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第317話 強さの意味 中編

◆ アバンガルド王都より南東の地方  会館 ◆


「特務隊のメンバーは武装解除し、速やかに投降せよ。3000万ゴールドを用意し、町より東の一番高い丘にて待機。日が落ちる頃までに確認できなければ人質は殺す。王震党の声明だ……」


 町長が沈痛な面持ちで王震党からの犯行声明を皆に伝える。商会長や警備隊の隊長、町の有力者達は揃って頭を抱え込んでいた。いよいよ討伐に乗り出そうとした矢先の早朝、どうやら王震党はすでに先手を打っていたようだ。この町へやってくる商隊をまるごと捕らえて人質に、更には商会長の娘を始めとした有力者達の親族も巻き込まれている。

 僕達がこの町に来た時は平和だったし、来たからには盗賊ごときに誘拐を許すはずもない。脅しの可能性も考えたけど、それぞれが身に着けているものが町の入口に置いてあった。一体いつの間に、それはバステ隊長すら思う事だった。


「……娘さんは昨夜、友人の誕生パーティに行っていたんですよね、商会長。しかし結局帰らなかった」

「そ、そうだ。必死になって探したがついに見つからず……」

「この町は王震党の勢力圏内だ。今まで無事でいたのが不思議なくらいなのに、どうして外出を許したんだ」

「町の中だぞ! それに警備隊だっている! ネズミ一匹の侵入すら許さないほどの警備だ!」

「町の人間の中にだって悪い奴はいるでしょう」


「よしてください、商会長にバステ隊長殿。今やるべき事は不毛な言い争いではない。人質の解放を優先する事だろう?」


 あんた達がいながら、町長はそう言っているようなものだ。奴らの要求通り、武器も何もかも手放して姿を見せろと町長は目で訴えかけている。バステ隊長は深く息を吐き、何かを決心したかのように立ち上がる。


「わかりました。要求を飲みましょう。ただしそれで奴らが人質を解放するとは思えませんがね」

「何でもいい! 従わなければ殺されるのは確かなんだからな!」

「それにしても何故我々に身代金を持たせるのでしょうな。普通、ここは町の人間を指定するだろうに」

「そんな事はどうでもいい! 東にある一番高い丘といえば、そう遠くはないな! 金はこっちで用意するからあなた達も支度をしてくれ!」


 額の汗をぬぐいながら商会長は慌ただしく部屋から出ていく。無理もない、たった一人の愛娘の命がかかっているんだ。もしリッタがその立場にいたら僕だって正気でいられるかどうか。しかしリッタといえば、本当に何をするつもりなんだ。


「ではバステ隊、これより東の丘に向かいます」

「あの丘なら、どこから見上げても見つかるはずです。つまり見張るには絶好の場所だろう……」


 一応の報告をしたけど、町長を含めた人間のどこか冷やかな視線は変わらなかった。町の人達にしてみれば僕達は自分達を守って当たり前、ましてや特務隊の実績が付きまとう。すでにこの時点で信用を失っているといってもよかった。つまり失敗は絶対に許されない。


◆ 東の丘 ◆


「町長が言った通り、見晴らしのいい丘ですね。バステ隊長」

「どこからか我々は監視されているのだろうな」


 丘の下の周囲には森が広がり、ここからじゃ詳細まではわからない。つまりあの木々の中に盗賊が潜んでいたとしても捉えられないわけだ。指示通りに武器や防具を置いてきて、バステ隊はここで待つ。


「……もう10分は経過しているな。そろそろいいだろう」


 身代金を置いたバステ隊長はすでに詠唱を完了していた。いや、詠唱なんて必要ない。今や心に思い描いた魔法が繰り出せる、その境地なのだ。武装解除して身代金を用意したまま待機。これで町長達に一応の顔向けは出来る。


「ウィーキングエリア」


 バステ隊長の放った魔法の影響で、下の木々から次々と枝の折れる音がした。潜んでいた盗賊がバステ隊長の魔法によって倒れたのだ。這いずり回ってなんとか立ち上がろうとしているんだろう。ガサガサと葉や地をこする音がする。


「このままではまだ見晴らしがよろしくないな。レスター」

「ファッ! ファッ! ファイッ!」


 今度はレスターの出番だ。レスターの手の平から炎が散弾して森に着火。そのまま森の火事になるかと思いきや、木々はそれぞれの炎によって焼き抜かれていた。焦げ目を作り、木の幹や枝ごと円形にくり抜かれているような見た目だ。


「さすがは”焼き抜く”のコンセプトを持つフレイムウィザードだな。これ以上の使い手となれば、フリーシング国の”フレイムマスター”レイニスくらいか」

「よして下さいよ。会った事はありませんが、今の我々がそんなものに劣ると思いますか?」

「フッ……すまなかったな」


 すっかり景観が損なわれた森を見下ろし、そこにいた盗賊を確認する。数にしておよそ20人くらいかな。人質という盾があるにしろ、あの程度の数で僕達の前に立つつもりだったのか。バステ隊長の言う通り、今のレスターはレベル数百程度のSランクごとき敵じゃない。今の魔法だって手加減したはずだ。

