第322話 憤怒に纏われし傀儡 前編
◆ イカナ村 入口 ◆
村の周囲から軽い爆発音がした後、煙が吹き出る。煙は村を覆い包むようにして一瞬でボク達の視界を奪った。この煙、毒が含まれているわけでもない。だからそこは問題ないんだけど、敵は目の前にいるマキバ隊だけじゃなかった。
「ナァッハッハッ……ワシはここでとっくりと見物させてもらう。ワシをくびり殺すか? 部下にもそれは想定させとるから何の問題はないぞ」
マキバは腰を落としてあぐらをかいて余裕を見せつけていた。ここでマキバを瞬殺したところで何の解決にもならない。それどころか、やってしまえばボク達が困るハメになるとマキバは態度で見せつけている。
「ワシを殺せば、森の至るところに仕掛けた罠があらゆる動植物を散らすじゃろうなぁ。罠を解除するならば、ワシを生かしておかねばならんのよなぁ」
「いつの間にそんなもの……」
「密林での狩りではワシのほうが年季入りじゃ」
煙の中から重い何かが放たれて、家や畑を突き刺す音がした。その鈍い音からしてかなり太くて硬いものだ。それも一本や二本じゃない。前にボク達がアバンガルド城に侵入した時に構えていたバリスタとかいう兵器が至るところに設置されている感じだ。
「まずい……! 村が!」
「そういう事よ! そして第二幕!」
「うわぁぁ!」
家の中に避難させていた女の人や子供を狙ったんだ。煙の中からマキバの部下が襲いかかり、それぞれの悲鳴が聞こえる。
「ひっきょうだなぁ!」
「殺し合い、狩り合いに卑怯も魔境もあるかい! 念入りに準備して弱点をついた奴が勝つ! シンプルでええもんじゃろ! それよりぼぉっとしくさってええのか?!」
「ええよ」
腹立つからマキバの口調に合わせてやった。悔し紛れだと思ったのか、マキバは独特の笑いを止めない。でもその笑いは絶対に続かないから。
「ナァッハッハッ!」
「どぅむっ!」
「ぐふっ!」
「ぎゃん!」
「ナァッハッハ……ハ?」
マキバのすぐ近くに豪快に回転しながら落ちてきたのは村人じゃない。飛ばされる途中で持っていた武器を手放したのか、丸腰になったマキバの部下だった。元冒険者なのは間違いないけど、これも知らない顔だ。
「ハァッ! ほぉ! これはこれは!」
一撃で倒されたと思われる自分の部下をマキバはまじまじと見下ろした。そして各場所で聴こえてくる悲鳴が村人のものじゃない事にも気づく。
「げぇるぐぐぁっ!」
「ざ、ぐっ……」
「カ、カドウ! ツーチ! こいつらはレベル1000を超えとるはずじゃ! 瞬撃少女はここにおるし、なるほど! 伏兵か! やるのぉ!」
今、追加で飛んできた2人の名前だと思う。太ももを叩いて喜んでるけど、まだ何がそんなに余裕なんだろう。女子供っていうけど、この村の皆が元々どういう人なのか知らないのかな。
「マキバ、隊長……つ、強い、です……」
「詠唱の、暇すら……」
「桑だの……鎌だの……農具で……」
「なら、天然トーチカの発射第二弾じゃ!」
またあの砲撃が来る。森の中にそういう砲台があって、それを動かしている人がいるわけだからそっちを止めればいいのかな。どっちにしろ、こんな煙も砲台もあの子の前じゃ意味がないんだけど。
「サーモグラフで敵配置特定。発射」
「づだぁっ!」
「ずごぉっっ……くっ!」
「あがっ…い……」
プラティウのセラフィムは視界が封じられても関係ない。森の中に何がいようが、敵の位置を特定して拡散レーザーで仕留める。綺麗な曲線を描いて、敵だけを確実に打ち抜く光景は、青白い雨でも降っているみたいだった。急所には命中させずに腕とか足とか、戦えなくさせる箇所だけを狙っているのもさすが。
「メタリカの兵装っちゅうやつか! 化かし獣がやりおるのう!」
「マキバ隊長、やはりレベル1000以下の斥候部隊では歯が立たないようです。我々が動きましょうか?」
「よぉし! まずは森を焼くんじゃ!」
「……! 炎上戦ですか……わかりました」
マキバの近くにいる部下の一人が何か紐みたいなものを握っている。あれが罠を発動させるためのものなんだと思い、急いでその手に拳を降ろして骨ごと粉砕。そいつが叫びを上げる間もなく紐を奪う。
