第26話 三姉妹の事情 終了
「さてと」
折られた腕を押さえて脂汗を流してるガメッツ。
殺すわけにはいかないし、どうしようかと考えていると
ガメッツがボクを見上げた。
「ちょ、ちょ、調子に乗るなぁ!」
【ガメッツ は ゴールドシャワー を放った!】
無数の金貨をガメッツはボク目がけて放った。
至近距離で少し驚いたけど、すべて片手で振り払った。
「ぐぅ! お、おのれぇ!」
【ガメッツ Lv:21 クラス:商人 ランク:なし】
「戦闘に不向きと言われた商人だが、立ち回り次第では」
うるさいのでボクはそのまま頭を軽く殴打した。
危うく首を吹き飛ばすところで焦ったけど、ガメッツはなんとか
昏倒してくれた。
今の様子からして、少しは鍛えていたのだろう。
本当に危なかった。
「リュアさん……助けにきてくれたんですか?」
「うん、さぁ帰ろう」
「何から何まで……どれだけ感謝すればいいのか」
「ボクは三人に幸せになってほしいんだ。
もう誰かが死ぬところなんて見たくない」
アイはボクに抱きついた。
よほど怖かったのかアイはいつまでも号泣して
感謝の言葉を何度も繰り返した。
その後ろでゆらりと立ち上がる男。
振り向くとザンギリは頭から血を流しつつ
武器を握り締めていた。
「まだやるの?」
「オレを倒したければ四肢をもいで首をはね飛ばすのだな」
「そんな体で戦ったら死んじゃうよ」
「元よりそうだ」
その言葉と共に、ボクはさっきの感触を思い出した。
床に叩きつけた時の感触。
以前これに似た事があった。
「おじさん、死んでるの?」
「ほう、なぜわかった?」
嫌な予感は当たった。幽霊屋敷で戦った時と同じだ。
この人はすでに死んでいて、いうなれば怨霊だ。
「七十年前に死んだんだよね」
「剣豪ザンギリ……いや、人斬りザンギリのほうが有名か。
なに、ただの未練だ。
生前はオレよりも強い奴に出会えなかった。
しかし、今は貴様がいる」
「そんな事の為に……」
「そんな事、か。貴様ならわかると思ったんだがな」
「おまえと一緒にしないでよ」
「弧空終月……」
全方位を囲むようにして現れた真空の刃は間髪入れず
ボクを切り刻もうとする。
こんな刃もついていないのと同じようなものに囲まれたところで
ボクにとっては何の脅威にもならない。
ボクはくるりと回転した風圧ですべてかき消した。
「散り桜」
えぐりこむようにボクの中心を狙った刀を指で押さえて折った。
しかし、折られた部分から少しずつ刀身が実体化する。
怨霊故になんでもありなのか、さすがにどうしようかと頭を抱えた。
「言ったはずだ、オレを再び殺せと」
「なんでそんなに強い相手に拘るのさ」
「オレの人生は殺しから始まった。両親を目の前で殺されたオレが
生きるには殺して奪うしかなかった。殺して殺して殺して殺して
強くなり、また殺して最後には仇もうった。
だが目的を果たしたはずがオレは満たされなかった。
そう、気がつけば殺し合いが生きがいになっていたのだ」
ザンギリは静かに語った。
ゆらめく体がいつの間にか止まっている。
「何十年戦い続けただろうか。
いつだったか、疲弊したところをオレは不意打ちで殺された」
ボクは何も言わず、ただザンギリの言葉に耳を傾けるしかなかった。
ザンギリの話が面白かったからじゃない。
どこか、聞き逃せない話だったからだ。
こいつも両親を殺された、そのフレーズが少しひっかかった。
「そして蘇った。不意打ちなんぞでオレを殺した奴を殺した。
オレは死に切れん。オレが死ぬ時はオレより強い奴に殺される時だ」
言い終えてザンギリは再び武器を構える。
「だがいくら現世を彷徨ってもそんな奴は見つからなかった。
もはや諦めてそこに転がってる爺の用心棒にまで成り下がった……
小娘、いや……名を聞いておきたい」
「リュア」
「リュア……おまえがその一太刀をオレに浴びせるだけでいい。
オレを殺してみせろ」
「それでおじさんはいなくなるの?」
「逝くに相応しければな」
「……わかったよ」
ボクは剣を抜いた。
ザンギリもそれに応じる。
ボクは思いっきり踏み込んだ。
さっきと同じようにまったく反応できないザンギリ。
ボクは力いっぱい、その死人の体を斬る。
刀を持つ手ごと、斜めに胴体が綺麗に切れた。
「そ、それだけの……力を……おまえは……
果たして……持て余さず……に……いられ……る……か」
斬った体が床に落ちる前に淡く光り、段々と消えていく。
「……ボクは平気だよ」
「ど……う……か……な」
それを最期にザンギリは完全に消えてなくなった。
「ボクは……」
ビーズフォレストでの後悔。
一瞬でも力を追い求めようとした自分があの時、確かにそこにいた。
もしかしたらあの瞬間だけでも、ボクとザンギリは同じだったかも
しれない。
いや、十年前に敵を討つ力をつける為に奈落の洞窟を攻略した時から
ずっと同じだったか。
そうだったっけ?
