第321話 包囲網
◆ イカナ村 中央広場 集会小屋 ◆
「そりゃ間違いなく天性でしょ。クリンちんの再生に対抗してるんだもの」
村に上がる議題じゃないって怒られそうだけど、ひとまずボク達だけにとどめておけない問題だと思った。アバンガルド特務隊の一人、レスターの突然の死。体中の肉が裂けて最後には大出血するという、どんなひどいスキルを使ったんだと思う。
だけどエルメラは天性だという。正確にはレスターの死自体は何かの攻撃が原因じゃなくて、誰かがもたらした事に対する影響とか難しく説明された。わからなそうな顔をしたらまたバカにしてくるから、ここはわざとわかった振りをしている。
「レスターという人の事はよくわかりませんが、特務隊の方々が急に台頭してきた事と何か関連しているのかもしれませんね」
「話を聞いた限りだと、何かの反動っぽいけどねー。特務隊の奴らって元々はレベル低かったんでしょ?」
「えぇ、たった二桁……エルメラ、彼らのレベルは元々群を抜いてますよ。それはもう本当に」
「お姉ちゃん、段々フォローが雑になってきたよね」
「それでさ、結局はどうなったと思うの?」
誰かが釘を刺して進めないと、どんどん脇道に逸れてしまう。村長達には申し訳ないけど、いずれこの村にも降りかからないとも限らない。だからよく聞いてほしかった。特務隊はボクを敵視している。そうなると村に何かするかもしれないから。
「急激なレベルの上昇による影響でしょう。もしくはレベルキャップを軽々と超えてしまった場合は……最悪ですね。いつ死んでもおかしくありません。それを行った者が熟知してないはずはないでしょうし」
「加えてクリンちんの天性を跳ね除ける天性……これって?」
「誰でしょう?」
「……マディアスだ」
アレイドも彗狼旅団の団長もヴァンダルシアも皆、突然強くなった。こいつらはボクがすぐに倒したからわからなかったけど、放っておいたらレスターみたいになっていたかもしれない。でも変だ。
「他の特務隊……ニッカ達は何ともないよ?」
「個人差もあるのでは? だから、いつ死んでもおかしくないと言ったのです」
「ちょっと! 大変だ! すぐに教えてあげないと!」
「信じるわけないし」
エルメラの言い方は冷たかったけど、それはボクも思った。しかもクリンカの再生でさえどうにもならなかったのに教えたところで意味がない。クリンカも久しぶりにショックを受けているようで、食事もシチューを4杯ほどおかわししただけで昨日は先に寝ちゃった。食事も喉を通らないなんてかわいそう。何とかしてあげたいけど、回復に関してボクほど協力できない存在もいないと思う。クリンカに対してボクはどうしてやればいいんだろう。
「その特務隊の件とやらも大変なようだが……リュア。こちらもかなり面倒な事になったのだ」
「なに、村長。そういえば村のお金はどうにかなりそう?」
「もはや絶望的だな……」
「……すまない」
なんでお父さんが謝るの。お母さんも頭に手を当てて誰の顔も見ようともしない。他の人達も微妙にお父さん達を睨んでいるようにも見える。
「明日にも王都から兵隊がやってくるだろう」
「な、なに?! どうしたの?」
「行商の時に……人を殴ってしまった」
「……お父さん?」
「イカナ村で採れた作物をバカにされてな……」
「いやいや、待て! ジューク! お前は悪くないだろう! 正直に話せよ!」
立ち上がったのはお隣のボンゴさんだ。何がなんだかわからない。お父さんが人を殴って捕まるって、ボクだって信じたくない。
「手が出たのは事実だ……」
「違う! 俺も何か変だった! いや、バカにされて頭にきたのは事実だが体が思うように動かなかったんだ! 皆、捕まるとしたらそれは俺もだ! 俺も殴ったからな!」
「一度は滅んだこの村で採れた作物なんぞ、汚染されていて食えたものではないと噂されているらしいじゃないか。まぁ、頭にくるよなぁ……ハハ」
