第307話 高度文明の行方 その4
◆ サタナキア前 上空 ◆
【アプス×1000を倒した! HP 0/1700】
限界までロックオンしても、キリがない。次々とサタナキアからハートレスが出てくるし、時間が経ったら負けるのはこっち。でもネメアに乗ったティフェリア、ひょろ長い変なヘビみたいなのに乗ったイークスは顔色一つ変えないで戦っている。
トルカリア連邦の人達も激しく攻撃してるけど、すでに何隻かは落ちている。想像魔法でふわふわと空を飛んでいるエルメラがそんな飛翔戦を何かの魔法で止めて、ゆっくりと地上に降ろしてあげているのが優しい。だから今のところ死んだ人はいないと思う。
「もー、誰か死んだらリュアちんがうるさいからー。とっとと終わらせてほしいんだけどまだー?」
「ようやく最深部にたどり着いたみたいだし、あと少しよ。でもあの人……完全人間はちょっと厄介だわ」
「なに、メタリカンって」
「強いわ」
「リュアちんなら一撃でしょ?」
「……とも限らない」
エルメラとメリアは浮きながらそんなやり取りをしている。そんな余裕見せてるくせに、想像魔法でも大量に攻めてくるハートレスは止められない。最初は認識を逸らす魔法でゴリ押しするとか言ってたけど、今は何故か普通に攻撃されてる。
「お姉ちゃん。こいつら、なんか学習して強くなってない? 認識妨害も何故か全然効かなくなってるし」
「リュアさんの前にいるメタリカンと同じ特性を持っているのね」
「だからメタリカンってなに」
「自己進化」
おどけていたエルメラも、その一言で言葉を失くした。大丈夫、リュアなら平気。
「クソォッ! やっぱりこっちの動きが読まれ始めてる!」
「私のスキルも50以上効かなくなってるのよ、ねぇこれひどいわよ。それだけじゃない、ほら」
【アプスのワンテンポキル!】
鳥というよりは蝶の形をしたハートレスの動きだし、人間のティフェリアさんとは違うけどすぐにわかる。あれはティフェリアさんのスキルを真似てるんだ。あれは自己進化というより。
「もしかして、こいつら……コピーしてやがるのか? 俺達の技を?」
「技だけならいいのだけどねぇ……」
あの2人も冷静な顔をして戦っていたけど、やっぱり不安だった。だからなるべく武装を絞って迎撃している、新しい攻撃手段を見せたらそれを真似してくるから。
「リュア……頼む。なるべく早く済ませてくれ」
イークスとまったく同じことを思って、自分も唾を飲み込んだ。リュアはもちろん信じている、だけどサタナキアそのものを何の被害もなく倒すのは無理。それにメタリカン、多分ブランバムがこのハートレスと同じ特性を持ってるならリュアでも危ない。なんでわざわざリュアを最深部に誘ったのか、つまりはそういう事だから。
◆ サタナキア 中央都市クリッド ◆
フォーマスの殺気、それは目の前にいるブランバムだけに向けていない。試しに背を見せて立ってみた甲斐があった。フォーマスはやっぱりボクを殺すのを諦めてない。魔剣を抜き、ボクごとブランバムを斬ろうとしたもの。
フォーマスの一振りをジャンプしてかわし、空中でその一撃の結末を見る。灰色の体のブランバムは立ったまま、フォーマスの刃を受けた。避ける必要もない、刃が腕すら斬れずに止まっているのがそう物語っている。
「どうした?」
「チッ……思った以上に面倒だな」
「もしや、この完全である私に攻撃を加えたのか。それでどうだ、目論見は果たせそうか?」
「問題ない。まずは10%ってところか」
【フォーマスの魔人化! 10%開放!】
フォーマスの全身が少しだけ膨れ上がり、肌の色がドス黒い緑に近づく。目がグルリと一回転したと思ったら、黄色く光る。これはアバンガルド王都で会った時と同じ目だ。ようやく本性を現した。マイ達だってこの光景を見ているはずだ。
「マイ! あれがフォーマスの正体だよ! あれはね、魔剣ドゥームネートの力で……」
「素敵……あれが10%ですわ、マイ」
「うん、この前は5%で殺戮駆動隊を全滅させたもんね。あの時の倍かぁ」