片翼の悪魔を倒すために?
また記憶が曖昧だ。
「リュアさん……ご無事ですか?」
一部始終を見守っていたアイが恐る恐る聞いてきた。
「さ、帰ろう」
ボクが伸ばした手をアイは少し間をあけてとった。
それがボクに対する恐れなのかはわからない。
とにかく、アイを早くあの二人の元に連れて帰ろう。
一刻も早く三人が笑顔になるために。
と、その前に気絶しているガメッツを縛り上げて
王国警備隊に預けよう。
後の事はよくわからないし、その人達に任せる事にした。
///
「お姉ちゃん!」
三人は抱き合って歓喜した。
ロエルは待っている間、ずっと二人を励ましていたようだ。
「お姉ちゃんのバカ!
私達二人だけ生きててもしょうがないじゃない!」
「……もういっちゃやだ」
「二人ともごめんね。
でも、ああするしかなかったの」
その光景が美しく、眩しかった。
十年前は逃げるしかなかった自分が今は人を救えた。
ザンギリの言う通り、力を追い求めると破滅が待ってるかもしれない。
それでも、今はその力に助けられた。
「やっぱりリュアちゃんは強いんだねぇ」
力を手に入れたザンギリに信頼できる人は
この世に一人もいなかっただろう。そして力に飲まれた。
「一度失ったけどボクは一人じゃないから」
「なに?」
「なんでもない」
あえてそっぽを向いたボクは再び喜びを分かち合う三人を見た。
三人はくしゃくしゃになって喜んでいる。
ボクの視線に気づいたアイは改めて深く頭を下げる。
「リュアさんにはいくら感謝しても足りません。
私に出来る事は少ないですが、もしリュアさんがいつか
お困りになられましたらその時は必ず力になります!」
「私も私も!」
マイもはしゃぎ、ミィも無言でこくりと頷く。
しかし、ボクには気になる事があった。
「三人はこれからも冒険者を続けるの?」
「はい。リュアさん達のおかげでなんとかコツを掴みましたので。
あ、もうご心配はかけません」
フフ、と笑ったアイからはかつての絶望は感じられなかった。
少し心配だけど、レベルも一気に上がったみたいだしなんとか
なるだろう。
「何かあったらまたボク達が力になるよ。
だからあんまり無理をしないでね」
「とーんでもない! リュアさん達にはお世話になりっぱなしなのに
この期に及んでまだ手を貸してもらうなんて!
こちとら弓の腕が格段に上がったからもう大丈夫!」
「レベルが上がってもそういうのは変わらないんだって。
確かオードさんが……」
「オードがセイゲルさんに聞いたんだっけ。
あ、そういえばまだ意識が戻らないのかな」
「帰りに見にいこっか」
三人に別れを告げ、ボク達はヒールセンターを目指した。
「二人とも、久しぶりにお父さんとお母さんの墓参りに
いきましょう」
帰り際、後ろからアイの優しい声が聴こえた。
アイは二人に真実を話すのだろうか。
いや、なんとなくだけどアイなら話さない。
すぐにそう思った。
///
最初に来たときと同じで管と包帯まみれのまま
セイゲルは目を閉じていた。
「やっぱり戻ってないね……」
「ねぇ、ロエル。この人にヒールをかけちゃダメなの?」
「もう何人もやったと思う。ここのセンター長は有名な
ハイプリーストだし、その人でも手に負えないなら私なんか……」
「ダメ元でやってみるだけでも」
「うん、それじゃ……」
ロエルはセイゲルにいつもより優しくヒールをかけた。
しかしセイゲルの目は閉じたままで、変化はなかった。
「やっぱりダメ」
そう諦めかけたとき、セイゲルの指がかすかに動いた。
「あ、あれ? 今、動かなかった?」
「えっ? そんなはずは……」
「もう一度、ヒールやってみて」
ロエルは再びセイゲルにヒールをかけた。
今度はまぶたがわずかに動いた。
「……ぁ」
唇がほんの少しだけ動いた。
喉の奥から振り絞ったかすかな声が漏れる。
「セイゲルさん?」
「……だ」
「もしかして意識が戻ったんですか?!」
「……こだ。ここは……」
目を閉じたまま、セイゲルの口だけが動いた。
信じられない事にセイゲルはロエルのヒールで息を
吹き返した。
やがてセイゲルのまぶたが開かれ、眩しそうに天上を
見つめる。
「……オレは生きてるのか?」
「はい!」
「そうか……」
「あの、今スタッフを呼んできますね」
「いや、いい……それより、話を聞いてくれ。
ガメッツ商会の事だ」
「ボクがなんとかした」
セイゲルはわずかの間、言葉を失った。
初めて会った時みたいにおちゃらけた調子で
くるかと思ったけど、そんな元気もないようだ。
ボクが一部始終話している間、セイゲルは一つも
質問しなかった。
「それが本当なら、オレはお役ご免だな。ハハッ……」
「そ、そんな事ないですよ」
「冗談だ。でもあの刀野郎には手も足も出なかった。
なぁリュア、その強さのルーツはなんだよ?」
