第316話 強さの意味 前編
◆ アバンガルド城 会議室 ◆
「今月も苛烈な任務が続いたと思うが、諸君の健闘を称えたいと思う。本日までよく生き残ってくれた」
アーギル隊長が主導する特務隊の定例会議だ。副隊長のエンカルさんと補佐のシムさんが左右に座り、各隊員に目を光らせていた。あくびをしようものなら檄を飛ばされ、最悪体罰じみたものまである。冒険者時代とは違って今は国が運営する軍隊だから、細かい取り決めも疎かに出来ない。
柄でもないだろうに、アーギル隊長は今月も慣れない言葉を並べて進行している。一応、お目付け役のような人間が目を光らせているが形だけだろう。この場にいる人間がその気になれば、レベル30にも満たない一介の兵士の口を封じるなんて簡単な事だった。
「まずは南西へのビッケス地方の遠征部隊引き上げの件についてだが」
ビクリと体を震わせるのはもちろん、その遠征部隊のメンバーだ。自分みたいな低レベル者が派遣されるような、比較的平和な地域ではあったんだけど。
妹のリッタの前では偉そうな事を言ったが、特務隊の中では自分は下っ端の部類にいる。だけど前よりは強くなったし、バカにされようが対して気にしていない。これは冒険者をやっていた頃から変わらないし、今更な話だからだ。
「わずか数日で彗狼旅団残党、及び討伐モンスターの駆逐とはな?」
「……いえ。それは」
「んん?」
アーギル隊長が嫌らしく遠征部隊のリーダーに対して首を傾げる。アーギル隊長もわかっているんだ、各地に派遣した遠征部隊引き上げが目立っている事が。特務隊を派遣する事によって、各地の領主から税を含めた費用をもらう。それが特務隊の資金源でもあるんだけど、こう部隊引き上げが相次いだとなると商売上がったりだ。その主原因がわかってるからこそ、アーギル隊長は苛ついている。
「ご存知、瞬撃少女及び焔姫があらかた一掃したとの事で……。領主も上機嫌で『もうこの地方への派遣は必要ない、後は自警だけでやっていける』なんて言いまして……」
「仕方のない事だ。部隊の維持費だけでも馬鹿にならんからな。で、おめおめとそいつらに手柄をとられたと?」
「我々の足で目的地に到達した頃にはすべて終わってる有様でして……」
「リーダーの”千器”ベンケー、元はAランクだが闘技大会予選で瞬撃少女に敗退しているな。どうだ、今の気持ちは?」
冒険者だった頃はアーギルさんとは面識がなかったし、勝手に寡黙なイメージを持っていた。それがこんなネチネチと責めたてる人だったなんて。なんだろうな、確かにこの人は強いんだけど。どこか、言葉では説明できないけどそうじゃないだろうと叫びたくなる事が最近多い。強さってこうだったかな。
「辛酸を舐めさせられておきながら、その体たらくとはな。所詮は貴様も負け犬根性が染みついているという事だ。レベルを言ってみろ」
「……1250です」
「そして残りの隊員は1000にも届いていないな。瞬撃少女のレベルは2000を超えているらしいが、今はどう感じる?」
「どう、というと?」
「勝てるかどうかって話をしているんだよッ! 話のわからん愚図が!」
「ぐはッッ!」
シム副隊長補佐が投げたものは小さい鉄球だった。あれをわんさか持ち歩いて、実戦で使うのだ。レベル2000近いシム副隊長補佐の筋力から繰り出されるそれは、どんな遠距離攻撃よりも凶悪だった。額に当てられたベンケーさんはがくりと頭を後ろに投げ出すようにして動かなくなる。
「死んでないだろうな? あれでも一応の戦力だ」
「回復してやれ」
アーギル隊長に促されて、シム副隊長補佐は近くにいるプリーストに命令する。ベンケーさんは生きていたらしく、回復を受けた後はゆっくりと頭を上げた。
「恐らく今の威力が、瞬撃少女の攻撃そのものだ。もちろん奴が本気を出せば話は変わってくるがな」
「人間相手には……本気を出さない……」
「理解できたじゃないか。策を練って殺すくらい、何故考えられない。捕まらないのならいくらでも誘き出す手段はあるだろう」