 しかも事前にバステ隊長のウィーキングエリアを受けているから、もう立つ事すら出来ていない。あそこにうつ伏せになっている奴なんて装備の重さで死んでいるじゃないか。

 バステ隊長のウィーキングエリアは広範囲に渡って敵の筋力を赤子ほどに落とせる。以前は弱体化魔法しか使えないと影で叩かれていた事もあったけど、逆に言えばそれだけでAランクにまで上り詰められたという事。他の誰にそんな真似が出来る。誰がバカに出来る。


「一応確認するが、王震党のバカどもか?」

「……そうだ」


 無力化した盗賊の元に丘から駆け下り、筋力が生まれた時に戻った盗賊を悠々と見下ろす。それでも弱気にならない辺り、割と肝が据わっているようだ。


「アジトの場所を言え。人質の居場所もな」

「誰がそんなもの……」


「ぎゃぁぁぁぁああ! あぁぁ! 熱い、あついあつあつああぁッ! うああああぁぁ!」


 近くに倒れている盗賊の手足がレスターの魔法によって焼き落とされ、まさに悪夢のような苦しみを味わっている。切断面が高温にさらされて逃げる事も出来ない。熱さに耐え切れなくなったのか死んだのか、盗賊の一人は体を痙攣させてから動かなくなった。


「おいバカども、言葉選びには慎重になれよ。こちらが意図しない答えを吐き出したら一人ずつ今と同じように殺す、ウソだと判断したら殺す。いいな?」

「し、知らない……俺達は指示されて動いただけでがあぁぎゃぎゃぎゃぁぁああああ!」


 レスターは自分で言った事を実行しただけだ。人間が焼けた臭いはひどいものだけど、こいつらにとっての恐怖は耐えがたいものだろう。今日まで一緒にいた仲間が無残に殺されて、しかもこんなひどい臭いまで嗅がされるんだから。


「よし、お前に道案内をさせる。罠にはめようとしたり、見当違いの道を教えたらどうなるかは?」

「……はい」


 最後の一人になるまで頑なに喋らなかったのだから大したものだ。フェンフーが嬉々として手足を削ぎ落した後は縛り上げてミノムシのようにぶら下げて持ち歩く。今の僕達に必要なのはこいつの口だけでいい。


◆ 廃洋館前 ◆


 盗賊が口を割ったその場所は、かつて貴族が住んでいた三階建ての廃洋館だった。古びてはいるが住めない事もない、わずかに壁の亀裂が目立つ建物は今は盗賊のねぐらだ。


「大きな勢力の一つである王震党のアジトにしては控えめな様相だな」

「こ、こんな場所しかなかったからな……」

「そしてこの世からも居場所はなくなるだろう」

「なっ! ちょっと待ってくれ! 場所を喋ったんだ! 助け」


「アホか」


 助けると約束はしたが、約束を守るとは一言も言ってない。焼却した後にレスターは、盗賊の焼けた遺体を林に投げ捨てる。

 場所がわかればこっちのもの、ここにきてもやる事は同じだ。今殺した盗賊が虚偽の情報を喋っていない事はすぐにわかった。バステ隊長のウィーキングエリアは範囲内にいる生物の数をおおよそ把握できる。30人程度の盗賊達があの中に潜んでいるのはほぼ確定だろう。それは同時に戦わずしてそこにいる奴らを無力化したとも言える。


「バステ隊に所属できて本当によかったです。燃え上がり足りない感じはありますがねぇ」

「どんな攻撃魔法もこうなったら無意味に思えてきますね」

「……どうかな」


 一瞬だけ暗い表情を落としたバステ隊長を見て、自分の発言を後悔する。攻撃魔法が使えなくて蔑まれた過去もあるのに迂闊だった。


「それじゃ、中でへたばっている糞どもを掃除しに……」


 ぐらりと視界が揺れて転びそうになる。まるで何かに酔ったかのように足取りが安定しない。続けて頭痛と吐き気が襲ってきてさすがに歩みが止まってしまった。


「バ、バステ隊長……これは……」

「チッ、自己魔法(カスタム)だ……しかもこれほどの広範囲……使い手は間違いなくガンナルだろう」


「目には足を、勝利の鉄壁だな」


 ウィーキングエリア済みにも関わらず、洋館の扉を開いて出てきたのはガンナルと思われる奴だった。しかもそれだけじゃなく、割とピンピンしているのが他にも数人。気持ち悪いほどに伸ばした手入れのされていない髪を指にくるくると巻き付け、ガンナルは歯が抜けた口内を見せて笑う。


「優秀な強化魔法の使い手がいるようだな」

「されども強化魔法、おかげでこっちの大勢はほばっちまった。まさに背水の絵ってやつだな」

「なんだこいつ……まともな言葉を話せないのか?」


 まともな教育を受けてこなかったのか、理解にやや時間がかかる言葉選びをしているのがガンナル。要は強化魔法でウィーキングエリアに対抗したというところだろう。だけど完全に相殺したつもりでも、奴らにだって戦う力はないはずだ。それにも関わらず出てきたという事は人質というアドバンテージを抱えているからだろう。


