第312話 国葬
◆ アバンガルド王都 中央通り ◆
アバンガルドの王様が死んだ。サタナキアの墜落が逸れてすぐに死んだらしいから、まるで国が無事に済んだ事を確認してから亡くられたようだと言う人もいる。最期までベッドの上で養生しながらも、誰が止めようと仕事をやめなかったとか。
中央通りには今まで見た事がないほどの人が集まり、王様が入った棺が運ばれてくるのを見守っている。すすり泣く声や、その場で泣き崩れる人。皆が王様の死を悲しんでいた。棺を運ぶ列にはカークトンさんやリッタの姿もあって、こっちはさすがに悲しんでいる様子はない。長い列には国の偉い人やら何やらがいるけど、肝心の王様の家族はいなかった。カシラムとノルミッツの王様が同盟国のトップとして参列しているくらいで、後は知らない人ばかり。
「王様は王妃様が亡くなられてから、ずっと一人だったんだってね……。子供もいないし跡取りもいないし、どうなるんだろ……」
「共和制とかいうのにするって話は?」
「王様が生きているうちには無理そうだったし、それもどうなるかね……って。お喋りしてる場合じゃないよ。お仕事しなきゃ」
城の中には偉い人達しか入れないからボク達は外で待機。この国葬の中、悪さする人がいたら捕まえるのがボク達の仕事だ。
「王様! 王様あぁぁぁ! 一度でいいからお顔をッ!」
「ダメだからね。戻ってね」
「なんだこのガキ、離……れない!」
「戻ってね」
「よく見たら瞬撃少女! ひぇっ!」
興奮して棺に近づこうとする人を止めるのも仕事のうち。一応、兵士も見張りについているんだけどこの人達だけじゃ足りない。今までで一番地味な仕事だとは思うけど、本来は彗狼旅団みたいなのを止める為にここにいる。団長は死んだけど、残党が新しい勢力を作っていて地方の警備隊が対応に追われているくらいだ。
ふと思う。魔王軍やノイブランツ、彗狼旅団とボク達はいろんな奴らを倒してきた。サタナキアを倒しても、一向に平和にはならない。彗狼旅団みたいに、単にボスを倒したからお終いという話ではないんだと思い知った。ボスがいなくなっても、諦めのつかない手下がまた暴れ回る。その手下を倒しても、またその手下が。ボクは思った。いつまで戦い続ければいいんだろうか。
「王様、すごい人気だったんだね……」
「王都の豊かさを見ても、あの王様がいかに優秀だったかわかるもん。魔王軍や彗狼旅団、ヴァンダルシアの襲撃を経ても立ち直りも早かった。今思うとメタリカ国の協力が大きかった面もあるんだけどね……」
「ボク達を引き留めた時があったけどさ……あれってやっぱり、国を思っての事だったのかも。だとしたら、悪い事しちゃったかな」
列にいるティフェリアさんが通り過ぎる時に、その横顔を見る。いつもなら微笑んで手を振ってくるところだけど、さすがに今はそんな事しない。だるそうにあくびもせず、無表情のまま淡々と歩いている。あの人が先頭を歩いている時点で変な事をする人は出てこないと思ってた。だけどさっきの人みたいに取り乱してやらかす人もいる。それにしても人の顔を見るなり、青ざめてこれから殺されるかのような顔をしなくても。
「これから、王家の墓に移動するんだっけ。ボク達もついていくよね?」
「もちろん。むしろそこを狙って襲撃してくるのがいると考えたほうがいいかもね」
「彗狼旅団みたいなのがまだまだいるなんて……。いい加減、諦めればいいのに」
魔王軍も彗星旅団だけじゃない。マテール商社の社長だって、きちんとした考えの元で悪さをしていた。それが信念になっているなら、ボクで言うクリンカみたいなものかな。ボクにとってクリンカがすべてだし大事だ。だとしても人を不幸にしてまで幸せになりたいなんて思わないし、やっぱりわからない。
◆ アバンガルド王都より東 王家の墓 ◆
お墓は地下にあって、アバンガルド王家代々の王様がそこに埋葬される。墓守というお墓を守る人がいて管理しているからか、外も中もかなり綺麗だ。地下も明るく、思ったよりカビ臭くない。奈落の洞窟なんかひどかった。
「ヴァンダルシアが復活した時はいろんなところが荒らされたけど、このお墓だけは手付かずだったみたいだよ。あの破壊の王も、自分の子孫が眠る墓だけは見逃したのかな……?」
「さぁ……。あいつの事だから、破壊したところで誰も悲しまないから放置しただけじゃない?」
