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第326話 芽生える信念 その1

◆ イカナ村 リュアの両親の家 ◆


 村の入口で力尽きるように倒れていたイークスさん。切り傷なんかがひどくて、明らかに誰かに攻撃された跡だとわかった。イークスさんほどの人が何かから逃げてきて、しかもここまでの傷を負わされる相手なんてそんなにいない。

 魔物がほとんどいなくなっている以上、残りは限られている。それもすぐに回復したイークスさんの口から話してくれるはず。


「ここはイカナ村か……そうか、助かったのか」

「エルメラから聞いたけど、ノイブランツと特務隊が戦争するってどういう事?」

「俺は特務隊に志願して、あいつらの強さの秘密を探ろうとしたんだ。この英雄が頭を下げてようやく入隊したと思ったら、罵倒されながら雑用でこき使われるわでプライドも何もあったもんじゃなかった」


 体だけに傷を負っただけじゃないみたいだった。声がかすれて相当疲れが出ている。クリンカの回復でも心までは治せない。寝ながら天井を見つめたまま、淡々と口を開いている様子が余計に痛々しい。


「な、なんでそこまでして……」

「正直言うと、俺はあいつらの強さに嫉妬しちまった。うまく取り入ってその力をいただこうとさえ思ったんだ」

「えっ……ウソでしょ?」

「思い止まらせてくれたのはバステさんだったよ。色々語ってくれた中でお前の話もあった……ハハッ、またまた助けられたな。お前はすごいよ、どこにいても誰かしら救っちまうんだからな……」

「バステさんが……」


 バステさん、わかってくれたんだ。どうもレスターの死を報告しても信じてもらえなかったみたいで、その責任を隊長のバステさんがほとんど被ったらしい。除隊はされなかったものの、拷問なんてのが生易しく思えるほどの苦痛を与えられたとか。でもおかげでニッカの件は流れたらしく、あの人は無事に除隊出来たらしい。なんだかんだでいい人だと思った。今度会ったらお礼を言わないと。


「情けないお兄さんだろ……。あの人がいなかったら、力の代償なんか考えもしなかった。俺も結局はあいつらと同じ次元だったんだ。頂きを見上げて嫉妬に狂い、目先の力に手を伸ばす。特務隊、あいつらはもう冒険者じゃない。己の力に溺れて、かつて培った経験や勘なんか完全に忘れている」

「だからノイブランツと戦争をするなんて言ったんだ……。普通に考えたら無茶だってわかるはずなのに……」

「命令したのはあの糞王だろうけどな。いずれにしてもノリノリだったぜ。死にかけの大国なんざ怖くない、ここで実績を出せば名実ともに世界に轟くってな」


「うーん……裸の王様とルルドは同盟のはずなんだよね。ルルドの話を聞く限り、ノイブランツへの侵略なんて許すはずないと思うんだけどなぁ」


 クリンカの疑問は最もだった。ボクだってそう思う。つまり裸の王様が勝手にやっているとも考えられた。あの変態ならやりかねない。ボク達に勝つだの、そんなのに拘っているくらいだもの。


「そっか……特務隊はノイブランツに……でもあそこには絶対に怒らせちゃいけない奴がいるんだ。それわかってるのかな……」

「アボロさんだよね……。あの人なら特務隊なんて相手にもならないし……」

「裸の変態はそれをわかってて命令したんじゃないかな。特務隊には知らせてなくて……」


 裸も特務隊も嫌いだし、勝手に殺されたらいいのに。アボロと会ってから身の程を知っても遅い。実際に戦ったボクだから言える事だ。たとえアボロの存在を知らなかったとしても、勝てると思い込んで今は何もしてないノイブランツに攻め込むなんて許されるわけない。


「何がいるかは知らないが、いずれにしても攻めるだろうよ……あいつらは自分達のレベルを絶対視してやがる。それだけお前の脅威を肌で感じていた証拠でもあるんだがな……」