「いぎゃぁぁぁ! いでぇ! あぁぁ! 腕、腕ぇぇ!」
「AランクかBランクなんでしょ? そのくらいで大袈裟だよ。それとも、しばらく怪我をしてないから痛みも忘れちゃったのかな?」
「ほざけやぁぁ! ゲッ……ォ、ェ……」
今度はみぞおちに入れて終わり、レベルが上がっただけならこっちもほとんど手加減なく殴ればいいだけだ。口から変なの吐き出して倒れたし、やりすぎたかもしれないけど。
「うちの副隊長が一撃かい!」
「さっきから何なのさ! 森を焼くとか、そんな事したらどうなるかわかってるでしょ!」
「なんじゃ、散々暴れてる分際で自然愛護者気取りかい! ワシら人間も自然の一部なんじゃ! つまりワシらの行いで滅びるもんがあるなら、それも自然の成り行きよ! 何の問題もないんじゃ!」
「ビーストハンター・マキバ。Aランク11位。魔獣討伐の戦績ではトップ3だけど、生態系に影響しかねない強引なやり口のせいで、各団体含めて批判の声が多い」
またも横に降りてきて、プラティウがぺらぺらと説明してくれる。なんかデータを見たら貴重な動物を絶滅に追い込んだとか、ろくな情報がない。ここまでくると冒険者をやっているよりは特務隊になったほうが被害が少ないんじゃないかとさえ思えてくる。
「ところでさっきから余裕じゃな、瞬撃少女よ!」
「ちょっと考え事をしていてさ。まぁいいや、倒させてもらうね」
「倒させてもらう? このマキバ隊副隊長補佐、Aランク”ペインター”のクラスを持つ私のスキルを知った上でのおぇうッ……」
ペインターは気になったけど、どうせ後でプラティウに教えてもらえるからいいや。そのまま沈んでいてほしい。でも手に大きな筆みたいなものを持っていたし、使いどころはますます気になった。
「リインが一撃じゃと! この場合、手筈はわかっとるな! 作戦第三――――」
「段はないよ」
残りの隊員も少しだけ痛い思いをしてもらった。全身の骨という骨を砕いて泣き叫ぶほどの痛みを味合わせてからの気絶。さっきのペインターの人はラッキーだった。この人達みたいに叫びにならない叫びを上げながら、転がり回らなくてすんだから。
「ァ、あぁアアア、イイイイ……!」
「イゥ、イィ、ヒュー、ヒュー……!」
「皆、痛いよね。マキバもこれから、こうなるんだよ」
もしこれで全員がレベル2000くらいだったらこんなに簡単にはいかなかったのかもしれない。いや、プラティウによると例えそうなっても身体能力の時点でボクには勝てないらしい。前にメタリカ国で、もしレベルキャップがなかったら人間はどこまで到達出来るのかという研究があったらしくて。普通の人からAランクになれるくらい優れた人まで、いろんな人達のデータを並べてシミュレートとかいうのをしてみた時のデータがどれもボクより下だったとか。
成長速度も何もかも個人差があるから、同じレベルでも同じ強さとは限らない。ボクは今まで努力したからここまで強くなれたんだと思っていたけど、どうやらそれも見当違いに思えてきた。ハイブリットとかいうやつのせいなのかな。混血による突然変異、なんだかそれこそ化け物だ。
「後はマキバ隊長だけだね」
「ナァハハ……森の罠を取り外さん限りはワシを殺せんぞ」
「そんなのエルメラやメリアさんがどうとでもするから大丈夫」
「ねー、お姉ちゃん。すぐああやって人任せにするんだから」
「どうとでもするんじゃなくて、どうとでもしたのよ。すでにやったの、つまり誇っていいのよ」
変な姉妹が変な会話をしながら悠々と来る。その後ろにマキバ隊の隊員をくわえたネメアがのそのそとついてきていた。そしてマキバの前に差し出すようにして、それぞれ3人の隊員を放り出す。たくさんの魔獣を狩ってきたマキバなら、ネメアがどんな罠を張っても勝てない相手だとわかるはず。
「なぁんじゃ……だらしないの……」
白い歯を食いしばって、顎をひくひくと揺らして自分の敗北を認められずにいる。今回、ボクはほとんど何もしていない。森の中から襲ってきた別のマキバ隊の隊員は全員村人とネメアが倒した。その中に子供も混じってるんだから、もう何も偉そうな事は言えないはずだ。