「そうかもね……」
ここからは王族と一部の人達以外は入れない決まりがあるんだけど、ボク達だけは許された。最後まできっちりと国葬を終えたいと偉い人が頼み込んできたから。死体がアンデッド化しないように王家専属のエクソシストがきちんと管理していて、大陸一安全なお墓だ。
「あの棺の中にアバンガルド代々の王様が入ってるんだね」
「王族はあえて火葬しないんだって。死んでも王族として生きた証を死体として残しておく為だとか……」
「さすがクリンカ、詳しいね。でも死体として残しておくってなんか嫌だな」
「2人でなければ不敬に問われているところだぞ。お喋りは程々にな」
カークトンさんにやんわり注意された。でも、かなり疲れ切った顔をしている。ヴァンダルシアの元から解放されて復帰した後は休む間もなく働いているらしい。この人の言う通り、ボク達の強さを恐れて誰も口出ししてこない。そもそも処刑しようにも、処刑方法がないから半ば黙認されているとリッタに聞かされた時は素直に喜べなかった。だからって好き勝手やっちゃいけないよね。反省しよう。
「ごめんなさい。あそこに王様を安置するんですか?」
「あぁ、陛下のお父上の隣だな」
棺に入っている王様はビックリするくらい安らかな顔をしていた。たくさん並んでいる棺がまた一つ増えて、アバンガルド王国の歴史の長さを感じる。本当ならここにヴァンダルシアも安置されているはずだ。初代アバンガルド王のくせに復活までして、しかもメチャクチャにして。倒したのに腹立ってきた。
「では魂里の儀を執り行います」
エクソシストが水か何かが入った小瓶を棺の前に二つ置き、詠唱を始めた。魂里の儀、死体がアンデッドにならない為の儀式。魔法の詠唱ともつかない何かを聞きながら、ボクは地下墓地を眺める。人間はいつか死ぬ。ボクもいつまでクリンカと一緒にいられるか。ボクもこういう場で死を感じさせられるとさすがに怖い。死ぬのが怖いんじゃなくて、死んだらどうなるんだろうという不安があるから。
この魂里の儀では魂が帰るべき場所に帰られるようにという意味でもあるけど、そこってどんな場所なんだろう。
「王様の魂はどこに行っちゃったんだろう」
「冥界、万物の魂はすべてそこへ還る」
「へぇ……そういえば前にも冥界がどうとかって聞いた事があったっけ」
「天界、魔界、人間界、そして冥界。それぞれが異なる世界、そしてエルフの女性メリアだけが唯一、その扉を開けると言われている」
「メリアさんが……って、さっきから変だよね。そこの兵士の人、名前なんだっけ」
「知らないよ、こんな奴の名前なんて」
護衛についていたはずの兵士がグラリと揺れて、ボク達のほうへ向く。これはまたやられた。
「……ジュオ? その兵士の人はいつ殺したの?」
「人違いじゃないカ? ジュオじゃないヨ」
「あぁ、いつかのマリオネイター……」
マリオネイターネントロ。魔王軍十二将魔の一人でフリーシング国で倒したはずだけど、本体じゃなかった。連鎖する束縛糸で大勢を操れるスキルを持つ。魔王軍内でさえ誰も本当の姿を見た事がないとシンが言うくらいだから、ボク達が騙されても仕方のない相手だ。問題はいつスキルを発動して操ったのかという事。こればかりはネントロのスキル練度の高さの勝ちというしかない。
「い、遺体が……馬鹿な、魂里の儀は滞りなく成功しているはず……何故、アンデッド化する?!」
今度はあっちでエクソシストの人が取り乱している。棺がガタガタと揺れていて、蓋が吹っ飛んだ。身構えたエクソシストの人の前に立っていたのは王様だ。死んでいるはずなのに立ち上がったという事は、あの人の言う通りアンデッド化した。
「クッ! 大臣達を守れ!」
「ハッ!」
【リビングキングが現れた! ㏋ 600】
カークトンさんが機転を利かせて偉い人達を兵士に守らせる。ティフェリアさんもいるし、滅多な事は起こらないはずだ。
「ネントロ、ジュオもいるよね?」
「いるいる。お待ちかね、僕だよ」
遠くの棺の蓋が外れて、そこから出てきたジュオ。黒いローブをまとった小柄な体は、初めて会った時と変わらない。だけどあれは多分、棺に入っていた死体だ。ジュオには死体を身代わりにして自分の姿に見せかけるスキルがある。闘技大会の時、それで逃がしたっけ。