 レスター達にも特務隊が生まれたのはボクのせいだと責められた。まるでボクが皆の努力をあざ笑ったかのように。大体、あの人達は何を目指して冒険者になったんだろう。誰よりも強くなるためかな。今日のサーカス団やパブロさんを見ていると、熱心な人はやりたい事が明確にあるはずだ。

 もし、熱心だったけどボクのせいで狂ったというなら少なからず心が痛む。どう言葉をかけていいのかわからない。でも。


「ボクだって……簡単に強くなったわけじゃないんだ」

「パブロさんのお店だって、他のライバル店を競ったんだもん。リュアちゃんの何が悪いの」

「それでも、あの人はやりたい事をやってるんだよね……」


「料理店はお客さんに料理を食べてもらえる喜びがある。リュア、お前はどうしたら嬉しい?」


 今まで黙っていたお父さんが問いかけてくる。ボクは料理なんか出来ないし、全部クリンカ任せだ。ボクが嬉しい事か。


「俺が特務隊の追手に殺されかけてまでここにきた理由は……お前が仲良くしていたあの三姉妹がいたからだ。特務隊の中にあの子達がいる」

「まさかアイ達が? という事はフォーマスも……」

「このまま知らなかったら、あの子達まで殺されるぞ。俺はもうお前に悲しんでほしくないんだ。あの日みたいに、村から逃げて復讐を誓うような事だけはな……」

「イークスさん……」


 この人がここまでしたのは結局はボクの為だった。イークスさんの言う通り、知らなかったらアイ達は殺されて、それをボクが後で知る。そうなったらどんな気持ちになるだろう。考えたくもない。いくら泣いても叫んでもすべては遅い。心が壊れても壊れきれない。そうならないようにイークスさんは教えてくれたんだ。


「俺に出来るのはここまでだ。下手をしたら特務隊の奴らと一緒に堕ちるところだったし、俺からもバステさんには改めて礼を言いたい」

「イークスさん、ありがとう。またボクのほうが助けられちゃった」

「頼られる冒険者のお兄さんから、ずいぶんと降格しちまって情けない限りだな……」

「そんな事言わないでよ! ボクに冒険者を教えてくれたのはイークスさんなんだから! だから……あまり自分を貶さないで……」

「ま、なんだ……。冒険者、続けたいだろ? それにはまずは大切なものを守らないとな」

「……!」


 この人のおかげで冒険者に憧れておきながら、つくづく思い直す事ばかりだ。サーカス団の人達は何度も危険な目に遭いながら、パブロさんはライバル店と競争した。特にストルフみたいなのに邪魔をされても店をやめなかった。

 屈辱を味わいながらもボクの道を照らしてくれて、これ以上どうお礼を言えばいいのかわからない。自分がイークスさんの立場だったら同じ事が出来たかな。裸に邪魔されても自分達で各地を巡って人を助けたりして、なんとかお礼の品をもらったりして食いつないできた。この前のバステさんの時もそうだ。町長から結構なお礼をもらった。あがいていたはずなのに討伐対象が消えて本格的に暇になったくらいで、何もしようとしなかったなんて。


「必要とされるかどうかは……自分次第なんだよね」

「ん? よくわからんが、なんか吹っ切れたか?」

「イークスさん、特務隊はまだ攻め込んでいないんだよね?」

「いや、もう出発してると思うぜ。俺が痛めつけられたのはそれを拒否したからだし、あいつらのスピードなら何日とかからんだろうな」


「……そこにはアイ達がいる」


 初めて出会った日の事を思い出す。駆け出しの頃、声をかけてきたのはあの3人だった。親の借金のせいでひどい目にあっていて、それをボクが助けたんだっけ。あんな状況でもがんばっていた3人までもが、力に目がくらんだなんて思いたくない。


「多分フォーマスもいるよ、リュアちゃん。あの人は私達が止めなくちゃいけないと思うの。私達への私怨だけであんなに強くなるような人だよ。放っておいたらどんどん増長する」

