第28話 キゼル渓谷を越えろ! その2
「しょ、勝負?」
「あぁ、手合わせ願いたい」
「でも、死んじゃったら……」
「それはオレがか?」
セイゲルの笑みが消えた。
「真剣じゃなくてこれを使おう」
そういってセイゲルはその辺に落ちていた木の枝を二本拾った。
「寸止めでいい。どちらかがまいったといってもそこで終了だ」
セイゲルは木の枝で自分の頭を切ろうとする仕草をする。もう寝たいし、面倒だと思ったけどセイゲルの真剣な顔つきがそれを許さない雰囲気だった。
「少しだけならいいよ」
「おーけい、それじゃあっちでやろうか」
二人が寝ている場所から離れて、ボク達は向き合って構える。
「いつでもいいぜ」
セイゲルは手でボクを挑発する。寸止め、勢い余ったらどうしよう。
そんな事を考えていると、痺れを切らしたのかセイゲルのほうから仕掛けてきた。持っている武器が木の枝とは思えない迫力でボクの胸を突き刺そうとする。
後ろに引いてかわしたボクはセイゲルの持つ木の棒を軽く弾いたと同時に間合いを詰めて、その喉元に棒をつきつけた。
かなり力を抜いたつもりだけど、風圧でセイゲルの喉を潰してしまうところだった。
「ゲホゲホッ……ゲホッ……」
「ご、ごめんなさい」
「ゲホッ……いや、いい。まいった……」
両手をあげて降参するセイゲル。
「あの刀野郎も倒すわけだ」
ぽりぽりと頭をかいたセイゲルは、夜の闇に包まれた崖のほうを眺めたまま話す。
「すごいもんだな、リュア。それだけの実力があれば、大概が思い通りだ。
けど一つだけ忠告させてくれ」
セイゲルは少しだけ間をあけて深呼吸した。
「だからこそ一度、負けたほうがいい。挫折を知らない奴ってのは折れるとなかなか直らない。世界は広い、必ずおまえを超える奴がいるはずだ。旅をしろ、見聞を」
「一度なんてものじゃないよ」
自分でも驚くほど怒気がこもっていた。それだけにセイゲルの無神経な発言が許せなかった。そして素早く振り向いたセイゲル。ボクを見る目に怯えが宿っているような気がした。
「奈落の洞窟の洞窟ウサギにすら勝てなくて何度も泣いた。それに勝てたと思ったら今度はコウモリに負けた。負けて負けて負けてようやく勝って自信がついたと思ったら今度は大きなクモに糸でグルグル巻きにされた。
なんとか逃げ出した。それよりも遥かに大きい首が4つもある犬からも逃げた。負けた回数なんて覚えてない。
悔しくて何度も泣いたよ。でも慰めてくれる人なんかいない。ボクはずっと一人で戦って負け続けてきたんだよ。
だからこそもう負けたくない。
負けない力を身に付ける為に勝ち続けてきたんだ。これ以上、ボクに負けろっていうの?」
セイゲルはしばらく何も言わなかった。
何を考えているのか、目線をそらして明後日の方向を見ている。
「すまなかった」
セイゲルは大袈裟に土下座した。
そこまでさせてしまうとは思ってなかった。
「軽率な発言、許してくれ。
おまえを認めたからこその発言だったんだ。
今後、その誇りを傷つけるようなマネはしない」
「い、いやそこまでしなくても……」
「この通りだ」
セイゲルはいつまでも土下座し続けた。
さすがに罪悪感を感じたボクは適当に切り上げて寝床に向かう。
振り向くとセイゲルはまだその姿勢を維持していた。
「あの、もう許したから」
「ホントか?」
顔をあげて二度目の確認の後、セイゲルも就寝する事にしたらしい。
魔物が来てもボクが起きる。
それを信用してくれたようで、セイゲルは信じられないイビキを
かいて気持ちよく眠った。
あまりにうるさくて足でこづいたけど、眠ったまま気持ち悪い笑みを
浮かべただけだった。
そんな中、他の二人はすやすやと寝息を立てている。
このイビキのせいで魔物に居場所を教えてしまったらどうするんだと
心の中で悪態をつきながら、ボクも無理矢理寝た。
///
「ロエル、これ食べる?」
「食べる食べる、ぽりぽり」
さっきから動物に餌を与えるのを楽しんでいるかのようなシンシア。
何でも吸い込んでいくから、面白いのかもしれない。
今ではシンシアの手持ちのお菓子を半分近く消化している。
「はい、あーん」
「もちゃもちゃ」