「バステ隊長……この酔いのような不快感は……」

「これはガンナルの自己魔法(カスタム)だろう。敵の平衡感覚を狂わせるのだ。しかしこれだけ広範囲に渡って発動できるという情報はなかった、予想外だ」

「えぇ、本当に……」


「粗末なものだな」


 魔法が使えない僕でも、肌に刺さる感覚を味わったほどだ。バステ隊長の本気の魔力はウィーキングエリアの威力を強めて、ガンナル達を今度こそ無力化させる。意図しない脱力感にガンナル達は倒れる際にとっさの防衛もしなかった。強く体を打ち付け、痛みでもがく事すらもできない。


「うご、げねぇ……」

「お前達が油断してノコノコと出てこられる程度には調整したさ。何故そんな事をしたと思う? ゴミどもに現実を見せつける為だ」

「ここにいるのはアバンガルド特務隊だとな」


「ヒッ! ヒヒッ! ヒィヒッ! 乱れ裂きぃぃ!」


 本隊であるアーギル隊のエンカル副隊長と違い、フェンフーは敵の全身を引き裂く。フェンフーは暗器使いとも呼ばれていて、装備の内側には百の”裂く”に拘った刃を隠し持っている。武装解除に応じるような奴でもなく、バステ隊長もそれを咎めない。どうせこんな連中、どうとでもなると思っているからだ。

 そして倒れている盗賊に容赦するはずもなく、むしろ出来るだけ苦しんで死ぬように切り傷を追加。血しぶきがあまりに汚く舞い、少しの間だけ全員が絶命するのを待つ。


「ひ、人質ィ……がいるん……」

「アレの事か」


 ガンナルの最後の頼みの綱だった人質もすでに洋館の裏側から出てくる。冒険者の中で唯一、地中戦をこなせるドンボスならあんな廃墟に潜入できて当然だ。土竜は独自で作ったルートから人質を引き連れ、これみよがしに胸を張る。こいつに至ってはその気になれば素手でも地中に潜れる。”Aランクは化け物の巣窟”を体現しているような奴だ。


「バ、バカ、な、呆気ない、呆気なさすぎるぅ……」

「所詮は学のない烏合の衆の知恵だな。でもこれでよかったんじゃないか? 大好きな団長の後を追えるだろう」

「い、いいんだ……王国が、く、崩せるなら……俺の命なんざいくらでもくれてやらぁ! ハハハハハ! ハハごぷぉッ……」


 ガンナルから泡のような血を吐き出させたのはフェンフーだ。背骨の辺りを縦に引き裂きた後は首の裏筋を貫く。終わった後は物足りなそうに指に装着した刃にしたたる血を眺めている。


「人質もいるんだ。その辺にしておけ、フェンフー」

「ヒッ! すまないな! ヒィヒ!」

「奴らを見ろ、盗賊よりも俺達に怯えているじゃないか……まったく」


 恐らく救出の際にドンボスも中にいる盗賊を派手に殺したんだろう。商隊の連中はもちろん、商会長の娘らしき少女が震えて倒れそうになりながらも、商隊の大人に支えられている。


「はぁー、それにしても商会長の娘がまだ12だなんてどん……さすがに小便臭くて手が出ないどん……はぁ」

「ただでさえ怯えさせてしまっているんだ。無用な発言は控えてくれ」


 恐ろしい盗賊の手から解放されたというのに、今のほうが恐怖に支配されているんじゃないか。誰一人として率先してお礼を言ってこない。そのくらい足が進まないんだ。

 異質な生き物でも見るかのようなその視線に僕は一抹の不安を覚える。これは以前、覚えがある。これと同じ感覚を僕は知っている。


「しかし、ガンナルの最後の言葉が気になりますね。死に間際にしては何かを確信しているかのようなセリフでした」

「盗賊風情の強情を真に受けるなよ、ニッカ。どうでもいいがお前、まったく出番がなかったな」

「そ、そういえば……」

「ハハハ! ま、次があるさ! ハハッ!」


 からかいとも蔑みともとれる高らかなレスターの笑い。確かに活躍できなかった、それはさっきまで感じた得体の知れない不安をもかき消すほどだった。強くなったのにこれじゃダメだ。


「連中、とっととこっちにこいよ。まったく、礼の一つも言えないのか」

「ドンボス、誘導してくれ」


 置いてきた槍を強く握るイメージを思い描き、次こそはと誓う。僕は強くなったんだ。この力、何の為にあるか。敵を殺す為だ。邪魔な奴を殺してたくさん給料をもらって幸せになる。そうなればリッタも見直すだろう。そう思うと今からでも頬が緩む。


◆ シンレポート ◆


もうすぐ なんとうのまち そこには すいろうりょだんのざんとう

おうしんとうが いるです

はぁ もしかしたら 1ごーるどにすら ならないかもしれないのに

よくやるです

ただばたらきになったら どうする

しんは ただばたらきなんですけど まじによぉ

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