第25話 三姉妹の事情 その6
「さて、約束の日ですがノルマのほうは支払っていただけますかな」
ガメッツがいかつい男達を引き連れて三姉妹の家を訪問していた。
その横にはザンギリが虚空を見つめるように立っている。
「はい」
「ふむふむ、それでは確認します……どれどれ。
おやおや? アイさん、残念ですが足りませんねぇ」
「そ、そんな!? もう一度確認して下さい!
利子も含めてきちんと5000Gあるはずです!」
「いやいや、5000Gでは足りませんよ」
「ですがガメッツさんご自身、月のノルマは5000Gとおっしゃっていましたよね?」
ガメッツはわざとらしく溜息をついた後、三姉妹をこれでもかといわんばかりに睨みつけた。
「これまでに期日に払いきれなかった分、それは私に貸しを作ったという事です。つまり差額が借金に上乗せされているのですよ。そして利子は5%、あとはわかるでしょう」
「でもガメッツさんご自身が期日を伸ばすと……それに契約書にはそのような事は一言も書かれていません。何よりなぜ今になってそれを?」
「そうよ、そんなのありえないわよ!」
マイがいきり立つが、それに応じていかつい男達も臨戦態勢に入る。薄ら笑いをうかべるその男達が何を考えているか、マイは直感してしまう。
鳥肌を立ててマイは下がった。
「そんな事、言わなくても常識でわかることでしょう?」
「納得いきません。それならば契約書にそう記しておくのが道理です」
「ノルマ、利子。すべて書かれていましたよ?
それを誤認されて勝手な解釈をしたのはそちらです。さ、払っていただきますよ。今月のノルマ、23250G」
「そんなの詐欺よ!」
「こちらのセリフです。2年前、あなた方のご両親がきちんと私達を護衛してくだされば、かわいい部下が死なずにすんだものを。
腕利きをうたっておきながらひどいものです」
「う……」
二人は押し黙った。ガメッツへの借金、そしてそれを返済する為にガメッツの護衛依頼を引き受けていた両親。
二重の責務が重くのしかかり、今日に至る。
「これまでは多めに見てましたが、さすがにもう待てませんねぇ。
三人には体で支払っていただきましょう。
……おい!」
男達に顎で指図したガメッツ。威勢のいい返事と共に男達は三人を取り押さえにかかる。
「ひっ……!」
屈強な男達に抗うが、押さえつけられるミィ。
マイも同様にはかいじめにされて連れて行かれようとしていた。
「私一人が何でもします! ですから妹二人には手を出さないで下さい! お願いします!」
「なんでも……?」
ガメッツは土下座したアイをいかがわしい目つきで見た。
///
「そういえば今日がノルマの日だったね」
「ボク達、力になれたかな」
ボク達の部屋からそう遠い距離にない三人の家。
あれからボク達は毎朝三人の家にいってから冒険者ギルドへ足を運ぶ。
5日前からだけど、すっかり日課となっていた。
家の前に泣きじゃくるマイとミィがいた。
一目で何があったのか、大体想像がつく。
「マイちゃん、ミィちゃん! ねぇ、どうしたの?」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……私達の代わりに……」
「アイがどうかしたの?!」
アイだけがいない事にもすぐに気づいた。
そしてこの状況、理由はわからないけどガメッツ商会だろう。
理由をなんとか聞き出してボクは煮えくり返った。
「なにそれ……話が違うよ」
ボクの中でふつふつと何かが沸き上がる。
「もういや……私達が何をしたっていうのよ……おねえちゃん……おねえちゃん……」
石畳に涙が落ちた。石畳に抗えず、乾いていく様は力が及ばず姉を連れ去られてしまった妹そのもののようだった。
「ひどすぎるよ、いくらなんでもあんまりだよッ……!」
ロエルが歯を食いしばる。
杖を握り締めるその手からは、いかにも血が流れそうだった。
「ボクがなんとかする。だから二人とも、安心して」
ボクはマイの手を握り、堅く誓う。
「リュア……さん、お姉ちゃんを助けて……」
マイの長い髪が振り乱れて顔にまでかかり涙でぐしゃぐしゃだった。
借りたお金を返す。そう、初めからルールなんてなかった。ガメッツはただこの三人を追い詰めたかっただけなんだ。
あの筆髭は最初からこうするつもりだったんだ。
「リュアちゃん、早まらないで……」
「ロエルはここにいて」
「待ってよ、お願いだから」
「ここにいて」
二度目でロエルは黙った。自分でも驚くほど冷たかった。セイゲルもこんな気持ちだったんだろう。そして返り討ちにあった。さぞかし無念だっただろうに。あの筆髭、いやザンギリ。
あの男はそれほど強い。けどそんなのどうでもいい。
///
「フッフッフ……そう悲観したものではありませんよ、アイさん。ここにいれば私が何でも与えてあげるのだから」
ガメッツの自室兼、事務室。獣の毛皮の絨毯、横長の机の上にはガラスのドクロや多数のペンなどが刺さり、すぐ横には羽毛たっぷりの布団が敷かれたキングサイズのベッドが置かれている。
アイはその中央に座らされて、終始うつむいていた。
「人買いに売り飛ばされるとでも? いえいえ、誰がそんなもったいないマネをするものですか」
あなたのようなかわいい娘を、と付け加えてガメッツは蛇のような目つきでアイを捉えた。
びくりと体を震わせてアイは後ずさる。
ガメッツは四つんばいになってアイを追いつめる。
「あの、それだけは……」
「何でもするといったでしょう?
それともその場しのぎのウソだったんですか?