「あなた……! 本当の事を言って!」
堪えきれずにお母さんがお父さんの肩を強くゆする。誰だってそんなの信じたくない。だけどもしそんな事を言われたらボクなら許さない。皆の手でようやく復興させたこの村だ。畑だって苦労して何度も何日も耕してようやく作物が採れるようになったんだ。売り物になるかどうか厳しい審査だって受けたし通った。だからあの裸の王様だろうと、邪魔される筋合いなんかない。
「お父さんが普通の人を殴ったら殺しちゃうんじゃない? その人は生きてたの?」
「あぁ、生きていたな」
「ボンゴさんが言ってた、体が思うように動かなかったというのは? お父さんもそうだったの?」
「……そんな事はないさ。私は自分の感情をコントロールしきれずにやってしまった。それだけの事だ」
「村の事を思うならさ、正直に言ってほしいよ。どうして隠すのさ」
「何をだ?」
「何かのスキルで操られてたってさ」
皆、大して驚かなかった。お父さんの性格は昔からよく知っているし、何かの間違いだってわかっているから。そして責任感が強すぎるのも知っている。ボクが一人で生きていく事になったのを悔やんで、あえて口出ししてこないようなお父さんだ。子供を守れなかった自分が親として何かを言う権利はないだなんてさ。
「ボクは好き放題やってるように見えるけどさ。稼いだお金のほとんどは村に入れているし、お父さんとお母さんを少しでも楽をさせたいと思っている。そんなボクは今、幸せなんだよ。村があんな事になったのは悲惨だったけどそのおかげで奈落の洞窟にも行けた。その結果、今のボクがいるんだから」
「……リュア」
「今はすごく充実しているし、過去にも感謝している。だからそんなに思い込まないでよ」
「……すまない。子供にフォローされてはそれこそ親の立場がないな」
お酒を飲んで酔いつぶれた時みたいに、お父さんは声が出ていなかった。誰もこの場でお父さんを責める人なんていない。これで、背負い込みすぎたお父さんを少しでも軽くしてあげられたかな。
「スキルだろうと何だろうと、自分でやった事には違いないからな。結果に対して言い訳はみっともない……」
「ジューク、お前さんの気持ちは尊重したいが村全体にも関わる問題でな」
「すまない、本当にすまない……より皆に迷惑かけてしまったな」
「お前さんという大切な仲間が窮地に陥っておるんじゃ。どう考えても村全体の問題だろう。そうだろう、皆の者」
「そ、村長……!」
お父さんが泣きそうになっているところなんて初めて見る。ここにいる誰もが力強くお父さんを包み込むようにして見つめているんだから、泣いても仕方ないか。
周りに資源が溢れてはいるものの、こんな山の中で暮らしていくのが簡単なわけない。それでもみんなでここを見つけて、協力して住める場所にしていった。それだけがんばった皆がお互いを大切にしないわけがない。滅んだ村の野菜が食べられないだなんて、ボクだって殴ってやりたいよ。
「お父さんがスキルに対抗したからこそ、殴っても相手が死ななかったんだよ。お父さんが本気で普通の人を殴ったら死んじゃうでしょ」
「そうかもな……だが恐ろしいスキルだ。どこからどうやってかけられたかも、まったくわからなかった……」
「元新生魔王軍十二将魔の一人、ネントロだよ」
唸っていたお父さん達が息を呑む。それはそうだと思う、だって魔王軍はお父さん達の仲間だったんだもの。お互いの考えが合わなくて、復讐を考えなかった人達が今こうして集まって村を作った。復讐をすると考えた人達が魔王軍になって、世界に戦いを挑んだんだ。
「ネントロ……本当に奴なのか?」
「確証はないけど……。あいつがお父さんとボンゴさんを操ったのも、ボクに対する攻撃だと思う。あいつだけはまだ諦めてない。魔王軍はとっくになくなったのに、すごい執念だよ」
「道を違えたとはいえ、何故私達を……」
「ジュオもネントロも……救えないよ。どうしようもない」