驚くどころか、うっとりしてフォーマスに見とれている。あんな化け物みたいになったフォーマスに憧れてさえいる。落ち着け、ボク。これはきっとフォーマスのスキルか何かのせいだ。そう、あの魔剣。あれを持ってからフォーマスは強くなった。どこで手に入れたのかは知らないけど、ボクが思った以上に危ないものかもしれない。
さて、ここはどうしよう。フォーマスを無視してブランバムを倒すとしたら、今度はフォーマスが襲いかかってくる。かといってフォーマスを倒したら、アイ達を敵に回しかねない。魔剣の力にしても、あれを完全に砕いてもアイ達が元に戻るとは限らない。
「リュア、なんか必死に考えてるみたいだから一つだけ教えてやる。お前は魔剣をただの武器としか扱ってねぇ。魔剣ってのはな、それぞれのルーツってのがあるんだ」
「ルーツ? いきなり何を言うのさ」
「ディスバレッド、魔剣の中でも最高峰と名高い。その絶大な力を求めて生涯かけて探し回った奴もいるくらいだ。勇者一族の封印のせいで誰も見つけられなくなった災厄の祭典に封印されてりゃ、わかんねーわな」
「何が言いたいのさ」
「持ち腐れって事だよ」
【フォーマスの攻撃! 完全人間ブランバムに2933のダメージを与えた! HP ?????/?????】
その自慢の魔剣が今度はブランバムの腕に食い込む。切り落とすとまではいかないけど、腕の半分くらいまでは刺し込まれていた。
「ぬぅぅ……! なんという……」
「あれぇ? もしかして10%でいけちゃう?」
「とでも言うと思ったか?」
【完全人間ブランバムの攻撃!】
拳を作ってそれをフォーマスに打ち込むまでのほんの少しの間、フォーマスもブランバムもお互いに止まったように見えた。実際に止まったわけじゃない、それだけこれから放たれる威力のすごさを感じたからだ。フォーマスはその爆発力を感じたからこそ、驚きのあまりに固まり。ブランバムはそれを楽しむかのようにニヤリと笑い。
【フォーマスに40674のダメージを与えた!】
パンチの風圧で周りの建物が、吹きかけた埃のように飛び散り。元人間だった機械達は跡形もなく消えて。地面は爆発にもっていかれたかのように更地になり。
「おぉ、このメタリカンの一撃を受けても原型をとどめておる。だが姿は見えんな」
パンチを放ち終わったブランバムが遠くの景色でも眺めるかのように、すでにこの場から吹っ飛んでいったフォーマスを見送っていた。飛んでいく直前にフォーマスがまだ死んでいないのはボクも見た。それは本当に一瞬の事で、それこそボクじゃなきゃわからないと思っていたのに。ブランバムは見えていた。
「リュアちゃん……マイさん達がいない……」
「……大丈夫だよ。ブランバムに攻撃された直後、あいつが2人とも連れていったから」
「えぇ……なになに、いつ?」
「そんな風に、誰にもわからないくらい速くてとんでもない戦いが起こっていたんだよ」
「ッハァ! とぉちゃく!」
吹っ飛んでいったフォーマスが背中に翼を生やして戻ってきた。さっきと違って全身の半分が緑のウロコみたいなのに覆われて、かなり人間離れしている。パンチを受ける寸前にきっと20%くらいにしたのかな。それでも口から血を流してるし、無傷とはいってない感じ。
「フォーマス、アイとマイはどこに?」
「心配すんな。ちゃーんと無事、外に出られるからよ。何せ俺の大切な女だからなぁ」
「他に仲間でもいるの?」
「察しがよくなったじゃねえか。猿娘でも、賢くなれるもんだな」
あの2人がいなくなって、もうフォーマスは態度を変えている。それでもここにはまだミィがいるのにお構いなし。あのまま死んでいればよかったのに。それを期待してボクは手を出さなかったんだ。それにフォーマスを実験台にすれば、ブランバムの実力がわかる。お互いにまだ本気じゃないみたいだけど、時間がない。
【リュアの攻撃!】
ブランバムに一撃を仕掛ける。フォーマスがいようと構う事なく、剣であのメタリカンの体を斬り裂こうと躊躇なく。
【完全人間ブランバムはひらりと身をかわした!】
「速いな」
