第310話 高度文明の行方 その7
◆ サタナキア前 上空 ◆
「ハートレスの射出が止まった……リュアの奴、やってくれたんじゃないか?!」
「残ったハートレス達を片付けるわ。えぇ」
無数のハートレスに押されて、トルカリア連邦の飛翔船が20隻近く墜落した。イークスもティフェリアも息を切らして腕がほとんど上がっていない。2人を乗せているネメアと変なヘビみたいなの、ドグラという名前のドラゴンでさえ疲れが見えていた。
自分の機械武装は動くのに必要になるエネルギーこそないけど、その分精神を消耗する。頭の中がボーッとして迫るハートレスに段々と対応できなくなってきて、何回も攻撃を受けた。このコンセプトはフェニックスと変わらないみたいで、ブランバムが私を叩いたり蹴ったりしてまで鍛えようとしたのが今ではわかる。あれは体だけじゃなく、精神を鍛えようとしていたんだ。最初は怖かった。だけど訓練している時は少しずつ何も思わなくなってきて、リュアと再会しても何も感じなくなった。今は思い出しただけで泣きそうになるし、震えを抑えるのに精いっぱい。ブランバム、あんな奴リュアに倒されて当然。
そしてたった今、倒された。サタナキアはかろうじて浮遊しているだけで、稼働しているときの音が一切消えたから。ハートレスも数を減らして、これ以上増える気配がない。そうなると次に危ないのは。
「あら、プラティウちゃん。飛空艇に戻っていくわ。まだハートレスが少し残ってるのに、やぁねぇ」
「何か考えがあるんだろ。ていうか俺にもわかるぞ、あのサタナキアが機械だとしてその動きが止まったという事は……」
「落ちちゃうわよねぇ」
「のんびり言ってる場合じゃねぇ!」
あの魔法でここからでもメリアさんに話しかけられるけど、口で伝えたほうが確実。いろんな人から頭の中にゴチャゴチャ話しかけられたらパンクしちゃう。
「メリア、今から皆にプラティウが言う指示出して」
「サタナキアの落下を止めるのですね? わかってますよ」
「あの質量だよー? どうすんの? いくらリュアちんが戻ってきても、さすがに無理でしょ」
そう、次に気を付けないといけないのはサタナキアの落下。実際、ハートレスが出てこなくなってからサタナキアは少しずつだけど高度を下げている。
だからまずここから自分に出来る事。サタナキアの下の部分で一番、力の影響を受けやすい場所を算出。そこに皆を集める。竜神達が言う事を聞いてくれるのか不安だけど、クリンカの名前を出せば多分大丈夫。聞かなかったらリュアに言いつけて退治してもらう。ここで救ってもらえないなら災厄と変わらないから。
それからサタナキアの不時着地点を算出。大陸の外に出したいから、ここから一番近いのは西の海。人員と大陸の外に出す時間を考えたらモタモタしていられない。最後に問題なのが不時着した後。あれだけの島が海に落ちたら津波が他の大陸に迫る。これはメリアとエルメラの魔法で何とかしてもらうしかない。
「……はいはい、わかりました。あのドラゴンさん達はどうしますかねぇ」
「ドラゴン達もそれぞれ適切なところに移動してもらう」
「このチビッ子、リュアちんより頭いいんじゃない?」
「何を今更……いえ、戦いに関してはリュアさんほど頭の回る子はいないわ」
「フォローになってそうでなってないー」
リュアをバカにされて腹が立ったけど我慢。でもカードゲームは本当に弱い、多分かなり年下の子に負けるくらい弱い。だから言い返せないところもある。
「行ってくる」
ふてくされながら飛空艇を出て、竜神率いるドラゴンの群れに突入。大半がサタナキアの下に張り付いていたけど、何匹かは敵意をむき出して振り向いてきた。ドラゴンに乗ったドラゴン、竜人という種族が指揮している。確かアニマという竜人がリーダーだったはず。
「なんだこのニンゲンはぁ! ガキでしかも飛んでるじゃねぇか! 殺すか!」
「待つのです。そのニンゲンの娘は敵ではない」
「じゃあ、何だってんだよアニマァ! いいからぶっ殺そうぜ!」
「ぶっ殺したらあなたがぶっ殺されますよ、クシオン。その娘はリュアとクリンカ様の仲間です」