「まぁ終わった事だ、シム副隊長補佐。それよりも明日からは早々に南東の地方に遠征に出てもらうぞ、バステ隊」
「ハッ!」
封術士バステ、自分が所属する部隊の隊長だ。という事はまた明日、遠征か。この会議でも感じた事だけど、最近妙に体が重い。冒険者時代からは考えられない地位だし、収入も増えた。それなのにこの倦怠感はなんだろう。
「問題となっている瞬撃少女による妨害だが……万が一、我々の邪魔をしてきた場合は当然殺す。ただし戦う際は最低でもレベル1000超えを複数人用意している状態が望ましい」
「しかし、あの小娘は噂によるとレベル2000超えです。我が隊でこれに迫るのはアーギル隊長に続いてわずか4人のみ……厳しいのでは?」
「俺を誰だと思っている」
「……死神」
気のせいだ。慣れない環境にまだ適応できてないだけ。今の地位にいればリッタは確実に守れるし、幸せにしてやれる。昨晩はあんな事があったけど、いつかはリッタも納得してくれるはずだ。
頼りない兄のせいで今まで苦労をかけてしまった分を取り戻さないと。今は頼れる兄だと安心させる、それが僕の仕事だ。頼られてないのは僕がまだ弱いから、実績を出してないから。大体、リッタは拗ねているくせに憧れているのがあの瞬撃少女リュアだ。あの子が強いから憧れてるくせに、僕を否定するのはお門違い。だったら僕も強くなってやる、有無を言わさないほどの強さを。
◆ アバンガルド王都より南東の地方 町の宿 ◆
リッタには家から出るなと何度も念を押した。返事もしなかったがこれ以上何かを言っても無駄だ。この遠征による任務でいいところを見せられたなら、僕は副隊長に任命されるかもしれない。バステ隊長に次いだ他の隊員もそれを狙っている。Aランクの”焼放士”レスター、”土竜”ドンボス、”百裂き”フェンフー。僕よりもランキングが上で、王都じゃ知らない人はほとんどいない。100位以上をウロウロしている”スターランサー”ニッカとは大違いだ。
「ここでもう一度、任務の内容を整理する。我々に課せられたのは、彗狼旅団残党の中でも大きな動きを見せている”王震党”の殲滅だ。構成員は50人程度でほぼ全員が改造魔法使い。リーダーのガンナルは」
「バステ隊長、おさらいの必要はないでしょう。こちとら燃え上がるほど強くなってるんですよ。今更盗賊なんぞ相手にもなりません」
「レスターどんの言う通りどん」
「ヒッ! ヒヒッ! 今の俺はオリハルコンだって裂けるんだぜ? ヒッ! ヒィヒッ!」
「……それもそうだな。それでは夜まで自由時間とし、明日の早朝に殲滅に当たろう」
作戦会議はわずか1分もかからずに終了だ。軍隊という事でそれっぽい雰囲気を出したがっていただけかもしれない。今回に限らず、ここ最近はこんな調子だ。何せカイザードラゴンに次ぐ強さを持つクリスタルドラゴンすらも、ここにいるメンバーがいればものの数秒とかからずに討伐できる。今更、人間の盗賊相手なんてあくびが出るくらいだ。
だけどそのせいだろうか、何か物足りなさを感じるようにもなった。いつしか命がけの戦いですらなくなり、今やただの作業。前はあれだけ強くなりたいと熱望していたのに。
「ドンボス、辺境のこんな田舎のくせに燃え上がるほどいい女がいたぞ。今や俺達は奴らにとって燃えるほど歓迎する相手だ。押せば倒せるぞ?」
「ムッフフ! それは朗報どん!」
「早速町に繰り出すぞ! 燃えるほどにな! フェンフーとニッカはどうだ?」
「いや、僕はいいよ」
女遊びに興味がない僕はそっけなく断る。特務隊に入ってから一番驚いたのはこの女遊びだ。思ったより好きな連中が多い。特務隊の名声のおかげで黙っていても寄ってくる女の子が多いのは、僕としてもショックだった。知らない男にお金目当てでよってくる女の子なんてろくなもんじゃない。それを考えれば我が妹リッタは本当によく出来た子だ。ああいう子がふしだらな道に行かないようにするのも兄の務め、その為にはより裕福にならないと。
◆ 宿の廊下 ◆
「お、お兄ちゃん……」
「リ、リッタ?! なんでここにいるんだ!」