攻撃が空振りするなんて、ここ最近で始めてだ。ブランバムは何のスキルを使う事もなく、身をよじってかわした。ひらりと近くの瓦礫の上に着地して、ボクを観察するようにジロジロと見る。
「だが、こうして見ると何故今まで誰にも貴様を止められなかったのかが……わからんのよなぁ。やはり完全なる私となると、見える風景が違う」
「ケケッ、瞬撃少女様の攻撃がかわされるなんざなぁ。ま、俺にも見えていたけどな」
「うわー……すごい……」
バカみたいに口をあんぐりと開けて驚いた振りをする。ボクの一撃をかわすなんて、そうショックを受けているように見せかける。これは奈落の洞窟でもやっていた事で、こっちが弱い振りをして油断を誘うんだ。結構うまくいった事が多くて、大体隙を見せてくれる。凶悪な魔物でも、相手が洞窟ウサギみたいな弱い奴だとわかったら案外遊んでくるから。
もちろん今の一撃は本気だ。何せ本気の一撃をかわすような相手だ、ヴァンダルシアの時みたいに真剣にならないと。ボクは奈落の洞窟の時みたいに本気で戦う。エルメラっぽくおちゃらけていうならこれは奈落モードというところ。
「そう悲観する事もない。ほれ、ここ。かすっていただろう?」
首筋を見せつけるようにしたブランバム。少しのかすり傷が見えたけど、それもすぐに塞がった。予想通り、ちょっとの攻撃なら再生してしまう。だからフォーマスの攻撃もあえて受けて見せたんだ。こうやって相手の情報を少しでも引き出す。メタリカンの一撃でわかった事は、身体能力だけならボクと同じくらいかもしれないところ。
「ダウンロード完了。瞬撃少女よ、感謝するぞ。もういい、十分だ。後は死んでいい」
【ブランバムの攻撃!】
フォーマスの時とは段違いの一撃が来る。大袈裟に跳び、天井部分にまで逃げる。ブランバムがパンチを放ち終えたと思ったらすでにボクの真下にまで迫っていた。
【リュアはひらりと身をかわした!】
「本当に速いな。だがメタリカンは貴様を追えるぞ?」
【リュアはソニックスピアを放った! 完全人間ブランバムはひらりと身をかわした!】
空中で体を捻り、ソニックスピアの直線攻撃を簡単にかわす。わかっていた、だから次の一撃だ。
【リュアの攻撃! 完全人間ブランバムはひらりと身をかわした!】
「ぬぅんッ!」
【ブランバムの攻撃! リュアはひらりと身をかわした!】
二撃目がかわされるか、かわされないかの最中でブランバムは拳で反撃してきた。一撃、二撃、拳の連打でボクを逃がさないようにする。すでに空中の、それも天井の端だ。逃げ場がないと踏んだんだと思う。そう思い込ませるのが目的だったんだけど。
【リュアはソニックブーストを放った! 完全人間ブランバムに164055のダメージを与えた!】
「ぐぁぁッ!」
後手にまわった振りをする事でブランバムの攻撃を単調にする。ボクを追い詰めようと攻撃が直線的になるのも狙い通りだ。ソニックブーストで突然加速して体当たりをしてくるなんて思わなかったんだと思う。ラッシュの勢いの速度が驚きで止まったのもその証拠だ。
「ぐっふぅ……! き、貴様!」
「今だ……逃げられる!」
まだここはあくまで追い詰められている振り。今のも苦し紛れの一撃だと思わせる。空中でソニックブーストを繰り返して距離を取った。
「逃がすわきゃねぇだろぉが!」
鉄みたいになった目玉をむき出して、怒鳴り散らしたブランバムは当然のように飛んで追いかけてくる。翼があるわけでもないのにすごい能力だ。これが完全人間メタリカン。こんなのが地上で溢れかえったら確かにしばらくは人間の支配が続くと思う。
【フォーマスの攻撃! ブランバムに7933のダメージを与えた!】
「ぐぉぉッ!」
「俺もぜひ混ぜてくれよ」
ブランバムの後ろからフォーマスが斬りつける。メキメキと生えた翼はフォーマスの体を覆い尽くせるくらい大きくなっていた。羽ばたきを加速させてフォーマスはブランバムが振り向く暇を与えず、追撃を放つ。
【フォーマスはファンキーファングを放った! ブランバムに13844のダメージを与えた!】
「15%ォ! まだまだいけるぜぇ!」