「……そんな事、言わないでほしいのです」
道具袋からのっそりとシンが出てくる。涎が少し口の端から出てたし、今まで寝ていたな。
「あんな奴らでも魔王様の部下で……何より魔王様は同士だと思ってるです。今でもきっと……」
「……そうだよね。ベルムンドの実験で生き残った数少ない仲間同士だもんね」
「リュア、クリンカ。このシンが頭を下げてやるのです……」
テーブルの中央に浮いて、シンがボク達と向き合う。それから静かに着地して、もどかしそうに両手をつく。下げてやると言った通り、本当に屈辱なんだと思う。ボク達を何だと思ってるのかな。
「救ってやれなんて言わないのです……。あいつらを、殺さないで」
あの生意気なシンがここまでするなんて。もしかして今までもずっとこんな風に思っていたのかな。ボク達の跡をつけながらも魔王軍を倒す様子を見ていたはず。それを見続けているうちに何か気づいたのかもしれない。
「シ、シンにもどういう風の吹き回しかよくわかんないのです! 最初はあんな奴ら、むしろ死ねばいいくらいに思ってたです! 魔王様さえいればいい、そう思ってたです……でもイーリッヒやゲトー、ミミーがいなくなった時からなんとなく気づき始めたです……なにがっていうと、何が……うん」
「うーん……」
「な、なんです! シンが頭を下げてやってるのに唸りくさって!」
「いやいや、シンもかわいいところあるなって思ってさ」
「フン、ようやく気づいたです?」
ちっちゃいくせに元気だけはあるし、本当に生意気だ。ボクがシンに頭を下げるとなると、相当勇気と覚悟がいると思う。エルメラよりはマシだけど。
「シンのお願いだけどさ……悪いけど決められないよ」
「は? このシンがいい感じの雰囲気を出して頭を下げたというのに? はぁぁ?」
「ここには皆がいるしさ。ボクよりも魔王軍に関してはずっと関係が深いはず、だから皆の意見も大事だよ」
「皆の者、どうじゃ。ジュークとボンゴを操り、恐らくは村の評判を貶めようと企むかつての同士じゃが……」
さすがにすぐには誰も声を出さない。いくら昔の仲間でも、許せないものは許せないのかな。厳しい顔つきで考え込む人や天井を見上げて目を瞑る人。それぞれ何か思うところがあるんだ。
「ダ、ダメかな?」
「こっちが殺さなくてもネントロに情けはないだろう。昔から思い込みが激しくて、俺達以外には排他的な奴だったからな。例の実験を境にして、よりひどくなった節もある」
「この先、奴が誰かを手にかけるようであれば生かしていく理由がない。いくら仲間だったとしてもな……それに今回の件だけは許しがたい」
「あぁ……イカナ村はな。今回の件で完全に孤立しちまったんだよ」
皆が絶望的な返答をする中、村長が説明してくれた。お父さんが連行されるだけじゃなく、下手をしたら明日にでも村ごと消されるかもしれないという事。良くて立ち退き、悪ければまた滅びる。仮に生き残ったとしても、王都や他の村や町に近づけない時点で先は真っ暗だ。そうなるとまた細々と生きていかなくちゃいけない。せっかく村や作物も知られて豊になってきたのに。
「じゃあ……皆は反対なんだね」
「いや、首根っこ捕まえてここに連れてこられるなら別だ」
「え……?」
「話くらいは聞いてやってもいい」
「じゃあ……皆、賛成?」
「元々そこのチビッ子はお前さんに頼んでおるんじゃろう、リュア」
村長の言葉でなんとなく空気を察した。つまりやるもやらないも結果もボク次第であって任せると。見渡すと無言で頷く人もいて、そうだとわかった。
「わかった……やってみる」
「……ありがと」
ぼそっと小さい声でお礼が聴こえてきた。シンの口からそんな言葉を聞けるとは思ってもみなかったし、今後一生聴けないかもしれない。
「……私も決めた」
「クリンカ?」
ずっと俯いていたクリンカがようやく元気に声を出す。レスターの事でずっと落ち込んでいたけど、クリンカも何か覚悟を決めたみたいだ。