「オレにもあーんしてぇー」
「それより前見ろ」
こんなやり取りがずっと続いている。たまに魔物が現れるものの、どれも大した事のないのでボクはたまにウトウトと眠りそうになる。
【ゲッコウモンキー が現れた! HP 73】
【ツイバミ鳥 が現れた! HP49】
【スラッシュキャット が現れた! HP42】
ツイバミ鳥は空に逃げていくので、ファイアロッドの炎を当てられないロエルが癇癪をおこしたように杖をブンブン振り回していた。
ボクが跳躍して倒してあげても、頬をふくらませている。残り二匹はセイゲルが張り切って技まで使って倒したけど馬車に集中しろとシンシアに怒られた。
「リュアちん、強すぎだねっ」
「そう……? むぎゅっ」
活躍するたびにこうやって抱きつかれるボク。それを見たロエルが対抗して負けじとボクを力強く抱きしめた。
「ヒールしたからね。これで平気だね」
特に怪我もしていないのにヒールを無駄に使うロエル。
鳥を横取りされて活躍の場を奪われたのが原因かもしれない。
ファイアロッド一つでこうも変わってしまうのか。
「今日は渓谷の中間地点、キゼルの宿で一泊だな」
「そうそう! この渓谷の存在価値っていったら
そのくらいだもの!」
「キゼルの宿ってなんですか? こんなところに宿なんかあるんですか?」
「あるんだな、これが。温泉もあるんだぜ。引退したAランクの上位が経営しているからフロアモンスターもろとも近寄らせないほどの安心感!」
「冒険者をやっていたのにそんな人いるんだ……ボクは冒険者のほうが楽しいからやめられないな」
ボクはまだ冒険者以外の楽しい事を知らないしやれる事もないから、その気持ちはわからなかった。でもロエルが一緒に宿をやろうっていったらちょっと迷う。ちょっとどころか結構迷う。
「それなりにいるんだぜ。キゼルの宿に限らず、危険地帯の中間地点で店を構えてる奴。もちろん、暴利を吹っかけてるのもいるけどな」
「冒険者七不思議の一つ、魔物がなぜか町を襲う事はほとんどないって聞いたけど、案外そういう理由があるのかもねーリュアちん?」
シンシアが何か納得した様子だった。ボクに振られても、まだ知らないことだらけだし困る。魔物が町を襲う事はほとんどない。それなら、なぜボクの村は滅ぼされたんだろうか。思い出すたびにふつふつと怒りが湧き上がる。
「王都への道のりって険しいんだね……他の人も大変な思いしてそう」
ロエルが察したのか、話題を変えた。
「フロアモンスターを除けば、Cランクの冒険者パーティでもそう危険はないからな。要領のいい奴は一人で越えちまうほどさ」
ガンテツはともかく、トルッポはどうやって越えたんだろう。
トルッポを悪くいうわけじゃないけどニ、三匹相手はさすがに彼女でも分が悪いはず。
「ここの魔物は眠りが効くんだ。それ以外にも有効な手立てはいくらでもあるしな」
セイゲルの解説で納得した。
ボクはその辺の魔法が一切使えないから盲点だった。
「ただし、フロアモンスターの大猿だけはやばい。Cランクの冒険者パーティが、もしこいつに出くわしたら全速力で逃げるしかない。
それにも関わらず、無謀にも挑んで命を落とす輩のなんと多いことか」
セイゲルの声のトーンが一瞬だけ低くなり、それが命を落とした
冒険者の多さを物語っていた。
「そーそー、私達か弱い市民がこういうところを抜けるには
冒険者様に頼るしかないのよね」
「そうなるとオレは白馬の王子様ってところか。
あいにく馬は茶色だけどな」
「前見ろ」
「はい」
振り向いて白い歯を見せて笑ったセイゲルに容赦のない仕打ちをあびせるシンシア。
シンシアはボク達には優しいのにセイゲルにはなぜか厳しい。
///
一日ほど馬車を走らせると、変わり映えのしない風景に一つの看板が加わった。
「お、ようやく着いたか。キゼルの宿」
看板の横には石で舗装された道が続いている。
馬車でも通れるスペースを抜けた先には木造りで大きめな三角屋根の建物があった。
宿の横には馬車を止める場所があって、すでに何台か置いてあった。先に来ている人達がいるようだ。
「やーっと着いたね! ここの料理はおいしいんだ!