連鎖する束縛糸はSランクのレイニスでさえ、本体まで辿りつけなかった厄介なスキルだ。ボクは何ともないけど、これでボク以外の人間にちょっかいを出され続けたらたまったもんじゃない。
「王家の墓で何たる狼藉を……!」
「いじられたくなかったら、変な理由つけて死体を放置しないでよ。ちゃんと燃やせばこんな事にはならなかったのに」
「貴様ッ!」
「待ってよ、カークトンさん」
ジュオのスキルを説明するとカークトンさんは手を胸に当てて興奮を抑える。そう、怒れば怒るほどこいつの思うつぼだ。
「魂里の儀を覆してアンデッド化するとは……噂のネクロマンサーはとんでもない使い手だな!」
「あぁ、エクソシスト。ネクロマンサーと対を成すクラスで僕が大嫌いなヤツだ。死者をいいようにしているって点では同じなのに何故かネクロマンサーだけ、魔術界から爪弾きにされたんだよね。君は王家お抱えだけあってそこそこの使い手だけど、残念ながら僕のほうが上だ」
ジュオが片手をかざして、エクソシストの人に何かしようとする。すぐにボクが庇うようにしてジュオの正面に立った。面白くなさそうに眉を寄せたジュオだけど、すぐに嘲笑に戻る。
「本当にうざったい奴だね。君さえいなければ今頃クリンカは僕のものになっていたのに」
「悔しいならボクを倒してみれば?」
「ハハッ、挑発まで磨きがかかってら。ま、別に君を倒すつもりで現れたんじゃないよ。今日は単に警告をしにきたんだよ」
「なにさ、警告って」
「神聖ウーゼイ国が本格的に動き出すよ。だけどマディアスを倒そうなんて考えないほうがいい」
また変な事を。いい加減腹立ってきたから、消えてもらおうかな。あの死体に触れたらジュオのスキルごと破壊して解除できるから。
「マディアスを倒せば多くの人が悲しむ。マディアスは多くの人達に必要とされている。だからさ、もし今後マディアスが何かしたとしても、君に手出しは出来ないよ」
「マディアスが悪さするなら考えるよ」
「最後にもう一つ……君に味方なんてもういないよ」
聞き返す前にジュオはスキルを自分で解除したのか、自分の姿を重ねて操っていた死体を解放した。ミイラみたいな細い死体が崩れ落ちて、バラバラになる。静かになった地下室でようやくカークトンさんが冷静になったのか、その死体に駆け寄った。
「クッ……なんて事を……!」
「死体は私が直してあげるから……」
「すまない、何から何まで君達に頼りっぱなしだな……」
「別にそんなの……」
「こっちも消えるヨ。ジュオと違って容赦しないかラね?」
ネントロが操っていた兵士も解放されて、その場に倒れる。後に残ったのはこれだけ厳重な警備で行った国葬に簡単に侵入された結果だけ。ジュオとネントロ、こいつらのスキルはどこにでも入り込める。十二将魔の中じゃ大した事はないけど、一番ボク達に打撃を与えかねない奴らだ。
それに最後の言葉、容赦しないだって。つまり未だに復讐は忘れてないって事だ。それは自分たちを追い詰めた王国に対してなのか、それともボク達なのか。
「あっちの王様も元に戻したよ。死んだ時くらい休ませてあげないとね」
ジュオにアンデッド化された今の王様はまた安らかな表情をして棺に収まっていた。今の出来事はカークトンさんはもちろん、王様の側近や大臣達に衝撃を与えたみたい。呆然と立ち尽くしたり、カタカタと震えている人もいる。隙間をぬって入り込んでくるあいつらの恐怖に耐えられないんだ。
「これは……一大事どころではありませんな。早急にあのお方に王位を継がせねば」
「えぇ、急ぎましょう」
王様に子供はいないし、後継ぎなんているのかな。なんだろう、不安が止まらない。今までの経験からそう予感しているのか、これから大きな事が起こりそうな気がする。ジュオの警告もあって、ボクはこれから大きな試練に立たされるのかもしれない。今までの中で一番大きくて、そして最後の試練が。
◆ シンレポート ◆
じゅお ねんとろ しんは こいつらを にくみきれないのです
もとは まおうさまをしんじて ついていったやつら
しんとおなじ まおうぐんだった やつら
りゅあとくりんかは たおすきまんまんですが できることなら
こいつらを にくしみから かいほうしてほしいです
こいつらだって もとは ひがいしゃ
こうなったら まおうさまと ばとらむに たのむです
どうにか せっとく できないか
くやしいけど しんでは おはなしに ならないから