「とんだ魔窟のようじゃな! ワシだけでは足らんかった! いや、もっと準備期間を設けるべきじゃった!」
「さっきから偉そうな事言ってるけどさ、自分で戦わないの?」
「ビーストハンター・マキバ。高い実力を持つけど、自分から真っ向勝負はほとんどしない。その臆病ともいえる慎重さが強さの秘訣」
またなんかプラティウが読み上げている。褒めてるのか貶してるのかよくわからない紹介だ。でもマキバ本人は怒る様子もないから、本当なんだと思う。
「その通りじゃ、真っ向勝負なんぞバカのする事よ。今回姿を見せた訳は、隊長のワシの口からジューク及びボンゴの拘束を伝えねば筋が通らんと思ったからじゃ」
「なんでそういうところだけちゃんとしてるの」
「リュアちんも私達に似て、突っ込み上手だねー」
「えらいっ」
この姉妹には黙っていてほしい。しかも似ているとか、危機感を覚える。ボクもこの2人みたいになるとか。何が偉いのさ。大人の女の人が手を叩いてはしゃいで全然かわいくないよ。
「さて……と。マキバさん、ワシらはこうして無事なわけじゃが」
「やれんものはやれん。お手上げじゃ。煮るなり焼くなり好きにせい」
「潔いのう」
「狩り合うとはそういう事じゃ」
「こんな風にナ」
「ぶっ……ふ……」
マキバの胸の辺りから刃が突き出している。すぐに引き抜かれ、ぐらりと揺れたマキバは目の焦点が合わないまま倒れた。
「……なんじゃって?」
マキバの意識はすでになくて、完全に即死だとわかった。レベルが1000を超えているのにも関わらず、的確に急所をついた一撃。マキバの言う伏兵が潜んでいたわけでもない。ボクが気絶させた隊員の一人が、折れた骨だらけの体を物ともしないで動かしている。
「狩られたわけダ」
「こうしテ」
「お互いに」
「狩り合う」
倒れていた隊員がむくりと起き上がり、武器をとってゆらゆらと揺れながらも向き合い。
「殺し合ウ」
「皆! 逃げて! 出来るだけ離れて!」
それしか言えなかった。まだ村全体にいる村人の元に、倒れている隊員がいるはずだ。倒したと思ったのに唐突に起き上がって襲ってくる。そんな状況に咄嗟に対応できるとは思えない。村人が操られないよう、メリアさんが細工してくれたおかげで最悪の事態は免れているはずだ。
「リュアちゃん! 村の皆は一か所に集めたほうがいいよ! 操られる心配がないなら、そのほうが守りやすい!」
「そうだね……そっちは頼むね!」
これ以上、隊員達をネントロの操り人形にさせない。思った通り、隊員達はお互い殺し合いを始める。こうする事でボクが皆を守ろうとして動くのをネントロは見越しているんだ。殺し合いつつ、村人を襲う。出来るだけ守る対象を拡散させて困らせる。ボクをずっと見てきたんだろうな。本当に嫌らしい。
「メリアさん! ネントロの居場所とかわからない?!」
「えぇ、それはもう。この……リュアさんが言っていた連鎖する束縛糸って、実は致命的な欠点があるんですよねぇ」
「それはよかった!」
「結局、糸を辿れば大元に辿り着くわけで……その先はですね」
メリアさんが村の外にスッと指を向ける。
「王都、ですね」
どうもネントロは本当に面倒な事にしたいみたいだ。王都からこのイカナ村にまで連鎖する束縛糸を届かせているという事実、つまりあいつも前より強くなっている。
思えばボクと新生魔王軍はずっと繋がっていた。魔王とお父さん、お父さんやお母さんとボク。まるで糸のようにずっと繋がっていて、それは魔王軍が壊滅しても切れない。本当の意味で切るにはネントロを倒すしかないのかもしれない。だけどそれだけじゃダメなのはシンの覚悟を通してわかっている。
「操られているのはネントロ……お前もだよ。きっと……」
哀れみさえ湧き上がる感情を抑え込み、ボク達は迷わず王都を目指した。
◆ シンレポート ◆
しんには なにも できない
ただ いのるしかないのです
おなじ まぞくにすら しんの ことばは とどかなかった
みとめられなかったから