「止めるよ。特務隊含めて」


「ノイブランツの王都へ向かえ。どうせ連中が目指すのはそこだろう」


 かなり遠いけど、今からでも行くしかない。もうすぐ日が落ちるけど、こうしている間にも特務隊は進軍している。いつレスターみたいにひどい死に方をするかもわからない状況だ。だから今回はボクよりもクリンカにかかってるといってもいい。


「クリンカ、頼んだよ」

「うん。リュアちゃんのおかげで奈落の洞窟で修業できたもん。バッチリだよ」


 そう、ボク達は昨日までイカナ村の近くにある奈落の洞窟に潜っていた。ボクはともかく、今のクリンカなら絶好の修行場になると思ったから。といってもレベルを上げるというよりは回復、再生の力のコントロールと質の向上が目的だった。あそこの魔物相手に、ボクが思いつく限りの練習をクリンカにやってもらってその成果は上々。それどころかとんでもない事まで出来るようになった。


「私がいるから、リュアちゃんは全力を出してもいいからね」

「うん、もう手加減はしないよ」


 それはボクが震えるほどの成果だった。クリンカの天性”再生”はもしかしたらボクの破壊なんかよりもよっぽど恐ろしいかもしれない。


◆ ノイブランツ 王都付近 ◆


「撤退だッ! 全軍退けぇぇ!」


「おーおー、あの竜騎隊がバッサバサと羽ばたいて逃げていくぜ」


 開戦10分足らずで戦力の半分近くが削がれて撤退命令を出さないような奴が、指揮官の座に居座れるわけがない。ついさっき名乗りを上げたルードレッドとかいう隊長の威勢はさすがに衰えてないが、敗戦を前にしてなんとも悲痛な表情を浮かべていた。


「南にカシラムの騎兵隊有り、北にノイブランツの竜騎兵隊有り。子供の頃はワクワクしたもんですけどね」

「仕方ないだろう、シム。天空砲でほぼ壊滅状態でなければ、もう少しまともな勝負が出来たかもしれんがな」

「そりゃないですよ、エンカル副隊長。ここにいる全員のレベルが1000を超えているんですよ? あの役立たずニッカはすでに除隊していますからね。今やこの世界のどこに我々と張り合える奴がいるっていうんです。まぁかつての大国のみすぼらしさを目の当たりにしたという意味では残念ですがね」


「無駄話をするな。追撃しろ」


 アーギル総隊長の冷酷な命令は、逃げるコウモリどもを駆逐しろとの事だった。さすがに戦意を失くした相手を手にかけるのは気が引ける。というよりつまらない。エンカル副隊長もそうだが、俺にとって楽しみなのは自分が一番強いと思いこんでる奴の鼻っ柱をへし折る事だ。さっきのルードレッドとかいう隊長もそうだった。人魔一体(ノイエ)とかいう得体の知れないスキルで変貌した時はさすがに驚いたが、何のことはない。所詮はレベル100にも満たないザコだった。自分の手の内がすべて通用しないとわかると、みるみると青ざめていってそれでも威勢だけは絶やさない。恰好いい奴だった。


「といっても、俺のスキルじゃあそこまで届きません」

「私の出番だね」

「エイーダ、頼む。お前の弓矢なら届くだろう」


「ほら! あんたも弓を構えるんだよ! マイ!」


 さっきからさっぱり仕事をしないのは3人の姉妹だった。実力はそこそこだが人を殺すのは慣れてないらしく、消極的な動きを見せているせいで度々檄を飛ばされている。そのうちの一人、マイはエイーダと同じスナイパーだ。どうも自分よりも若くてかわいい子が気に入らないらしく、エイーダはあのマイに対しては当たりが強い。ましてや特務隊の中でも男達の人気が高い美人三姉妹。結婚適齢期を過ぎた年増にとって、これほど面白くない状況もないだろう。