例えばツイバミ鳥のテリヤキソースかけ!
あぁもう、今から涎がでてきた」
ツイバミ鳥ってもしかして、来るまでに倒したあの魔物だろうか。
あまりおいしそうには見えなかったけどシンシアの本当に垂れている涎をみるときっとおいしいんだろう。
「さぁ疲れたろ。チェックインはオレが済ませるから君らは存分に温泉に浸かってきなさい」
「はーい!」
シンシアに続いてロエルまで遠慮なしに宿の奥へ走っていった。
「元気だねぇ。若い頃を思い出すよ」
「うらやましいなら今からでも現役復帰するかい? オーナー」
壮年のオーナーからはとても歴戦の風格は感じられなかった。
コウゾウと同じく、現役から随分と立っているのかもしれない。
「いやいや、ここの魔物を追い払うだけで十分だよ。それも今や滅多に近づかなくなって寂しくなったけどね」
「さすがは"火力砲台ブルーム"。その強弓はご健在か」
「若い連中でも、その名を知っているのはおまえさんくらいかもしれん。
現に今、宿泊している冒険者はだーれも私の事を知らなかったよ」
「悲しいねぇ。無知は無実、無学は罪。偉大な先人を知るのも立派な冒険者への一歩だってのにな」
「そちらのお嬢ちゃんも冒険者かい? でもあんたにしちゃ、随分と幼いエスコート相手だね」
ボクを見て静かに笑うブルーム。この人は今でも強いのか、火力砲台って一体どんなのだろう。
「オレは熟れる前の果実には絶対手を出さない」
「はいはい、それじゃあんた以外の3人はこっちの部屋でいいね」
「ああ、同じ部屋にしようものなら命が危うい。っと、リュア。こんなところにいないでおまえも温泉に入ったらどうだ?」
ボーッとしてそのやりとりを見ていたけど、確かにここにいてもしょうがない。ボクは二人を追いかけて温泉に向かった。
「あ、部屋は013号室な!」
うっかりしていたボク、いやボク達にセイゲルの心遣いは助かる。
通り道の休憩所で何人かの冒険者がくつろいでいた。楽しそうに談笑しているその人達は冒険者カードを見せ合っていた。
少しだけ止まってボクはその様子を眺めていた。
不審に思われたのか、冒険者の一人がボクを訝しげに見ている。何か言われないうちにボクはそそくさと退散する事にした。
///
「はぁ~、極楽……」
「外にあるお風呂ってなんか新鮮かも」
「ボクはロエルの部屋で初めて外以外のお風呂に入ったよ」
岩に囲まれた湯船、そこから見える絶景。
渓谷と山々が連なり、大自然全体をここまで見渡したのは初めてだった。
立ちのぼる湯気が外気と重なって、独特の雰囲気をかもし出している。
「リュアちんはロエルちんと二人で暮らしてるのー?」
「うん、ボク家がないから」
「そーなんだー、なーんかあやしー」
いたずらっぽく笑うシンシア、何が怪しいんだろう。
そんなシンシアがボクとロエルを交互に見比べている。
「ロエルちんの発育は上々、一方リュアちんはお胸にいく栄養がすべて戦闘力に還元されちゃったか」
「ど、どういう事ですか?」
「こいつよ、こいつ」
シンシアがロエルの胸を指でつつく。
「ひゃっ!」
「おー、いい反応ですなぁ」
ロエルが両手で胸を抑える。長湯のせいかもしれないけど、その顔は赤かった。
「胸が大きいと何かいい事あるの? 戦いの時、邪魔そう」
「あ、うん。リュアちんはそのままでいい。いてください」
二人とも、ボクよりは確かに大きい。
でも、うらやましいとも思えない。なぜシンシアがそこまで胸に拘るのかわからなかった。