クシオンという太った竜人がいきなり襲いかかってくるところだった。リュアとクリンカという名前を出した途端に面白くなさそうに鼻息を吹く。殺す殺すって本当に気性が荒い。リュアとクリンカがいなかったら、人間と戦っていたかもしれない。
「すでに竜神様が大陸の中央にて押さえておられる。我らも続くぞ!」
ドラゴン達がバラけてサタナキアの下に張り付き、海のほうへと押す。ドラゴンズバレーのドラゴンが集まれば島一つくらいは押せるはずだけど、相手はサタナキア。金属化の影響で実際の島の重さとは違うはず。少しずつ移動はしているけど、このままだと本当にギリギリ。
だからティフェリア、イークスには賢者から強化魔法をかけてもらう。スキルで大陸を削る考えもあったけど、あの質量にそんな事をしてもほとんど意味ない。それで消耗するよりはドラゴン達と一緒に押してもらったほうがいい。
「時間算出……サタナキア地上到達予想時間20分ちょっと。今の調子だと……」
メリアさんが指示しているおかげで、次々と指定したポイントに向かっていく。メタリカ島の大きさだから移動も苦労するけどネメア、ドグラあたりは速いからそんなに時間がかからない。問題は時間が足りない。地上に到達する前に押し出す。それは地上到達ギリギリに押し出すんじゃ、間に合ってない事になる。あくまでサタナキア中心から計算しただけで、島の端が海に面しているアバンガルド港に引っかかってしまうから。アバンガルド港が削れるようにして潰されたら意味ない。サタナキアが完全に海に出てしまうまでの時間を考えると多分半分くらい。つまり10分。トルカリア連邦の飛翔船に協力してもらうしかない。急いでここからメリアさんにその事を伝える。賢者のおじいちゃんに説明して飛翔船と連絡をとってもらうしかない。
「……協力してくれるそうです。よかったですね、プラティウちゃん」
「うん……」
本来は飛翔船でそんなのは想定していないはず。それなのに協力してくれた。ノイブランツと違ってあの人達は信用できる。大量の船団が急いでサタナキアに取りつく様子を見て、ホッとした。間に合うかどうかはわからない。だけどここで絶対に役に立ちたい。それは皆の為じゃなくて。
「自分にしか出来ない事、必死に考えたから……」
一人で天空砲に挑んで負けて、リュアとクリンカに言われた事。戦い以外でプラティウに出来る事。プラティウはリュアより頭がいい。それじゃリュアにこれは出来ない。リュアが戻ってきてくれたら捗るけど、それ以上に胸を張ってこの光景を見せたい。プラティウがやったんだって。そして自分は晴れてリュアとクリンカと一緒に戦える。あの2人は背中を合わせて一緒に戦ってるなら、自分もこれで背中を合わせられる。
「押し出して、押し出して……あぁっ、まだ、足りない……」
「見えたぞ! あれが噂の悪魔島か! 各員、戦闘配備につけ!」
遠くからやってきたのはドラゴンにまたがっている軍隊だった。リュア達じゃない、あれはノイブランツの竜騎隊。
「こちらノイブランツ第6大隊! 要請はないが是非協力願いたい!」
「え、あー、えっと」
「ルードレット隊長、あの少女は以前我が国を襲った赤い悪魔に酷似しています。もしや敵では……」
「ち、違……」
「悪魔というより今は天使ではないか!」
セラフィムの姿通りの解釈をしたルードレットとかいう人は、腕を頭にビシッと立てて敬礼した。なんでノイブランツが。こっちが何も言えないでいるとルードレットはまたがってるワイバーンを操って、もっとこっちに近寄ってくる。
「まずは天空砲に対する報復作戦でない事を理解していただきたい。現在、我が国は壊滅状態に陥っていて軍も以前の半分以下になってしまったが……今はアボロ殿のおかげでなんとか持っている」
アボロ、リュアに負けた最強の魔族がノイブランツを守っていたんだ。どういう理由でもいい、この人達にも協力してもらえれば。
「……故にこれは陛下の意思ではない。言ってしまえば明確な命令違反に当たる。本来ならば隊ごと軍法会議にかけられてもおかしくはない。いや、そんな事はどうでもよいのだ! だから感謝しろなどと言うつもりは毛頭ない!」
「うん、うん」
「リュア殿は我が国の救援要請に駆けつけてくれた! それにも関わらず……命令とはいえ、不本意ながらも一度は敵対してしまった! いわばこれは私自身の贖罪だ! 隊を巻き込んでしまってはいるがここにいる者達は全員、志は同じ!」