ならば仕方ありませんねぇ……。
今から部下に指示して残り二人も連れてきましょうか」
「やめて下さい! やめて……」
「ならば、言う事を聞きなさい」
ガメッツは再びアイに迫る。
肩に手をかけられたアイは反射的に体を逸らした。
「おとなしくなさい。次にそのような反応をすれば……わかりますね?」
「お父さん……お母さん……」
「両親はとっくに死んだでしょう、私が殺したんだから」
「……え?」
しまった、といわんばかりにガメッツは口に手を当てた。
しかし大した失敗ではないと開き直ったのか、ガメッツは再び饒舌に語り始めた。
「今、なんて……?」
「あぁーもう! 私とした事が……まぁいいでしょう。あなたの両親はね、私を必死に守りましたよ。
でもね、こう考えたんです。ここで私の部下二人があの二人のせいで死んだ事にすればあなた達、娘や両親は一生十字架を背負ってくれる。そうなれば一生の奴隷が手に入る、とね」
「……ウソ」
「いいえ、本当です。私は身を切る思いで部下二人を
魔物の真っ只中に蹴り出しましたよ。
しかし、そこからは事故でした。
部下二人に狙いを定めた魔物の前にまずはあなたの母親が立ちはだかったのです。後はわかるでしょう。
母親は致命傷を負い、そのショックで動きが止まった父親も魔物の餌食となった。いやいや、さすがに想定外でしたよ。
あぁ、私はどうなったかって?
こうみえても、鍛えてますからね。自分で戦うのが面倒だから適当に護衛を雇っていたに過ぎません。
何せ仕事柄、物騒な連中が後を立ちませんからね。
用心に越した事はありませんでしょ? あの、聞いてますか?」
アイは言葉を失っていた。かすかに頬をつたっていた涙が今ではその倍以上だった。
「悪魔……じゃあ、私達は初めから……」
「あなた達かわいい娘が一生の性ど……おっと、奴隷になるのなら安いものですよ。あなたもいいですが、下の二人もかわいいですねぇ。
特に末っ子のミィちゃんでしたか。
私でなくても愛好家は多いのですよ。ヒッヒッヒッ!」
「人でなしッ……!」
アイは怒りと屈辱と悲しみでどうしていいかわからなくなっていた。
殺してやりたい衝動ですら、無力という言葉でかき消された。
「あなたも、もちろん上質ですよ。成人前の魅力というのも
なかなかいいものです。その豊かな胸、ぜひこの手で……ヒヒッ!」
「た、助けて…助けてぇッ!」
ドアを蹴破る衝撃音が響いた。
しかし、ガメッツが振り向いた時にはそこにドアはない。
木っ端微塵になったドアはこの部屋の主の末路を想定しているようだった。
///
男の首根っこを掴みながら、ボクはベッドの上にいるガメッツとアイを見た。ここにきた時は威勢のよかった柄の悪い男も今は手元で呻いている。
「ガ、ガメッツさん……逃げ……」
言い終える前にボクはその男を廊下に放り出した。
ぐぇ、という情けない声を最後に男は気絶したようだ。
ガメッツはさして驚く様子もなく、何かを納得した様子でボクを見ながら頷いていた。
「あなたは確か、一度お会いしましたねぇ。
五日前にアイさん達の家を訪れた時に見た記憶があります。
なるほど、その歳でそれほどの腕をお持ちでしたか」
「アイさんから離れてよ」
「ふぅん、少しガサツな印象を見受けますがこれはこれで……」
ガメッツは得意の品定めをするような目つきでボクを上から下まで見る。
気持ち悪い、そうとしかいいようがなかった。
「アイさん、こっちに」
ガメッツを無視してボクは彼女の手を引いた。今の今までドアの前にいた人間が自分の隣にいる事にさすがのガメッツも驚きを隠せなかった。
「ザ、サンギリ!」
部屋の隅に立っていたザンギリは呼ばれてようやく動きを見せた。
しかしこの男は終始ボクを見ていた。
部屋に入ったときからこの男から感じる視線。
好奇とも取れる嫌な視線だった。
「一つ提案がある。その娘とは外で戦いたい。
また大事な仕事場を破壊されたくなかろう」
「す、好きにしなさい。さぁアイさん、あなたはこっち」
そこまで言いかけたガメッツの腕をボクはへし折った。
「あがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「アイさんの安全を確保させてよ」
絶叫するガメッツを無視してボクは要求をつきつけた。
いや、要求ではなく命令だ。
こんな悪党に一歩も譲歩する気なんかまったくない。
「ザ、ザ、ザンギリ! 何をしている!
早く、早くこの小娘を殺せ!」
「その娘は外に出る気などなさそうだ。
そうなるとここが戦場になるが」
「もうなんでもいい! 殺せぇぇぇぇ!」
「弧月斬」
その命令の瞬間、ザンギリは真空の刃を放った。
刃が回転しながら的確に急所に向かってくる。
すぐにわかった。こいつは大して強くない。
仮にこいつが奈落の洞窟で戦えばあの首が4つもある巨大な犬にすら殺されるだろう。
それどころか、低層のフロアモンスターだった巨大グモすら危うい。
一応、ボクはそれをかわした。当たってもどうという事はないけど、服が破れたらまたお金がかかる。一瞬で接近したボクにザンギリはまったく反応できなかった。
そしてザンギリの頭を掴んで床に叩きつける。
フローリングの床が破壊され、ザンギリの頭からは大量の血が吹き出た。
「が……はッ……」
殺すつもりはないけど、しばらく寝ててほしい。
用があるのはこいつじゃないから。
そしてボクは恐れおののくガメッツのところへ悠々と歩いた。
次でこのシリーズは終了です。
その次からはクイーミルから舞台が移ります。