「この前は蜂蜜ありがとねー。おかげでロイヤルゼリーが飛ぶように売れたよ」
「そうだ、ボクも食べてみたいと思ってたんだ……」
「お菓子じゃないから、その感覚だと買うのやめたほうがいいよ。
一応回復アイテムだし、何より一つ400Gだし」
「よんしゃく?!」
ロエルじゃないけど今度はボクが噛んだ。一つ400Gといえばアイアンソードよりも高い。それほどの効果があるのか。
「一つ食べるだけで体力と魔力がみなぎるんだよね。
私も食べてみたいけど、さすがに高すぎるかなぁ」
「二人なら、一つずつタダであげてもいいよ。
もちろん王都についてからだけど」
「ホント? がんばろう」
「おいおいおいおい、そうでなくてもがんばれよー。護衛依頼の報酬は別にあるんだからさ」
指でお湯をはじくようにしてかけてくるシンシア。
さすがにのぼせてきたから、そろそろ上がろうとおもった矢先。
【ゲッコウモンキー が現れた! HP 73】
「げーーー?! こいつ、のぞきだ、ノゾキ!
二人とも殺せ! 殺すのだ!」
「で、で、でもファイアロッドは置いてきちゃった……」
「裸で戦えー!」
「うん!」
「ダメー! はしたない!」
岩に立つ猿にボクが勇んで向かおうとした時、ロエルに腕を引っ張られた。
「なんで?!」
「リュアちゃん、女の子なんだよ!」
「もう! わかったよ! プラズマショット!」
【リュア は プラズマショット を唱えた!
ゲッコウモンキーに 123742 のダメージを与えた!
ゲッコウモンキー を倒した! HP 0/73】
電撃の弾に飲まれて弾けた後、猿は塵も残らなかった。
「リュアちん、魔法も使えたんだ……にしてもCランクの強さじゃないよね、こりゃ」
「ロエル、邪魔しないでほしかったよ」
「少しは恥ずかしがってよ……もぅ」
ロエルは呑気な事をいってるな、奈落の洞窟ではこんなの日常茶飯事だったし、そんな事いってたら殺されちゃうのに。
///
「フ、フロアモンスターに襲われて……仲間が!」
疲れを癒そうと温泉へ足を運ぼうとしたセイゲルだがその不吉な一報にも彼は眉一つ動かさずにいた。
手負いの冒険者が宿に駆け込むとブルームが迅速に応急処置を施す。
そして宿泊客のプリーストが彼の傷を癒したところでようやく話が出来る状態になった。
「落ち着け、オレが向かう」
「もしかしてドラゴンハンターのセイゲルさん?!
こんなところで会えるなんて……」
ギャラリーの宿泊客の驚きにも一切反応せず、余計な問答を避けてセイゲルは宿を飛び出した。
「どうしよう……仲間が……仲間が殺されちまう……
なぁ、助けてくれよ! 頼むよ!」
「セイゲルがなんとかしてくれる。Aランク上位に名を連ねるあいつの実力はわかってるだろう?
パーティを組まなくてもフロアモンスターを倒せるほどの実力者……それがAランク上位の連中だ」
なんとか一命は取り留めたものの、怯えのせいか体を震わせている冒険者を落ち着かせるブルーム。
それでも冒険者の歯の根はかみ合わなかった。
魔物図鑑
【ツイバミ鳥 HP 49】
キゼル渓谷のハイエナ鳥。
本来は人を襲う事はあまりなかったが最近では
肉の味を覚えたらしく、渓谷を通るものに襲いかかる。
そのクチバシは人間の肉ごとむしりとるほど強力。
【スラッシュキャット HP 42】
捨てられた猫が過酷な環境で生きようとして
月日をかけて進化した姿。
通常の猫よりも一回り大きく、その爪は安物の鎧なら
えぐってしまうほど。