「我が隊……というより、我が国には以前のような野心はない。例の天空砲から一命をとりとめた国王は急激に衰弱し、もはや野心ともに枯れ果てた……これを機に生まれ変わらねばならないと。我々はそう考える」
なんでもいいから早くしてほしい。そう言いたいけど、言葉が出てこない。リュアやクリンカの前なら言えるのに、こういうのを人見知りというんだってジーニアが言ってた。モジモジしているとルードレットはこっちの言葉を待たずに隊を率いてサタナキアの下部分へ移動する。
「言われずとも承知している!」
それならよかった。ああいうおじさんはどうも苦手だから話さずに済んで本当に助かる。それにしてもまたリュア、リュア。リュアがいたからあの人達は駆けつけてくれた。小さい頃からお父さんとお母さんに何も言えず、ただ縮こまっていた自分とはやっぱり違う。すごく強くて、それでいて頭が悪くて。初めて会った時からわかっていたかもしれない。自分にはないものをたくさん持っているって。だからつい抱き着いちゃった。
「……いいなぁ、リュア」
自分じゃなくても、リュアに憧れている人はいるはず。でも自分はあんな風にはなれない。復讐のために奈落の洞窟に10年も籠って生き延びるなんて無理。手に届かないほど遠い存在だから憧れるんだ。憧れのあの人に追いつきたいなんて普通の人は言うけど、普通だからこそ無理。リュアと会ってよくわかる事だった。
このセラフィムはメタリカが持つ技術で作れる最高のものだけど、リュアには届かない。他の皆だってそう、すごくがんばって鍛えたけどリュアには敵わない。そんな人達が恨んでいても不思議じゃない。でも自分は違う。リュアは大好き。クリンカも大好き。
「リュア……早く」
竜騎隊が加わってだいぶサタナキアの押し出しが捗っているけど、それでも五分五分。トルカリア、竜騎隊、ドラゴン達、そしてティフェリアとイークス。ネメアにドグラ。皆、がんばってる。これは誰にも言わないけど、多分サタナキア化にはジーニアも関わっている。
ブランバムは違うと言っていたけど、それは見栄を張っているだけ。ブランバムにここまでの知識や技術もないし、やれるとしたらジーニアだけだから。言ってみればジーニアがメタリカ国の技術そのものだ。今はどこにいるのかわからないけど、ジーニアは本当に何を考えているのか全然わからない。すごく優しくしてくれる時もあれば、今みたいに理由がわからない事をやる。リュア達と出会って少しずつ、物の見方がわかってきたから余計にそう思った。ジーニアは変。
「よし……いい、よし」
大きな島が押されていくのが遠目からでもわかる。遠目でもわかるという事は結構な力が加わっているという事。自分が考えた方法は間違ってなかった。よかった、これでリュアに――――
「マジによぉ、不完全脳どもがやってくれるよな」
「……ッ! ブランバム! 生きて……」
「こいつらはそこのクソガキが入れ知恵して扇動されたのか。ったく、あれほど目をかけて鍛えてやったのに恩を仇で返しやがって」
ブランバムが生き返った。いや、これは多分ブランバムがバックアップをとったんだ。自分のデータを予めサタナキアの別の場所に移しておくことで、実質複製できる。そこまでは理解したけどそれじゃ結局、やり直しに。いや、それも違う。今のブランバムは弱っている。その証拠にハートレスの射出がないし、サタナキアの武装が動く気配がない。
「察しているようだから白状するが、今の私に戦う術はない。頭脳はあのクソガキリュアに破壊されてしまったからな。忌々しい……だがな、そんな私にも出来る事はあった。それが今だ」
「あ、あー!」
せっかくいいペースで押し出していったのに完全に止まってしまった。復帰したブランバムのせいだ。攻撃手段はないけどかろうじてサタナキアを動かせる力はある。
「不完全脳どもが、結局私の理想を理解する事が出来なかったな。最後に下にあるアバンガルド共々滅んでもらう事になるが、それでいいよな」
「させない」
「いや、全部死ぬ。アバンガルドを下敷きにしてサタナキアの残骸が未来永劫残るのだ。世界を変えようとした私の姿を後生の人間の目に焼き付ける事になる。ジーニアも散々よな、マディアスの恐ろしさを説いてもその結果がこれよ」