「あ、はい……」

「ったく、若い奴が率先して動かなくてどうするんだい!」

「すみません……」

「すみません、すみませんって謝るだけ謝って同じ事繰り返すんだろう? そんな鈍臭いのによく今まで生きてこれたね。ブスは外面だけじゃなく、内面も終わってるねぇ?」


「エイーダ、いいから撃て」


 このネチネチは始まると長い。聴いているこっちがうんざりする。まだ何かグチグチ言ってるエイーダが構え、それに続いてマイがおずおずと弓に手をかけた。撃てないだろうな。そしてその後はエイーダのストレス発散だ。毎度、このパターン。


「とっとと構えやがれ、このブス! あんなコウモリ、一発で仕留められなきゃそれこそ終わりだよ! 見てなッ!」


 語気を強くしたエイーダが逃げる竜騎隊に複数の矢を放つ。一度に十発以上の矢を放てるのは特務隊の中でもエイーダだけだ。言うだけの腕はある。それぞれの矢がワイバーンの弱点である氷を纏い、冷気を帯びながら貫くはずだった。


「……あ?」


 エイーダの矢は空中でかき消えた。遠くで起こった結果にエイーダも納得がいってなくて、次の矢を放とうとしない。


「消えたな――――」


 俺が呟いた直後、大地に衝撃が走る。足場を揺るがされただけでなく、何かのエネルギーでもぶつけられたかのように成す術もなく俺達は後方へぶっ飛んだ。油断していたわけじゃない。矢をかき消した張本人がいるのはわかっていて、それに備えていたつもりだった。備えがあっても結果は変わらず、空中で何度回転したかわからない。それがエネルギーではなく、ただの爆風に近い突風だと気づいたのはだらしなく地面に大の字になって転がった時だった。


「あ……俺、生きてる……」


「それが生を実感するという事だ」


 ここでようやく自分がぶっ飛んだ原因がわかった。あいつが空から降ってくると同時に矢は消えて、そのまま垂直に落下。そいつが落ちてきた衝撃で俺達は飛ばされたんだ。何かのエネルギーでもスキルでもない。ただそいつが登場しただけだった。


「な、なんだ……あいつ……」


 かろうじて誰かが絞り出した声は、すでに恐怖に支配されつつあるようでもあった。二本の角、眉のない吊り上がった目、灰色一色の歪な筋肉。成人男性をゆうに見下ろせる高さを持つその怪物は、腕を組みながら俺達の前に立ちはだかっている。


「貴様らは戦争をやりに来たのか」


 怪物の低く太い声だけで体が強張る。全身のあらゆる神経や筋肉が言う事を利かない。指先一つ動かすのがやっとだった。本能に直に訴えかけるそいつの脅威はここにいる全員に伝わったはずだ。倒れたまま起き上がろうとすらしない奴もいて、情けない事に死んだ振りをしている。普段なら粛清ものだが無理もない、俺でさえ奴の言う”生”を実感したのだから。ただ、そいつの登場だけで。


「頭はそいつか……いや」


 俺達が喋らないでいると、そいつはアーギル総隊長を見る。かろうじて膝をつきながらも、両手で鎌を構えているのはさすがとしか言いようがない。


「貴様だな」


 怪物が目をつけたのは、唯一さっきの衝撃に耐えたフォーマスだった。そいつと同じポーズでニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべている。


「違う違う、俺達は戦争をやりに来たんじゃない」

「なに……?」


「虐殺だよ。だって戦争なんて成立してねぇじゃん、これ」


 フォーマスの挑発により、怪物の目がより一層鋭くなった気がした。


◆ シンレポート ◆


わすれがちですが りゅあは ししゅんきなのです

いろいろと たかんな じき

りゅあは いいおとなに めぐまれたのです

このしんも そのせいちょうを なまあたたかく みまもってやるのです


みまもって あ?

あ ちょっと どうぐぶくろから でないと

また また あぁぁ

のいぶらんつになんか いきたくないのです!

なんてすぴーど! もう むらが あんなにとおく!

ねめあより はやーい!

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