「るーつ?」
「なんでそんなに強いのかって事」
「それは奈落の洞窟で戦ったから……」
言いかけたところで後悔した。どうせ信じてもらえないのに
言ったところで無駄だと思ったから。
「奈落の洞窟……?」
「やっぱり信じてくれないよね」
「いや、どこかで聞いたような」
白い歯を見せて笑ったセイゲルはどうでもいいと言わんばかりに
話題を変えた。
「王国警備隊に引渡したんなら、ガメッツはもう終わりだろう。
商会の建物も徹底的に調べ上げられて悪行の証拠を押収されて
二度としゃばには復帰できん」
「これで誰も泣かされなくてすむんですね」
「あぁ、あの家族にも笑顔が戻るだろう……
すまない事をしたな、あの人達には。なーんにも力になって
やれなかった」
「あ! 起きてる?!」
病室の入り口に男の子が立っていた。
その後ろには両親もいる。
「おじさん! よくなったんだね!」
「いや、はは……まだまだ療養が必要だけどな」
「セイゲルさん、私達の為にこんなにひどい怪我を……」
「礼ならそっちのボーイッシュ娘にいってやってくれ。
オレは情けない事に返り討ちにあったからな」
セイゲルが両親に細かく説明すると、三人の家族は納得したようで
口々にお礼をいった。それでも男の子だけはセイゲルが
気に入ったようでべったりだ。
意識が回復してお喋りしているセイゲルを見たセンタースタッフが
足早にかけつけてくる。
「セ、セイゲルさん?」
「おう、どうやら助かったみたいです」
ハハハと必要以上に大声で笑うセイゲル。
やがて他のスタッフも集まってきたようで、しばらく大騒ぎだった。
あれだこれだと議論になりかけたけど、セイゲルが持ち前の
丈夫さをアピールして事は収まった。
奈落の洞窟。
ボクがここで戦ってきたのは事実なのにセイゲルでさえ
知らなかった。
何故だろう。
あそこのデンジャーレベルは?
ボク自身のレベルは?
セイゲルがいった、ボクの強さのルーツというものが
ひっかかって、一気にいろんな事が気になり始めた。
///
暗い石造りの地下。
ろうそく一本を灯し、静かに座る者がいた。
腐りかけた木のテーブルにはドクロが置かれており
それを大事そうに撫で回す黒いローブの人物。
「あー、昇天しちゃった」
誰もいない地下室でぼやいた。
そのローブの中には白い肌に黒い象形文字のような
ペイントが施された、幼さの残る顔があった。
「アズマの人斬りザンギリ。
せっかく、蘇らせてやったのに結局こいつ何も
してないでやんの」
「だったら、手元において手下にしたらどうなんだ?」
誰もいないはずの地下室にキャップを被った中年の男が
いつの間にか壁によりかかっていた。
「ノックくらいしろよ」
「この前、それをやってノックが返ってきたから入ったら
中に誰もいなくてね」
「びびってんの?」
黒いローブの少年がキャップの男をからかう。
それに答えるかのように男は手の平から大コブラを出現させた。
「おう、超びびったさ」
「だったら、来るなよ。それより何か用なの?」
「少しはびびれよ」
男は手を握り、コブラを消した。
「いや、なに。例の祭りの襲撃に向けて準備は
出来てるのかなってね」
「そんな下らない用なら帰れよ。
こっちは気が立っているんだ。なかなか良質な手駒がいなくてね。
祭りをやるからには派手にいきたいのに……」
「この前、屋敷で首を吊って死んでいた女がいたとか
いってなかったか? そいつでいいだろ」
「いつの間にか消されてたよ。エクソシストか何かは知らないけど
意外と厄介な奴がそこら中にいるもんだ」
「奇遇だな。オレもつい最近、こいつをけしかけたら
瞬殺されてな」
男はまた手の平から大コブラを出してみせた。
「そんなザコなら当たり前だよ」
「いや、マジでびびったぜ。あんなダンジョンうろつくような
奴らだからいけると思ったんだけどな」
「ていうかそんなところで遊ぶなよ」
「邪魔になりそうな奴ら、特に冒険者は消す。そうだろ?
ただし水面下でな。あのお方の言いつけだろう」
「消すならもっと強い魔物でやれよ……あぁ、疲れた。
おまえと漫才してる暇はないんだ。さっさと出ていけよ」
「あんまり懲りすぎて祭りに出遅れるなよ」
キャップの男は軽快に地下室のドアを開けて出ていった。
「フン、うるさい奴……
野蛮なビーストマスターごときじゃ到底マネできない
芸当を見せてやるよ。祭りでね」
少年は笑みを浮かべて再びドクロを撫で回した。
「そう、死だよ」
少年は恍惚とした表情で地下の天上に広がるシミを見つめる。
「はぁぁ……いいなぁ……死人はいいなぁ……
死こそが究極の美だよ、到達点だよぉ……
どこかにかわいい娘がのたれ死んでないかなぁ?
ムフッ……ムヒヒッ……」
少年はドクロを抱きこむようにして、いつまでもそれを
撫で続けた。