「私の再生よりもすごい力があるなら、それを超えなきゃいけない。リュアちゃんだってやってきた事だし、シンちゃんだってがんばってお願いしたもん。それも初めて食べ物以外の事でね」
「更にはお礼まで言えたもんね」
「私ね、がんばる。まずはそのネントロの件だよ。私なりに答えを出したから」
すっかりテーブルの上でふて寝した姿勢になったシンをクリンカは指でつつく。うん、と一度頷いてクリンカは立ち上がった。
クリンカ、超えるとか何とか言いだすようになって。ボクみたいにどこかの洞窟に籠るようになったらどうしよう。10年なんて勘弁してほしい。
「皆さん、これから明日に備えてお話しましょう! エルメラちゃんとメリアさんにもお手伝いお願いします!」
「え? 私達ですか? どうすればいいんですか? ネントロという人を捕まえればいいんですか? はい、わかりました。今すぐ」
「今すぐ出来るの?!」
「無理ですけど」
本当にこのメリアさんはがくっとくる。ウトウトしているところで急に振られて動転したという事にしよう。
「ネントロネントロ、粘土ねー。私もあいつに言いたい事あったんだよね。でもあいつの本当の姿だけは見た事ないのさ、これが」
「そ、そういえば魔王軍でも誰も見た事がないって……シン、そうだよね?」
「なのです……」
「うーん……だとしたらきっと思いもよらない姿なのかなぁ」
「それなら心配ない。私達がきちんと把握している」
頼もしいお父さんの言葉でより元気づけられた。顔見知りがいるなら心強い、後は明日の事だけだ。とはいっても夜は遅いし、準備があるにしても寝る時間だけは確保しないと。プラティウなんかとっくにお母さんの膝を枕にして寝てるし、ていうかなんでいつもここにいるんだろう。寂しいのはわかるけどさ。
「はて、クリンカよ。明日に備えるとは?」
「はい、村長さん。私達のやる事なんて決まっていますよ」
このまま滅んでやるわけがない。思えば幼い頃のボクは皆に守られてながら、逃げ出したんだった。今度はもう絶対に逃げない。あの時とは違うボクが、村を守ってやる。何が来たって絶対に。ここにある幸せを壊させてたまるものか。
◆ イカナ村 入口 ◆
「ジュークとボンゴかいうおっさんを拘束しに来たわけなんじゃ! 身柄はワシらマキバ隊が預かるけんの!」
村に現れたのはアバンガルド特務隊、マキバ隊とかいう人達だ。駆逐隊なんて呼び名があって、敵が人質をとってどうしようもない場合なんかには人質ごと殺すとか言う過激派の部隊。苦い顔をした皆の様子からして、初めからこの村を滅ぼす気だと悟っている。
「何せ我が国の大切な国民を殴ったんじゃ! 報いらしい報いはちゃっかり受けてもらわんとな! ナァッハッハッ!」
獣の毛皮をマフラー代わりにした野生感のあるマキバとかいう奴。パッと見て、この前のバステ隊とは比較にならない。他の元冒険者の隊員も見た事はないけど多分全員がAランクかな。
「村長さんよ、あんたの匙加減一つでここが消えるんじゃ。その利口な頭でとっくり考えて答えるんじゃ。ええな?」
「うむ。断る」
「ハァァァァア! やっちまったぁぁ! 村長さん! やっちまったんじゃぁぁ!」
即答って。手っ取り速くて助かるけど。
◆ シンレポート ◆
まおうさま まおうさま
どうか しんの こえが とどくように
めりあの まほうのおかげで まおうさまにも とどくはず
まおうさま まおうさま
りゅあには あたまをさげたけど さいしゅうてきには あなたがいないと
かいけつ しない
まおうさま どうか おこしください
いま れべるが 1000をこえて ちょうしこいてる へんなのが
おそってきてるです
そんなのよりも ねんとろが このたいみんぐを みのがすはずがないです
くちくたいが くちくされるまえに おこしください
まおうさま まおうさま




