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第23話 三姉妹の事情 その4

「リュアさん、大丈夫でしょうか」


「リュアちゃんならベアーズフォレストだって平気だよ。

 だから安心して待ってて!」


///


ボクは森の中を出来る限りのスピードで駆け巡り、ミィを探す。

大声でその名前を呼ぶけど返事はない。

ビーズフォレストを一通り探し回ったけど見当たらなかった。

となると最悪のパターンとして、隣接するベアーズフォレストに

迷い込んだ可能性が高い。

ベアーズフォレストはビーズフォレストとはうって変わって

森が深くなる。

高い木々に地面から隆起する根、ジャングルのような深い森。

以前、ボクはここを通った事がある。

そう、奈落の洞窟からクイーミルに来る時に駆け抜けた。

その時はここにそんな名前がついているなんて知らなかった。

暗いというより黒いといったほうが近い雰囲気の森。

なぜミィはボク達からはぐれたのか。

なぜ目を離してしまったのだろうか。

悔やんでも悔やみきれない、しかし探すより他はなかった。

根から枝、枝からまた根へと飛び移って探す。


ぐにゃりと何かを踏んだ。

下をみるとその先には長い首があった。

巨大な体が起き上がる。

ハエでも振り払うかのようにその頭部が振るわれた。


【ポイズンサラマンダー が現れた! HP 1520】


こいつがベアーズフォレストからストレンジ平原に

来た時の事を思い出す。


「今度は森で大人しくしててよ」


面倒なのでボクはそのまま振り切った。

ポイズンサラマンダーは木々をなぎ倒しながら凄まじい咆哮を

あげてボクを追ってくる。

なんて執念深い魔物だろう、とここであの時の記憶が

フラッシュバックした。


クイーミルに来る途中の事。

あの時も何か踏んだ記憶がある。

もちろん、その時も面倒だったのでボクはそのまま振り切って

逃げた。

ガンテツが言っていた事を思い出す。

ポイズンサラマンダーは執念深い魔物で一度受けた恨みは

絶対に忘れない。


まさか。

あのポイズンサラマンダーはボクを?

いや、まさか。

確かに振り切ったし、さすがの大トカゲも見失ったはず。

そうなれば、いくらなんでも諦めるだろう。


しばらく固まっていたボクをポイズンサラマンダーが

足を上げて踏み潰してきた。


【ポイズンサラマンダーの攻撃!

 リュアはダメージを受けない!】


足が直撃する前にポイズンサラマンダーの半身を一振りで

消し飛ばしてからまた少し考える。


【ポイズンサラマンダーを倒した! HP 0/1520】


ボクのせいで人が殺された?


