑をおかけしましたわ……」

「でも、もうあの頃みたいに足は引っ張らないよ! すごく強くなったからね!」


「それはよかった。じゃあ、今度皆でどこかに冒険に行きたいな」


 アイは唇をつぐみ、マイは何かが突き刺さったかのように潰れそうな表情を見せる。やっぱり何かが引っかかっていたみたいだ。3人は本当は今が楽しいと思っていない。マイのすごく強くなったという言葉もどこか強がりのように思えた。


「初めて連携して魔物を倒したしさ。あんな風に自分が上達したって思えるのは気持ちいいよね。ボクも出来る限り手伝いたかったけど……今はそんな必要もないかな」

「そんな事……!」


「チッ!」


 痺れを切らしたフォーマスが頭を大袈裟に回してから、ボクを一瞬だけ睨む。お前の相手は後でしてあげるから、心配しなくていいよ。


「お喋りはそこまでにしてもらおうかな。こっちにも一応、日程ってやつがあるんでね。アイ、これからも俺がいればもっと強くなれるぞ。ビーズフォレストなんてしょぼい狩場での喜びなんざ忘れさせてやるよ。今のお前らには、それを知るだけの資格や力がある」


「ミィ……」


 フォーマスがしたり顔で喋っている途中、ミィがトコトコと歩いてこちらにやってきた。栗色の髪がふさふさとかかるように、ボクにすがる。相変わらず無口だけど、何を言いたいのかはよくわかった。少し涙目で訴えかけているのが答えで、もうこんな状況嫌だと言っているようにしか思えない。


「ミィ、リュアさんと一緒にいたいの?」

「……ぅん」


 ようやく声を絞り出したミィは、何かから逃げるようにしてボクにピッタリとくっついてくる。そんな様子を見たアイが、何も言わないで首を横に振った。フォーマスがニヤリと笑い、それ見たことかとボク達に声を出さずに勝ち誇る。


「……小さな妹を連れて人殺しなんかしたら、お父様とお母様に何の言い訳もできませんわ」

「アイ姉さん……私、なんかやっぱり……ダメかな……」

「マイはどう考えますの?」

「確かに強くなれたし、今なら私達を痛めつけた魔物にも勝てると思う。フォーマスさんもいい人だけど……少なくとも今はあまり楽しくない……」


 フォーマスから伸びている鎖が2人を縛り付けていたかのように、アイとマイはぎこちなくようやく歩き出した。少しずつ地に足をつけて歩き出したといった感じで、すたすたと寄ってきてはアイがミィの頭に手を乗せる。


「ごめんなさい、お姉ちゃん……どうかしてましたわ」

「嫌だったんだよね。もっと早く気づいてあげられなくて……ダメなお姉ちゃん達だよね」


 ミィが2人のお姉さん達に小さな手を伸ばす。アイとマイの手を取り、頭を小さく横に振るわせてからようやく静かに泣いた。


「リュアさん、クリンカさん。今日ここに来ていただいて、本当に感謝しますわ」

「なんか……ドッサリと重いものが落ちた気分……。なんだろ、悪い夢でも見ていたような……」

「ボクもなんて言っていいかわからないけど、こう言えばいいのかな」


「「おかえり」」


 ボクとクリンカの言葉が重なる。結婚はしたけど、こんな風に一致した事はあまりない。それだけ同じ気持ちだったんだとなんだか嬉しくなった。3人が手を取り合う姿を見ていると今まではバラバラだったんだなと思う。


「はぁ~~~ん? なに、つまりアレか。お前らはぁ、俺様を裏切るばかりかぁ、恩を仇で返すという……人として壮絶にあり得ない事をしたって解釈でぇ? 正しいわけかぁん?」

「フォーマスさん、すみません。そういうわけではありませんが、私達はこの戦争に加担出来ません。特務隊を除隊するという形になるので、これに関してはどのような仕打ちも受ける覚悟ですわ」

「マジでぇ、意味わっかんねぇんだけど?」

「いや、だからフォーマスさん……」


「ちげぇよ」


 顎を引き延ばして、なんだかよくわからない喋り方になるほどフォーマスは怒っている。マイが何か言おうとしたけど、鼻の穴を膨らませたフォーマスに圧倒された。


「ドゥームネートの支配がよ? どうなってんのかって話をしてんだよ。そんくらいわかれや」

「あ、ごめん……」

「もうなぁ……マジで何なんだよお前らはよ……」

「だから本当にごめん……」


「ちっげぇよ」


 目を見開いて顎を引き延ばして、もうすごい顔だ。違うというのは確かにそう、フォーマスはきっとボク達に言っている。元々ボク達への恨みでここまで来たようなものだし、この状況は面白くないどころじゃないはず。


「破壊か? 破壊の力で支配を断ち切ったんだろ? ったくよぉ……すべてを支配する権利のある俺様にどうしてよぉ、その力がねぇのかよぉ。簡潔に説明してくれや」

「そんなの使ってないよ」

「はいはい、ハイハイハイ。わかった、よくわかりました。やっぱりお前らは俺の人生に現れちゃいけなかったんだわ。すべてを支配して勝つ俺様の人生のはずなのによ……オイ、アーギル隊長」


 いきなり呼ばれてぎょっとしているところを見ると、アーギルもフォーマスには敵わないんだと思う。フォーマスが誰かに命令する以外の理由で呼び止めるわけがない。お願いも出来なければ、謝る事も出来ない。ボクでさえできる事が出来ない。それなのに支配だの何だの、もしかしたらあいつはボクよりバカなのかもしれない。