問題なのはこいつだ。こいつが完全に味方でいてくれるならいいんだけど、隙あらば斬りかかってくると思うから油断できない。ブランバムだけならすぐに終わるのに、こんな事ならボク達だけで行動していればよかった。
【フォーマスはエーゴ・スクリューを放った! ブランバムに16309のダメージを与えた!】
「んがぁぁぁぁッッ!」
「そのまま死ぬかぁ?! 口ほどにもねぇな! 当初の予定通り、支配してやるよ!」
【フォーマスの魔剣ドゥームネートが怪しく光る!】
その瞬間にボクもブランバムも身構える。目には見えない何かが頭の中で囁くような、すり抜けて侵入してくるような不快な感覚。そこで飛んでいるフォーマスすらもどうでもよくなるような、思考自体が消えるようだった。多分、これでアイ達を洗脳したんだ。というより、頭の中の記憶や価値観をまるまる変えていくようなものだと思う。それもフォーマスがいい奴に見えるような人間に作り替えられる。
今までそれをしなかったという事は何か発動条件があるのかもしれない。わからないけど、これは本当に危ない。そんなこんなで空中でソニックブーストを一回、反動で跳んでいる間での出来事だった。
「こぉの……クソガキどもがぁぁぁぁぁ!」
【完全人間ブランバムはパーフェクトバーストを放った!】
クリンカ達の心配をしたところでこの距離じゃ間に合わない。ブランバムの開けた大口から放たれた衝撃破は本格的に都市全体を飲み込む。建物どころかその先にあるサタナキアの壁も塵になるまでもなく消え、奥の奥まで飲み尽くす。
ボクとフォーマスを巻き込んだブランバムの衝撃破は風穴どころか、都市クラスの大きさの大空洞を作った。大陸の端まで届いたその攻撃は、外の景色を見せてくれる。これは大陸のどれだけの部分がなくなったんだろう。少なくともここから先にあるサタナキア大陸は全部消えてなくなった。
【リュアはダメージを受けない!】
【フォーマスは6749のダメージを受けた! HP ?????/?????】
「カッハァァ! くるねぇ!」
ボサボサになった髪をかき上げて、フォーマスは魔剣を握りしめる。ボクは全力で防御したけど、あいつには少なからずダメージはある。でもまだ15%なんだっけ。いや、そんなのよりクリンカだ。
「クリンカ……あ、手を振ってる。よかった……」
「そりゃ心配だよなぁ。大切な嫁だもんなぁ」
「フォーマスは自分の心配してなよ。あいつ、お前の攻撃で完全に怒ってるよ」
「てめぇ……マジにやってくれんじゃねぇかぁ……」
攻撃してくるかと思ったらブランバムは外に向かって飛んでいく。そして止まり、こちらに振り向くと顎をあげてしかめっ面を見せてきた。
「あまり私のサタナキアに傷をつけたくはないのでな。全力で殺してやるから表へ出ろ」
「従う義務なんざあるのか?」
「そこの小娘はそうせざるを得んよ。お外には大切なものはたくさんあるからなぁ」
ペロリと鉄の舌で唇を舐めてボクを挑発した後、ブランバムはまた外に飛んでいった。クリンカはドラゴンのままミィをかばっていたようで、そのまま乗せてボクのところへ来る。
「リュアちゃん、すごい攻撃だったけど……」
「うん。あいつ、多分ボクの破壊の力を使ったかも」
「ウソォ!」
「どういう方法か知らないけど、多分その為にボク達をここまで誘ったんじゃないかな。まったく……行こう」
「チッ、こりゃ30%まで引き上げなきゃきついな……だがそれ以上は……」
ブツブツ言ってるフォーマスがボク達と並んで飛んでついてくる。大空洞というにも大きすぎる穴を抜けながら、ボクはあの完全人間を倒す事だけを考えていた。ブランバム、あいつはまたザンエルに挑むんじゃないかな。
◆ シンレポート ◆
しぬかと おもった
魔物図鑑
【アプス HP 1700】
殺戮駆動隊、風鳥を模したパワードスーツ。平たいスーツは風の抵抗を存分に受けてヒラヒラと舞う。敵の攻撃を完全に回避することを念頭に置いている為、生半可な手段では当てる事すら出来ない。回避型に特化している為に武装は最低限のものしか備わっておらず、攪乱が主な運用だろう。