いや、違う。

そんなはずはない。

そうだロエルなら信じてくれるはず。

ボク以外の冒険者だって来るはずだ。

そうに違いない。


ふらふらと歩き出したものの、一向にミィは見つからない。

一体どうしてしまったんだろうか。

もしあの子に何かあったら残された二人は……


「ミィちゃーーーーーーーん!」


腹の底から大声を出した。

さっきから声の出しすぎで喉が痛い。


【スティールベア が現れた! HP 831】


「うるさいっ!」


腹が立って片手で殴り飛ばした。

熊の上半身が消し飛んで、残された下半身が前のめりに倒れる。


【スティールベア を倒した! HP 0/831】


こんなの相手にしてる場合じゃない。

もっとペースを上げて森全体を駆け巡らないと。


「いるなら返事して!」


///


気がついたら森の奥深くまで来てしまった。

さっきまでとは雰囲気がまるで違う。

空にまで届きそうな太い木が何本も生えて、森全体が葉で

覆われていてうす暗い。


大好きな姉達は最初、自分が冒険者になるのを反対した。

家で一人でいると物騒な事もあるという事で最終的には

許された。

なぜか生まれつき回復魔法が使えるという事でヒーラーになった。


ミィはすっかり疎外感を感じていた。

自分だけ役に立てない、そしてリュアとロエルの二人に

姉二人はすっかり釘付けでミィは面白くなかった。


大好きな姉達の心があの二人に奪われてしまうのは嫌だ。

ふっと嫌になってあの輪から外れて歩き出してしまった。

そして気がつけばこの森。


恐ろしい魔物が徘徊するこの森、ミィは今更自分の

おかれている状況を理解した。

ベアーズフォレストの魔物に見つかったら命はない。

恐怖がこみあげてきたけど、声も出ない。


【ヘルベアー が現れた! HP 1430】


枝を踏みちぎる音と共に、少女の何十倍もある質量の生き物が

立ちはだかった。涎を口の端から垂らしている様子から

少女を逃がすつもりなどまったくない事がうかがえる。


身動きすら出来なくなった少女にヘルベアーの豪腕が

振り下ろされようとしたその時、魔物の動きが止まった。

ヘルベアーはすぐにその姿勢を解除し、少女とは反対方向の

森の奥へ逃げていった。


助かったと思ったのも束の間、空気を振動させるような

鼻息がミィの後ろから聴こえる。

震えながら振り向くとそこには影が立っていた。

いや、影ではなく黒い体毛が全身を覆っていて

少女から見れば山そのものだった。

その魔物は金色の目を光らせて静かにミィを見た。

ただの魔物でない事はミィにもわかる。

真っ黒なそれを見て逃げたさっきの魔物。

そして周囲から聴こえていた魔物の鳴き声がいつの間にか

やんでいた。


【静かなる森林の暴王 が現れた! HP 5046】


たたずむ黒い暴王は熊の王様というよりも、独裁者といった

ほうが似合いそうだった。その爪はすでに赤く染まっており

狩りをした形跡がある。


恐怖に支配されたミィに逃げる算段はなかった。

温かいものが股をつたって流れる。

立つ事さえできなくなったミィはすとんとその場に腰から

落ちた。


「た……す……」


勇気を振り絞って声を出そうとする。


――お姉ちゃんはちゃんとミィちゃんの言葉を聞いてあげるからね


なぜかロエルの言葉が頭にリフレインした。

声を出せば届くかもしれない。

何かを話そうと思っても、言葉が出ないもどかしい毎日。

皆とお喋りしたい。

こんなところで死にたくない。

ミィは口を大きくあけて叫ぶ。


「おねえちゃーーーーーーーーーーん!」


暴王の暴力が少女の命を狩りとる前に、その狂腕は切断されて

いずこかへ飛んでいった。


剣を振り上げたまま、ボクは森の支配者を見た。

なんとか後ろの少女の命を守る事ができた。

誰かが死ぬところなんて見たくない。

誰かが悲しむところなんて見たくない。

ミィがいればあの二人は笑顔のままだ。


「もう大丈夫だからね」


正面を向いたまま、ミィを励ました。

暴王は雄叫びをあげる事もなく、ただ静かにボクの体を

両腕でさばこうと行動を開始した。

これまでの魔物とは段違いの動きと存在感だ。

恐らくフロアモンスターだろう。


「こんな森からはすぐに出よう」


剣を二、三回振って暴王の体を三等分にする。

胸から上、腹、下半身。

一応、毛皮は素材として重宝するかなと思ったので

そこだけは残した。


【リュア の攻撃!

 静かなる森林の暴王 に 243319 のダメージを与えた!

 静かなる森の暴王 を倒した! HP 0/5046】


ミィはようやく安心が訪れたと思ったのか、ボクに泣きついた。


「あ、あ、ありが……と……ふぇ……」


「ミィがボクの事を嫌っていたとしても、絶対に守るからね。

 三人の誰かが悲しむ顔なんて見たくないから」


「きらい……じゃな……い」


かすれて泣きじゃくった声で、ミィはようやく本音を伝えた。

あまりに小さく、もろそうなその体をボクは優しく包んだ。


///


「んん~、これはこれは。もしかして、ご融資の相談ですかな?」


「ガメッツ商会のガメッツさんよ。不当な金貸しによって泣かされた

 人達がいてな。おまえ達を成敗しにきたというわけさ」


「ほほっ、まさかそんな物騒な依頼をギルドが?」


「いや、これは個人的なものだ。ギルドは介していない」


「ほっ、冒険者もただの喧嘩屋でしたか」


やわらかいイスに深く腰を沈めたガメッツは目の前にいるAランク冒険者を

小馬鹿にするように笑った。


「Aランク、ドラゴンハンターセイゲルの名は知っているだろう?」


【セイゲル Lv:66 クラス:ドラゴンハンター ランク:A】


「あぁ、有名なドラゴンハンターのあの方でしたか。

 まさか、こうしてお会い出来るとは思いませんでしたよ。

 それより借りたお金は返す、当たり前の事でしょう?

 何が不当なものか」


「おまえが泣かした家族がいる。それだけで十分だ」


「話になりませんな。大体、なーにを証拠に?」


「それはおまえをふんじばってから探すさ」


「馬鹿ですねぇ、なんでわざわざ先走った事を……本当にマヌケですねぇ。

 力づくならこちらが負けるわけないじゃないですか……ザンギリ!」


「……斬っていいのか?」


ガメッツの横に立っていた男は蜃気楼のゆらめきのように体を揺らしている。

手入れもされておらず、無造作な髪が見たものに不潔という印象を

抱かせる。着物は胸まではだけており、身なりにまったく気を使っていない。


「用心棒ってところか? いかにもな雰囲気だな」


ザンギリはゆっくりと刀を抜いた。


「弧月斬」


真空の刃としか思えない斬撃が縦にセイゲルを襲った。

円月輪、異国にそんな武器があると聞いたことがある。

まるで円月輪のような見えない輪が二、三、四とリズムを刻んで

セイゲルを壁際まで追い詰めた。

かわしきれずに胸から出血したが、大した傷ではない。


――コイツハ ヤバイ


数多の強敵と対峙したセイゲルだからこそわかる力量。

無作法なあの男はあまりにも人間を殺し慣れている。

今の技を的確に急所に打ち込んできた。

紙一重ですらかわせなかった、この一撃。

防具すら切り裂いて胸から流れる血。


「バーストブレイバァ!」


大剣を振った先にはこの狭い室内なら軽く消し飛ばしてしまう

ほどの爆発が連鎖してザンギリに向かった。

実際、逃げたガメッツがいた場所は木っ端微塵に吹き飛んだ。

何かわめいているようだが、そんなものはどうでもいい。

手加減なんて出来る相手ではない。

軽く悪党退治に挑んだ自分が浅はかだった。

その証拠に、そんな爆発など目の前に起こってなかったと

いわんばかりに間合いを一瞬で詰められた。

瞬間移動とはこの事か、そう思える一瞬だった。


「散り桜」


刀は三日月状を描き、セイゲルの胴体を通過した。

天上に噴水のように噴出す鮮血は桜を彷彿とさせ

落ちる様はまるで桜の散り際だった。


「正義の味方も……たまには……負ける……さ……」


薄れゆく意識の中でセイゲルが見たものは

ただ無表情で自分を見下ろす人斬りの姿だった。

魔物図鑑

【静かなる森林の暴王】

ヘルベアーの何倍もの体格を持つ熊の怪物。

鳴き声を発することなく、森の魔物や侵入者に対して

執行される処刑は死ぬ間際に味わう恐怖の中でも極上といわれる。

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