「いつまでボサッとしてんだよ。こいつら、殺せや。離反とかほざいてるガキ3人もろともな。そこにいるエイーダもいい機会だろ? 何の為に俺様がお前の小娘いびりを見逃してきたと思ってんだ」


「あぁ……感謝するよ。あのブスを直接殺す機会を与えてくれた事にね」

「あそこにいる怪物に比べれば、楽なものだな……」


 アーギルとエイーダと呼ばれたおばさんだけじゃない。全員がそれぞれの戦闘スタイルに合った構えを見せる。結局こうなるのは覚悟の上だし、それを踏まえて今日からのボク達は一味違う。


「瞬撃少女よ、恐らく貴様は手加減をして俺達を殺さぬように戦うだろう。だがそれは誤りだと宣言しよう。この身が動かなくなろうとも、俺達には戦う術がある」

「わかっていると思うが、ここにいる全員がレベル1000を超えている。もうBランクのエンカルはどこにもいないんだよ」

「同じくシムもな」

「教えてやるよ! あたし達はBランクでありながら、Aランクの連中のレベルキャップよりも高かったのさ! だからこそ特務隊のこの地位にいる! 高みだった存在も今や頂から見下ろせるという事!」


 アーギルの言葉も意味はよくわからないけど、それもわかった上で来ているってのを教えてあげないと。こいつらの知る瞬撃少女はどこにもいないって。


「ボク達が勝ったら、皆がどうやってそんなに強くなったのか教えてくれる?」

「試合のつもりか? 勝敗はどちらかの命が尽きるまでだッ!」


 アーギルのスキルが発動したのはわかった。その場から跳びのいた途端、元々いた場所に何かが振り下ろされる。真空波みたいなものかな、そして当然見えない。ボヤボヤしていると次々と攻撃されて、あっという間に相手のペースに乗せられるやつだ、これ。


「いきなりアーギル隊長のウィンド・デス! 大気を見えない刃に変える事で場を制圧する!」

「逃げ場なんかねぇぞ、瞬撃少女!」


 誰かの言う通り、ゼロ距離で刃が襲ってくる。これは確かに強力なスキルだ。なんて感心するのはお終い。すぐにソニックブーストでアーギルの周りを囲うように空中を移動。真空の刃がボクを追撃してくるけど、これこそあっという間だ。アーギルの背後にまわって一撃。拳で背骨を折り、この時点で勝負は終わる。


「ぐぉぉッ……」

「はい、お終い」


「とでも言うと思ったか?」


 アーギルがくるりと余裕の動きを見せてボクに向き直る。背骨が折れたまま、歪なポーズで立ちはだかった。


「どんな拷問にも耐えられるように、痛みを感じないようになる訓練をしているんでな。これでわかったか? お前がどんなに俺を攻撃しようと戦いは終わらない。俺を殺さなければ……が、がふっ……」


 ディスバレッドでアーギルの心臓を貫き、すぐに抜く。皆、何が起こったのかわかっていない。何せ瞬撃少女が人を殺したんだから。血を吐いて崩れ落ちるアーギルを見下ろして、ボクは肩を回した。


「ウ、ソ、だろ……?」


「うん、ウソだよ」


 誰かがようやく何が起こったのかを認識した途端、アーギルを回復の光が包む。まず一つ、痛みを感じないとはいっても死なないわけじゃない。さすがに心臓を刺されたら死ぬ。そしてもう一つ、アーギルはボクに何をされようともクリンカのおかげで死なない。


「ん、む……なんだ、何なんだ……」


 アーギルが自分の心臓を手でさすっている。さすがに理解できないと思うし、実践してみて自分でもちょっと驚く。


「クリンカ、ありがとう」

「うまくいったね」

「死ぬ直前なら、クリンカの再生で治せる。もちろんそのタイミングが難しくて、わずかにでも遅かったら死んじゃって助からない。奈落の洞窟の魔物はいい訓練相手になったよね」


「ちょっと何を言ってるのかわかりませんね」


 なんか普段は敬語なんか使わなそうな人が何故か敬語を使っている。そりゃボクだって信じられないよ。こんなの反則どころじゃないし、理屈で理解したくても出来ない。そもそも死ぬタイミングなんて普通はわからない。クリンカだってそれを完全に把握しているわけじゃなくて、ほとんど勘でやっている。それでも成功するのは、それだけクリンカの再生の力の練度が高いからだと思う。


「これでわかったよね。もうボクは誰であっても殺せる。アーギルだって一回死んでいるんだからね? どう、死んだ気持ちは?」


「死んだ、気持ちだと……」


 今になって状況を完全に把握したのか、ボクに刺された感触をもう一度確かめている。そして意識が遠のいて死の淵に落ちる瞬間を思い出す。暗殺を得意としてるアーギルは常に死に近いところにいたはずだ。そのアーギルがカタカタと震え出したところを見ると、ボク達の作戦は成功だったみたい。


「死なないけど殺すよ? あぁ、やっぱりボクはクリンカがいないとダメだなぁ」


 誰だって死にたくない。死ぬ瞬間なんて味わいたくない。それも何度も。そんな現実を知った特務隊の全員が凍り付いた瞬間だった。


◆ シンレポート ◆


や やばい

もう こいつら かんぜんに ことわりを いつだつしている

までぃあすが おこるのも とうぜんなのです

やばい やばい いつも からかっていたけど こんどからは まじで

ころされる

ころされて ふっかつする

ふ ふるえが とまらない

て てーぶるのうえにあった もこもこかすたーどを たべたのが ばれたら

しんは なんど ころされるのか


あぁ ああああぁぁぁあああああ!

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