「だったら……なんで、皆と一緒に戦うって……それが出来ないから文句言われる……リュアが言うように。支配したいだけだって!」
サタナキアに向かって精いっぱいの大声を出す。バーニアを吹かして自分もサタナキアに取りついて押す。セラフィムはパワーそのものは大した事がないし、まったくといっていいほど力になれないと思う。それでもやらずにはいられなかった。せっかくここまでがんばったのに、ブランバムに負けるのが悔しいから。自分だけじゃない、皆のがんばりも無駄になるから。
「負けない、負けたくない……」
「私が思うに、人間というのは知らなすぎるのがよくないのだ。未確認であるはずのアレを見た、と鼻息を荒くしても気のせいだの疲れているせいだの言われて一蹴される。それと同じで貴様ら不完全にマディアスを理解するだけの知識がなさすぎたのだ。これは失敗だよ、もっと根本から改善せねばいけなかった」
「だったら今からでも……」
「もう遅い。何故なら私は完全にプッツンしてるからな。要するにムカついてんだよ。てめぇら不完全にな」
「リュア……!」
結局、最後はリュア頼みになる。こうして戻るのを祈っている。自分だけじゃやっぱり何も出来なかった。悔しすぎて涙が溢れてくる。泣いているのがバレないようにしても止められない。
「そうだ、そうやってガキはガキらしく泣いていればいい。私にぶん殴られて這いつくばってた時みたいに、助けを求めてろ! リュア、リュアぁぁってなぁ!」
「リュア……」
「サタナキア! 最後の力を振り絞れ! 全速落下ァァァ!」
竜神もいるのにいよいよ皆が押され始める。もうダメだ、リュアがいないと。結局、自分は何も出来なかった。背中を合わせて戦うなんて無理だった。
「フハハハハ! お終いだ!」
「お前がね」
「ぬぅっ!」
サタナキアの落下がまた止まる。それどころか、支えている自分の腕がかなり楽になった。ふわっとするほどこのサタナキアが軽くなったような錯覚さえある。
「ごめんね、遅くなった」
「リュア……」
願っていた相手は片手でサタナキアを抑えているどころか、押し返している。下ではクリンカが踏ん張っているけど辛そうには見えない。
「リュア殿!」
「ルードレットさん?! 来てくれたんだ……」
「一言だけ言わせてほしい! すまなかった! トルカリア連邦の方々にもご協力をいただいている状況だ!」
「わかった、これを押せばいいんだね」
今度は両手を添えて、最強の力を持った子が持てる力を出し始める。このサタナキアがスムーズに押されて下にある大地から離れるどころか、このまま海に投げ飛ばすほどの勢いだった。
「リュア……ごめん、何も出来なかった……」
「プラティウちゃんがいなかったら今頃、私達が来ても間に合わなかったよ。メリアさんが言ってくれたよ、全部プラティウちゃんのおかげだって」
「ありがとう、プラティウ。いてくれて本当にありがとう」
「リュワァ……!」
今度は別の涙で溢れる。サタナキアを必死で抑えていたはずの腕で、拭けない涙を吹こうとしている。セラフィムのヘッドで覆われているのに。
「不完全脳めぇ! おのれ、おのれぇぇぇ!」
「別に生きていたのにも驚かないよ、ブランバム。どうせ許す気なんてないし」
「クソォォ! チキショオオオオォォォ!」
ブランバムの負け惜しみの絶叫が、リュアへの恐怖を物語っているようだった。リュアさえいなければ、そんなのはリュアと戦った相手のほとんどが思った事。ブランバムはちょっと遅れて思い知っただけ。このサタナキアがもうほとんど海に押し出されてもずっと、ブランバムは叫び続けていた。
「オオオオォォ! 何故だぁぁぁ! 私は完全ではなかったのかぁ! 私が完全でなければ貴様が完全かぁぁぁ!」
もうほとんどリュアとクリンカだけでブランバムを完封していた。だけどリュアはそう思っていない。これは皆の勝利だって。トリカリア連邦軍と竜騎隊、勝利に喜ぶ二つの大きな歓声がそう応えている気がした。
◆ シンレポート ◆
らっかは くいとめられた しかし しんは どこへいけばいいのです
もう なんか しんって なんのために いるのか
どうせ しんなんか だれも