思わぬ場所にいた妹は、兵士の時と同じ装備を身に着けていた。もしかして今、宿についたのか。所々の擦り傷が生々しく、たった一人で追いかけてきたに違いない。ヴァンダルシア軍の残党はおろか、王震党にでも鉢合わせしたら大変だ。乱れて土を被った赤い髪、わずかにふらつく足取り。なんで、なんでそこまでして。
「家にいろと言っただろう!」
「非番の時に私が何をしようが勝手でしょ……」
「まさか尾行したのか?!」
「してない……」
「じゃあ、何をしに来た!」
「なんだ、ニッカ。誰かいるのか?」
大声を上げたせいでバステさんが部屋から出てくる。まだ宿の入口にいたレスターとドンボスにも聴こえたみたいで、何事かと急ぎ足で戻ってきた。
「ニッカ、その子は誰だ?」
「……妹です。勝手についてきたんです」
「なんだ、妹さんか。だが兄妹水入らずというわけにはいかないぞ、任務を優先しろ」
「はい」
「ニッカに妹なんていたのか。少し乳臭いがまぁ……」
リッタに汚らしい視線を這わせているレスターを睨みつけると空気を察したのか、笑顔でごまかしてくる。リッタに触れさせるわけにはいかない。今更家に帰れとも言えないから今日のところは自分と同じ部屋で寝てもらう事にしよう。
「んーふふー、妹ちゃん。名前はなんて言うどん?」
「……リッタです」
「リッタちゃん、これから一緒に食事でもするどん? なんでも奢ってやるどん。好きなものも買ってやるどん」
「結構です」
「君みたいなかわいい子がそんなみすぼらしい恰好をしちゃいけないどん。戦いなんて俺達に任せておけばいいどん。さ、まずはシャワーを浴びるどん」
「ドンボス、その辺に……」
言いかけて自分もまったくドンボスと同じ事を言っていたのを思い出す。だけどすぐに気を取り直して、汚れた手でリッタに触れようとしているドンボスを止める。
「ドンボス、外出するんだろう? 妹の面倒は僕が見るから今日は遠慮なく遊んできなよ」
「んふふー、リッタちゃん。また今度ねー」
リッタはまるでおぞましい生物にでも遭遇したように萎縮している。胴長短足チビという言葉がピッタリのドンボスはお世辞にも美麗とは言えない。通り名は土竜と書いて”どりゅう”らしいが、その見た目を揶揄してモグラと呼ぶ人間も多い。そのくせ女好きときたものだから、余計にリッタとは会わせたくなかった。もしリッタに手を出そうものなら兄として僕が守らなくちゃいけない。
「リッタ、外にはああいう汚らしい奴がいるんだ。だから……」
「私、お兄ちゃんに守られるほど弱くないって証明するから」
「お、おい! リッタ!」
リッタは僕を通り過ぎて奥の部屋に入っていった。きっちりと鍵をかけたものの、あんなもので安心できるわけがない。
部屋に戻った僕は自由時間という事でベッドに寝転がる。あいつらと違って遊びなんかに興味はないんだ。
「クソッ、面倒事を増やしてくれちゃって……」
明日には王震党を殲滅する。リッタが何をしようとしているのかは知らないが、やれる事をやるだけだ。今の僕達が盗賊ごときに負けるわけがない。つまり作戦も何もないのだ。瞬撃少女が洞窟ウサギごときに作戦なんか立てるか、それと同じ話だ。
僕のレベルは820、特務隊の中では低いほうだけど今のSランクは完全に超えている。何の心配がある。何なら王権制倒壊なんて叫んでいる寝ぼけたテロリストどもの首を並べてやるか。僕達、特務隊に逆らうとこうなるって他のお仲間に周知させてやる。彗狼旅団残党なんてそれで終わりだ。
「今ならあのヘカトンだって殺せるのになぁ。あいつ、どうしてるんだろう? 噂では野たれ死んだとか聞いたけど、そんなタマじゃないだろう。見てろよ、今度会ったら大勢の前で僕に恥をかかせた事を後悔させてやる」
沸々とヘカトンに対する恨みを盗賊どもに変換して今日の僕は床につく。明日の殲滅戦が楽しみだ。
◆ シンレポート ◆
いきつく ひまも ない
いちにちで あっちこっちとびまわって つぎはひがし みなみ
なになに おつぎは なんとう?
なんですとう?
かろうし する




